2−5−4 試料分析

ボーリングによって得られたコア試料を用い、地層の堆積した時代を把握するために試料分析を行った。

分析試料の一覧を表2−5−2に示す。

(1)放射性炭素(14C)年代測定

 大気中で宇宙線により形成された14Cは直ちに14CO2に酸化され、周囲の12CO2や13CO2と混合され、地球表面の炭素循環にしたがって混合分散されていく。植物が炭酸同化作用で大気中のCO2を植物体内に固定するとき、炭素の安定同位体である12C、13Cとともに14Cも同じ比率で取り込まれ、生きている植物体、また植物体を食して成長する動物体内の14C濃度は大気CO2の14C濃度とほぼ等しい。ところが生物体が死ぬと同化作用が止まり、生物体内の14CO2は大気中の14Cから新たに補充されることなく、14Cの半減期にしたがって時間の経過とともに一定の割合で減少する。この14C濃度の減少の割合から生物体が形成されたときの年代を推定する方法が放射性炭素年代測定法である。

 高精度で測定された14C濃度は、炭素の安定同位体比(13C/12C)を用いて炭素同位体分別の補正を行ったあと、変換式を用いて14C年代値に換算される。14C年代値は、 AD1950年を起点として過去に遡った年数(yrBP)で示される。

  〔測定原理〕

壊変定数を用いた年代測定では、指標核種(14C)の初期量(CO),壊変量(CO−Ct),現在量(Ct)のうち2つの量を測定し、壊変定数(λ)を用いて年代(A)を算出する。一般に初期量の一部は壊変して減少しているから、実際の測定は、壊変量(CO−Ct)と現在量(Ct)について行うことになる。

 年代を算出する一般的な式は、

  A=−ln(Ct/((C0−Ct)+Ct))/λ=ln(C0/Ct)/λ

で示される。

 ただし、14C年代測定では、壊変生成核種である窒素は、周囲にきわめて多量にあるため(窒素は大気中の成分の78%を占める)、生成量を定量する事は不可能である。このため、14Cの初期量は常に一定であると仮定される。実際の測定では、NBSシュウ酸について測定した14C濃度を0.95倍した14C濃度を用いて、14C年代値が産出される。

 壊変定数(λ)と、半減期(T1/2)の関係は、CtがCOの1/2になるときの年代(A)がT1/2であるから,T1/2・λ=ln2=0.6931である。

 [指標核種] 放射性炭素(14C), [壊変定数] λ=1.22×10−3/年

 [壊変生成核種] (窒素)     [半減期]  T1/2=5568年

 [測定可能年代範囲] 0〜6×104年

 [測定方法・機器]タンデトロン加速器質量分析計

 [測定対象試料] 生物遺体

 [測定される年代の意味] 生物体の死滅した時期

[分析機関]名古屋大学年代測定資料研究センター(機関コード:NUTA)

ニュージーランド地質学・核科学研究所(機関コード:NZ)   〔測定方法〕

 測定する前に試料の前処理および調製を行う。

 木片試料については、以下のような処理を行った。まずカッターナイフを用いて樹木片の表面の汚れを削り落とし、内部の新鮮な箇所から、ほぼ1mm厚で数mm角のチップを削り取った。また、植物片は1cm程度の長さに切って用いた。これらを蒸留水で超音波洗浄し、汚れを取り除いた。次に、試料に付着している可能性のある不純物を化学処理によって取り除いた。まず、1.2規定塩酸で90℃で2時間の処理を2回行い炭酸塩等を溶解除去した。次に、1.2規定水酸化ナトリウム水溶液を用いて90℃で2時間処理してフミン酸などを溶解除去した。このアルカリ処理は、水溶液がほとんど着色しなくなるまで繰り返した。さらに、1.2規定塩酸で90℃で2時間の処理を2回行い、蒸留水でよく洗浄して塩酸分を完全に取り除いたあと乾燥した。これを、酸化銅の助燃剤と混ぜてパイコール管に入れ、高真空にしたのち封じきり、それを900℃に加熱して二酸化炭素に変えた。二酸化炭素は鉄触媒の水素還元法でグラファイトに変え、これをアルミニウム製の試料ホルダーに圧入して、検査試料とした。。

 上述のようにして調製した固形の炭素試料について、名古屋大学に設置されているタンデトロン加速器質量分析計を用いて14C年代測定を行った(中村・中井、1998、中村、1995)。タンデトロン分析では、14Cと13Cとの存在比(14C/13C比(=R))が未知試料(Rsample)と14C濃度が既知の標準体(RAD1950)とについて交互に繰り返して測定され、Rsample/ RAD1950比が得られる。この比から試料の14C年代値が算出される。14C濃度の標準体としては、国際的な標準体であるNBS−SRM−4990シュウ酸を用いた。また、14Cの半減期としては、国際的な慣例に従って、Libbyの半減期5,568年を用いた。14C年代値は、西暦1950年に遡った年数として与えられる。年代値の誤差は、1標準偏差(one sigma)で示してある。

〔分析結果〕

分析結果は以下のとおりである。

表2−5−3 放射性炭素年代測定結果一覧表

(2)花粉分析

 ボーリング調査により採取された試料について、地層の時代について解析するために花粉化石分析を行った。分析に供した試料を表☆に示す。

〔分析方法〕

 花粉・胞子化石の抽出方法は、以下の手順で行った。

 約10g前後秤量し、塩酸処理により炭酸塩鉱物の除去を行ない、遠心分離法で水洗する。フッ化水素酸処理により珪酸質の溶解と試料の泥化を行い、遠心分離法で水洗する。次に重液(比重約2.2のZnBr2溶液)を用いて遠心分離法で鉱物質と有機物を分離させ、有機物を濃集し、水洗する。この有機物残渣について、アセトリシス処理を行い植物遺体中のセルロースなどを分解し、遠心分離法で水洗する。最後にKOH液処理により腐植酸の溶解を行ない、遠心分離法で十分に水洗する。

 処理後の残渣は、よく撹拌しマイクロピペットで適量をとり、グリセリンで封入し検鏡した。検鏡は、プレパラートの2/3以上を走査し、その間に出現した全ての種類(Taxa)について同定・計数することを原則とした。ただし花粉化石の産出が非常に少ない試料に関してはこの限りでない。

〔分析結果〕

 花粉分析の結果を表2−5−4に示す。解析を行うために計数の結果に基づいて、花粉化石群集図を作成した(図2−5−8)。出現率は、木本花粉(Arboreal pollen)は木本花粉の合計個体数を、草本花粉(Nonarboreal pollen)とシダ類・セン類胞子(Pteridophyta &Moss spores)は花粉・胞子め合計個体数をそれぞれ基数とした百分率である。図表において複数の種類をハイフォン(−)で結んだものは、その間の区別が明確でないものである。以下に各孔ごとに記述する。なお、各試料の名称は採取深度の上限で表記する。

・A孔

 124.90m試料と128.20m試料は、共に分析後に回収された有機物残渣は極微量であり、保存の悪い花粉化石が僅かに産出する程度である。産出した花粉化石としては、木本花粉のマツ属、モミ属、ツガ属、スギ属、コナラ属コナラ亜属、草本花粉のイネ科、シダ類胞子などである。なお、124.90m試料では、化石の保存状態から第三紀層から再堆積したと考えられる化石が認められる。

 143.00m試料は、分析後に回収された有機物残渣は少ないものの、保存状態の比較的良い花粉化石が良好に産出する。 花粉・胞子化石の構成比は、木本花粉が最も多く65%を占め、これに次いで草本花粉が22%、シダ類・セン類胞子が11.6%、不明花粉が1.4%である。木本花粉では、スギ属とハンノキ属が優占し、トウヒ属、ツガ属、ニレ属−ケヤキ属、グミ属などを伴う。草本花粉とシダ類・セン類胞子ではイネ科、カヤツリグサ科、キク亜科、ミツガシワ属、ミズゴケ属などを産出する。

 168.00m試料は、分析後に回収された有機物残渣が非常に多く、保存状態の良好な花粉化石が沢山産出する。花粉・胞子化石の構成比は、草本花粉が最も多く59.6%を占め、これに次いで木本花粉が34.3%、不明花粉が4.8%、シダ類・セン類胞子が1.3%である。木本花粉ではカバノキ属が優占し、マツ属(複維管束亜属を含む)、ツガ属、モミ属、トウヒ属、ハンノキ属、コナラ属コナラ亜属、クマシデ属−アサダ属などを伴う。草本花粉ではカヤツリグサ科が優占し、イネ科、ミズバショウ属近似種、ユリ科、カラマツソウ属、ヨモギ属、キク亜科などを伴う。シダ類・セン類胞子は少ない。なお、本試料においても第三紀層から再堆積したと考えられる化石が認められる。

・B孔

 16.60m試料の1試料を分析した。分析後に回収された有機物残渣は少なく、保存状態の比較的良い花粉化石が僅かに産出する。産出する花粉・胞子化石は、マツ属、コナラ属コナラ亜属、クマシデ属−アサダ属、モミ属、トウヒ属、イネ科、イノモトソウ属などである。このほかに第三紀層から再堆積したと考えられる花粉化石が産出する。それらはモミ属、ツガ属、トウヒ属、メタセコイア属、カリアグルミ属、フウ属などである。

・D孔

 16.40m試料の1試料を分析した。分析後に回収された有機物残渣は少なく、保存状態の比較的良い花粉化石が僅かに産出する。産出する花粉・胞子化石は、マツ属、コナラ属コナラ亜属、クマシデ属−アサダ属、トウヒ属、アカザ科、ゼンマイ属、イノモトソウ属などである。このほかに第三紀層から再堆積したと考えられる花粉化石が産出する。それらはモミ属、ツガ属、トウヒ属、ダクリディウム属、メタセコイア属、カリアグルミ属、フウ属などである。

〔考察〕

@古環境

・A孔

 124.90m試料と128.20m試料は、共に花粉化石の産出が非常に少ない。このために古環境・植生を解析することは困難であるが、産出したマツ属、モミ属、ツガ属、スギ属、コナラ属コナラ亜属、イネ科、シダ類胞子などの花粉・胞子化石の母植物が後背地に生育していたものと考えられる。このように花粉・胞子化石が非常に少なかったのは、試料が厚い礫層に挟まれていることから花粉化石があまり堆積しなかったか、堆積後に風化作用(酸化作用)を受けた可能性が考えられる。なお、124.00m試料では、僅かであるが、上流域に分布する第三紀層から再堆積したと考えられるカリアグルミ属などの花粉化石が産出している。

 143.00m試料の堆積環境は、ハンノキ属、グミ属などの灌木(低木)やイネ科、カヤツリグサ科、キク亜科、ミツガシワ属、ミズゴケ属などが生育する湿地と推定される。後背地の植生は、温帯針葉樹のスギ属が優占し、亜寒帯針葉樹のトウヒ属、ツガ属、落葉広葉樹のニレ属−ケヤキ属などからなると推定される。気候は湿潤な冷温帯と推定される。

 168.00m試料の堆積環境はカバノキ属、ハンノキ属などの灌木(低木)やカヤツリグサ科、イネ科、ミズバショウ属近似種、カラマツソウ属、ユリ科、ヨモギ属、キク亜科、セリ科などが生育する湿地と推定される。後背地には、亜寒帯針葉樹のマツ属単維管束亜属(ゴヨウマツ類)、ツガ属、トウヒ属、モミ属などが生育し、亜寒帯針葉樹林を形成していたと推定される。気候は亜寒帯と推定される。

・B孔

 16.60m試料は、産出するマツ属、コナラ属コナラ亜属、クマシデ属−アサダ属、モミ属、トウヒ属、イネ科、イノモトソウ属などの母植物が当時の周辺に生育していたと推定されるものの、花粉化石の産出が非常に少ないので古環境・植生を解析することは困難である。

 なお、本試料は上流域の第三紀層から再堆積したと考えられる花粉化石の産出が目立ち、これらの組成は、富山県に分布する中新世の花粉化石群集(山野井ほか、1980;山野井・津田、1986)と類似し、更にカリアグルミ属とフウ属などが目立つことから、これら中新世の堆積物から再堆積したのではないかと推定される。

・D孔

 16.40m試料は、産出するマツ属、コナラ属コナラ亜属、クマシデ属−アサダ属、トウヒ属、アカザ科、ゼンマイ属、イノモトソウ属などの母植物が当時の周辺に生育していたと推定されるものの、花粉化石の産出が非常に少ないので古環境・植生を解析することは困難である。

 なお、本試料は第三紀層からの再堆積した花粉化石の産出が目立つ。これらの化石は上流域の第三紀層から運ばれてきたと考えられる。とくに、カリアグルミ属とフウ属が目立ち、ダクリディウム属を産出し、富山県に分布する中新世の花粉化石群集(山野井ほか、1980;山野井・津田、1986)に類似することから、中新世の堆積物から再堆積したと推定される。

A対比

 調査試料は、A孔が4試料、B孔とD孔が1試料ずつであり、砂礫層中の挟み層から採取されている。呉羽山丘陵に分布する呉羽山礫層と峠茶屋礫・砂泥互層に関する花粉分析は報告されていないが、既存文献によれば、婦中町鉾木の道路傍にみられる呉羽山礫層ではSalix sp.(ヤナギ属の一種)、Magnolia kobus(コブシ)、M.ovobata(ホオノキ)、Paliurus nipponicus(シキシマハマナツメ)、Ampelopsis brevipedunculata(ノブドウ)、Sapium sebiferum var.pleistonceaca(コナンキンハゼ)、Trapa mammilifera、

T.maximowiczii(タイリクヒメビシ)、Styrax japonica(エゴノキ)、Fraxinus sp.(トネリコ属の一種)、Potamogeton sp.(ヒルムシロ属の一種)などの大型植物化石が発見されている。また、藤井・坂本(1961)、藤井ほか(1972)によれば峠茶屋礫・砂泥互層からは、新呉羽山トンネル内および峠茶屋でエゾマツ、シラビソ、コメツガ、サワラ、ネズコ、チョウセンゴヨウなど、呉羽町中茶屋(トンネル内よりもやや上の層準)でブナ、ナンキンハゼ、ムクロジ、シリブトビシ、タイリクヒメビシなどの大型植物化石が産出している。トンネル内から産出したエゾマツやコメツガから、当時はかなり冷涼な気候であったと推定されている。

 A孔試料の花粉化石の中で、既存文献による呉羽山礫層産の植物化石と共通するのはヤナギ属(Salix)とトネリコ属(Fraxinus)であり、ヤナギ属(Salix)が143.00m試料で、トネリコ属(Fraxinus)が143.00m試料と168.00m試料で産出する。しかし、143.00m試料と168.00m試料の大部分の花粉化石は呉羽山礫層産の植物化石との共通性に乏しく、対比されない。一方、168.00m試料は、マツ属単維管束亜属、トウヒ属、ツガ属、モミ属などの寒冷要素が優占する花粉化石群集である点は、峠茶屋礫・砂泥互層産の植物化石(藤井・坂本、1961;藤井ほか、1972)から推定される気候と調和的である。しかし、群集組成を詳しくみると、カバノキ属が優占すること、草本花粉ではミズバショウ属近似種やミツガシワ属などの寒冷地に生育する水生植物が産出し、ヒシ属(Trapa)を産出しないなど、峠茶屋礫・砂泥互層産の植物化石群とは異なる組成であると考えられる。また、この上位の143.00m試料の花粉化石群集も、スギ属が優占しており、峠茶屋礫・砂泥互層産の植物化石群と異なる。従って、A孔の143.00m試料と168.00m試料は、藤井・坂本(1961)、藤井ほか(1972)の峠茶屋礫・砂泥互層とは対比されないと考えられる。

 ところで今回分析した試料の花粉化石群集中からはメタセコイア属が検出されないので、鮮新世から更新世前期の近畿地方の大阪層群下部に認められているMetasequoia Zone(田井、1966;市原、1993)や新潟地域の魚沼層群のMetasequoia Zone T(山野井、1970;山野井・新戸部、1970)よりも新しく、更新世中期以降に堆積したと考えられる。この年代は、呉羽山礫層の最上位の凝灰岩のFT年代(0.63±0.06Ma)と調和的である。この時期の大阪層群は、温暖な気候を示す海成層(Ma層)と冷涼な陸成層が交互に繰り返している(田井、1966;市原、1993)ので、本試料の寒冷要素の多い花粉化石群集は大阪層群の陸成層が堆積した冷涼な時期にあたるものと考えられる。

 なお、A孔上位の128.20mと124.90m試料は花粉化石の産出が非常に少ないので比較検討は困難である。

 B孔の16.60m試料とD孔の16.40m試料は、ともに花粉化石の産出が非常に少なく、冷涼な気候であったと考えられる峠茶屋礫・砂泥互層産の植物化石(藤井・坂本、1961;藤井ほか、1972)と比較することは困難である。なお、両試料はともに花粉化石の産出が少なく、第三紀中新世の化石を再堆積しているという共通点がみられるので、同じ地層または同時期の堆積物の可能性が高いと考えられる。

 ところで、富山県射水平野における沖積統の花粉分析より、Liquidambar(フウ属)の産出が報告されている(藤、1965)。藤(1965)はこれを再堆積とはしてしないが、この時期には、日本にLiquidambarは生育していないとされているので、射水平野沖積統のLiquidambarも第三紀層からの再堆積の可能性が考えられる。A孔の124.90m試料や168.00m試料でも再堆積の化石が産出していることを考慮すると、富山県内では第三紀層からの再堆積が生じやすかったと考えられ、B孔の16.60m試料とD孔の16.40m試料の堆積した頃はとくに再堆積が多かったのではないかと推定される。

〔花粉分析のまとめ〕

@富山県婦負郡婦中町安田地内のボーリング調査により採取されたA、B、D孔のコア試料6点について花粉化石分析を行った。

A花粉化石を良好に産出したのはA孔の143.00m試料と168.00m試料であり、A孔の124.90m試料と128.20m試料、B孔16.60m試料、D孔16.40m試料では花粉化石の産出が非常に少ない。

BA孔143.00m試料の堆積環境は湿地と考えれ、後背地の植生は温帯針葉樹のスギ属が優占していた。168.00m試料の堆積環境も湿地と推定されたが、後背地の植生はマツ属単維管束亜属(ゴヨウマツ類)、ツガ属、トウヒ属、モミ属などからなる亜寒帯針葉樹林と考えられた。

CA孔の143.00m試料と168.00m試料は、添付された資料(藤井ほか)に示される呉羽山礫層産の植物化石とは類似しないが、花粉化石群集にメタセコイア属を含まないことから大阪層群および魚沼層群と比較して、更新世中期以降に堆積したと考えらる。これは呉羽山礫層最上部の凝灰岩のFT年代(0.63±0.06Ma)と調和するものである。

DB孔の16.60m試料とD孔の16.40m試料は、ともに花粉化石の産出が非常に少なく、対比が予想された冷涼な気候を示唆する峠茶屋礫・砂泥互層産の植物化石(藤井・坂本、1961;藤井ほか、1972)と比較することは困難であった。

 なお、両試料は、ともに花粉化石の産出が少なく、第三紀中新世の化石を再堆積しており、同時期の堆積物である可能性が考えられる。

(3)熱ルミネッセンス年代測定

〔測定原理〕

 TL年代測定の原理:熱蛍光(TL)測定による線量年代測定の原理は、試料が埋積されていた環境での自然放射能による被曝で蓄積した総線量をその場での自然放射能による線量率で除して数値年代を求めるものである。鉱物は一般に晶出した時点から自然放射能に曝されて現在に至るまで次第に線量が蓄積される。堆積物試料の場合、砕屑物が地表で日光(とくに紫外線)に曝されるとブリーチ(漂白)作用を受けて年代のゼロイングを被るとされている。堆積物が埋積されるとブリーチされなくなるため、再び自然放射能による被曝線量が蓄積されていく。

 鉱物の放射能被曝は結晶の損傷(格子欠陥)となるが、結晶格子の損傷は不対電子を捕捉することから、損傷量すなわち被曝量は熱蛍光の強度に比例する。したがって損傷の蓄積量に比例したTL強度やESR信号強度の計測により、地質学的過去から現在までに鉱物が被曝した総線量を定量することができる。一般に総被曝線量の算定には、同位体希釈法などに類似した線量付加法が用いられる。

 また、年間線量率は、化学分析による放射性元素の定量や試料採取現場での検出器による原位置測定などの方法がある。ただし今回は掘削試料の測定であるため、既往の測定値を参考にして年間線量率を仮定した。

〔実験方法〕

 以下で述べる試料調製及びTL測定については,すべての作業を赤色安全光の暗室条件において行った。

@試料調製

 プラスチック容器に試料と脱イオン水を入れて、試料を手でよくもみほぐして崩す。脱イオン水を使用する理由は、分散をよくするためである。この時、有機物を多く含む試料については、有機物除去のためにH202処理を行う。さらに分散をよくするために超音波洗浄を行い、その後、篩に流し込み250〜125μm、125〜64μm、<64μmの3通りのサイズに分ける。これらの試料はアセトンで洗浄後、ドラフト中で乾燥させる。熱蛍光強度の測定に使用するサイズは125〜64μmの試料であり、その試料から有色鉱物を取り除くためにアイソダイナミックセパレーターを使用した。その後、試料を1検体あたり 100〜200mgになるように5分割し、1試料につき5検体を得る。以上の過程を全ての試料について行った。

ACo−60線源によるガンマ線照射

 同一試料を分割した5検体のうち4検体については、それぞれ試験管に入れてCo−60線源によるガンマ線人工照射を行った。照射作業は日本原子力研究所東海研究所のCo−60照射施設に共同研究利用として依頼した。照射条件は常温で毎分2.4グレイ(Gy)に相当する照射線量率とし、294Gy、589Gy、1178Gy、2357Gyの4段階に分けてガンマ線照射を行い、自然被曝線量に人工照射線量を付加した。

B測定方法

 各試料の総蓄積線量を求める手法として線量付加法を用いる。5等分した試料について10mgを正確に計りとり熱蛍光強度の測定を行う。熱発光強度測定には化成オプトニクス社製「KYOKKO TLD READER 2500」を使用した。ヒータの昇温速度を毎秒4.0度に設定して、試料を2分間で最高500℃まで一定昇温速度で加熱した。

 TLD READERからは光電子倍増管による熱発光強度測定値ならびにヒータ温度のアナログ出力が得られ、これを、AD変換器を介してパーソナルコンピュータに取り込み、次節に述べる方法でグロー曲線の解析を行った。

〔デー夕解析方法〕

@蓄積線量の測定

 前節の方法で取得した人工照射検体のグロー曲線は、ヒータ温度135〜140℃付近に照射線量に比例する大きなTL出力のピークを示す。一方、人工照射をしない自然被曝検体のTL出力は小さく、235℃付近を頂点とするブロードなピークを示す。ちなみにいずれの検体も420℃以上の高温では黒体輻射を示すTL強度の単調増加が認められる。

 次に一部の試料について、プレヒートテストを行った。これは、まず当該検体を200℃まで加熱し、低温ピークの影響を除去した後、再度、最高500℃まで一定昇温速度で2分間加熱し、グロー曲線を得る試験である。その結果得られたグロー曲線では、人工照射検体にのみ250℃付近にピークが得られた。このデータを用いたプラトーテスト(グロー曲線の相似率が一定になる温度範囲を求める試験)では、305〜340℃の範囲でプラトーが認められた(図2−5−9)。

 これらのテストの結果にもとづき、全ての試料のグロー曲線について、260〜400℃の温度範囲にあるプラトー部分の面積を算出し、TL強度のデータとした。図2−5−10には、横軸に段階照射線量、縦軸にTL強度データをプロットして示す。ほとんどの試料が線量付加のための段階照射に対してTL出力が飽和傾向を示すため、TL強度値を飽和曲線に回帰して総蓄積線量を算出した。回帰分析にかかわる誤差は最大16%、平均5%である。

A線量率の評価と年代値の算出

 自然放射能による蓄積線量への寄与は放射線の線質により異なるため、線量率DRは、 DR=DRα+DRβ+DRγ+DRcと表現される。ただし、数十ミクロン以上の粒径の検体を用いる線量測定では、一般にα線の寄与分は無視してよいとされている(例えば、大村ほか,1981a,b)。線量率の推定は、試料の一部を用いて放射性元素含有量を定量分析して計算で求める方法とTLD(熱蛍光素子)を用いて試料を採集した地層を原位置で直接測定する方法とがある。掘削試料の場合、ガンマ線検層のデータがあれば、試料層準ごとの推定が可能である。しかし今回の調査では、物理検層項目にガンマ線検層が含まれていず、放射性元素の定量分析も実施されていないため、次善策として線量率は一律に定数とする仮定を置くこととした。

 ところで、これまでに北陸地域の平均年間線量は、被覆層の厚さを問わず1.12〜1.42mGy/aでほぼ一定であることが知られている(10万分1富山県地質図説明書p198:富山県,1992)。これは能登半島の平床・宇治貝層や金沢の大桑層の化石を用いたクロスチェックにより検定されたデータであり信頼性は高いが、ガンマ線寄与分DRγ以外、とくにベータ線の寄与分DRβが含まれていない可能性もある。そこで、今回は1.12mGy/a(=Gy/ka)を線量率の下限値とみなした。また線量率へのβ線およびα線の寄与分1mGy/aをあえて下限値に加算し、これをもって上限値と想定した。今回の測定試料の年代はこの範囲内にあるものと考えられる。

 一方、跡津川断層周辺の花崗岩・流紋岩・真川湖成層については、既往データとして放射性元素含有量の分析値がある。富山平野に堆積した砕屑物は後背飛騨山地・飛騨高原が給源であることから、堆積物の原材料の放射能から線量率を算出することはあながち的外れとはいえない。そこで今回は、測定試料の線量率が真川湖成層と同一であると想定し、試料は地下水に飽和している条件でベータ線・アルファ線の飛程と粒径のサイズ効果を計算し、線量率1.964Gy/kaを得た。こうした埋没条件を考慮しないと線量率は上述の上限値をはるかに上回る値6.434Gy/kaとなる。前者は上述の上限と下限の範囲内におさまり、暫定年代値の算定において最も妥当な線量率の数値と評価できることから、全ての層準の試料について一律に用いた。

 また、宇宙線の寄与分については本邦の地表では全国的に年間0.1〜0.3mGy程度であることが分かっており、また埋没深度が増えるほど効果が減少し、深度15mの地層中では0.0009〜0.0042mGyとなる。A孔試料は埋没深度が100m以上であるため宇宙線の寄与はなく、B孔およびD孔の試料でも少なくとも1mGy/a程度かそれ以上と想定される年間線量率に対しては無視できることから、すべての試料についてDRc=0とした。

 数値年代Aは総蓄積線量TDを線量率DRで除して算定される(A=TD/DR)。

〔測定結果〕

 年代値算定結果を表2−5−5にまとめた。前述のように、今回は年間線量の測定行うことができなかったので、年代値はあくまで参考値であるが、測定結果は全体として、花粉分析や桃色凝灰岩のフィッショントラック年代(63万年)とも矛盾しない。 

〔考察〕

@A孔102.6mの試料は今回の調査対象である呉羽山断層の主断層面に接した上盤側の西富山砂岩層相当層シルト岩(推定堆積年代は3Ma前後)から得られているが、約8万年のTL年代が得られた。線量付加法によるTL強度生長曲線は飽和傾向を示すものの、総蓄積線量は、より深度の大きい試料よりも低い。これは最新活動年代とは言いがたいが、呉羽山断層が活動した年代を示すと解釈できる可能性が高い。

AA孔124.0〜124.8m付近と同142.7〜143.3mの試料は深度で20〜50cmしか離れていないためほぼ同一層準・同一岩質とされるにもかかわらず、総蓄積線量が一致しない。

 これは不純物が多く試料調製で除去しきれていない問題もさりながら、断層運動(摩擦)の際の発熱や変形や細粒分の移動(ネットワーク状の炭質物に特徴的)により測定される総線量が減少し年代値が若返ったという解釈も可能である。

BとくにA孔124.3mと同142.7mの試料は、それぞれの年代値が約10万年、約6万年と算定され、上記A孔102.6m試料とはぼ同じ年代値を示す。このことは、これらの深度付近を主断層に随伴する断層が通過している可能性を強く示唆する。すなわち呉羽山断層は6万年前以降にも活動したことが証明されたと言える。

C一方、A孔124.Om、128.Om、143.3m試料は誤差の範囲内でほとんど一致した年代値を示す。とくに回帰計算にともなう誤差の小さい128.Omと143.3m試料の総蓄積線量(すなわち年代値)が20m離れた深度の試料でありながら全く一致することは、A孔の深度124m〜143m問の堆積年代が46万年であることを意味し、さらに上記3から同一層準が断層変位で繰り返していることも考えられる。同様に、124.Omの年代値が58万年は下位よりやや古く逆転しているが、下位試料との問に付随逆断層を想定することで説明が可能である。

DA孔124.8m試料、同142.9m試料はそれぞれの層準で中間的な数値を示している。上に述べた考察が正しければ、このことについても随伴断層の存在によるTL年代値の不完全な若返りの現象として説明できる。

E測定上の問題点

 今回のTL年代測定では、上述した年間線量率の議論のほかに、より精度の高い年代値を得るための測定手法や試料について問題も残された。手法に関しては、分光フィルターを用いなかったためグロー曲線がブロードで石英の高温ピークが単離できなかったこと、α線の寄与分を考慮するために試料調製で薬品処理をせず磁選までにとどめた結果、除去していない長石分のためピークのフェーディングが起きている可能性などである。

〔まとめ〕

 呉羽山断層調査の一環として掘削コアの14試料についてTL年代測定を行った。得られた年代値はいずれも中期更新世であるが、地層の堆積年代、断層活動の年代、ならびに両者の中間的な年代(断層活動による堆積年代の若返り)の3群に分けられる。第1群により、A孔124m〜143m間の堆積年代は58〜46万年前、B孔ならびにD孔の14〜17m間試料は10〜13万年の狭い年代範囲で一致する。これらのデータから呉羽山断層下盤側14m以深の堆積速度を求めると1000年につき0.29mとなる。この堆積速度はそのまま、中期更新世後半における同断層の平均変位速度の上下成分に下限値を与える。

 今回の測定結果は、地表では露出が見られない層準(呉羽山礫層堆積後、峠茶屋礫砂泥互層前)が断層運動により下盤側に堆積していたこと、さらに峠茶屋層堆積時以降、沖積礫層堆積までの後期更新世は無堆積〜不整合の時間間隙があることなどを暗示する。

(4)テフラ分析

〔分析方法〕

 前処理、全鉱物組成分析、火山ガラスの屈折率測定については2−1章で述べた方法と同様である。重鉱物分析の方法について以下に述べる。

・重鉱物分析

 主要重鉱物(カンラン石・斜方輝石・単斜輝石・角閃石・黒雲母・アパタイト・ジルコン・イディングサイト等)を鏡下で識別し、ポイントカウンターを用いて無作為に200個体を計数してその量比を百分率で示した。なお、試料により重鉱物含有が少ないものは結果的に総数200個に満たないことをお断りしておきたい。この際、一般に重鉱物含有の少ない試料は重液処理による重鉱物の濃集を行うことが多いが、特に火山ガラスに包埋された重鉱物はみかけ比重が減少するため重液処理過程で除外される危険性があり、さらに風化による比重変化や粒径の違いが組成分布に影響を与える懸念があるため、今回の分析では重液処理は行っていない。

〔分析結果〕

表2−5−6 全鉱物組成分析結果一覧表

表2−5−7 重鉱物組成分析結果一覧表

表2−5−8 火山ガラスの屈折率測定結果一覧表