(1) H/Vスペクトル比解析(卓越周波数)による検証

地下構造モデルで与えられる基盤深度と堆積層の平均S波速度の妥当性を検証するため、強震観測記録のS波主要動とコーダ部のH/Vスペクトル比から得られる1次ピークと、地下構造モデルから計算されるレイリー波基本モードのH/V理論曲線の1次ピーク(ノッチ周波数)との比較を行い得られたモデルの検証を実施した。検証に用いた地震は、S波主要動およびコーダ部に長周期成分が卓越する地震として、2000年10月6日の鳥取県西部地震、2004年9月5日の紀伊半島南東沖の地震(19時07分と23時57分)の計3地震を用いた。検証に用いた観測点を表3−4−4に示す。これ以外に、2000年10月31日の地震、1998年4月22日の地震についても計算を行ったが、低周波側でのスペクトル比が相対的に不安定であり、前者3つの地震より信頼度が劣る結果となったため除外した。この理由としては、これらの地震のマグニチュードが4〜5であり、十分な低周波パワーがなく、S/N比が低下しているためであると考えられる。

地震観測記録の波形処理は、S波主要動から80秒間を対象とした。H/Vスペクトル比の信頼性を高めるために、S波主要動部も解析区間に含めた。これは、基盤におけるコントラストが大きい場合には、S波主要動部のH/Vスペクトル比もコーダ波のH/Vスペクトル比も同じ振動数に現れるという研究報告を参考にしている(堀、ほか、2001)。抜き出した波形の端部には、1秒のコサインテーパーによるミュートを施した。H/Vスペクトル比は、水平動2成分と上下動の切り出した波形のフーリエ振幅スペクトルを求め、水平動(ベクトル和)と上下動成分のスペクトルの比をとることで求めた。一方、地下構造モデルに対しての理論H/Vスペクトル比は、三次元地下構造モデルから観測点位置に当たる地点を抜き出した一次元地下構造モデルに対して、レイリー波の基本モードの水平動と上下動の振幅比を計算することにより求めた。具体的には、一次元モデル(水平多層+半無限)に対するレイリー波基本モードのH/V振幅比を、Thomson−Haskellマトリックス法を使用して計算した。

図3−4−6−1には、各地点で観測された加速度波形のフーリエスペクトルを、収集した地震ごとに重ねた結果を示した。図3−4−6−2には収集した地震のフーリエスペクトルを観測点ごとに重ねた結果を示した。注意すべきは、基盤が浅い観測点(MIE013、MIE017 )でも、2004/09/05の地震では、5秒を超える周期でピークを持っているということである(図3−4−6−1)。これは、震源効果と伝播効果によると考えられ、特に熊野灘を伝播する過程で、表面波が励起・発達している可能性が考えられる。これらの地震に対するスペクトル解析では、直下の地盤増幅以外の効果が混入する可能性があり、これらを誤って解釈しないよう注意が必要である。逆に、「東南海地震」、「東海地震」など南方から地震波が入射する想定地震に対する強震動予測を考える場合には、南方地域のモデル化も併せて考える必要があると言える。図3−4−7には各検証地点における理論H/Vスペクトル比を各地震に対するH/Vスペクトル比と重ねて示す。図中に、レーリー波基本モード、および、1st higher mode のH/V理論曲線を黒線(それぞれ、実線と一点鎖線)で書き加えている。モデルから計算した理論H/Vスペクトル比の第1ノッチ周波数は、ほぼすべての地点で地震観測記録によるH/Vスペクトル比の卓越周波数と概ね対応しており、モデルの妥当性が確認できる。具体的には、MIEP05(桑名)、MIE003(四日市)、MIEP07(鈴鹿)で0.1〜0.2Hzを示し、MIE006(津)で0.3〜0.4Hz、MIE009(松阪)では1.0〜2.0Hz、であった。各地震で、若干ピーク周波数がずれているが、地震による系統的なずれはなく解析誤差であると考える。すなわち、各地震の第1ピーク周期の相互ずれより有意にモデル結果がずれていると考えられる観測点は存在しない。ただし、MIE002(菰野)においては、地震によってピークの出現が不安定である。南方入射の地震に比べて、西から入射した地震の第1ピーク周期の方が小さな値を示す。これは、この地点が鈴鹿山地の山麓に位置し、盆地・山地境界部のために、一次元構造を仮定する本手法の適応限界に起因している可能性がある。この場合、基盤深度が急変する東西方向からの地震(鳥取県西部地震)ではなく、伊勢平野を長く伝わる南北方向からの地震(紀伊半島南東沖の地震)の第1ピーク周期がより代表的な値を示すと考えられる。