6−4 データ解析

観測データから表面波(レイリー波)を位相速度分散の形で推定するために,空間自己相関法(SPAC法)により解析を行った。図6−4−1に位相速度解析の流れ図を示す。

ア 前処理

作業手順で述べたように,データ取得のサンプリングは100Hzで行った。ただし,データ解析の際に,アレーサイズに応じてデータのリサンプリングを行っている。すなわち大アレーと中アレーで5Hz,小アレーで10Hzである。

解析の前処理として,まずデータセットを作成する。後述するスペクトル解析を行う際に分散が小さく精度の良いスペクトル推定量を得ることを目的として,全データ長を可能な限り多くの小区間(以後,ブロックと呼ぶ)に分割する。その際,車両や工場の振動などに起因すると考えられる時間的に非定常なノイズ部分に対して,必要に応じてフィルター処理などを行い,データセットの品質を向上させた。また,長周期成分の微動解析にあたっては,場合によって,ブロック長を倍にするなどの区間長の変更を行い,ブロック内に含まれる波数を増やすことにより,解析精度の向上に努めた。

イ スペクトル解析

各観測点及び各ブロックのスペクトルを計算し,微動の時間的・空間的な定常性を確認した。

SPAC法の解析では,前提として,時間的な定常性と空間的な定常性が要請されるため,記録波形から明らかに非定常なノイズ,例えばある特定の観測点にしかないウエーブレットを取り除いたり,全観測点のパワースペクトルの類似性の評価を行う必要がある。

先に述べた前処理の段階で波形記録から,これら非定常なノイズ部分に対してカットを行うことや,フィルター操作を行うことなどにより品質向上を図ったが,それでもノイズ成分が卓越している部分(ブロック)では,そのスペクトル形状が,他の大多数のスペクトルとは類似しない値となる。そのような,類似から乖離している程度が大きいと判断された場合には,このブロックを取り除き解析を行うか,または再観測を行う必要がある。

ウ 空間自己相関係数(SPAC法)

SPAC法による位相速度解析では,微動を定常確率過程と見なすほか,観測データの中ではレイリー波基本モードが卓越していることを仮定する。

解析は先ず推定したスペクトルからブロックごとに各観測データ間の空間自己相関関数を計算し,この結果を平均して空間自己相関関数とする(区間分割法;岡田ほか,1998)。

中心点を共有する相関距離のデータに対して,空間自己相関関数の方位平均を行うことにより,対象とするアレー内の空間自己相関係数を求めることができる。実際には正三角形を構成する地震計ペアの組合わせ(3組)における空間自己相関関数の平均をとることによって求める。今回用いた地震計アレーで構成される相関距離と,その地震計の組み合わせを表6−4−1に記す。また,組み合わせ概念図を図6−4−2に示す。組み合わせで表示している地震計番号は図6−3−3で示されているものである。

各組み合わせ番号に対して,それぞれ空間自己相関係数が計算される。今回用いた地震計アレーでは,複数の空間自己相関係数が求められている相関距離(地震計間距離)がある。例えば大アレー1374mでは組み合わせ番号2,3,4,5の4ケースで求められる。そのような場合は,それらの平均を用いて,その相関距離における空間自己相関係数とした。

この平均操作は,区間分割法の場合のように,数理統計的に安定した空間自己相関係数を求めるという意味の他に,空間的にアレーの大きさの視点で見た範囲での平均構造を求めるという意味も持つと考えられる。すなわち,各ケース間で直下の地下構造が異なる,いわゆる不均質構造がある場合,それらを一つの均質な構造と見なした解を得ることになる。“不均質構造の平均化”とでもいうべき操作にあたる。

エ 位相速度の推定(SPAC法)

SPAC法による位相速度推定には,微動信号を定常確率過程と仮定するほかに,観測データにはレイリー波基本モードが卓越していることを仮定する。この仮定により,空間自己相関係数は,次式のような第1種0次のベッセル関数で表現することができる。

Ρ(f,R) = J0(2πfR/c)

ここで,ρ(f,R)は空間自己相関係数,fは周波数,Rは半径,c=c(f)は位相速度である。実際の解析では,半径Rは相関距離で置き換えられる。

SPAC法では,空間自己相関係数を,上式のベッセル関数に当てはめて,対応する位相速度を求める。上式で明らかなように,@半径 Rを固定しρを周波数fの関数として考えれば位相速度は周波数に対応して求められる。一方,A周波数fを固定し,ρを半径 Rの関数として考えれば,その周波数fに対する位相速度が求められる。本調査のように多重正三角形アレーを採用している場合,位相速度は@,Aどちらの方法からでも求められる。

Aの方法による場合,位相速度はc=c(f)から,周波数fの関数であって半径Rの関数ではないので,周波数fを固定すれば定数のようにあつかえる。それにより,多様なアレーによる解の一種の平均操作といえる最小二乗法の適用が容易となるために,以後,本解析では,説明の便宜上,このような平均操作を統合操作と呼ぶことにする。

オ S波速度構造の推定

求められた位相速度を逆解析してS波速度構造を推定する。逆解析には,個体群探索分岐型遺伝的アルゴリズム(fGA)を用いる。fGAは遺伝的アルゴリズム(GA)の一種である。

GAは広域的な探索空間から効率的に適用度の高い解を求める方法として用いられている。この手法の最大の特徴は,初期モデルが必要でないことである。繰り返し計算で漸次残差を小さくしていく最小二乗法のような逆解析法では,出発モデルとしての初期モデルが必要である。一方,GAの場合,ある程度の解の存在予想範囲が把握できれば,その中でアルゴリズムに従って,その範囲内でデータを満足する解を探索することができる。ただし,GAは局所的残差最小部が多数存在する問題(多峰性問題)では適用が困難な場合もある。

このような局所的残差最小部が多数存在する問題に対応するために,個体群探索分岐型遺伝的アルゴリズムが提案された(長ほか,1999)。欠点としては,解を得るための十分な探索を必要として,また計算量も膨大となることである。

また,fGAでは解析を行った数(実験回数と呼ぶ)だけモデルを得ることができる。得られたモデルは,通常,モデルを得るまでの解析で十分な数の分岐を行わせれば,解析された位相速度を満足させるものとなることが多い。場合によっては,複数回の実験で類似性が少ないモデルが得られても,それらのモデルがすべて解析された位相速度を満足させることができるということもありうる。

この解析された位相速度を満足させることができるモデルは,最適モデル(最適解)となりうる必要条件を満たしているので,候補解と呼ぶこととする。候補解から最適解を選定または推定していくためには,ボーリング調査などによる速度情報のような独立した情報が必要となる。

解析パラメータとして,解析モデルの層数及び各層における層厚とS波速度の探索範囲とを設定する。図6−4−3にS波速度構造解析の流れ図を示す。