ボーリングコア試料について,堆積層の古環境・地質時代を推定するために花粉化石の分析を行った.
b.試料
分析試料は;
No.1孔が,49.45〜49.55m, 52.35〜52.40m,57.45〜57.55m,
No.2孔が,41.19〜41.29m,
No.3孔が,36.75〜36.90m,39.80〜39.90m,44.55〜44.70m
の合計7点である.
なお,以後各試料については採取深度の上端の深度で示す(図3−3−9).
c.分析方法
花粉・胞子化石の抽出方法は,以下の手順である.
試料を約15g秤量し,希塩酸により炭酸塩を除去した後,フッ化水素処理により試料中の珪酸質の溶解を行う.次に(ZnBr2/10%HCI液,比重2.0〜2.2)を用いて鉱物質と有機物を分離させ,有機物を濃集した有機機物を密集する.濃集した有機物は遠心分離法で良く水洗する.
次に,アセトリシス処理(濃硫酸:無水酢酸=1:9)を行い植物遺体中のセルロ−スを加水分解する.最後に10%KOH液処理により腐植酸の溶解を行った後,遠心分離法で良く水洗する.
処理後の残渣は,よく攪拌しマイクロピペットで適量をとり,グリセリンで封入し,検鏡した.
検鏡は,1試料中に産出する,木本花粉の合計が200個以上になるまで1〜2枚のプレパラ−トについて検鏡調査を行い,その間に出現した全ての種類(Taxa)について同定・計数することを原則とする・
なお,この度の試料は何れ花粉化石の産出が少ないので,花粉化石を産出しないNo.1孔の49.45mと52.35m試料,産出が非常に少ないNo.2孔41.19m,No.3孔36.75m,39.80m試料については1枚のプレパラ−トを検鏡し,これらよりも若干多く産出したNo.1孔の57.45mとNo.3孔の44.55m試料は2枚のプレパラ−トを検鏡した.
d.分析結果
花粉分析の結果を図3−3−8及び表3−3−4に示す.採取試料中には,全般的に花粉化石の産出が少ない.
表3−3−4をもとに花粉化石群集の産出図を作成し図3−3−9に示す.
各化石の出現率は,木本花粉においては木本花粉の合計,草本花粉とシダ植物胞子においては花粉と胞子の総計をそれぞれの基数とした百分率である.
なお,木本花粉の合計が100個体以上の試料について花粉化石の産出を+で示してある.図表の中で複数の種類をハイフォン(−)で結んだ同定種(Taxa)は,その間の区別が明確でないことを示している.
以下に,各試料の分析結果をとりまとめて示す.
(ア)No.1孔
・49.45mと52.35m試料
両試料共に花粉化石を全く産出しないので古環境および地質時代についての解析は困難である.
・57.45m試料
本資料はトウヒ属が優占し,ツガ属,モミ属,マツ属などの針葉樹と共に落葉広葉樹のブナ属を高率に伴う.草本花粉とシダ植物胞子は少ない.
花粉化石群集の特徴から,後背地にはトウヒ属を主体にした針葉樹林が分布していた推定され,マツ属,ツガ属,モミ属などの針葉樹と共に落葉広葉樹のブナ属なども生育していたと考えられる.古機構は冷温帯上部から亜寒帯下部と推定される.
本試料の花粉化石の保存状態はやや悪く,完新世や再終氷期の化石と保存状態が異なるので,本試料の堆積時代は最終氷期以前のものと推定される.そして,段丘堆積物に認められる上町層などの最終間氷期を特徴づけるサルスベリ属を産出しないことからこれよりも古いと推定される(古谷,1978;Furutani,1989).
一方,大阪層群下部を特徴づけるメタセコイア属を産出しないことから大阪層群下部のメタセコイア帯(田井,1966,1970;那須,1970)には達していないと考えられる.また,カルアグルミ属,フウ属,ヌマニズキ属などの日本では第三紀植物群とされている花粉化石も認められないことから第三紀には達していないといえる.
以上のことから本試料は更新世中期の大阪層群上部の堆積物と推定される.大阪層群上部では,温暖期を示すMa3〜Ma10層の海成堆積物に挟まれて冷涼期である非海成堆積物が堆積しているが,本試料のみの分析結果から詳細な対比を行うことは困難である.
(イ)No.2孔
・41.19m試料
本試料は花粉化石の産出が非常に少なく,ツガ属,クマシデ属−アサダ属,ニレ属−ケヤキ属−ムクノキ属などを僅かに産出するに過ぎない.このように花粉化石の産出が非常に少ないので,古環境および地質時代についての解析が困難である.
(ウ)No.3孔
・36.75mと39.90m試料
両試料共に花粉化石の産出が非常に少なく,ツガ属,マツ属,クマシデ属−アサダ属,ハンナキ属,ブナ属などを僅かに産出するに過ぎない.このように花粉化石の産出が非常に少ないので,古環境および地質時代についての解析は困難である.
・44.55m試料
本試料は落葉広葉樹のハンノキ属が優占し,コナラ亜属を伴う.針葉樹ではトウヒ属,モミ属,スギ属などを産出するが少ない.草本花粉ではイネ科やヨモギ属などを低率で産出する.シダ植物胞子の産出は多いがその全てが科・属不詳のものである.
古環境はハンノキ属,コナラ亜属などの落葉広葉樹が優占した林地と推定される.この林にはモミ属,トウヒ属などの針葉樹の他に暖温帯性のアカガシ亜属なども分布していたと推定される.古気候は温暖であったといえよう.
本試料の花粉化石の保存状態はやや悪く,完新世や最終氷期の化石と保存状態が異なるので,本試料の堆積時代は最終氷期以前のものと推定される.段丘堆積物である最終間氷期ではサルスベリ属の産出が特徴的である(古谷,1978,Furutaani,1989)がサルスベリ属を産出しないことからこれよりも古いといえよう.
一方,大阪層群下部はメタセコイア属の産出によって特徴づけられており,メタセコイア帯と呼ばれている(田井,1966,1970;那須,1970)が,メタセコイア属を産出しないことから大阪層群下部には達していないと考えられられる.
これらのことから,本試料は大阪層群下部の温暖期の推定される.大阪層群上部の温暖期を示す堆積層はMa3〜Ma10層の海成堆積層からなるが,本試料のみの分析結果から詳細な対比を行うことは困難である.
e.まとめ
・No.1,2,3孔より採取された合計7試料の花粉分析の結果,5試料では花粉化石が少なく,木本の花粉化石を100個体以上産出したのはNo.1孔の57.45m試料とNo.3孔の44.55m試料の2点であった.
・花粉化石の産出が多かった両試料ともに化石の保存状態はそれほど良くなく,最終氷期以前のものと推定した.更に,段丘堆積物を堆積させた最終間氷期の堆積物中には,サルスベリ属の産出が特徴的である(古谷,1978;Furutani,1989)が,これを産出しないことからこれよりも古いと推定した.
・一方,大阪層群下部はメタセイコイア帯とも呼ばれておりメタセコイア属の産出がその特徴となっている.(田井,1966,1970;那須,1970)が,これらを産出しないことから大阪層群下部には達していないと考えた.
・これより,両試料は,ともに大阪層群上部(更新世中期)の堆積物と推定した.
・なお,No.1孔57.45m試料は寒冷要素のトウヒ属が優占し,No.3孔44.55m試料はハンノキ属,コナラ亜属とともに暖温帯性のアカガシ亜属が産出し,環境に違いが認められるので異なる時代の堆積物と考えられたが,両試料の上下関係については不明である.