(1)横浜市地下構造調査における微動アレイ探査 (横浜市北部地域) 調査結果

1.概要

1.1調査件名

横浜市地下構造調査における微動アレイ探査(横浜市北部地域)

1.2調査目的

横浜市域の地下構造を把握するために実施する各種探査の内、微動アレイ探査を実施してS波の速度構造を解析し、他の探査法とあわせ地下構造解析の総合的な検討資料を得ることを目的とした。

本調査では、横浜市北部域(鶴見区、旭区、港北区、緑区、青葉区、泉区、瀬谷区、都築区)について実施した。

1.3調査期間

自)平成10年11月13日

至)平成11年 3月26日

1.4委員会の構成

本業務は横浜市および横浜市地下構造調査委員会と調整を行いつつ実施された。表3−4−1−1に、横浜市地下構造委員会の構成を示す。

表3−4−1−1 横浜市地下構造調査委員会の構成

1.5調査担当

中央開発株式会社 東京支社神奈川支店

〒220−0023 横浜市西区平沼1−40−17モンテベルデ横浜

TEL.045−314−7871 FAX.045−314−0298

中央開発株式会社 地盤工学センター探査計測部

〒332−0035 埼玉県川口市西青木3−4−2

TEL.048−250−1401 FAX.048−250−1410

現場責任者 杉山 長志

専門技術者 伊藤  信

1.6調査結果の概要

横浜市北部地域の地下構造を把握するために実施した微動アレイ探査13地点すべてにおいて位相速度曲線が得られた。このうち大アレイ3地点において位相速度曲線から逆解析によりS波速度構造を推定した。位相速度は、大アレイでは約0.14Hz〜3Hz(周期約7秒〜0.3秒)、小アレイでは約0.18Hz〜1.5Hz(周期約5.5秒〜0.6秒)程度の範囲で求められた。S波速度構造は、概ね6層構造で求められ、深度3km付近でS波速度が大きく変化していることが推定された。

2.調査内容および調査の流れ

2.1調査手法

(1)微動探査の概要

地球の表面は地震の無いときでも絶えず揺れており、人間に感じることの出来ないような非常に小さな揺れのことを微動という。微動は風、雨、気圧変化、川の流れ、遠い海の波などの自然現象や工場、車、人の通行などの人間活動によって引き起こされる。

微動の成分は実体波と表面波によって構成される。微動の振動源は上記のように主に地表震源であるので、地表面で観測される微動は実体波より表面波が卓越していると考えられている。微動探査法で取り扱うの波動は主にこの表面波である。

表面波はレイリー波とラブ波から構成され、位相速度が周波数によって異なるという速度分散性を持っている。位相速度の分散は観測地点直下の地質構造(S波速度構造)によって決定されるので、微動観測によって位相速度の分散を求めることが出来れば、観測地点直下のS波速度構造についての情報を得たことと等価になる。

微動観測によって位相速度の分散性を求めるには、地表において複数の微動計を設置(微動計の群設置)し、同時刻に複数地点の微動信号を記録(アレイ観測)したのち、得られた微動記録から各観測点間の相関を求めることにより行われる。

地下構造は、水平層状モデルについて各層のS波速度が分かれば理論計算により表面波の分散を求めることが出来るので、微動観測によって得られた位相速度の分散に最も適合する層状モデルを逆解析により求め、地下構造を推定する。

以上をまとめると微動アレイ探査は次の3項目の手順により行われる。

@地表面に微動計を群設置し、微動を観測する(微動のアレイ観測)。

Aアレイ直下の地下構造についての情報を、表面波の分散状況を示した位相速度曲線(位相速度と周波数の関係)としてまとめる。

B得られた位相速度曲線を満足するような地下構造を逆解析により推定する。

(2)観測仕様

@観測仕様

微動アレイ探査では複数の地震計による同時観測を行うため、観測に使用される機器の特性が良く揃っていることに留意しつつ、解析に十分なデータ量を確保することが必要である。表3−4−1−2に今回の調査における観測仕様を示す。

なお、機器特性については、最初のアレイ観測前に公開ハドルテスト(共通ハドルテスト)を実施し、使用機器について委員会の承認を得るものとした。

Aアレイ形状

アレイの形状は、図3−4−1−1のような正三角形の頂点および辺の中点と重心に、地震計7台(図中○印)を設置する二重正三角形アレイとした。

Bアレイサイズ

小アレイ観測点では底辺長500mの正三角形で1回、底辺長2000mの正三角形で1回の計2回の測定を行った。

大アレイ観測点では、底辺長250mの正三角形で1回、底辺長1000mの正三角形で1回、底辺長4000mの正三角形で1回の計3回の測定を行った。

表3−4−1−3にアレイ種別とアレイサイズ一覧を示す。

C使用機器

観測仕様を満たし、委員会で承認された機器を使用した。表3−4−1−4に使用機器一覧を示す。

D地点選定の流れ

調査地点および範囲は、概略設定・提示されたアレイ中心13箇所について以下の要領で検討し、アレイ位置および微動計設置位置を決定した。

1) 概略指示された中心点を基準として、位置誤差円(半径の5%)を含む小アレイ、大アレイ計画図を作成した。この際、できるだけ地盤の柔らかい場所やノイズ源の近傍および比高差が大きい場所を避け、アレイを動かしつつ調整した。

2) この計画図を基に現地調査を実施し、現況が変化している箇所や設置不可能な箇所について再度調整を行った。

3) 内部アレイの配置が困難な場合は、大アレイに内包される範囲において移動を行った。

4) それでも困難な場合は、中心点の位置変更を含めて市および委員会と協議し、決定した。

なお、地震計の設置が不可能なために設置場所を移動する場合の許容位置誤差および比高差については、委員会の承認を得ている。

図3−4−1−2に、アレイ位置の設定フローを示す。

(3)解析仕様

解析は、委員会の指示により次の仕様により行った。

@空間自己相関法

位相速度を推定する解析手法として空間自己相関法(SPAC法および拡張SPAC法)を用いた。SPAC法・拡張SPAC法は他の解析手法であるF−K法(周波数−波数スペクトル法)に比べて、同じアレイサイズの場合、より深い構造を探査できるという利点がある。今回の観測対象地域は基盤深度が3〜4km、場所によっては4km以深〜8km程度に及ぶことも予想されたため、より深い情報を得ることが可能な空間自己相関法を選択した。

A初期モデル

逆解析により位相速度からS波速度構造を求める際に初期モデルが必要となる。この初期モデルは、別件業務(横浜市地下構造調査に伴う解析業務)において応用地質(株)が微動アレイ探査逆解析用に作成したものを用いた。

B逆解析アルゴリズム

S波速度構造を求める際の逆解析アルゴリズムは、個体群探索分岐型遺伝アルゴリズム(長、岡田他(1997))を用いた。

2.2調査の流れ

(1)観測方法

@作業手順

各アレイ地点における標準的な作業手順について以下に示す。

1) 縮尺1/2500の地形図上で観測点の位置候補を選出する。

2) 現地踏査を行い、位置候補地点が観測場所としてふさわしいかどうか検討する。

3) 私有地を使用する場合には、所有者に許可を求める。

道路や公共施設を利用する場合には、許可申請をする。

4) 観測日を決定する(交通量や工場・鉄道等による振動の発生状況を考慮して、実施する曜日・時間帯を決める)。

5) 前日もしくは当日に、使用する公共施設や私有地の所有者に観測を実施することを連絡し、学校等では門の鍵等を借用する。

6) 観測点の近隣の住民に夜間作業を行うことを伝える。

7) ハドルテストを実施する。

8) 7台の測定機器を各観測点に展開し、本観測を深夜0時頃から実施する。

9) 翌日に借用した鍵等を返却し、作業終了を報告する必要のある施設については電話等で報告する。

10) データを持ち帰り、波形解析や粗解析を行い、取得データが解析に使用できるか判断し、再観測が必要な場合には、再観測の段取りをして再観測を行う。

Aハドルテスト

各観測日において本観測を行う前に、使用する7台の観測機器の特性が同一であるかどうか確認することを目的としてハドルテストを実施した。ハドルテストでは、7台の地震計を近接して地表に設置し、10分程度の微動観測を行い、観測された各微動波形のパワースペクトル・コヒーレンス・位相差等を比較し、各観測機器の特性が揃っていることを確認した。

図3−4−1−3および図3−4−1−4にハドルテストの一例としてY−SA1地点における観測された波形記録および各微動波形の比較結果を示した。実際の観測時のハドルテスト結果については、資料編に「ハドルテスト結果」として各アレイ毎にまとめた。

B観測

設置においては、各観測点とも微動計を同一の東西南北方位の方向に合わせ、水平を調整した。微動計は、地面と十分に接するように注意して設置し、地表が柔らかい場合や傾斜している場合には鉄製のスペーサーを使用した。

観測は、観測点7点による二重正三角形アレイにより行い、このアレイ観測を小アレイにおいては2回(外側よりL(大)、S(小)と表示)、大アレイにおいては3回(外側よりL(大)、M(中)、S(小)と表示)に分けて実施した。それぞれ小アレイでは1日で、大アレイでは2日に分けて観測を行った。

観測スケジュールは、予めパソコンにより各測定器に設定しておき、1日で2個所のアレイ観測が行われる時はその移動時間も考慮して設定した。観測は7台の観測機器が同時に動作するように設定し、観測の前後にはGPSによる時間校正を行い、観測開始時刻及び観測終了時刻の確認を行った。観測時間は90分以上とし、各アレイ観測とも約47分の観測を2回行うことを原則とし、2回の観測の間にもGPSによる時間校正を行い、観測時刻の精度の向上に努めた。

図3−4−1−5にハドルテストから観測までの作業の流れを示した。

(2)解析方法

データ解析は位相速度解析及び速度構造を求めるための逆解析により構成されている。

@位相速度解析

位相速度解析は観測された微動信号から観測地点における地盤の表面波位相速度(分散特性)を求めるもので、調査地域における全てのアレイに対して行った。位相速度を求めるに当たって、高速フーリエ変換による空間自己相関法を用いた。図3−4−1−6に実施した位相速度解析の流れを示す。以下に解析諸元及び位相速度誤差評価法について述べる。

【解析諸元】

1) データ編集:20Hzリサンプリング

2) データセット:

約95分間の測定データを、解析最小単位として長さ47.7分間の2つのデータセットに分けた。

3) 解析区間長等の決定:

図3−4−1−7は解析基本区間長を決定するためのテスト結果である。図から分かるように、解析基本区間長が長いほど求められた位相速度が低周波側に伸びる。しかし、区間長が800秒以上になる場合、区間の数が少ないので、求められた位相速度には揺らぎ現象が生じる。本解析では、テスト結果に基づいて以下のとおりに設定した。

観測データ長:114482サンプル(5724.1秒,約95分)

基本区間長:8192サンプル(409.6秒)

最大区間数(50%オーバーラップ):28個(オーバーラップ無し場合:14個)

スペクトルウィンドー:0.05Hz〜0.1Hz

4) 座標入力:各観測点間の位置関係と距離を入力する

5) 高速フーリエ変換によるパワースペクトル及びクロススペクトルの計算:

a) 原データのパワースペクトルを計算する。

b) フィルター処理及びノイズ区間除外後のデータのパワースペクトルとクロススペクトルを計算する。

6) 空間自己相関係数の計算:

相関距離別に、離れた2観測点における微動信号の相関係数を計算し、その方位平均値を求める(正三角形アレイなので、同じ相関距離のデータペアー数で平均する)。

7) 位相速度の推定:

a) 相関距離毎に従来の空間自己相関法により位相速度の粗解析を行う。

b) 位相速度粗解析及び空間自己相関係数により解析データの有効区間(周波数バンド)を決定する。

c) データセット毎に拡張空間自己相関法により位相速度を指定する。

d) 解析データの有効区間(周波数バンド)の再検討。

e) 全てのデータを用いて拡張空間自己相関法により位相速度を推定する。

f) 相関距離別にベッセル関数フィッティング具合をチェックする。

【位相速度誤差評価法】

地質構造の水平方向変化及び微動信号に含まれたノイズの影響によって、ベッセル関数で空間自己相関係数を近似する時、誤差が生じる。そこで、誤差伝播理論に基づいて第一種0階ベッセル関数の微分を用いて、その誤差の位相速度への影響を評価した。

ここに、δpはベッセル関数近似する時の誤差、δvはδpにより位相速度の誤差である。

【位相速度解析の例】

以下にY−SA10を例(図3−4−1−9)として解析過程及びその結果を示す。

a) 原データ:原データのパワースペクトルを図3−4−1−9(1〜4)に示す。

b) ノイズの除去:ノイズ除去後のデータのパワースペクトルを図3−4−1−9(5〜8)に示す。

c) 空間自己相関係数:データセットごとに求められた空間自己相関係数を図3−4−1−9(9〜12)に示す。

d) データ有効区間の設定:空間自己相関法(SPAC)による粗解析結果及びこの結果に基づいたSACデータの有効区間を図3−4−1−9(13〜16)に示す。

e) 解析:Cで決められた空間自己相関係数の有効区間内のデータを用いて、拡張空間自己相関法による各データセットの解析結果を図3−4−1−917〜20)に示す。

f) データ有効区間の再調整:データセット毎のデータの有効区間を図3−4−1−9(21)に示す。

g) 解析結果:全てのデータセットを用いた解析結果を図3−4−1−9(22)に示す。

ベッセル関数近似具合チェック:求められた位相速度の信頼性を反映するベッセル関数の近似具合を図3−4−1−9(23〜42)に示す。

A逆解析

逆解析は位相速度解析で求められた位相速度曲線(分散曲線)から地下の1次元S波速度構造を推定するもので、調査地域においてY−LA1、Y−LA2及びY−LA3に対して行った。逆解析に当たっては固体群探索分岐型遺伝アルゴリズム(長、岡田(他)1997、筒井(他)1996)を用いた。逆解析は図3−4−1−10に示された手順で行った。以下に解析の際用いたモデルについて述べる。

・初期モデル

解析に当たって、初期モデルは応用地質株式会社により提供されている。提供された初期モデルは4層のモデルである(表3−4−1−5)。

・初期モデルの再構築

提供された初期モデルを用いて逆解析を行い、フィッティングの良い結果が求められない場合、既存の人工地震探査(P波)の結果等を参考にし、層の数を調整して、初期モデルを再構築する。

・最終モデルの決定

解析はモデルの層の数を固定し、初期モデルを中心として層厚及びS波速度を変化させ、数多く(例えば5000個)の組合わせについて理論位相速度を計算し、観測位相速度と最も合うようなモデルを5個出力する。そして、既存地質情報と合せて最適なモデルを選んで、更に微調整を行って逆解析結果(最終モデル)として決定する。

2.3調査項目

(1)共通ハドルテスト

共通ハドルテストは、横浜市北部地域を担当している中央開発(株)および横浜市南部地域を担当している(株)ダイヤコンサルタント2社における個々の測定器の安定性の確認を目的とし、1月12日に東京工業大学敷地内において横浜市地下構造委員会の立ち会いのもとで行われた。テストでは、2社それぞれの微動計を地表に近接して設置し、約10分間の観測を行った。その後、個々の機器により観測された波形のコヒーレンス・パワースペクトル・位相差を比較して、その動作の安定性を検討した。

(2)ベンチマークテスト

横浜市全域にわたる調査地域を北部、南部の2地域に分け、中央開発(株)および(株)ダイヤコンサルタントの2社で観測を行うため、両社の観測・解析における品質確認(解析結果の整合性の確認)のため、ベンチマークテストを実施した。

ベンチマークテストでは同一アレイにおいて2社の測定器により観測を行い、取得したデータをそれぞれのシステムにより解析し、その解析結果の整合性を確認した。観測は、近傍に既存の微動アレイ探査資料があるY−LA3において1月31日夜および2月1日夜に行い、各観測点では2社の測定器を近接して地表に設置し、同時に観測を行った。取得した微動波形よりそれぞれのシステムにより解析を行い、位相速度および逆解析結果を比較し整合性の確認を行った。

(3)観測

@調査地点

各調査地点においてアレイが設置困難な場合は、現地状況に応じてアレイの全体あるいは一部の移動を行い調整した。表3−4−1−6には最終的に決定したアレイの中心点および特徴を示す。図3−4−1−11に調査を行った全アレイの一覧図を、図3−4−1−12図3−4−1−24には各アレイの観測点位置図を示す。

図3−4−1−12図3−4−1−13図3−4−1−14図3−4−1−15図3−4−1−16図3−4−1−17図3−4−1−18図3−4−1−19図3−4−1−20図3−4−1−21図3−4−1−22図3−4−1−23図3−4−1−24

A実施工程

表3−4−1−7に実施工程表、表3−4−1−8に観測日時一覧表を示した。観測は、平成11年1月27日夜〜平成11年3月3日夜(3月4日早朝)の間で行い、観測地点における周辺のノイズ(工場・自動車・鉄道等から発生する振動)を出来るだけ避けるように、工程の調整を行った。しかし、一部で交通ノイズに起因する観測不良地点が認められ、6地点において再観測を行った。

3.調査結果

3.1共通ハドルテスト

共通ハドルテストは横浜市地下構造調査委員会の立ち会いのもとで実施したが、機器の一部にやや動作不良が認められ、委員会から観測開始前に対処するように求められた。原因は、5Hzローパスフィルターの減衰勾配が−24dBと大きいためやや不安定な動作をする可能性があるためであると推定された。このため、7台全て減衰勾配−6dBのローパスフィルターに交換し、24時間(2時間間隔で12回測定)のランニングテストを行い、動作安定を確認した。図3−4−1−25図3−4−1−26にはこの減衰勾配−6dBのローパスフィルターを使用したハドルテストの観測波形および結果を示す。この結果を監督員に報告し、観測に変更した機器を使用することの承諾を得た後、各アレイの観測を行った。

3.2ベンチマークテスト

Y−LA3地点において2社の測定器を近接して設置し同時に微動観測を行い、両社の解析結果を比較した。比較結果は、以下に示すように両社ともほぼ同様な結果が得られ、両社の技術的整合性が確認された。

(1)観測された位相速度

図3−4−1−27に両社の位相速度の解析結果を示す。求められた位相速度の範囲は、周波数では0.14Hz(周期7秒)〜2.3Hz(周期約0.4秒)程度、位相速度では2.5km/s〜0.6km/s程度であり、両社ともほぼ一致している。

(2)逆解析結果

初期モデルは、別件業務(件名:横浜市地下構造調査に伴う解析業務)において応用地質(株)が微動アレイ探査逆解析用に作成したものを用いた。また、解析は両社とも同じ逆解析アルゴリズム(個体群探索分岐型遺伝アルゴリズム(長、岡田他1997))を使用した。それぞれに逆解析を行った結果を図3−4−1−28に示す。両社とも6層のS波速度構造が推定されれた。そのS波速度は深度3.3km付近で大きく変化し、上位では速度0.6〜1.75km/sの4層のS波速度構造が推定され、下位では速度3.1〜3.5km/sの2層のS波速度構造が推定された。両社とも、S波速度値と層厚はほぼ一致している結果が得られた。

3.3位相速度解析

(1)空間自己相関法による位相速度解析

図3−4−1−29に調査地域における微動アレイ探査による各地点の位相速度を示す。結果は、本地域の地震基盤の推定に必要とされる0.2Hz程度までの位相速度曲線が全観測地点で得られた。地域全体の位相速度結果の概要は次のとおりである。

@ Y−LA1〜Y−LA3の大アレイは約0.14Hz〜3Hz(周期約7秒〜0.3秒)、Y−SA1〜Y−SA10の小アレイでは約0.18Hz〜1.5Hz(周期約5.5秒〜0.6秒)程度の範囲で位相速度が求められた。

A 全地点における位相速度曲線(分散曲線)は概ね同じ変化傾向を示し、北部域において、大きな地質構造変化がないと考えられる。但し、本調査地域最南端に位置するY−SA9においては、位相速度が異なるタイプを呈しており、地質構造が変化していることも考えられる。

B 各地点における0.2Hz波の位相速度は約2.0km/s程度で、1.5Hz波の位相速度は約0.6km/sである。但し、Y−LA1、Y−SA2では1.5Hz波の位相速度が0.5km/s以下、Y−LA2、Y−SA10では0.2Hz波の位相速度が2.2km/s以上となり、浅部及び深部構造の変化を示唆していると思われる。

C 図3−4−1−30にアレイサイズ毎の解析結果を示す。概ね異なるサイズのアレイにより求めた位相速度は整合性があるが、中には、Y−LA1、Y−SA8、Y−SA4のような一部分しか整合性が見られない地点もある。その原因は横方向の地質的な変化等が考えられる。

D 各サイズのアレイで求めた位相速度の範囲を表3−4−1−9に示す。

表から分かるように、各地点において、0.3Hz〜0.7Hzの範囲は2つ以上のアレイにカバーされ、求められた位相速度の信頼性が高いと考えられる。

(2)F−K法によるY−SA9地点の再解析

空間自己相関法による位相速度解析結果において、Y−SA9地点は他の地点と異なるパターンの位相速度曲線が求められた(図3−4−1−29)。平成11年3月23日に開催された第4回横浜市地下構造調査委員会において、F−K法を用いた位相速度解析を行い、この位相速度パターン変化が地下構造を反映するものか、或いは解析手法によるものかについて検討するように指示された。以下に実施したF−K法の解析方法とその結果を述べる。

@ 解析手法

F−K法位相速度解析の流れを図3−4−1−31に示す。解析はMLM(Maximum Likelihood Method)法を用いてF−Kスペクトルを計算し、各周波数においてF−Kスペクトルが最も強い波動を表面波として検出し、その位相速度を評価した。解析における諸元の設定は以下のとおりである。

・データ長:2862.05秒 × 2回

・基本区間長:204.8秒

・基本区間数:28

・区間オーバーラップ:2.4秒

・スペクトルウィンドウ:0.05Hz

・パワースペクトル及びクロススペクトルの計算:FFT法を用いた。

・F−Kスペクトルの計算:MLM(Maximum Likelihood Method)を用いた。

・位相速度計算間隔:0.05−0.1Hz

・観測点位置及び方向関係:各観測点間の距離及び図3−4−1−32に示すような相対方向関係を用いた(アレイ外側三角形の一個の頂点を仮北方向N'、その垂直方向を仮東方向E'とした)。角度の計算はE'を基点として、反時計回りとした。

A 解析結果

図3−4−1−33はF−K法により求められた位相速度を示す。比較するために、空間自己相関法によって求められた位相速度も一緒にプロットした。両手法で求められた位相速度を比較してみると、以下のことが判断できる。

・0.55Hz以上の部分においては、両者が非常に一致しており、両手法共にナイキスト周波数*)付近まで位相速度が求められた。

・0.55Hz以下の部分においては、F−K法による結果の方がやや高い位相速度を示している。低周波数側において、F−K法により得られた速度が空間自己相関法(SPAC法)に比べ高い傾向を示す事は数値シミュレーションにより検討されている(宮腰 研・岡田 広・凌甦群、物理探査学会第94回学術講演会講演論文集p178−182,1996、図3−4−1−34)。

・求められた位相速度の下限周波数は、F−K法が約0.3Hz、空間自己相関法が約0.16Hzであり、空間自己相関法の方がより低周波数まで位相速度が求められている。

ナイキスト(Nyquist)周波数:観測点間隔及び観測地点の位相速度により定められた周波数で、この周波数より高周波の波動の位相速度は求められない。より高周波数の波動の位相速度を求めるにはより小さい観測点間隔が必要である。

図3−4−1−33(b)はアレイサイズ毎のデータにより求められた位相速度を示す。底辺長2000mのアレイ(Y−SA9L)では約0.3−0.6Hz間の位相速度が、底辺長500mのアレイ(Y−SA9S)では約0.55〜1.6Hz間の位相速度が求められた。 図3−4−1−35は周波数毎のF−Kスペクトルが強い波動の到来方向を示す。辺長2000mのアレイ(Y−SA9L)で観測された0.3Hz〜0.6Hzの波動の到来方向は約N75°E及びS15°Wの二方向に分かれており、これに対して、底辺長500mのアレイ(Y−SA9S)で観測された0.5Hz〜1.6Hzの波動の到来方向はほぼN75°E一方向である。

B 検討結果

全体的に見れば、空間自己相関法及びF−K法により求められた位相速度曲線は同様な傾向を示しており、互いに誤差範囲内に入っている。したがって、得られた位相速度曲線は地下構造を反映したものであり、解析手法によるものではないと考えられる。

(3)Y−SA9地点の微動アレイ探査結果の考察

1.委員会での討議経過および要旨

1.1委員会での討議経過

@ 平成10年度第4回委員会(平成11年3月23日)

北部地域において、Y−SA9の位相速度曲線が他地点と比較して、異なるパターンを示していることが注目された。そして、この位相速度曲線パターンの特徴が地下構造を反映するものか、或いは解析手法によるものかについて検討するために、空間自己相関法以外の解析法であるF−K法でも解析することになった。

また、Y−SA9の位相速度の標準偏差(誤差)が他地点に比べ大きいことも指摘された

A 平成11年度第1回委員会(平成11年4月26日)

F−K法の解析結果を報告するとともに、その際Y−SA9の位相速度を見直ししたことを報告した。当日報告した結果は次のとおりである。

「全体的に見れば、空間自己相関法及びF−K法により求められた位相速度曲線は同様な傾向を示しており、互いに誤差範囲内に入っている。したがって、得られた位相速度曲線は地下構造を反映したものであり、解析手法によるものではないと考えられる。」

しかし、当日の委員会資料に見直した検討過程を説明できる資料が添付されてい なかったため、後日資料をまとめて各委員に提出することになった。

B 平成11年度第2回委員会(平成11年7月5日)

Y−SA9のインバージョン結果(S波速度構造)について説明した。一方、前回の委員会において課題であった「Y−SA9位相速度の見直しの検討過程」の提出が遅れていたため、再度後日に資料を提出することの確認がされた。

また、Y−SA9位相速度曲線パターンの特徴(北部地域の他地点の位相速度曲線と異なり、0.5Hz付近から位相速度が急増し凸形状を示していること)について討議された。

C 以上の経過を経て、本資料の作成に至ったものである。

1.2要 旨

委員会での討議を整理し、つぎの2点を要旨として受け止めそれについてまとめた。

@「Y−SA9位相速度の見直しの検討過程」の説明

・当社が行った位相速度解析方法の過程を報告書の抜粋という形式で【添付資料】に示した。

・次項に具体的に「Y−SA9位相速度の見直し」についての検討過程をまとめた。

A 求められたY−SA9位相速度曲線パターンの特徴の再確認

前回は同一データを用いて2種類の解析手法で位相速度曲線パターンの確認を行ったが、測定データから位相速度曲線パターンの特徴を確認するためには、再度測定を行い別のデータによる位相速度曲線パターンの再現性の検討が必要と判断されたので、再測定を実施した。

2.Y−SA9位相速度の見直しの検討過程について

Y−SA9の位相速度を見直した過程を下記の図を用いて説明する。

図3−4−1−35−1:Y−SA9の位相速度

図3−4−1−35−2:SPAC法によるデータ品質管理(Y−SA9 L,DATASET 1)

図3−4−1−35−3:SPAC法によるデータ品質管理(Y−SA9 L,DATASET 2)

図3−4−1−35−4:SPAC法によるデータ品質管理(Y−SA9 S,DATASET 1)

図3−4−1−35−5:SPAC法によるデータ品質管理(Y−SA9 S,DATASET 2)

注)記号の説明

L:底辺長2000mのアレイ

S:底辺長500mのアレイ

DATASET 1:同一アレイで約47分の観測を2回、計98分のデータのうち、前半の47分のデータ

DATASET 2:後半の47分のデータ

(1) 図3−4−1−35−1の赤の位相速度は修正前(平成10年度第4回委員会に提出した結果)のものであり、図3−4−1−35−2図3−4−1−35−5に示すL及びS各々2つのデータセット計4セット全てのデータを用いて解析したものである。周波数が0.4Hz以下において誤差の分布範囲が大きいものとなっている。

(2) 誤差が大きい原因は図3−4−1−35−1「L,DATASET 1」の周波数0.3Hz以下の部分にあると考えた。その理由としては、

@ 図3−4−1−35−2図3−4−1−35−3のデータ品質管理において、「L,DATASET 1」と「L,DATASET 2」の位相速度の値は、周波数0.3Hz以下で大きく違っている。

A 時系列波形およびパワースペクトルについては、目視という定性的な比較であるが両者に違いは認められない。

B 一般に位相速度は、深度方向に速度が増加する速度構造では、低い周波数ほど速度が大きくなる。北部地域の他地点の大アレイと小アレイの位相速度および図3−4−1−35−3「L,DATASET 2」の位相速度はこれと整合している。

C 一方、図3−4−1−35−2「L,DATASET 1」の周波数0.3Hz以下の位相速度曲線は凹状の形状を示しており、これとは整合していない。もし、この位相速度曲線が正しいとすれば、一般的には深部に低速度層の存在を考慮しなければ説明できない。

D また低周波数域において、「L,DATASET 2」に比べて「L,DATASET 1」のデータの方が特定の周波数域においてノイズレベルが大きかった場合にもこのような現象が生じることも考えられる。

E 微動アレイ探査の前提である水平層構造に反して、地下構造が3次元的不均一性を呈する場合において、低周波の波の伝達方向がDATASET1と2の間で変化したと仮定すれば、このような現象が生じることが考えられる。このような場合ではどちらが正しいという判断は難しい。

(3) 以上より、位相速度の再検討として、「L,DATASET 1」のデータを省いた再解析を行った。その結果を図3−4−1−35−1の黒の位相速度で示した。結果は以下のとおりである。

@ 誤差範囲が大幅に縮小され(使用したデータ数の減少も影響している)、他地点の分布範囲と同様となった。

A 再解析後の誤差範囲に修正前の位相速度が入っている。

本地点においては、北部地域における他地点の位相速度との整合性の観点から「L,DATASET 1」のデータについては、周波数0.3Hz以下の領域において適切な位相速度が求まらないと判断した。

(4) したがって、位相速度はほぼ同様と判断され、誤差範囲の狭い再解析後の結果を最終結果として、委員会に提出した。

3.再測定結果

Y−SA9地点の再測定の目的は、2月に得られた位相速度曲線パターンの特徴の再現性を確認することである。

測定は平成11年8月28日(土)、29日(日)の夜間に実施した。以下に測定方法および解析結果について述べる。

3.1測定方法

@ アレイサイズ、地震計設置場所、観測仕様、観測機器は平成11年2月に実施した時と同様とした。設置場所の周辺状況は2月と同じであった。

A 観測時間は、L、Sアレイとも120分(60分間測定を2回繰り返す)で行った。2月では90分であった。観測時間を120分にしたのは少しでもデータ長を増やす目的である。

B 図3−4−1−35−6にハドルテスト結果を示した。参考として図3−4−1−35−7に2月のハドルテスト結果を示す。

ハドルテスト結果は、2月と同様に使用した地震計の特性が揃っていることが確認された。

3.2測定結果

@ 再測定(8月)及び2月の微動信号のパワースペクトルの比較

図3−4−1−35−8−9に8月、2月の原データのパワースペクトルを示した。

再測定(8月)の微動信号は2月に比べて1Hz以下の低周波数域で約1/5程度、1Hz以上の高周波数域で約1/2程度のエネルギーであり、全周波数域において2月に比べ弱い微動信号であった。

A 位相速度解析結果

図3−4−1−35−10に位相速度解析結果を示す。

・図を見て明らかなように再測定(8月)と2月の位相速度曲線は0.25Hz以上の周波数域において一致している。また、誤差範囲もほぼ同等の範囲となっている。

・したがって、0.5Hz以下の周波数で位相速度が急増し凸形状を示しているパターンの特徴の再現性が確認された。

4.まとめ

前項までに委員会からの課題であった「Y−SA9位相速度の見直しの検討過程」及び8月に実施した再測定結果を説明した。

前回までの検討と再測定を実施したことにより、Y−SA9の位相速度についてつぎのことが判明した。

@ 2月の観測データでは、位相速度解析法に空間自己相関法及びF−K法の2種類を実施し、両者ともほぼ同様な位相速度が得られる事が確認された。

A 約半年という時間を経て観測された8月の観測データにおいて、空間自己相関法で解析された位相速度は2月の位相速度と0.25Hz以上の周波数域において一致したものとなり、微動アレイ探査によって求まる位相速度は測定環境(冬期・夏期、時間経過あるいはそれに伴う観測点近傍の環境ノイズの変化等)に左右されず、再現性があることが確認された。

B したがって、Y−SA9地点は、少なくても実施した観測配置では図3−4−1−35−10に示す位相速度をもって適切に評価されたと考えられる。

C 今後は、横浜市全域で行われた微動アレイ探査のうち、逆解析が残されている「SAシリーズ」のS波速度構造を求め、Y−SA9地点のS波速度構造との整合性を検討する必要がある。

3.4速度構造解析(逆解析)

(1)提供された初期モデルによる解析結果

応用地質株式会社により提供された各地点の初期モデル(表3−4−1−5)を用いた解析結果を図3−4−1−36に示す。Y−LA1については、全体として逆解析結果の理論位相速度と観測位相速度は一致しているが、0.2Hz以下および0.3〜0.6Hz間のフィッティングが悪い。Y−LA2とY−LA3については0.3Hz以下の部分は明らかに観測位相速度から外れており、より深部にもう一つの層が存在する可能性を示していると考えられる。そこで、よりフィッティングの良い結果を得るため初期モデルを再構築した。

(2)再構築したモデルによる解析

既存人工地震探査結果等に基づいて再構築したモデルを表3−4−1−10に示す。

再構築した初期モデルに基づいて、fGA(forking Genetic Algorithm:分岐型遺伝アルゴリズム)により逆解析を行った。fGAにより得られた理論位相速度と観測位相速度との誤差が最も小さい5つのモデルをそれぞれ図3−4−1−37図3−4−1−38図3−4−1−39に示す。

最終結果を得るためには、fGA解析で求めた5つのモデルから選出した最適なもの(場合によってその平均を取る)に微調整を加える必要がある。例えばY−LA3の場合、主に位相速度曲線の近似具合から選ばれたモデルの最下層のS波速度は3.6km/sを超え、P波速度は6.5km/s以上となり、既存情報と合せて、高すぎると判断出来る。この層のS波速度が3.6km/sを超えないように順解析の繰返しによって各層の厚さと速度を微調整した。Y−LA1及びY−LA2についても、同じような過程を加えた。

(3)求められたS波速度構造

微調整によって得られたY−LA1〜Y−LA3地点のS波速度構造を図3−4−1−40に示す。得られたS波速度構造の概要は以下の通りである。

・6〜10層のS波速度構造が求められた。層数の差は主に極浅部構造の違いを表すもので、全体的に見れば、3地点共にほぼ同様な6層のS波速度構造を示している(表3−4−1−11)。

・速度が急激に増加している深度はY−LA1で3.3km、Y−LA2で3.0km、Y−LA3では3.3km/sである。その速度は1.8km/sから3.3km/sに大きく変化している。

・この3.3km/sの速度層の下位に3.5km/s(深度約6km)の速度層が推定されている。

(4)既存資料との比較

本調査地域で既に発表されている各種探査法文献(人工地震探査・反射法探査・微動アレイ探査・ボーリング探査)と今回得られたY−LA1〜Y−LA3の3地点のS波速度構造との比較を図3−4−1−41図3−4−1−42に示した。

比較検討に利用した既存文献を下記に示す。

【人工地震探査】

・ 山中・瀬尾・佐間野・翠川、1986、人工地震による首都圏南西部の地下構造探査(2)−黒川−岡津測線及び長津田線の地下構造−:地震2,39,607−620

・ 山中・瀬尾・佐間野、1991、人工地震による首都圏南西部の地下構造探査(4)−横浜舞岡及び大黒発破による人工地震波の解析−:地震2,44,9−20

・ 鈴木・広部・渡辺、1993、人工地震による神奈川県東部地域の地下構造調査:防災科学研究所報告、51,23−40

【反射法探査】

・ 平成7年度 立川断層に関する調査報告書

【既存微動アレイ探査】

・ 山中・佐藤・栗田・瀬尾、1997、関東南西部におけるやや長周期微動のアレイ観測:物理探査学会第96回(春季)学術講演会論文集、440−443

【ボーリング探査】

・ 鈴木、1997、関東平野の中深度ボーリングと地質構造(予報):地質学会演会論文集、440−443

@人工地震探査(P波)との比較

・ Y−LA1地点及びY−LA3地点において、得られたS波速度構造の速度境界と人工地震探査の5層の速度境界とは非常に良い整合性が見られる。

・ Y−LA2地点では、人工地震探査の2.9km/s層及びその下位に分布する4.8km/s層がS波速度構造ではそれぞれ2層に分けて表現されているが、人工地震探査の速度境界との整合性は良い結果となっている。

・ 以上のように、人工地震探査のP波速度構造と得られたS波速度構造との整合性は良く、特に速度が急激に増加しているP波速度約4.7km/s層とS波速度約3km/s層の上面深度は良く一致している。

・ 人工地震探査のP波速度値と微動アレイ探査のS波速度値との速度比はVp/Vs=1.4〜1.7の範囲となっている。

A反射法探査(P波)及びボーリング探査との比較

・ Y−LA2地点及びY−LA3地点のS波速度構造と反射法探査(P波)及びボーリング探査から推定された地質構造との比較では、反射法断面で推定された深度約3kmの先第三紀基盤と三浦層群との境界はS波速度が約1.7km/sから約3.3km/sに急激に増加する深度(3.0〜3.3km)に相当するものと考えられる。

・ S波速度構造の深度約1km及び約2kmの速度境界は反射法断面のそれぞれ上総層群中及び三浦層群中の強い反射面に一致している。

B既存微動アレイ探査結果との比較

・ Y−LA2地点付近における既存微動アレイ探査結果との比較では、速度構造についてはほぼ整合性が見られるが、S波速度コントラストの最も大きい深度にややずれが認められる。

4.微動アレイ探査法の適用性の検討

横浜市北部地域において、小アレイ10地点、大アレイ3地点の微動アレイ探査を実施した。以下に、今回実施した微動アレイ探査法における適用性について検討する。

4.1使用機器について

特性の揃った固有周期7秒の地震計及び計測時間誤差50ms/day以下のGPS時計付き記録器を使用することで、周期約7秒までの信頼性のおけるデータを取得できることが確認された。また、5Hzのローパスフィルタを使用することで、観測データのS/N比の向上が図れた。

4.2 求められたS波速度の信頼性

@位相速度曲線から見たS波速度の信頼性

解析した大アレイは3種類の異なるアレイサイズで構成されている。得られた位相速度において、周波数0.25Hz〜1Hzの範囲では2つ以上のアレイにカバーされており、信頼性の高い位相速度が求められている。この区間の位相速度は、速度が急激に増加している深度約3km以浅のS波速度構造を主に表しており、求められたS波速度値及びその境界は下位に比べ信頼性の高いものと判断される。

A逆解析過程から見たS波速度の信頼性

逆解析におけるfGA探索結果では、深度約3km以浅のS波速度構造の分散は下位に比べ小さく、得られたS波速度構造の信頼性は高いと判断される。

一方、深度約3km、S波速度約3km/sの速度層の境界及びその速度値は、位相速度曲線では0.1〜0.2Hz以下のデータの少ない領域に相当し、且つ最下位の速度層の影響も受けており、上位層に比べ信頼性が落ちるものと判断される。

B人工地震探査で求められたP波速度値との比較では、3.4(4)項で述べたようにP波速度とS波速度の比が概ねVP/VS=1.4〜1.7の範囲に分布する傾向が見られる。

4.3 アレイサイズについて

小アレイではアレイサイズが正三角形の底辺長2,000mと500mの組み合せで、大アレイでは底辺長4,000m,1,000m,250mの組み合せの、計5種類のアレイサイズにおいて観測を実施している。各アレイサイズで得られた位相速度の周波数範囲及び最終位相速度解析に適用できた周波数範囲には次のような傾向が見られた。

@ 250m及び500mの小さいアレイサイズでは、低周波数領域で0.2Hz程度までの位相速度が得られているが、表層付近の3次元的なS波速度構造の不均一性の影響を強く受け、大きいアレイサイズの位相速度とは整合性が悪く、最終位相速度に適用できた周波数の下限は0.3Hz〜0.4Hz程度であった。また、高周波数領域において、250mサイズでは2〜3Hz程度までの位相速度が得られているのに対して、500mサイズでは1〜1.5Hz程度であった。

A 1,000mと2,000mのアレイサイズでは、高周波数領域において1,000mが約1Hzまでの位相速度が得られているのに対して、2,000mは0.7Hz程度であった。低周波数領域では両者とも約0.2Hz程度までの位相速度が得られている。

B 4,000mのアレイサイズは、0.14(周期約7秒)〜0.4Hzの周波数範囲で位相速度が得られている。

C 小アレイの2,000mと500mの2つの組み合せによる結果は、0.2Hz以下と1〜1.5Hz以上の周波数範囲で位相速度が求まっていない観測点が見られた。

D 大アレイの4,000m、1,000m、250mの3つの組み合せは、0.14Hz(周期約7秒)から2〜3Hzまでの広範囲の位相速度が得られており、また各々で求められた位相速度は適度に重複しており、本調査地におけるアレイサイズの組み合せとして適当なものと判断される。

4.4 気象との関連について

長周期成分の微動の発生は波浪などの気象と関連があると言われている。図3−4−1−43図3−4−1−50は波浪の影響因子である気圧、波浪及び風速の変化と微動のエネルギー(パワースペクトル)の変動との関係を示したものである。気圧及び風速データは横浜地方気象台、波浪については相模湾の平塚地点および伊豆半島の石廊崎地点のデータを用いた。

北部地域の長周期側の卓越周期は4秒〜6秒の範囲で分布しており、図3−4−1−43においてパワースペクトルが最も大きい波は周期5秒がある。ここでは、5秒の波のパワースペクトルの変動と気圧変動及び波浪との関係をみる。

低気圧が通過した翌日はパワースペクトルが大きくなり、高気圧が通過した数日後にパワースペクトルが小さくなる傾向がある。また、気圧の変動が小さい時期のパワースペクトルは中間的な値を示す。また、数時間のうちにパワースペクトルが大きく変動した日もある。波浪との関係について、波高の変化と微動のパワースペクトルの変化は調和的であり、ピークの位置も良い対応を示す。これらの傾向は7秒の波にも、5秒ほどではないがみられる。

次に、図3−4−1−44の風速とパワースペクトルの関係では、大まかにみて風速が速い時はパワースペクトルが大きいという傾向が読み取れる。

平塚および石廊崎の波浪(1/3有義波)の波高とパワースペクトルの関係(図3−4−1−45図3−4−1−46図3−4−1−48図3−4−1−49)では、波高が高い時はパワースペクトルが大きいという傾向が読み取れ、その傾向は石廊崎の方が強い。特に周期5秒付近の微動について顕著である。

一方、波浪と微動の卓越周期について、両者の比はほぼ1:1/2の関係にあると報告されている(鏡味ら,1983)。図3−4−1−47図3−4−1−50は、平塚と石廊崎の波浪と微動の卓越周期の関係を示したものである。一次式で線形近似するとその傾きは平塚で0.09、石廊崎で0.393となる。石廊崎の値は、鏡味ら(1983)と調和的である。

以上のように、気圧、波浪及び風速の変動とパワースペクトルの変動、卓越周期に有意な関係が見られる。これより、微動の主な発生源として波浪(特に外洋の波浪)を考えることができ、低気圧の通過や風速が大きい時は波浪(風浪やうねり)が大きくなり、微動のパワースペクトルも大きくなると解釈される。

4.5 解析上の課題

位相速度解析に空間自己相関法のSPAC法及び拡張SPAC法を併用することにより精度の良い解析を行えることが判明した。

1次元S波速度構造解析に固体群探索分岐型遺伝アルゴリズム(長、岡田他1997)を適用することにより、既存探査法結果とも整合性のあるS波速度構造が得られた。

【参考文献】

鏡味洋史・堀田 淳・太田 裕・坂尻直巳・吉田厚司・田中愛一郎・久保寺章,1983,やや長周期の微動観測と地震工学への適用(8)−波浪との同時比較観測−,地震2,36,609−617.

5.まとめ

横浜市北部地域の地下構造を把握するために実施した微動アレイ探査の観測点、全13地点において、位相速度曲線を得ることができ、このうちの大アレイ3地点については位相速度曲線から逆解析により1次元のS波速度構造を得ることができた。以下に、本調査で判明したことを記す。

(1)観測仕様

以下の観測仕様を適用することにより、信頼性のおける観測データを取得することが可能であることを確認した。

@ 観測機材の性能:特性の揃った固有周波数7秒の地震計及び計測時間誤差50ms/day以下のGPS時計付記録器、5Hzのローパス・フィルターの使用。

A アレイ形状:二重正三角形の各頂点及び重心の計7箇所に地震計を設置しての同時観測。

B アレイサイズ:底辺長250m、1,000m、4,000mの正三角形で各1回ずつの計3回観測方式。

C 観測時間:100Hz以上のサンプリング間隔、60分間以上の観測データ取得。

(2)解析方法

以下の方法を適用することにより、おおむね周期7秒程度までの位相速度の決定と、深度約3km(基盤のS波速度として約3km/s程度)までの1次元のS波速度構造の推定が可能であることを確認した。

@ 位相速度解析:空間自己相関法(SPAC法及び拡張SPAC法)

A 1次元のS波速度構造解析:個体群探索分岐型遺伝アルゴリズム(長、岡田1997)を用いた逆解析

(3)ノイズ対策

微動アレイ探査を実施するにあたっては、種々の環境ノイズ(例えば、自動車・鉄道が走行時に発生する振動や工場が発生する振動等)の軽減対策が非常に大きな問題となる。この環境ノイズの対策として、以下のことを行うことにより、環境ノイズの多い都市部においても微動アレイ探査は、十分適用できる調査手法であることを確認した。

@ 観測場所設定時において、予め交通量の多い道路や鉄道の路線、振動の発生する工場等の位置についての事前把握と地点変更

A 環境ノイズの少ない時間帯、曜日の調整による観測

B 適切なフィルターの使用

(4)他の調査手法との整合性

微動アレイ探査によって求められた1次元S波速度構造は、反射法地震探査や屈折法地震探査などの他の調査手法で得られた速度構造と、おおむね整合性が良いことを確認した。

(5)適用性

以上のことから、人口や建物が密集している都市部において、強振動予測のための基礎資料を得るために、微動アレイ探査は観測条件の悪い市街地域でも深部のS波速度構造を直接的に求めることができ、堆積平野の深部地下構造把握の調査手法として十分に適用できることを確認した。