青木・他(1972)は1966年、1967年に行われた渥美・能登沖爆破に基づき、愛知県東部から能登半島に至るほぼ南北測線の地殻構造を求めている。その測線と求められた構造断面を、それぞれ図3−4−1と図3−4−2に示す。伊神(1978)は、1974年から1977年にかけて実施された伊豆大島、稲武、水窪、花沢、南伊豆爆破(稲武は砕石爆破)から、伊豆大島と稲武を結ぶ側線(図3−4−3)について図3−4−4に示す地殻構造を求めている。
地震防災を目的とした爆破地震探査としては、鍋田爆破(1980年3月と11月)および田原爆破(1980年11月)による屈折法地震探査が、中京圏基盤構造研究グループにより実施されている。図3−4−5に爆破点と測線(B測線)を、図3−4−6に正木・他(1982)による解析結果(鍋田爆破点から西へ延びたC測線を含む)を示す。