6−2 差分法計算による検証

3次元有限差分法による計算波形は周期2秒以上を対象としている。そのため比較に際して、計算波形と観測波形には0.3Hzのローパスフィルター処理を施した。また計算波形は速度で得られるため、加速度波形である観測波形を積分し速度波形に変換した。

図6−5−1図6−5−2図6−5−3には、観測波形と計算結果を平面的に示した。図6−5−1図6−5−2図6−5−3より、震源に近い濃尾平野中央部では実体波および後続波が卓越した波形が見られ、濃尾平野周辺部に行くにつれて振幅が小さくなっていること、震源近傍の山地部では実体波が卓越し後続波形が目立たないという傾向は観測波形、計算波形ともに対応しており、地盤モデルの概略的な形状は妥当なものであると考えられる。しかしながら特に水平2成分では、濃尾平野中央部の計算波形の振幅レベルは、実体波部、後続波部ともに観測波形よりも小さく、観測波形では実体波の直後の後続波のさらに40秒程度後に見られる後続波が計算波形には見られない。

観測波形と計算波形を詳細に比較するため、図6−4に赤い四角で示したGIF022、AIC003、AIC004、AIC009の4地点における計算波形と観測波形を重ねて図6−6図6−7図6−8図6−9に示した。また図6.10には、計算結果の最大速度分布のスナップショットを示した。図6−10−1図6−10−2においてGIF022、AIC003、AIC004、AIC009の4地点を黒点で示した。図6−11−1図6−11−2図6−11−3にはAIC003、AIC004、GIF022を通る3つの東西断面での波形のトレースアップを示した。同図において赤い波形は各観測点の位置を示す。

GIF022は、震源近傍の養老山地上の観測点であるため、約5秒後に見られる直達波以降は堆積層による影響も見られず、単純な波形となっている。しかしながらNS成分は振幅、位相ともに対応がよいが、EW成分、UD成分は位相が観測波形に比べて計算波形の方が速い。これは地盤構造とともに震源メカニズムの影響があると考えられる。

本計算で用いている震源メカニズムは、気象庁より公表されているパラメータを用いているが、気象庁より公表されているパラメータは観測記録の初動のセンスから決定している。一方で防災科学技術研究所(F−net)より公表されている震源メカニズムは波形が合うようにパラメータを決定している。どちらが適当なパラメータであるか判断することは難しいが、観測記録を満足する震源メカニズムを把握することが重要と考えられる。場合によっては観測記録から震源インバージョンを実施し、その結果の震源メカニズムを用いることも1つの方法と考える。

また地盤構造に関しては、GIF022についてはS波増幅度の周波数特性を合わせた結果Vs=0.5km/s層の下に基盤が存在する構造となったが、風化の影響を考慮すればVs=0.5km/s層と基盤の間にVs=2.0km/s程度の速度層が入る可能性があると考えられる。本モデルでは基盤岩類には上面からVs=3.0km/s(Vp=5.5km/s)の単一の速度を付与しており、表層地質として基盤岩類が露頭している山地部では地表からVs=3.0km/sがS波速度として付与されているが、4.3で述べたとおり風化などの影響により現実は単一の速度ではないと考えられる。山地部の速度を適切に付与することで地下構造モデルの改善につながると考えられる。

AIC003は、観測波形と計算波形の対応がよくなかった濃尾平野の中央部に位置する。計算波形の振幅、位相ともに観測波形と対応がよくない。特にEW成分において計算波形では、図6−11−1でわかるように実体波から後続波までほぼ同じ振幅レベルで5〜30秒の間で卓越しているが、観測波形では5〜15秒付近で実体波部分の振幅が卓越しており、観測波形を再現していない。また観測波形において80〜100秒付近で見られる波群が計算波形には見られない。AIC003についてはH/VスペクトルやS波増幅度で周期特性は合っているものの、養老山地からAIC003の間は地震観測点がなく地震観測記録に基づく地下構造モデルの妥当性が確認できていない。この養老山地からAIC003までの地下構造の形状や速度構成を修正することにより5〜15秒付近の波形の特徴が再現できると考えられるが、その根拠となるデータの充実が不可欠である。80〜100秒付近で見られる波群は図6−10−1図6−10−2のスナップショットより濃尾平野の北端から反射して戻ってきた波群と考えられる。計算結果ではこの波群は減衰してしまっているように見ることができ、地下構造の形状の精度を高めることが平野の端部から反射して戻ってきた波群を再現でき、観測波形との対応がよくなるものと考えられる。

AIC004は濃尾平野東部の東海層群が露頭する地域に位置するが、位相は若干ずれているが、計算波形の70秒程度までの振幅レベルは観測波形と対応がよい。一方でAIC003と同様、観測波形の80秒以降に見られる波群は計算波形には見られない。この波群は図6−10−1図6−10−2のスナップショットより、濃尾平野の東部で様々な方向から反射して戻ってきた波群が集まったものと考えられる。AIC003と同様に、計算結果ではこの波群は減衰してしまっているように見ることができる。地下構造の形状の精度を高めることや堆積層のQ値を修正することで観測波形との対応がよくなるものと考えられる。

AIC009は、AIC004からさらに東の基盤深度が浅い地域に位置する。特にEW成分、UD成分において、30秒程度までの計算波形は振幅、位相とも観測波形と概ね対応している。しかしながら30秒以降に見られる後続波の振幅は観測波形に比べて小さくなっており、堆積層のQ値を修正することで観測波形との対応がよくなるものと考えられる。

図6−12−1図6−12−2図6−12−3図6−12−4図6−12−5図6−12−6図6−12−7に、上記4地点以外の濃尾平野内における地震観測地点(図6−4の青い四角)の観測波形と計算波形を重ねて示す。図6−5−1図6−5−2図6−5−3で述べたように全体としては観測波形と計算波形は概ね対応しているものの、個別に見ていくと平野中央部から平野北部の地点であるAIC001、12122A、12148A、12140Aでは、計算波形における表面波の振幅レベルが観測波形よりも大きくなっており、一方で平野南部の地点である12151A、12152A、K2404A、12153Aでは、特にNS成分において計算波形における表面波の振幅レベルが観測波形よりも小さい。今後より多数の地震観測地点の記録を用いて、計算波形が観測波形の振幅レベル、包絡形状、さらには位相を満足するように、地盤の3次元的な形状、速度層構成、Q値などのパラメータを修正していくことが重要である。

以上より下記の点に留意することで、より精度の高い地盤モデルの構築につながると考えられる。

・山地部において風化などの影響を考慮した速度構造の付与を行う。

山地部における地震観測点の増加やボーリング、PS検層などの調査が望まれるが、観測波形を満足する速度境界としての構造を、地震観測記録を満足するように試行錯誤することによりモデルの改善につながると考えられる。また波形シミュレーションの前に山地部における地震観測記録を用いてレシーバ関数やS波増幅度により観測地点での地盤モデルを推定し、拘束可能な地点を増やしていくことも山地部のモデル化の方法と考えられる。

・養老山地近傍の地下構造と速度値のモデル化。

本検討ではAIC003地点の波形をとりあげて養老山地の近傍のモデル化を課題としてあげたが、1地点での検討ではなく多点で観測波形を検討し、どの波群がどの方向から到来しているか把握することが重要と考える。その意味で地震観測点の更なる増加が望まれるが、現状は限られた観測地点の波形を満足する養老断層近傍の速度構造を試行錯誤することによりモデルの改善につながると考えられる。

・後続波を再現するためのQ値の修正。

本検討では堆積層に対しては一律でQ値を100と設定しており、S波増幅度の検討においては高周波数域でQを過大に評価していること、一方で長周期域を対象とする差分法の計算においては振幅レベルは概ね対応していたことから、堆積層においてQ値の周波数依存性を示唆する結果となった。また巻末資料にて詳細は述べるが、表面波の振幅レベルは震源深さにも大きく依存する。そのため適切なQ値を設定するためには、濃尾平野地域におけるQ値に関する知見が望まれるが、現状では適切な震源メカニズムを設定し、その設定条件下で地震観測記録を満足するQ値を試行錯誤して探るという作業がモデルの改善につながると考えられる。

図6−5−1  観測波形と計算結果の平面分布(NS成分)

図6−5−2  観測波形と計算結果の平面分布(EW成分)

図6−5−3  観測波形と計算結果の平面分布(UD成分)

図6−6 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較(GIF022)

図6−7 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較(AIC003)

図6−8 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較(AIC004)

図6−9 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較(AIC009)

図6−10−1 計算結果の最大速度分布のスナップショット(左からNS、EW、UD)

図6−10−2 計算結果の最大速度分布のスナップショット(左からNS、EW、UD)

図6−11−1 3次元有限差分法による計算波形例

図6−11−2 3次元有限差分法による計算波形例

図6−11−3 3次元有限差分法による計算波形例

図6−12−1 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較

図6−12−2 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較

図6−12−3 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較

図6−12−4 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較

図6−12−5 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較

図6−12−6 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較

図6−12−7 3次元有限差分法による計算波形と観測波形との比較