「あっ、地震だ!」のように日常用語として使う地震は、人が感じた大地の揺れを意味することが多いが、例えば「地震の分布」の地震は、これとは違った意味で用いられている。後者の意味での地震は、大地に揺れをもたらす源のことで、地下で発生した何ものかについて言っている。この報告書では、地震という用語は、後者の意味で用い、大地の揺れについては地震動という用語を用いる。
さて、大地の揺れ、すなわち地震動は、「地震が生じたところ」から波(地震波)が伝わってきて、その波が大地を揺さぶることで生ずる。その波を発生させる原因、すなわち地震の正体が正確に判明したのはそれほど古いことではなく、1960年代である。この正体は、「地下の岩盤中に蓄えられた歪(ひずみ)のエネルギーを解消するために発生した断層運動である」とされている。
もう少し、順を追ってこの正体を説明する。まず、何らかの原因で地下の岩盤に強い力がかかると岩盤はしだいに変形し、それとともに岩盤中に歪という形でエネルギーが蓄積されていく。これは、岩石を巨大なプレス機にかけて圧縮するイメージである。さらに、力を加え続けると、岩盤はやがて耐え切れなくなって破壊を起こし、それまでに蓄えられていた歪のエネルギーを波(地震波)の形で急激に放出する。地震とは、このような現象が地下で起こることである。プレス機にかけられた岩石は、その周りに何もなければ破壊の瞬間に砕けてパーンと飛び散るだろうが、地下での岩盤の破壊はこれとは様相をかなり異にする。すなわち、地下の岩盤中での破壊は、一般にある面に沿った「ずれ」という形で起こる。通常の破壊のイメージからは想像し難いかもしれないが、地震を起こす地下での破壊とは、巨大な岩盤どうしがある面を境にして急速にずれ動くことなのである。なお、このような岩盤中の面としては、過去にもずれを起こした既存の弱面(断層面)などが考えられる。以下では、この弱面上で岩盤どうしがずれつつある部分を破壊域と仮に呼ぶことにする。また、この面に沿って両側の岩盤が相対的にずれ動くことを断層運動という。なお、断層とは、もともと一続きだった地層や岩盤が断層運動の結果、ある面を境にずれている状態をいい、そのずれ方により正断層、逆断層、横ずれ断層という基本的な型に分けられる。
破壊の伝わる速さ、すなわち破壊域が拡大する速さは非常に速く、地下のそれほど深くないところ(地殻の中)では秒速2〜3km程度になる{2}(ちなみに、地震波の伝わる速さはもっと速い)。両側の岩盤が相互にずれる速さは遅く、秒速数十cm程度である{3}(図2−9)。なお、破壊域が広がりきった範囲、すなわち断層運動を起こした範囲全体をここでは震源域と呼ぶ。
以上のことから、「地震が生じたところ」は、点ではなく、面的な広がりをもつことが分かる。ところで、同じような岩盤であれば、断層運動の規模が大きくなる程(破壊の規模が大きくなる程)、地震の規模(M)が大きくなることは容易に想像できる。断層運動の規模は、ずれの量の大きさと断層運動を起こした範囲の広さによって決まり、その広さは、断層の形を長方形とみなした場合、水平方向の長さ(断層長)と傾斜方向の長さ(幅)で表現できる(図2−10)。
断層運動の規模を具体的な例で見る。阪神・淡路大震災を引き起こした1995年の兵庫県南部地震(M7.2)は、M7程度の地震である。各種の観測データの解析によれば、この地震の断層運動の規模については、断層長が40〜50km程度、幅が15km程度と求められている。ずれの量は1〜2m程度であるが、最近の観測や研究の進展から、例えば図2−11のように、断層面上でのずれの量の分布がかなり具体的に推定できるようになった。これを見ると、大きくずれるところやあまりずれないところがあることが分かる。また、関東大震災を引き起こした1923年の関東地震(M7.9)は、M8程度の地震であり、断層長は100km程度、幅は50km程度、ずれの量は5〜7m程度と推定されている{4}。
ところで、地震発生直後に気象庁から発表される「震源」とは、最初に「ずれ」が生じたところ(破壊の開始点)である(図2−9)。震源は、各地の観測点に最初に来た地震波(P波、S波)の到着時刻から求められる。大規模な地震では震源域が広くなるので、震源から離れた地点でも、その近くまで断層運動が及んだ場合は、強い地震動を受けることになる。
図2−1、図2−2、図2−3及び図2−5、図2−6では、地震の位置を震源で示している。しかし、規模の大きな地震については、その震源を含むかなり広い範囲で断層運動が起きたものと考えなければならない。現在の知見を使って、過去約100年間の主な被害地震の震源域を示すと、図2−12のようになる。図2−12には、原則として、陸域にかかる地震については断層モデル、海域の地震については津波の波源域を示している{5}(図2−12)。陸域の地震の震源域については、断層がほぼ垂直なことが多いため、図のように地表面に投影した場合、実際の震源域の大きさより狭く見えている。逆に、津波の波源域は津波が発生した範囲を示すので、地下にある実際の震源域より広くなりがちである。
一般に、規模の大きな地震(本震)が発生すると、その後余震と呼ばれる比較的規模の小さな地震が多数発生する。余震の多くは本震の震源域の中で発生し、特に本震の直後(数時間から1日程度の間)の余震の分布は、本震の震源域をよく表わしている。したがって、このような余震の分布から本震の震源域(断層運動が起こった範囲)が見えてくる(図2−13)。余震の回数は、本震の直後には非常に多いが、時間とともに減少し、その減少の仕方はかなり規則的であることが知られている。余震の規模Mは、最大のものでも、本震のMより1程度以上小さいことが多い{6}が、本震に近い規模の余震が発生することもある。