5−2 S波増幅度による検証

地下構造モデルのうち、堆積層のS波速度構造の妥当性を評価するために、周波数0.5−5Hz前後の増幅度に着目して、観測地震記録から抽出されるS波増幅度と作成した地下構造モデルから計算される増幅度の比較を行った。

S波増幅度の抽出にはできるだけ多くの地震を使うことが望ましいが、濃尾平野の強震観測点でS波部分が十分にS/N比の大きい記録の得られている地震の数は限られている。今回は、表5−2−1に示す濃尾平野周辺で発生した16個の地震を使用し、図5−2−1にそれらの震央位置を示す。

S波増幅度の推定に用いた地震観測地点は上記の地震のうち3地震以上の観測記録がある地点とした。図5−2−2にS波増幅度の推定に用いた地震観測地点の分布を示す。これらの観測地点のうち、地下構造モデルの検証に使用した地震観測地点は、濃尾平野および周辺に分布するK−NET地震観測点の9地点とした。図5−2−3に検証地点の分布を示す。

波形処理は、震央と各観測地点との位置関係から水平2成分の観測記録をトランスバース方向の波形にベクトル変換した波形を用いた。図5−2−4に、各観測点におけるトランスバース方向のS波主要動部のフーリエスペクトルの一例を示した。地震観測記録からS波増幅度の推定は以下のように行った。

観測記録のフーリエスペクトルA(ω)は、次式のように震源の影響S(ω)、伝播特性の影響P(ω)、観測点直下の地盤特性H(ω)の積として以下のように表現される。

A(ω) = S(ω) × P(ω) × H(ω)

伝播特性の影響P(ω)は幾何減衰と内部減衰を考慮して、次のように表される。

P(ω) = 1/R exp(−ωR/2QVs)

ここで、Rは震源距離(km)、Vsは地震基盤以深のS波速度、QはQ値である。

そこで以下の手順を用いて、地震ごとに各観測点のS波増幅度を抽出する。

1) VsとQを仮定してP(ω)を計算する。ここでは、Vs=3.6(km/s)、Q=100f0.7 とした。

2) S(ω)×P(ω)の減衰曲線と各観測地点の観測記録スペクトルA(ω)との残差が最も小さくなるようにしてS'(ω)を決定する。ここで、S'(ω)はH(ω)の平均的な成分を含んでいるものの、ωcよりも十分に低い周波数帯域ではH(ω)が2.0でほぼ一定であるとして振幅を調整する。

3) S'(ω)について、地震ごとにmo(地震モーメント)とωc(コーナー周波数)を推定する。

4) moとωcからS(ω)=mo/(1+(ω/ωc)2)を求め、S(ω)×P(ω)と各観測地点のフーリエスペクトルA(ω)との比を取り、それをH(ω)とする。

このようにして得られたS’(ω)、S(ω)及びH(ω)を図5−2−5−2図5−2−6にそれぞれ示す。H(ω)は、地盤のS波増幅度を現わしているものと考えられる。ただし、増幅度の大きさに関しては若干議論の残るところである。

一方、3次元地下構造モデルから各観測点での1次元S波構造を抜き出し、重複反射理論に基づいて増幅度を計算し、それらと先に抽出したS波増幅度と比較した。なお、理論増幅度の計算において、堆積層のQ値は100とした。図5−2−7に各観測点での1次元のS波速度構造モデルを示す。

観測記録より推定したS波増幅度と計算による増幅度の比較結果を図5−2−8に示す。比較する周波数範囲としては、上述の通り、やや浅層部のモデルの検証を対象に、地震のスペクトルが卓越する0.5〜5Hzの範囲を主な対象とした。

図5−2−8より、重複反射理論によるピークの周波数には堆積層の影響と推定される0.5〜5Hzに特徴的なピークを有するものがあり、観測記録より推定した増幅度のピークの周波数と概ね対応している。周波数1Hz以上の領域においては、理論増幅度のレベルが観測記録より推定した増幅度のレベルを上回っている。これは理論増幅度の計算において、堆積層のQ値を一律100としたため、減衰を過小評価したものと考えられる。しかしながら堆積層の各層にQ値を適切に設定するための十分な資料がなく、今後の課題である。

検証の対象とした9地点のうち、平野の端部付近に分布するGIF020、GIF022の2地点については、重複反射理論による1次固有周波数が観測記録による増幅度の1次ピークより高くなっている。これらの2地点付近には地下構造推定のためのデータがなく、表層の地質分布より推定され、先に設定した地下構造の地質境界面の確実性が低いと考えられる。このため基盤の境界を深く、または堆積層の速度値を遅くすることによって地下構造モデルの改善につながるものと考えられる。

表5−2−1 検証で使用した地震

図5−2−1 S波増幅度の推定に用いた地震の震央分布

図5−2−2 S波増幅度の推定に用いた地震観測地点の分布

図5−2−3 検証に用いた地震観測地点の分布

図5−2−4 トランスバース成分に変換した波形の一例(2000.10.31三重県南部)

図5−2−5−1 観測記録のフーリエスペクトルの一例(2000.10.31三重県南部)

図5−2−5−2 観測記録より求めたS’(ω)(青線)と推定したmoとfcより得られたS(ω)(赤線)

図5−2−6 推定したS波増幅特性H(ω)の一覧

図5−2−7 検証に用いた地震観測地点のS波速度構造

図5−2−8 地盤モデルより計算される増幅度(青色)と抽出したH(ω)(桃色)の比較