(2)各種分析結果

上岡枝上流地区では、放射性炭素年代測定、花粉分析、陶器破片の鑑定を実施している。

@放射性炭素年代測定結果

表4−3−2に放射性炭素測定結果を示し、詳細を巻末に示す。

A花粉分析結果

出現した花粉分析の分類群と出現率を表4−3−3に、主要な花粉について図4−3−7に花粉ダイヤグラムとして示す。

a:出現傾向

針葉樹では、マツ属(複維管束亜属)が針葉樹の中で最も高率で出現する。マツ属(単維管束亜属)とツガ属は最下位のP−13から上位に向かって減少する。ツガ属は全試料から産出し、モミ属はP− 13、P−15より産出する。スギ属は最下位のP−13だけから産出する。

広葉樹では、全試料を通じてコナラ亜属が著しく高率であり、上位に向かって増加し、最大44.4%までになる。クマシデ属も上位に向かって増加する。アカガシ亜属はP−14で14.9%であるが、その下位のP−13、及び上位のP−15では数%程度の低率である。ブナ属はP−13で8.8%を示すが上位の試料ではほとんど出現しない。

草本では、イネ科とヨモギ属が他の草本の中で著しく高率で、とくにイネ科は上位に向かって増加 し、ヨモギ属は逆に減少する。またタンポポ亜科も減少する。

b:古植生・古気候

花粉化石とは、過去に自生していた樹木や草本などの植物の花粉が、土壌化の影響を受けていない堆積物中に保存されたものである。一般に花粉化石は、大型化石に比べて産出する個体数が圧倒的に多く、環境の変化に呼応してその群集(組合せ)が変化する特徴がある。したがって、厚く累重した地層を対象として連続的に試料を採取し、それらについて花粉分析を行うことによって、生層序学的に古環境の変遷を精度よく復元することが可能である。また、すでに絶滅した植物の花粉化石が産出する場合には、堆積年代を推定する手段(示準化石)として有効である。さらに花粉化石は、湖沼などの陸上の堆積物だけでなく海成層にも一般的に産出することから、広域的な地層の対比に利用できる。

一般に植生は、主に気温と降水量という気候的な要素によって支配されている。その気候的要素に基づいて、日本の森林帯には亜熱帯、暖温帯、中間温帯、冷温帯及び亜寒帯の5つの気候帯が設定されている。図4−1−8に花粉化石とその植物が分布する気候帯との関係を示し、以下に上岡枝上流地区トレンチでの各試料が堆積した時代の古植生、古気候について述べる。

古植生:全体的にコナラ亜属、ハンノキ属などの広葉樹が多く出現することから、針葉樹を伴う広葉樹林が考えられる。ただし、コナラ亜属が上位の地層で増加し、ブナ属やマツ属がやや減少することから、上位ほどコナラ亜属が広がったと推定される。全般に草本植物が多いことは、崖錐堆積物などの供給が多く、木が広がれずに草地が広がっていたことを示していると考えられる。崖錐堆積物上の乾燥した草地には、イネ科、ヨモギ属、タンポポ亜科、キク亜科が繁茂していたであろう。

古気候:中間温帯〜冷温帯要素のコナラ亜属が上位の地層で増加し、反対に冷温帯〜亜寒帯要素のマツ属(単維管束亜属)、冷温帯要素のブナ属やカバノキ属が減少する。そのため主要な植物の分布する気候帯の共通する冷温帯と推定されるが、P−15の時代は下位に比べやや温暖化したと考えられる。

c:既存の花粉帯との対比及び堆積年代の推定

今回の分析結果と既存の文献の花粉分析結果を比較検討し、堆積年代を推定する。既存文献では広域火山灰や泥炭の炭素同位体測定によって推定年代が求められ、詳細な層序が明らかになっている研究事例を対象とした。山口県内の詳細な花粉層序としては、畑中・三好(1980)による宇生賀盆地や三好(1989)による徳佐盆地においての最終氷期の研究が知られている。とくに宇生賀盆地では約25,000年前から現在までの連続した堆積物について分析が行われている(図4−2−7)。また海岸付近の低地帯の事例として、晩氷期以降の詳細な花粉生層序が確立している島根県宍道湖の研究(大西ほか、1990)が対象として挙げられる。

まず始めに宇生賀盆地の花粉分析結果(図4−2−7)と比較する。上岡枝上流地区・下流地区トレンチの分析結果は、ほぼどの試料にも他の木本花粉に比べてコナラ亜属が高率に出現するという特徴を持っている。この特徴は、畑中・三好(1980)のR−T帯、R−U帯の下部のものに類似する。

次に宍道湖の花粉分析結果(図4−2−8)と比較する。上岡枝上流地区の花粉化石群集は、コナラ亜属がアカガシ亜属より多く出現し、ヨモギ属やイネ科も多く出現する傾向を持つ。この群集と類似しているのは、宍道湖でのSB1の花粉ダイアグラムに示されているナラ・ハンノキ帯かハンノキ・ナラ帯である。

既存の花粉帯に今回の分析結果を対応させると次のような推定年代が求められる(表4−3−4)。

上岡枝上流トレンチの試料の堆積年代は完新世直前の後期更新世の最期に相当し、ほぼ1万年より少し古い位であろう。

表4−3−4に花粉分析結果を示す。

Bその他

トレンチ内のC層上位から陶器の破片が見つかった。菊川町教育委員会に鑑定を依頼したところ、釉薬の特徴から明治初期〜江戸後期のものと推定された。