(1)位相速度解析

(1−1)解析方法

観測データから表面波(ここではレイリー波)の位相速度を推定するために空間自己相関法(SPAC法)を用いた。この手法は微動信号を定常確率過程として取り扱っている。図2−5−11に解析の流れを示す。

@ スペクトルの推定

観測データからレイリー波位相速度を推定するには、微動信号のスペクトル推定が必要である。解析は、観測データが十分長いこと及び計算量が大きいことを考慮して、FFT法を用いた。統計的な手法で微動信号を取り扱うために微動信号の定常性が要求されている。そこで、先ず収録データに対しノイズ解析を行い、デジタルフィルターによりノイズを除去する。次に、ノイズ除去後のデータを一定の区間長(基本区間)で分割し、分散性解析により定常性が良い区間のみ抽出してアンサンブルを作成する。続いてFFTにより各区間のスペクトル及びスペクトルのアンサンブル平均を計算し、更にPARZENウィンドウによりこのアンサンブル平均スペクトルを平滑化する。以上の一連の解析により得られたスペクトルを表面波のスペクトル推定量として用いる。

A SPAC法による位相速度解析

SPAC法による位相速度解析は、微動信号を定常確率過程と見なすほか、観測データにはレイリー波の1つのモード(ここでは基本モード)が卓越することを仮定する。この2つの仮定が満たされれば、空間自己相関係数は第一種0次ベッセル関数で表すことが出来る。

即ち:式2−5−4−1

ここで、p(f,R) は空間自己相関係数、fは周波数、Rは半径、c = c(f)は位相速度である。解析は先ず推定したスペクトルから各観測データ間の規格化空間自己相関関数を計算する。次に、半径毎の空間自己相関関数の方位平均値を求める。この方位平均値を空間自己相関係数と言う。続いて、上述の関係式を用いて半径毎のデータから位相速度を推定する。最後に半径ごとの位相速度を用いて調査地点におけるレイリー波位相速度を推定する。

(1−2) 解析結果

位相速度解析に用いた諸パラメーターは表2−5−7に示す。

なお、データを分割するとき、テーパー5%の余弦コンボリューションタイムウィンドーを用いた。

図2−5−12図2−5−13図2−5−14図2−5−15図2−5−16図2−5−17図2−5−18図2−5−19図2−5−20図2−5−21図2−5−22図2−5−23にNP1〜NP12地点の各アレイにおける微動信号のパワースペクトル、空間自己相関係数及びレイリー波位相速度を示す。

@ 微動信号のスペクトル

観測された微動信号のパワースペクトルから以下のことが判る。

・NP8、NP9、NP11を除いて、0.2Hz(周期5秒)以上の周波数範囲において、各地点の微動信号のパワースペクトルは約10−8cm/s(10−2mkine・s)レベルで、且つ7つのアレイ要素点のデータは非常に揃っており、高い品質のデータが収録されたと判断できる。

・NP8、NP9、NP11地点は台風が過ぎた後で測定したので、パワースペクトルのレベルが他地点に比べ低く、1Hz以下の長周期の波のエネルギーが約10−9cm/s(10−3mkine・s)以下に落ちている。

・NP12地点は、1Hz以下の長周期波動のエネルギーが特に低かったため、再測定を行なった。再測定の結果は、図2−5−23(a)に示すようにパワースペクトルが約10−8cm/s(10−2mkine・s)レベルと1オーダー以上大きい微動が観測され、解析に十分なデータが取得された。図2−5−24には、NP12地点における測定時期の違いによる微動のパワースペクトルの相違を示す。

A 空間自己相関係数

調査地点毎の求められた各アレイのアレイ半径毎の空間自己相関係数は以下のとおりであった。

・各地点のS、Mアレイの空間自己相関係数はアレイ半径の逆順にきれいに揃っており、最小値も0.4(第1種0次ベッセル関数の最小値)程度で、品質の高いものと考えられる。

・Lアレイの空間自己相関係数は、アレイ半径の逆順に揃っているものの、品質が劣る傾向が見られる。特に、上述したパワースペクトルレベルが低いNP8、NP9、NP11は空間自己相関係数の品質も低いと判断できる。

B レイリー波位相速度

各地点におけるアレイ半径毎のデータから推定した位相速度を図2−5−12(c)〜図2−5−23(c)に示す。最終的に決定した位相速度は、推定した等価アレイ半径毎の位相速度を平均することによって求めた。調査地点毎の求められた位相速度を図2−5−25に示す。なお、図中には求められた位相速度の品質を把握するために、各地点における半径ごとのデータから推定した位相速度を用いて求めた位相速度のばらつきも表示している。また、調査地点間の位相速度の比較を示したものを図2−5−26に示す。解析結果は以下のとおりである。

・NP8、NP9、NP11、NP12を除いて、各地点は約0.2Hz(周期5秒)〜4.0Hz以上の周波数範囲の位相速度を推定することができた。

・NP8、NP9、NP11地点は、約0.25Hz〜4.0Hz以上、NP12地点は約0.3Hz〜4Hz以上の周波数範囲の位相速度を推定することができた。

・求められた位相速度のばらつきの程度は、地点毎にやや異なるが概ね0.7Hz〜1Hz以上では約5%、それ以下では約5%〜10%となっており、周波数が低くなるにつれて位相速度のばらつきがやや大きくなるものの、全体としてはばらつきの分布幅は小さく、推定した位相速度の信頼性が高いと考えられる。

・各地点の位相速度は、低周波数側(0.2Hz付近)は約2200m/s、高周波数側(4Hz)は約150m/sで、表層地盤から地震基盤(Vs≒3km/s)までの構造を反映するものであると判断できる。

・各地点の位相速度曲線は2Hz前後及び0.35Hz〜0.7Hz間に明瞭な変曲点がある。これは地下の大きな速度境界面に対応すると考えられる。

図2−5−26に示した各地点の位相速度の比較では、NP11、NP12地点の位相速度が他の地点と異なる傾向を示し、他地点に比べて基盤深度が浅いものと推察される。