3−1−3 高次モード分散の可能性

本調査では逆解析計算を実施する前に,「その1調査」の結果公表後に入手した各種既存資料を参照して,フォワードモデリングによるテスト計算を行った。その結果,「その1調査」の場合と同じく,どの調査地点でも周波数約0.2〜0.3Hz以下の低周波数側において,基本モード理論位相速度のみでは観測位相速度を再現することが困難であることが判明した。

図3−1−9−1図3−1−9−2図3−1−9−3は,約0.3Hz以下の周波数に対する空間自己相関係数を,アレイ半径を変数として表示したものである。各図中の実線表示は,平均後の観測位相速度(図2−2−34)を用いて計算した第一種0次ベッセル関数曲線を表す。この関数曲線は,2.2.3(5)節でも説明したとおり以下の関係式であらわされる。

   Ρ(f,r) = J0(2πfr/c)

ここで,ρは空間自己相関係数,fは周波数,rはアレイ半径,cはレーリー波基本モードの位相速度である。空間自己相関法の理論によれば,位相速度cはアレイ半径(測定点間隔)と無関係に決まる。つまり,測定点間隔が異なっていても,空間定常が保たれている空間範囲内であれば,その間を伝播する表面波の位相速度は同じである。一方,位相速度cは表面波の「分散」現象のために周波数が異なると変化する。すなわち,c=c(f)と表現されて周波数の関数である。したがって,周波数を固定した場合,位相速度cも固定されるので,アレイ半径を変数とする空間自己相関係数曲線は,第一種0次ベッセル関数曲線そのものである。一方,図2−2−28図2−2−29図2−2−30で示されている空間自己相関係数図は周波数を変数とする空間自己相関係数曲線となっており,周波数変化に伴って位相速度も変化してしまうので,第一種0次ベッセル関数曲線とは異なる。図3−1−9−1図3−1−9−2図3−1−9−3から明らかなとおり,観測微動波形から求めた空間自己相関係数と,平均後の観測位相速度に基づいて計算した第一種0次ベッセル関数曲線とは,ごく一部のデータを除き互いによく一致する。すなわち,本調査で提出(あるいは再度提出)する観測位相速度の推定結果は,正当なものと評価してよい。

基本モード以外の分散モードを最初から考慮した逆解析例は,微動アレイによる地下構造調査の分野では非常に少ない(たとえば,Ohori et al.[2002],新井ほか[2003]など)。そこで,従来の地下構造調査結果との比較検討という観点から,本調査の逆解析においては「その1調査」の場合と同じく,「基本モードのパワーが最も優勢」という仮定に立つ従来どおりの逆解析方針を踏襲した。すなわち,基本モード理論位相速度が観測位相速度から乖離する周波数範囲を,調査地点毎にあらかじめ推定しておき,遺伝的アルゴリズムの大規模計算を行う際には,上記周波数範囲の観測位相速度をデータセットから省いた。逆解析で使用しなかった観測位相速度については,図2−2−35図2−2−36図2−2−37図2−2−38図2−2−39図2−2−40の分散曲線比較図に水色で表示してある。

図3−1−10−1図3−1−10−2図3−1−10−3は,図2−2−35図2−2−36図2−2−37図2−2−38図2−2−39図2−2−40の下段の表示内容に加えて,逆解析最終結果から計算した1次モード分散の理論位相速度及び各モードのmedium responseを併記したものである。物理学的見地からmedium responseの意味を厳密に述べることは専門文献に譲り(たとえば,Harkrider and Anderson [1966] など),ここでは「その1調査」の場合に準拠して(東京都,2003c),medium responseを“各分散モードの表面波が顕著となる度合いを示す相対的な指標の一種”として考えることにする。すなわち,medium responseの大きなモードの表面波は,他のモードの表面波よりも卓越して観測結果に現れると予想できる。したがって,表面波位相速度についても同じく,medium responseが大きいモードに対応する位相速度ほど,顕著に推定されやすいと予想できる。

図3−1−10−1図3−1−10−2図3−1−10−3からわかるとおり,周波数約0.3Hz以上では,基本モードのmedium responseが全般的に1次モードのmedium responseよりも大きい。これは,先述の「基本モードのパワーが最も優勢」という仮定が成立していることを意味する。

また,観測位相速度と基本モード理論位相速度とが乖離する周波数約0.3Hz以下において,1次モードのmedium responseは基本モードのmedium responseよりも相対的に大きくなる。つまり,周波数約0.3Hz以下では,基本モードよりもむしろ1次モードのほうが卓越することがわかる。このとき,1次モードの理論位相速度は,観測位相速度にかなり近い値を示していることに注目したい。

以上から,周波数約0.3Hz付近よりも低周波側で理論位相速度と観測位相速度とが一致しなくなることの理由として,観測位相速度に高次モード分散の影響が含まれている可能性を示唆することができる。将来的には,高次モードの影響を最初から考慮した逆解析を実行することが可能であれば,位相速度の観測値とモデルによる計算値との違いは全般的に改善され,地下構造モデルの推定精度はさらに向上するものとが期待される。

なお,本節にて述べた見解は,同趣旨の既存調査結果に対して疑義を表明するものではない。本調査で採用した逆解析方法は,本調査と同趣旨の実施済み調査業務(地震関係基礎調査交付金による地下構造調査,その他)で常用されてきた方法を踏襲している。したがって,本調査で提出(あるいは再度提出)する逆解析結果は,公表済みの調査結果と同等に取り扱うことができる。