中新世末に陸地化していた第一瀬戸内海の区域が中新世末〜鮮新世始めに伊勢湾周辺から沈降し始め(引き続き、琵琶湖周辺、大阪周辺が沈降)、現在の伊勢湾およびその周辺地域に東海盆地(東海湖)と呼ばれる沈降帯が生まれた。この東海盆地に形成された地層が東海層群と呼ばれている。東海盆地は、伊勢湾中央部から北西に移動し、最も広い時には、伊勢平野から濃尾平野南部及び東部丘陵を覆った。この時期の養老山地は、浅い湖から陸地化した状態であった。沈降帯は第二瀬戸内海あるいは東海湖と言われる狭い範囲に限定されていき、鮮新世末〜更新世初期に鈴鹿山地と養老山地の間の藤原町付近で消滅したと言われている。(図3−1−2参照)このような堆積環境にある東海層群は、かつての東海湖の中心となった伊勢湾中央部から濃尾平野にかけての地域では厚く堆積し、その厚さは1000mにも達し、周辺部ほど薄くなっている。
名古屋東部の東部丘陵や知多半島の中部、四日市の西部の丘陵には、基盤岩類や中新統を覆って東海盆地の堆積物である東海層群(東部丘陵では瀬戸層群、知多半島では常滑層群、四日市周辺では奄芸層群と呼ばれる)が分布する。地表に露頭している場合には風化層が厚い。
第三紀中新世の堆積岩(中新統)は、圧縮強度が数10,000 kN/m2程度の軟岩である。第三紀鮮新世の堆積岩である東海層群は、半固結で砂・礫・粘土等より構成される。
図3−1−2 第一、第二瀬戸内海と東海湖の変遷(最新名古屋地盤図による)