2−1−4 試料採取・分析

(1)フィッショントラック法年代測定

〔原理〕

固体に高エネルギーの重い荷電粒子が照射されるか、固体内部で核分裂(フィッション)して通過すると、大きなエネルギーの吸収が起こり、粒子が制止するまでその飛跡(トラック)を形成する。フィッショントラック法はウラン−238が自発核分裂して鉱物、ガラスなどの記録媒体に飛跡を残す性質を利用し、この飛跡を計数する事によってその固体の年代を測定する方法である。ウラン−238は壊変定数が極めて小さいため、試料の経年変化による劣化を考えなければ、一般に古い年代の試料ほど測定が容易である。したがって第四紀試料の場合には制約があり、測定対象となる固体は、ウラン濃度の高い試料か、容易に広いトラック計数面積が得られる試料に限られる。このような条件を満たす試料としては、ジルコンとガラス(テクタイト、黒曜石、火山ガラス)がある。

年代値とその誤差は以下のように算出される。

年代算定式

    T=1/λp*ln[1+λp*ζ*ps*ρd/ρi]

 ここでTは年代値、λpは238Uの全壊変定数(1.480×10−10y−1)、ζは測定方法ごとに較正されたzeta値(Danhara et al.,1991)である。

 また上式で算出された年代値の誤差(1σ)は下式で得られる。

Error=〔1/ΣNs+1/Σni+1+ΣNd+(σzeta/ζ)2〕**(1/2)

     Ns:自発トラック数  Ni:誘導トラック数  Nd:

〔測定方法〕

測定は、IUGS(国際地学連合)の地質年代学サブコミッションから出されたフィッショントラック年代測定の標準化に関する勧告にしたがい、年代値の新旧や自発トラック密度の大小に関わらず、zeta較正による外部ディテクター法で行った。ただしその際、試料に応じ最適の条件で測定を行う目的から、外部効果を生じやすい試料には結晶内部面を利用した外部ディテクター法(ED1)を、外部効果の影響を無視できる試料には結晶外部面を利用した外部ディテクター法(ED2)を用いる。なお外部効果とは、ジルコン結晶表面付近にウランが濃集するため、結晶が有する年代とは無関係な外部からのフィッショントラックの寄与により生じる現象で、結晶外部面を用いた場合、見かけ上古い測定年代値が得られる。したがって、原則として深成岩にはED1法、それ以外の試料にはED2法を適用する。今回測定した年代試料は火山灰及び火砕流堆積物であったためED2法で測定を行った。図2−1−7に分析のフロー、表2−1−4に分析の仕様を示す。

〔測定目的〕

呉羽丘陵の呉羽山礫層上部に挟まれている桃色凝灰岩(ピンクタフ)の年代を把握し、この年代から呉羽山礫層の堆積年代を把握する。また、野沢・坂本(1960)によって記載された谷口火砕流堆積物(上市町付近に分布)と呉羽山の桃色凝灰岩を、町田(1992)はテフロクロノロジーの手法により対比しており、比較試料として年代を測定する。

〔採取試料〕

試料名:Ku−Pt(L)

岩石名       : 火山灰

地質名       : 桃色凝灰岩

採取地点      : 富山市呉羽地城山テレビ塔下 道路脇露頭(図2−1−8)北緯36゚41',東経137゚10'

採取年月日     : 平成8年8月5日

照射年月日     : 平成8年8月26日

処理試料量     : 0.50kg

抽出ジルコン結晶数 : 10,000個

本質結晶含有率(推定): 100%

測定対象結晶数   : 60粒子

   本試料は均質で純度の高い自形ジルコン結晶を大量に含み、好適なFT年代試料と判断される。

試料名:Tpy−1

岩石名       : 火砕流堆積物

地質名       : 谷口火砕流堆積物

採取地点      : 中新川郡上市町丸山地内丸山総合公園陸上競技場造成地脇切土法面(図2−1−9

           北緯36゚41.3' ,東経137゚23.1'

採取年月日     : 平成8年10月1日

照射年月日     : 平成8年11月11日

処理試料量     : 0.30kg

抽出ジルコン結晶数 : 300個

本質結晶含有率(推定): 100%

測定対象結晶数   : 30粒子

本試料は均質で純度の高い自形ジルコン結晶を十分量含み、良好なFT年代試料と判断される。

〔測定結果〕

測定の結果を表2−1−5表2−1−6表2−1−7にまとめた。

@フィッショントラック年代試料としての適格性

A測定結果のまとまり(測定全粒子を対象)

B測定年代値

C まとめ

 両試料とも若い年代試料のため自発トラック密度が低く、粒子年代がばらつくという避けることのできない測定上の制約はあるものの、測定対象の粒子のデータには統計上特に問題となる点は指摘されず、χ2検定にも合格する。したがって両試料とも全測定粒子を同一起源に属するものと見なし、年代値を算出した。

 また、呉羽山で採取された桃色凝灰岩〔Ku−Pt(L)〕は測定精度の向上を目指し、標準測定試料数の2倍の60粒子測定を行った。試料ジルコンの含有ウラン濃度が高いこともあり、結果的に誤差(1σ)が10%以下となりかなり高い精度での年代測定が可能となった。

D 岩石学的記載

呉羽山礫層中の谷口火砕流堆積物(町田,1992,谷口凝灰岩)と桃色凝灰岩について、テフラ組成分析と屈折率測定を合わせて行って、両者の同定に関する資料の収集を試みた。分析の対象となった試料は、フィッショントラック年代測定試料2試料と、呉羽山の桃色凝灰岩の上部層の計3試料である。

〔分析担当〕株式会社 古環境研究所

<テフラ組成分析>

(1)分析方法

火山ガラス比分析と重鉱物組成分析を合わせたテフラ組成分析は、次の手順で行われた。

  1)試料20gを秤量。

  2)超音波洗浄装置により泥分を除去。

  3)80゚Cで恒温乾燥。

  4)分析篩により1/4−1/8mmの粒子を篩別。

  5)偏光顕微鏡下で250粒子を観察し、火山ガラスの形態別比率を求める(火山ガラス比分析)。

  6)偏光顕微鏡下で重鉱物250粒子を観察し、重鉱物組成を明らかにする(重鉱物組成分析)。

(2)分析結果

 テフラ組成ダイヤグラムを図2−1−10図2−1−11に、火山ガラス比分析の結果と重鉱物組成の内訳を、表2−1−8表2−1−9に各々示す。火山ガラス比分析の結果から、

Tpy−1には多くの火山ガラスが含まれていることが明らかになった。含まれる火山ガラスは、透明で分厚いバブル型ガラス(43.6%)と透明で分厚い塊状の中間型ガラス(42.4%)からなる。なお両者の形態識別は微妙で、群馬大学新井房夫名誉教授は両者を含めて同一形態(chunky glass;塊状ガラス)にまとめている。この試料には、石英も少量含まれている。 他の2試料については、風化が激しく火山ガラスはほとんど認められなかった。ただし、Ku−Pt(U)にはごくわずかにスポンジ状の軽石型ガラス(0.4%)が検出された。なおいずれの試料にも、石英が多く含まれている。

重鉱物については、どの試料にもその含量は少ない傾向にある。とくにKu−Pt(U)とKu−Pt(L)では、とくに少ない傾向が認められる。Tpy−1に含まれる重鉱物では、黒雲母(73.2%)や、おもに磁鉄鉱やチタン鉄鉱からなる不透明鉱物(25.2%)が大きい割合を占めている。また斜方輝石(1.2%)や角閃石(0.4%)がごくわずかに含まれている。

Ku−Pt(U)の重鉱物では、磁鉄鉱やチタン鉄鉱からなる不透明鉱物が大部分を占めている(95.2%)。またジルコン(4.4%)のほか黒雲母(1.2%)や単斜輝石(0.4%)がごくわずかに含まれている。一方、Ku−Pt(L)に含まれる重鉱物としては、黒雲母が最も多く含まれている(83.2%)。この試料には、さらにジルコン(6.8%)や、磁鉄鉱、チタン鉄鉱からなる不透明鉱物(6.8%)のほか、斜方輝石(2.4%)も認められる。

<屈折率測定>

測定は、位相差法(新井,1972)にしたがった。

 屈折率の測定結果を表2−1−10に示す。Tpy−1に含まれる火山ガラス(n)と斜方輝石(γ)の屈折率は、各々1.498−1.499と1.745−1.750であった。後者はとくに屈折率が高く、euliteと考えられる。一方、Ku−Pt(U)とKu−Pt(L)については、試料に含まれる重鉱物の量、とくにテフラ同定のための屈折率測定に有効な斜方輝石や角閃石などの量がきわめて少なく、屈折率の測定を行うことができなかった。

<考察>

Tpy−1については、重鉱物の組み合わせや、火山ガラスさらに斜方輝石の屈折率など、谷口火砕流堆積物(町田,1992)として記載されたテフラと共通した特徴が認められた。一方、Ku−Pt(U)とKu−Pt(L)に関しては、特にKu−Pt(U)において重鉱物の組み合わせに違いが認められたものの、試料間に風化の程度に大きな差があり、同定のための十分な資料の収集は行えなかった。したがって今回得られたデータのみでこれらの関係を議論することは難しい。

E考察

 呉羽山の桃色凝灰岩については、電子スピン共鳴(ESR)法年代測定により0.68〜0.72Maという値が得られている(竹内 1990,1991)。今回の測定結果はこの結果とほぼ一致しており、古地磁気の帯磁方向が正帯磁しているということ(酒井ほか,未公表)もこれを支持している。

 上市町の谷口火砕流堆積物については、ESR法により0.789〜0.810Ma(竹内 1990,1991)、また最近になってフィッショントラック法年代測定により0.95Maという値が得られている(藤井ほか、未公表)。これらの年代値と今回得られた年代値の間には約1Maの開きがあり、今後検討する必要がある。丸山における谷口火砕流堆積物の古地磁気は全層準で逆帯磁を示す(図2−1−12、Satomi et al.,1992)。このことは今回の年代測定結果を支持するものであり、岩石学的記載による特徴も異なることから、呉羽山の桃色凝灰岩と丸山の谷口火砕流堆積物の対比については検討を要する。

(2)テフラ分析

 テフラ(広義)とは火山の噴火に伴い発生する火山灰のことで、火山灰を大量に大気中に巻き上げるような規模の大きな噴火の場合、テフラは偏西風にのって広い範囲に降灰する。したがって一回の火山の噴火によりもたらされたテフラは堆積物中の1つの時間面を形成する。

 テフラは、様々な特徴を持った火山ガラスの形態、鉱物組み合わせ、比重、鉱物の屈折率、化学組成などによって識別される。このように識別されたテフラは、その上下の地層の年代が他の手法(たとえば14C法など)でわかった場合、堆積した年代を知ることができる。このような広域テフラは日本各地において記載され、様々な箇所で年代が報告され、広域テフラの形成する時間面が徐々にわかりつつある状態にある(町田・新井(1992)「火山灰アトラス」,東京大学出版会 が詳しい)。

 調査地内の段丘面等の平坦面の上部を覆っている黒ボク土・赤土などを採取し、広域テフラの抽出を試み、各地形面の形成年代を類推するための資料とした。試料採取地点を図2−1−13図2−1−14図2−1−15図2−1−16に示す。

<試料の採取方法>

 露頭試料は、以下の手順で採取した。

@露頭を草刈り鎌などで平滑化する。

A露頭スケッチ・写真撮影を行う。

B10×5×600cmの軽量溝型鋼を長さ50cmずつに裁断しテーパー加工を施したものを、露頭にあてる。

C上記金型の周囲をハンマーのピックなどを用いて掘り下げ、金型が露頭にはまりこむようにする。

D金型の背面(地山側)をスコップなどで縁切りし、金型ごと露頭よりはぎ取る。

 また、露頭がない箇所での試料採取はオーガーボーリングを用いて行った。

<試料の分析方法>

 以下に処理工程について説明を加える。

@前処理

 まず半湿潤状態の生試料を適宜採取秤量し、50℃で15時間乾燥させる。乾燥重量測定後、ビーカー中で数回水替えしながら水洗し、そののち超音波洗滌を行う。この際、中性のヘキサメタリン酸ナトリウムの溶液を液濃度1〜2%程度となるよう適宜加え、懸濁がなくなるまで洗滌水の交換を繰返す。乾燥後、篩別時の汚染を防ぐため使い捨てのフルイ用メッシュ・クロスを用い、3段階の篩別(60,120,250mesh)を行い、各段階の秤量をする。こうして得られた120〜250mesh(1/8〜1/16mm)粒径試料を比重分別処理等を加えることなく、封入剤(Nd=1.54)を用いて岩石用薄片を作成した。

A全鉱物組成分析

 前述の封入薄片を用い、火山ガラス・軽鉱物・重鉱物・岩片・その他の5項目について1薄片中の各粒子を無作為に200個まで計数し含有粒子数の量比百分率を測定した。

B火山ガラスの屈折率測定

 前処理により調製された120〜250mesh(1/8〜1/16mm)粒径試料を対象に、温度変化型屈折率測定装置(RIMS)を用い火山ガラスの屈折率を測定した。測定に際しては、精度を高めるため原則として1試料あたり30個の火山ガラス片を測定するが、火山ガラス含有の低い試料ではそれ以下の個数となった場合もある。

C鉱物の屈折率測定

 基本的には火山ガラスの屈折率測定と同様な操作を経て測定作業を行うが、鉱物の屈折率測定は光学的方位をチェックする必要がある点で大さく異なっている。今回の測定は、屈折率値の精度を高めるため30結晶を測定した。対象鉱物は斜力輝石または角閃石で横山・山下(1986)に準じ対象鉱物片の屈折率を測定した。

 

〔分析担当〕株式会社 京都フィッショントラック

<分析結果>

採取試料の一覧を表2−1−11に、分析の結果を表2−1−12に示す。

なお、火山ガラス・重鉱物の屈折率測定結果はまとめて巻末に示す。

この分析の結果各地点において姶良Tnテフラ[AT](約25,000年前)が認められ、平岡の試料では鬼界アカホヤテフラ[K−Ah](約6,300年前)も確認された。

 西押川および八幡神社でのそれぞれ下位の試料(試料番号2,11)では、大山倉吉テフラ[DKP](約46,000年前)に特徴的な100面のよく発達した清澄な短冊状をなす斜方輝石が見られ、屈折率を測定したところγ=1.702−1.705(1.704)であり、火山灰アトラスでの記載とよく一致するが、その他の火山ガラス、重鉱物が認められず、斜方輝石のみでは同定することはできなかった。

<考察>

〔北代地区〕

 北代地区での試料採取は、現在富山市教育委員会により発掘中の北代遺跡発掘現場から採取した(図2.1.13)。北代砂層の形成している面の時代を推定することを目的に行った。採取については、富山市教育委員会の立ち会いのもと、教育委員会のご協力により発掘現場観察断面より採取した。分析試料は黒色土壌の最下位部分、北代砂層の直上にあたる。分析対象となった深度は考古試料より縄文前期以前の堆積物ということが分かっていたが、AT(約25,000年前)までしか遡ることができなかった。したがって、この箇所での北代砂層は少なくとも約25,000年前以前に形成されたものとしか判明しなかった。

〔平岡地区〕

 平岡地区は境野新扇状地礫層の扇頂部であり、採取した試料(bS〜8)は、空中写真判読において旧河道と思われる箇所で採取した(図2.1.14)。採取はハンドオーガーを用いて地表部から土壌を掘り進み、砂礫層にあたったところで採取を終えた。つまり、この扇状地に堆積した砂礫層上部の土壌中の火山灰を検出することにより、砂礫を供給するような河川が何らかの原因で流れなくなった時期をおおむね推定しようとするものである。

 分析の結果、砂礫層上部の土壌からはAT,K−Ahは検出されたもののそれより古いテフラは確認できず、AT堆積時には河川の流下は無くなっていたと考えられる。この近傍では神嶋ほか(1989)により富山医科薬科大学グランド脇法面にてDKPの記載があり、八幡神社や西押川での試料でもDKPの存在の可能性があることから、平岡についても分布が考えられるが、今回の分析では認められなかった。したがって、境野新扇状地を流下していた河川は、少なくともDKP堆積(約46,000年前)以降、AT堆積(約25,000年前)以前に流路を変えたものと考えられる。

〔西押川地区〕

 西押川地区は境野新扇状地礫層のちょうど中央に位置し、採取した露頭は低段丘崖(高さ2m弱)である(図2.1.15)。境野新扇状地礫層の形成年代を推定するために分析を行った。この露頭では砂礫層が基底にあり、そのの上位に、下位から黄褐色土壌、黒色土壌が分布する。最上位の黒色土壌上部は耕土となっており、表層から30cmは試料を採取しなかった。今回の分析では下位の黄褐色土壌からDKPの可能性がある斜方輝石が、黒色土壌からはATが検出された。

 DKP(?)からATまでは露頭での見かけ上は整合で堆積しており、この段丘面が少なくともDKP堆積以前に形成されたことを示唆している。また、低段丘崖はこれらの地層を切って形成されているようにも見えるが、段丘崖の下側の面は耕作田であり対比試料を得ることができなかった。

〔境野新地区(八幡神社)〕

 空中写真判読により境野新の段丘面上に直線的なリニアメントが認められた箇所において、民間の宅地造成による切土が行われており、この掘削断面から試料を採取した(図2.1.16)。境野新付近の段丘面の形成年代を推定するために分析を行った。

 この露頭では砂礫層、黄褐色土壌が、リニアメントに向かって20〜25゚傾斜しており、その上位を覆う黒色土壌はリニアメントに向かって厚くなる構造をなしている。これは黄褐色土壌が堆積した後に傾動し、その後に黒色土壌が堆積したものと考えられる。

 分析の結果、黒色土壌からはATが、黄褐色土壌からはDKPと思われる斜方輝石が検出できた。したがって、DKP(?)堆積以降、AT堆積前までに礫層の傾動を引き起こすような何らかのイベントがあったものと考えられる。