5−5−1 PS変換波に着目したレシーバ関数による確認

レシーバ関数解析は、基盤岩と堆積層のように速度コントラストが大きい速度境界ではPS変換波が発生しやすいという特性を利用し、P波とPS変換波の走時差に着目し、観測点直下の概略の基盤深度を求める方法である。ここでは、濃尾平野内の強震計観測点での観測記録を利用して各観測点でのレシーバ関数(PS−P時間)を求め、地下構造モデルから計算される値と比較した。

レシーバ関数の計算に使用した地震や検証に用いた地震観測点は、表5−5−1の通りである。ただし、データを調べた結果、観測点22205Aについては明瞭なピークが見られなかったため、また、観測点G4121AおよびKOGAに関しては1つの地震しか観測記録が得られていないため検証には使用していない。

レシーバ関数は、P波初動から3秒間のデータを抜き出し、ラディアル成分と上下成分の波形のフーリエスペクトルを計算し、ラディアル成分と上下成分のクロススペクトルを上下成分のフーリエスペクトルで除し、さらに時間領域に変換することにより求めた。時間領域に変換したあとに0.5Hzのローカットフィルターおよび5Hzのハイカットフィルターを施している。データ解析長は3秒間を基本としているが、S波主要動が含まれてしまう場合には適宜データ解析長を調整した(表5−5−1)。

一方、観測点それぞれについて、3次元地下構造モデルから抜き出したP波、S波の速度構造を用いて理論レシーバ関数を計算した。計算は水平成層構造を仮定し、離散化波数法(Bouchon M.,1979)により求めた。観測点毎に表5−5−2に示したP波の入射角の平均値を求め、その入射角で中心周期0.5秒のリッカーウエーブレットを入射させ、地表応答として現れる水平成分と上下成分の波形を観測波形に対して同様の処理を施し理論レシーバ関数を求めた。

図5−5−1には観測レシーバ関数と理論レシーバ関数の比較図を、図5−5−2には観測レシーバ関数より得られるPS−P時間と理論レシーバ関数より得られるPS−P時間の差の分布を示す。各観測地点で観測によるPS−P時間と地盤モデルによるPS−P時間は概ねよく対応しているが、濃尾平野南部の観測点12151A、12152A、12153Aでは、観測によるPS−P時間に比べて地盤モデルによるPS−P時間が0.2秒程度短くなっている。図5−5−3には観測PS−P時間と理論PS−P時間の比較図を示す。同図に示した理論PS−P時間は、観測点毎に表5−5−2に示したP波の入射角の平均値を求め、その入射角の場合の理論PS−P時間を示している。図5−5−2より、12151A、12152A、12153Aの3地点でのずれが大きいものの、観測地点間の相対的なPS−P時間は観測と理論で概ね対応しており、修正した地下構造モデルの基盤深度の概略的な傾向は妥当なものと考えられる。

12151A、12152A、12153Aの3地点は主に基盤の深度とS波速度構造に着目したH/Vスペクトルによるピーク周波数は観測値とモデルによる理論値の対応がよいことから、PS−P時間でモデルによる理論PS−P時間が観測PS−P時間より短いのは、S波速度に対する相対的なP波速度が現実より遅いことが考えられる。図5−5−4に各検証地点で観測PS−P時間を満足するようにP波速度を調整したときのモデルのP波速度とS波速度の関係を、既往のPS検層データのP波速度とS波速度の関係と重ねて示す。観測PS−P時間を満足させることでモデルのP波速度とS波速度の関係はばらつきが見られるが、既往のPS検層データのばらつきの範囲内にあることがわかる。すなわち観測と理論でPS−P時間に若干のずれが生じているのは、P波速度とS波速度の関係において本来は地点や地域による違いがあるが、濃尾平野全域に対して共通のP波速度とS波速度の関係式を用いていることが要因の1つと考えられる。

本来は、P波速度とS波速度の関係に地域による違いがあることを念頭に置かなければならないが、現状ではP波速度とS波速度を一部の地域ごとに単独で設定できるほどデータは十分ではなく、それをカバーするために速度境界面を適切に設定することが重要である。

表5−5−1 解析に用いた地震の最大振幅一覧

表5−5−2 P波入射角の一覧(鉛直下向を0度とする)

図5−5−1 観測地震波によるレシーバ関数と作成した地盤モデルより計算したPS−P時間との比較

図5−5−2 観測PS−P時間と理論PS−P時間の差の分布

図5−5−3 観測PS−P時間と理論PS−P時間の比較

図5−5−4 P波速度とS波速度の関係