両地点は約500m離れているが、AICH04地点もO−3地点の調査アレー範囲内にあり、深度300〜370mにかけて速度値に若干の違いが見られるものの、ほぼ同様の速度構造となっている。これらのS波速度構造から、S波の鉛直入射による理論増幅特性を求めるためには、各層の層厚、S波速度値のほかにQ値が必要となる。そこで、まず、AICH04の地表と地中(GL−1055m)での地震観測記録を用い、AICH04の速度構造による地中の観測波形に対する地表の理論波形が、観測波形と一致する各層のS波のQ値(Qs)を、遺伝的アルゴリズム(GA)によるインバージョンにより求めた。
用いた地震記録は、3.5節で述べたEQ−1(2000/10/6鳥取県西部地震)のNS成分、EQ−2(2000/10/31志摩半島の地震)とEQ−4(2001/2/23浜名湖の地震)のNS、EW成分である。
図6−2−3に地中の各観測記録波形および地表の観測波形(黒線)とインバージョンの結果求められた理論波形(赤線)との比較を示す。また、それぞれの地震・成分ごとに求められたQs値の層分布を図6−2−4に示す。
地表の観測波形に対する理論波形の一致度は短周期成分であまり良くないが、比較的長い周期成分は良い一致度を示している。参考に、図6−2−5に、4 Hzからのハイカットフィルターを施した時の地中の波形および地表の理論波形と観測波形(フィルター波形)を示す。
このようなインバージョンにより各地震・成分について求められたQs値は、第1〜4層(Vs 190〜610m/sの深度300mまでの層)についてはほぼ同程度の値が得られた。一方、それ以深の、第5層(Vs2400m/s)ではバラツキが大きく、最下層(Vs3300m/s)ではバラツキはそれほど大きくない(70〜80)ものの、いくぶん小さな目な値となった。なお、求められた各層のQs値の信頼性については、今後、感度解析等により検討する必要はある。
各速度層ごとに求められた5つのQs値の平均値を以って、それぞれの層のQs値とした。各層のQs値とS波速度値は、表6−2−1に示すとおりである。
表6−2−1 各層のS波速度値とインバージョンにより求められたQs値
さらに、表4−5−1に示されている層区分を考慮し、S波速度値を8段階に区分けして、ここで得られたS波速度値とQs値の関係から外挿して各速度区分ごとのQs値を、表6−2−2に示す値とした。
表6−2−2 S波速度区分ごとのQs値
以下のS波の理論増幅特性の計算においては、各S波速度層のQ値はその速度値に応じて、表6−2−2のQsの値を用いた。図6−2−6に、AICH04地点のPS検層結果とO−3地点の微動アレー探査結果によるそれぞれのS波速度構造に対するS波の理論増幅特性を示す。
図6−2−6 AICH04地点とO−3地点の速度構造によるS波の理論増幅特性
高次のピーク周期と増幅率の値に若干の違いが見られるが、両者の増幅特性は、概略的には同様の特性と見なせるものと考えられる。
一方、前述したように、Kik−netのAICH04観測点では地表(GL−0)と深度1055mの地中(GL−1055)で地震観測が行われている。既存資料として収集した同地点の観測記録を用い、フーリエスペクトル解析により求めたGL−0のスペクトル或いはGL−1055に対するGL−0のスペクトル比(GL−0/GL−1055)と上述の増幅特性との比較により、地下構造モデルの妥当性の検討を行った。増幅率は基盤への入射波に対する地表での観測波の倍率であるのに対し、スペクトル比は入射波と下降波が足し合わされた地中での観測波に対する地表での観測波の倍率であり、両者は同じものを見ているわけではない。しかしながら、増幅率がピークとなる周期で、地表のスペクトルやスペクトル比もピークを示すものと予想されることから、これらの比較を行うこととした。用いた地震は3.5節で述べたEQ−1(2000/10/6鳥取県西部地震、M7.3)、EQ−2(2000/10/31志摩半島の地震、M5.5)、EQ−3(2001/1/6岐阜県南東部の地震、M4.6)、EQ−4(2001/2/23浜名湖の地震、M4.9)およびEQ−7(2001/9/27愛知県西部の地震、M4.3)であり、水平動2成分のS波主要動部分約10秒間(EQ−1のみ約40秒間)の記録について、FFTにより位相を考慮した合成フーリエスペクトル(バンド幅0.3HzのParzenウィンドによる平滑化を施した結果)およびスペクトル比を求めた。
解析に用いた地震記録波形を図6−2−7に示す(赤枠で囲まれた部分が解析区間)。各地震についての解析結果(GL−0とGL−1055のフーリエスペクトル、GL−0/GL−1055のスペクトル比とAICH04、O−3の増幅特性との比較)を図6−2−8−1、図6−2−8−2、図6−2−8−3、図6−2−8−4、図6−2−8−5に示す。
AICH04(PS検層結果)、O−3(微動アレー探査結果)のどちらの速度構造モデルからも、地表で大きな増幅が期待される最も長い周期は2秒強と推定される(図6−2−6参照)。一方、図6−2−8−1、図6−2−8−2、図6−2−8−3、図6−2−8−4、図6−2−8−5に示されるようにいずれの地震においても、この周期が地表(GL−0)のスペクトルでピークを示す最も長い周期となっている。また、EQ−3およびEQ−7では顕著ではないが、地中(GL−1055)に対する地表のスペクトル比も、周期2秒程度で増大していることが認められる。構造モデルによる増幅特性で、その次に長い周期でピークを示す周期は0.8〜0.9秒であるが、この周期でGL−0のスペクトルおよびスペクトル比の増大も5つの地震に共通して見られ良い対応を示している。
これら比較的長い周期成分は、地表から地震基盤に至るまでの深部地下構造を反映しているものと考えられる。今回微動アレー探査により推定した速度構造モデルによる増幅特性は、そのような長周期範囲の地震動の周期特性と良い対応を示していることから、求められた地下構造は、概略的な構造としてはほぼ妥当なものであると考えられる。