3−5−5 S波速度構造解析

観測データから得られた位相速度を使ってS波速度構造を推定する方法として,ここでは個体群探索分岐型遺伝的アルゴリズム(fGA)を用いた。この方法を適用する場合,モデルを特徴づける各種パラメータについて解の探索範囲を設定する。ここでは,それらのパラメータはモデルの層数,各層における層厚,S波速度などである。今回,層数に関しては,石油公団基礎試錐「石狩湾」で行われた物理検層(その内のソニック検層,密度検層),VSP 結果を参考にして,弾性波速度のコントラストが見られる境界をもとに5層(第四系,当別・望来層,盤の沢〜厚田層,奔須部都層上部,奔須部都層下部・定山渓層群)を設定した。それらに表層を1層加えて計6層を基本とした。探索範囲は,有用な事前情報がある場合,これを用いて設定し,効果的な解析を行うことができる(例えば,松岡ほか,2000)。当地域では,その情報として深部ボーリングについていえば周辺地域における石油関連のものに限られる。反射法地震探査関係の情報については,石油などの深部探査を目的としたものがあるが,その内容は公表されていない。本調査地域は,事前情報として参照できるものは非常に少ない。そのため,ここでは解析された位相速度からフォワードモデリングによって概略の構造を予想しておき,それを基に広めの探索範囲を設定した。また,先に述べたように全観測点で得られた位相速度の地域的分布を見ると,調査地域の西側のグループと東側のグループに二分される。調査地域の西側は,ほぼ山麓域に相当しており,全般的に基盤深度が,その東側のものより浅くなることが予想されるところである。また,今回収集した地質文献を解析した結果や既往重力データも,それを示唆していると考えられる。それを勘案してS波速度の探索範囲は西側の山麓域の方を東側より若干大きめに設定した。解析に用いたパラメータを以下に示す。

解析層数:6

探索範囲1(調査検討範囲西側山麓付近の観測点)

層   層厚(m)     S波速度(m/s)

1   20 〜 200    100 〜 400

2   30 〜 200    200 〜 600

3  200 〜 1000   1000 〜 2000

5  500 〜 1500   1500 〜 2700

6     −       2500 〜 3500

探索範囲2(調査検討範囲中央部,東側の観測点)

層   層厚(m)     S波速度(m/s)

1   50 〜 300   100 〜 600

2  100 〜 1000   400 〜 1200

3  300 〜 1300   500 〜 1500

4  500 〜 2000   800 〜 2000

5  500 〜 2000  1200 〜 2700

6     −      2000 〜 3500

解析では,S波速度構造の候補解を10個求めることとした。観測点No.8における例を図3−13に示す。図中,上右側が推定S波速度構造の候補,上左側が図右側の構造によるレイリー波基本モードの理論位相速度である。また,観測データから得られた位相速度を○印で示してある。この結果では,10個のS波速度構造モデルは全て解析された位相速度に十分適合している。よって,この10個のS波速度構造モデルは全て候補解となりうる。データ解析の項で述べたように候補解から最適解を選定または推定していくためには,ボーリング結果や反射法結果などの独立した情報のあることが望ましい。本年度は,反射法結果がないため,そのような手段による最適解の推定は難しい。そこで,解析された位相速度に適合する,これらの候補解を参照しながら,これも参考にし得る別種のデータ,すなわち重力データを考察し,その地域的傾向と整合するように1個の候補解を最適解として選定した。また,そのときに微動探査全21地点の構造のバランスも考慮した。すなわち,近傍の観測点で構造が急変しないように考慮した。最適解の構造と,そのレイリー波基本モードの理論位相速度は黒濃線で示してある。最適解については,反射法による地下構造が得られた後,再度考慮する必要があろう。

図3−13中,下右側が観測点No.8において選定した最適推定S波速度構造,下左側が図右側の構造によるレイリー波基本モードの理論位相速度である。最適解を残差最小ではなくて,上で示した検討結果を用いて選定した。そこで,最適解による理論位相速度と観測データから得られた位相速度との残差を調べた。それが最下図に示してある。残差の定義には以下の式による相対残差を用いた。

E=|Cobs−Ccal|/ Cobs

ここで,Eが相対残差,Cobsが観測値,すなわち解析で得られた位相速度,Ccalが計算値,すなわち理論位相速度である。この結果から,No.8では,0.25Hz付近,1Hz付近で0.05,すなわち約5%の相対残差があるが,それ以外では,相対残差は,0.02,すなわち,ほぼ2%以下である。

全観測点の解析結果を図3−14−1図3−14−2図3−14−3図3−14−4図3−14−5図3−14−6図3−14−7図3−14−8図3−14−9図3−14−10図3−14−11に示す。図右側には,上で示した手順によって決定されたS波速度構造と,その探索範囲を示している。推定されたS波速度構造は,本調査での目的の1つ,すなわち地震基盤と考える最下層は明らかに探索範囲内に収まっている,妥当なS波構造と考える。また左側には,解析された位相速度(○印)とS波速度構造から計算されるレイリー波基本モードの理論位相速度(実線)を重ねて示してある。これらは比較的良く一致しており,推定されたS波速度構造は観測から得られた位相速度をほぼ説明できていると考えられる。

今年度の測定結果は,次年度以降に実施される反射法地震探査結果などを参照した再検討が必要と考える。