(3)採取試料の分析

各トレンチから項目としては、微化石分析用試料(花粉、珪藻)、火山灰、軟X線試料、植物プラント用試料を採取した。採取位置は、各トレンチのスケッチ解釈図に示すとともに、表にまとめた。

@ 花粉分析

イ)試料と方法

花粉は、一般的には、珪藻と同じように静かな堆積環境の場で産出する場合が多く、採取対象層は、細粒堆積物である。花粉化石の抽出は、試料2〜3gを10%水酸化カリウム処理(湯煎約15分)による粒子分離、傾斜法による粗粒砂除去、フッ化水素酸処理(約30分)による珪酸塩鉱物などの溶解、アセトリシス処理(氷酢酸による脱水、濃硫酸1に対して無水酢酸9の混液で湯煎約5分)の順に物理・化学的処理を施すことにより行った。なお、フッ化水素酸処理後、すべての試料において重液分離(臭化亜鉛を比重2:1に調整)による有機物の濃集を行った。プレパラート作成は、残渣を蒸留水で適量に希釈し、十分に攪拌した後に、マイクロピペットで取り、グリセリンで封入した。検鏡は、プレパラート全面を走査し、その間に出現したすべての種類について同定・計数した。

採取試料は、トレンチ5〜7の黒ボク土を中心に採取した。またトレンチ5では、青柳礫層上位の砂質シルトからなる河川堆積物Tから1箇所採取している。試料数は、表2−3−4−2に示した通りであるが、トレンチ5では、P−1〜P−11の11試料、トレンチ6では、P−1〜P−8の8試料、トレンチ7では、P−1〜P−11の11試料の合計30試料である。分析結果は、表2−3−4−3−1表2−3−4−3−2表2−3−4−3−3に各トレンチの花粉化石一覧表を示した。

表2−3−4−2 花粉試料

表2−3−4−3−1 トレンチ5の花粉化石一覧表

表2−3−4−3−2 トレンチ6の花粉化石一覧表

表2−3−4−3−3 トレンチ7の花粉化石一覧表

ロ)花粉化石群集の記載

全試料で同定された分類群数は、樹木花粉3,草本花粉5,形態分類を含む植物胞子3である。以下に各トレンチごとに花粉化石群集の記載を示す。なお、花粉化石の代表写真を巻末資料に添付した。

・トレンチ5:いずれの試料も花粉化石の産出個数は非常に少ない。樹木花粉では、ハンノキ属、コナラ亜属、草本花粉では、イネ科、カヤツリグサ科、ヨモギ属、タンポポ亜科がわずかに産出した。シダ植物胞子では、単条型胞子とTr5−P6でアカウキクサ属のグロキディウム(碇状の突起)が産出した。

・トレンチ6:いずれの試料も花粉化石の産出個数は非常に少ない。樹木花粉では、ブドウ属、草本花粉では、イネ科、ヨモギ属がわずかに産出した。シダ植物胞子では、単条型胞子と三条型胞子が産出した。

・トレンチ7:いずれの試料も花粉化石の産出個数は非常に少ない。樹木花粉は、全く産出せず、草本花粉では、イネ科、ヨモギ属、他のキク亜科がわずかに産出した。シダ植物胞子では、単条型胞子が産出した。

ハ)分析結果

いずれの試料も花粉化石の産出個数が少なく、周辺植生の推定は難しい。トレンチ5、トレンチ6では、水性シダ植物のアカウキクサ属が産出しており、これが生育するような池ないし水田のような水域の存在が推定される。なお、花粉化石は水成堆積物では良好に保存されるが、十分な花粉化石が産出しないことから、花粉化石の分析結果では、水成環境で安定して堆積したものとは考えにくい結果となっている。

A 珪藻分析

イ)試料と方法

珪藻は、10〜500μmほどの珪酸質殻を持つ単細胞藻類で、殻の形やこれに刻まれた模様などから多くの珪藻種が調べられている。また現生の生態から特定環境を指標する珪藻種群も設定されている(小杉,1988;安藤,1990)。一般的に、珪藻の生育域は海水域から淡水域まで広範囲に及び、中には河川や沼地などの水成環境以外の陸地においてもわずかな水分が供給される環境、たとえば、コケの表面や湿った岩石の表面などで生育する珪藻種(陸生珪藻)も知られている。こうした珪藻種あるいは珪藻群集の性質を利用して堆積物中の珪藻化石群集の解析から、これら堆積環境について知ることが可能である。

珪藻分析のための処理は以下の方法で行い、珪藻用プレパラートを作成した。

 @ 試料から湿潤重量約1g程度を取り出し、秤量した後ビーカーに移し、30%過酸化水素水を加え、加熱・反応させ、有機物の分解と粒子の分散を行う。

 A 反応終了後、水を加え1時間程してから上澄み液を除去し、細粒のコロイドを捨てる。この作業を7回ほど繰り返す。

 B 残渣を遠心管に回収し、マイクロピペットで適量取り、カバーガラスに滴下し、乾燥させる。乾燥後はマウントメディアで封入しプレパラートを作成する。

作成したプレパラートは顕微鏡下1000倍で観察し、珪藻化石200個体前後について同定・計数した。なお、珪藻化石が少ない試料については、プレパラート全面について精査した。 

珪藻化石の環境指標種群は、主に小杉(1988)および安藤(1990)が設定した環境指標種群に基づいた。なお、環境指標種群以外の珪藻種については、淡水種は広布種として、また海水〜汽水種は不明種としてそれぞれ扱った。また、破片のため属レベルで同定した分類群は、その種群を不明として扱った。

以下に、小杉(1988)が設定した汽水から海水域における環境指標種群と安藤(1990)が設定した淡水域における環境指標種群の概要を示す。

[外洋指標種群(A)]:塩分濃度が35パーミル以上の外洋水中を浮遊生活する種群である。

[内湾指標種群(B)]:塩分濃度が26〜35パーミルの内湾水中を浮遊生活する種群である。

[海水藻場指標種群(C1)]:塩分濃度が12〜35パーミルの水域の海藻や海草(アマモなど)に付着生活する種群である。

[海水砂質干潟指標種群(D1)]:塩分濃度が26〜35パーミルの水域の砂底(砂の表面や砂粒間)に付着生活する種群である。この生育場所には、ウミニナ類、キサゴ類、アサリ、ハマグリ類などの貝類が生活する。

[海水泥質干潟指標種群(E1)]:塩分濃度が12〜30パーミルの水域の泥底に付着生活する種群である。この生育場所には、イボウミニナ主体の貝類相やカニなどの甲殻類相が見られる。

[汽水藻場指標種群(C2)]塩分濃度が4〜12パーミルの水域の海藻や海草に付着生活する種群である。

[汽水砂質干潟指標種群(D2)]塩分濃度が5〜26パーミルの水域の砂底(砂の表面や砂粒間)に付着生活する種群である。

[汽水泥質干潟指標種群(E2)]:塩分濃度が2〜12パーミルの水域の泥底に付着生活する種群でsる。淡水の影響により、汽水化した塩性湿地に生活するものである。

[上流性河川指標種群(J)]:上流の渓谷部に集中して出現する種群である。これらにはAchnanthes属が多く含まれるが、殻面全体で岩にぴったりと張り付いて生育しているため、流れによってはぎ取られてしまうことがない。

[中〜下流性河川指標種群(K)]:中〜下流部、すなわち河川沿いに河成段丘、扇状地および自然堤防、後背湿地といった地形が見られる部分に集中して出現する種群である。これらの種は、柄またはさやで基物に付着し、体を水中に伸ばして生活する種が多い。

[最下流性河川指標種群(L)]:最下流部の三角州の部分に集中して出現する種群である。これらの種は、水中を浮遊しながら生育している種が多い。これは河川が三角州地帯にはいると流速が遅くなり、浮遊性の種でも生育できるようになる。

[湖沼浮遊生指標種群(M)]:水深が約1.5m以上で、水生植物は岸では見られるが、水底には生育していない湖沼に出現する種群である。

[湖沼沼沢湿地指標種群(N)]:湖沼における浮遊生種としても、沼沢湿地における付着生種としても優勢な出現が見られ、湖沼・沼沢湿地の環境を指標する可能性が大きい。なおFreagilaria brevistriata、F.construens、F.pinnata、Melosira solidaなどはこの種群に含めた。

[沼沢湿地付着指標種群(O)]:水深1m内外で、一面に植物が繁殖しているところおよび湿地で、付着状態で優勢な出現が見られる種群である。なおEunotia diodonは、これらの種群に伴って出現することが多いことから同種群に含めた

[高層湿原指標種群(P)]:尾瀬ヶ原湿原や霧ヶ峰湿原などのように、ミズゴケを主とした植物群落および泥炭層の発達が見られる場所に出現する種群である。

[陸域指標種群(Q)]:上述の水域に対して、陸域を生息地として生活している種群である(陸生珪藻と呼ばれている)。

採取試料は、トレンチ5〜7の黒ボク土を中心に採取した。試料数は、表2−3−4−4に示した通りであるが、トレンチ5では、K−1〜K−11の11試料、トレンチ6では、K−1〜P−8の8試料、トレンチ7では、K−1〜K−11の11試料の合計30試料である。

表2−3−4−4 珪藻試料

分析結果を下記に示す。なお、珪藻化石産出表を表2−3−4−5−1表2−3−4−5−2に、また図2−3−4−5−1図2−3−4−5−2図2−3−4−5−3、に珪藻化石分布図を示す。

なお、産出した珪藻の写真を巻末資料に示した。

表2−3−4−5−1 堆積物中の珪藻化石産出表その1(種群は安藤,1990による)

表2−3−4−5−2 堆積物中の珪藻化石産出表その2(種群は安藤,1990による)

表2−3−4−6 各トレンチ堆積物の堆積環境とその変遷

図2−3−4−5−1 トレンチ5堆積物中の珪藻化石分布図(2%以上の分類群を表示) 

図2−3−4−5−2 トレンチ6堆積物中の珪藻化石分布図(2%以上の分類群を表示)

図2−3−4−5−3 トレンチ7堆積物中の珪藻化石分布図(2%以上の分類群を表示)

トレンチ5 トレンチ5 トレンチ5 トレンチ5 トレンチ5 トレンチ5

トレンチ6 トレンチ6 トレンチ6 トレンチ6 トレンチ6 トレンチ6

トレンチ7 トレンチ7 トレンチ7 トレンチ7 トレンチ7 トレンチ7

ロ)珪藻化石の特徴とその堆積環境

全試料から検出された珪藻化石は、淡水種が112分類群28属92種5亜種検出された。これら珪藻化石からは淡水域5環境指標種群が分類された(表2−3−4−5−1表2−3−4−5−2)。以下では、各地点の遺構堆積物について珪藻分帯に従って述べる。

・トレンチ5(11試料);図2−3−4−5−1参照

珪藻化石の環境指標種群あるいはその出現傾向から3帯に分帯された。

DT帯(試料Tr5−K1)

全体的に、珪藻化石は非常に少ない。プレパラート全面の精査では21個体であった。なお、堆積物1g当りの殻数は約8.50x103個、完形殻の出現率は約14%である。

堆積物は、W壁の雲母混じり砂質シルトから構成されることから、珪藻化石が堆積物中に捕獲されなかったことが考えられる。なお、出現した珪藻化石は、U帯で見られるような河川に伴う化石種が含まれることから、同様の環境が予想される。

DU帯(試料Tr5−K2〜K9)

堆積物1g当りの殻数は約1.28〜5.29x106個、完形殻の出現率は約44〜69%である。珪藻化石は、中〜下流性河川指標種群のAchnanthes lanceolataやMelosira variansなどが特徴的に出現し、やや水深のある湖沼沼沢湿地指標種群のMelosira italicaなどや沼沢湿地付着生指標種群のEunotia pectinalis var.undukataなどが出現した。なお、上部の試料では、陸域指標種群のHantzschia amphioxysなども出現した。こうしたことから、河川環境が優勢であり、やや水深のある沼沢地を伴う。なお、試料K4〜K9では、ジメジメとした沼沢地を伴う。

DV帯(試料Tr5−K10・K11)

堆積物1g当りの殻数は約7.47x106および1.92x106個、完形殻の出現率は約64および58%である。珪藻化石は、中〜下流性河川指標種群のMelosira variansなどが特徴的に多く出現した。なお、やや水深のある湖沼沼沢湿地指標種群や沼沢湿地付着生指標種群、陸域指標種群も少ないながら出現した。こうしたことから、河川環境が推定される。なお、全体的にやや水深のあるような沼沢地を伴う。

・トレンチ6(8試料);図2−3−4−5−2参照

珪藻化石の環境指標種群あるいはその出現傾向から3帯に分帯された。

DT帯(試料Tr6−K1)

珪藻化石はやや少ない。堆積物1g当りの殻数は約1.92x106個、完形殻の出現率は約40%である。珪藻化石は、やや水深のある湖沼沼沢湿地指標種群のMelosira italicaなどや沼沢湿地付着生指標種群のEunotia pectinalis var.undukataなどが比較的高率で出現し、中〜下流性河川指標種群のAchnanthes lanceolataなども伴う。こうしたことから、やや水深のあるような沼沢地環境が優勢であり、河川の流れ込みもあったと推定される。

DU帯(試料Tr6−K2〜K6)

堆積物1g当りの殻数は約9.51x105〜1.19x107個、完形殻の出現率は約49〜62%である。珪藻化石は、中〜下流性河川指標種群のMelosira variansなどが特徴的に多く出現し、やや水深のある湖沼沼沢湿地指標種群のMelosira italicaなどや沼沢湿地付着生指標種群のPinnularia viridisなどが出現した。なお、試料K3〜K6では、陸域指標種群のPinnularia borealisなども出現した。こうしたことから、沼沢地を伴う河川環境が優勢であったと推定される。なお、上部ではジメジメとした環境が推定される。

DV帯(試料Tr6−K7・K8)

堆積物1g当りの殻数は約5.13x105および2.06x105個、完形殻の出現率は約30および76%である。珪藻化石は、沼沢湿地付着生指標種群のPinnularia subcapitataなどや陸域指標種群のPinnularia borealisなどが出現した。また、中〜下流性河川指標種群のMelosira variansなども出現した。

こうしたことから、ジメジメとした沼沢地が優勢であり、河川の流れ込みもあったと推定される。

・トレンチ7(11試料);図2−3−4−5−3参照

珪藻化石の環境指標種群あるいはその出現傾向から3帯に分帯された。

DT帯(試料Tr7−K1〜K4)

堆積物が礫を伴うシルトであるが、全体的に珪藻化石は少ない。堆積物1g当りの殻数は約1.18x104〜1.50x105個、完形殻の出現率は約14〜42%である。珪藻化石は、広布種のSynedra ulnaが特徴的に多く、沢湿地付着生指標種群や中〜下流性河川指標種群を伴う。こうしたことから、堆積物がシルトであることから珪藻化石が十分捕獲されなかったことが考えられるが、河川環境などが予想される。

DU帯(試料Tr7−K5〜K10)

堆積物1g当りの殻数は約9.86x105〜7.50x106個、完形殻の出現率は約48〜61%である。珪藻化石は、中〜下流性河川指標種群のMelosira variansなどが特徴的に多く出現し、沼沢湿地付着生指標種群のPinnularia viridisなどや陸域指標種群も出現した。こうしたことから、河川環境が優勢であったと推定される。なお、全体的にジメジメとした沼沢地を伴う。

DV帯(試料Tr7−K11)

全体的に、珪藻化石は非常に少ない。プレパラート全面の精査では28個体であった。なお、堆積物1g当りの殻数は約2.76x104個、完形殻の出現率は約21%である。堆積物は耕作土直下の砂質シルトであるが、珪藻化石が堆積物中に捕獲されなかった可能性があるほか、下位層において高率に出現する珪藻種と同様の珪藻種が出現することから下位層の再堆積である可能性も予想される。

ハ)考察

各トレンチ堆積物の推定環境とその変遷を表2−3−4−6に示す。

堆積物は黒ボク土層であり、層相も類似している。しかしながら試料の産出環境は河川性の環境が優勢であるが、一部違いがみられる。すなわちトレンチ7では、下位のTr7−K1〜K4までが、珪藻化石が少ないが、産出種は沼沢地性の環境であり、上位になるにつれて産出環境が河川性に移行していくことが読みとれる。

トレンチ5,トレンチ6ではほとんど河川性の珪藻化石が多く産出しており、トレンチ7の上位層準と同類の環境であった。放射性炭素年代値をみた場合、トレンチ7の下位層準のみが5000yBP年代の値をとり、上位層準は、トレンチ5〜7ともに2000yBP年前後の値を示しており、年代の区分と産出環境とが調和した結果となっている。

表2−3−4−6 各トレンチ堆積物の堆積環境とその変遷

B 火山灰分析

イ)テフラ組成分析

関東平野での第四系に含まれる示標となるテフラを念頭におき、トレンチ試料からテフラ粒子の認められた試料を対象にして、テフラ組成分析(火山ガラス比分析および重厚物組成分析)と屈折率測定をあわせて行った。分析試料は、ローム層中および礫層中の粘土層〜シルト層に挟在する凝灰岩や火山灰層である。分析の手順は、次のようである。

 @ 超音波洗浄により泥分を除去する。

 A 80℃で恒温乾燥を行う。

 B 分析ふるいで1/4〜1/8mmの粒子をふるい別する。

 C 偏光顕微鏡下で火山ガラス250粒子を観察し、火山ガラスの形態別比率を求める(火山ガラス比分析)。

 D 偏光顕微鏡下で重鉱物250粒子を観察し、重鉱物組成を求める(重鉱物組成分析)。

 E 示標テフラとの同定精度を向上させるため、温度一定型位相査法(新井, 1972、1993)により、測定が可能と判断した試料について、そこに含まれるテフラ粒子の屈折率の測定を試みた。

各トレンチでの試料は、以下の表2−3−4−7で採取した。

表2−3−4−7 テフラ試料

テフラ組成分析結果を、ダイヤグラムにして図2−3−4−6に示す。また、火山ガラス比と重鉱物組成の内訳を、表2−3−4−8および表2−3−4−9に示す。各試料の特徴は以下の通りである。

・Tr5−T1:透明で分厚い中間型ガラスがごく少量(0.4%)含まれている。重鉱物としては、量の多い順に角閃石(62.4%)、斜方輝石(19.6%)、磁鉄鉱(14.4%)、カンラン石(1.6%)、黒雲母(0.8%)、単斜輝石(0.4%)などが認められる。

・Tr6−T1:透明で平板状のバブル型ガラスがごく少量(0.4%)含まれている。重鉱物としては、量の多い順に角閃石(40.4%)、黒雲母(30.0%)、斜方輝石(15.2%)、磁鉄鉱(5.2%)、単斜輝石(5.2%)、カンラン石(2.4%)などが認められる。

・Tr6−T2:透明で平板状のバブル型ガラスがごく少量(0.4%)含まれている。重鉱物としては、量の多い順に角閃石(47.2%)、黒雲母(24.8%)、斜方輝石(14.0%)、単斜輝石(5.6%)、磁鉄鉱(5.2%)、カンラン石(2.8%)などが認められる。

・Tr6−T3:透明で分厚い中間型ガラスがごく少量(0.4%)含まれている。重鉱物としては、量の多い順に角閃石(49.2%)、黒雲母(16.4%)、磁鉄鉱(16.0%)、斜方輝石(7.2%)、カンラン石(5.6%)、単斜輝石(5.2%)などが認められる。

・Tr7−T1:火山ガラスは検出されなかった。重鉱物としては、量の多い順に角閃石(51.6%)、磁鉄鉱(26.0%)、斜方輝石(12.0%)、黒雲母(4.8%)、単斜輝石(3.6%)、カンラン石(1.6%)などが認められる。

・Tr7−T2:透明で分厚い中間型ガラス(4.0%)や軽石型ガラス(0.8%)が比較的多く含まれている。火山ガラスは検出されなかった。重鉱物としては、量の多い順に斜方輝石(49.6%)、磁鉄鉱(17.6%)、単斜輝石(14.0%)、角閃石(12.8%)、黒雲母(4.4%)、カンラン石(1.2%)などが認められる。

表2−3−4−8 火山ガラス比分析結果

表2−3−4−9 重鉱物組成分析結果

図2−3−4−6 テフラ組成ダイヤグラム

ロ)屈折率測定

示標テフラとの同定精度を向上させるために、Tr6−T2とTr7−T2の2試料について、温度一定型屈折率測定法(新井,1972,1993)により屈折率の測定を行った。

屈折率測定の結果は、表2−3−4−8に示す。

Tr6−T2に含まれる角閃石(n2)の屈折率は、1.670−1.683である。また、Tr7−T2に含まれる斜方輝石(γ)の屈折率は、1.706−1.708である。

ハ)考察

Tr6−T2には、中生界や古生界に由来すると思われる石質砂が多く含まれている。この試料のなかで、テフラに由来する可能性が高い比較的細粒の角閃石について屈折率の測定を行った。角閃石の屈折率は、放射性炭素年代値で約2,800〜2,900年前に天城火山カワゴ平火口から噴出した天城カワゴ平テフラ(Kg,町田ほか,1984)に含まれる角閃石の屈折率(1.669−1.685:町田・新井,1992)とほぼ一致する。また、6世紀初頭に榛名火山から噴出し、東京都域でも検出されている榛名二ツ岳渋川テフラ(Hr−FA,新井,1979,坂口,1986,早田,1989,早田ほか,1990,町田・新井,1992)に含まれる角閃石の屈折率も1.671−1.695(modal range:1.672−1.681)で、とくにmodal rangeをみると今回検出された角閃石の屈折率とよく似ていることがわかる。これらのことから、Tr6−T2に含まれる比較的細粒の角閃石については、KgやHr−FAに由来する可能性が指摘される。

Tr7−T2については、中間型ガラスを比較的多く含むこと、斜方輝石や単斜輝石に富むこと、さらに斜方輝石の屈折率などから、浅間火山起源のテフラが多く含まれていると考えられる。完新世に浅間火山から噴出した浅間火山起源のテフラでは、放射性炭素年代値で約5,400年前に浅間火山から噴出した浅間六合軽石(As−Kn,早田ほか,1988,早田,1996)や、約4,500年前に浅間火山から噴出した浅間D軽石(As−D,荒牧,1968,新井,1979,早田,1996)の特徴にもっとも近い。いずれにしても、採取した試料は、成層した火山灰層ではなく、全体に乱された堆積物中からの試料であるため、洗い出されたものや、あとから混入したものも入り混じった可能性もある。

C プラントオパール分析 

イ)概要

植物珪酸体は、ガラスの主成分である珪酸(SiO2)が植物の細胞内に蓄積したものであり、植物が枯死した後も微化石(プラント・オパール)となって土壌中に半永久的に残っている。プラント・オパール(植物珪酸体)分析は、この微化石を遺跡土壌などから検出し、その組成や量を明らかにする方法であり、イネをはじめとするイネ科栽培植物の同定および古植生・古環境の推定などに応用されている。

ロ)試料

調査地点は、表2−3−4−1表2−3−4−2表2−3−4−3−1表2−3−4−3−2表2−3−4−3−3に示したようにトレンチ5〜7で採取した。分析試料は、トレンチ5では下位より試料Pt1〜Pt11の11点、トレンチ6では下位より試料Pt1〜Pt10の10点、トレンチ7では下位より試料Pt1〜Pt9の9点の計30点である。以下の表2−3−4−10に試料の採取位置を示す。

表2−3−4−10 プラントオパール試料

ハ)分析法

プラント・オパールの抽出と定量は、「プラント・オパール定量分析法(藤原,1976)」をもとに、次の手順で行った。

・試料土の絶乾(105℃・24時間)  

・試料土約1gを秤量、ガラスビーズ添加(直径約40μm,約0.02g)

※電子分析天秤により1万分の1gの精度で秤量

・電気炉灰化法による脱有機物処理

・超音波による分散(300W・42KHz・10分間)

・沈底法による微粒子(20μm以下)除去、乾燥

・封入剤(オイキット)中に分散,プレパラート作成

・検鏡・計数

検鏡は、おもにイネ科植物の機動細胞(葉身にのみ形成される)に由来するプラント・オパール(以下、プラント・オパールと略す)を同定の対象とし、400倍の偏光顕微鏡下で行った。計数は、ガラスビーズ個数が400以上になるまで行った。これはほぼプレパラート1枚分の精査に相当する。

検鏡結果は、計数値を試料1g中のプラント・オパール個数(試料1gあたりのガラスビーズ個数に、計数された植物珪酸体とガラスビーズの個数の比率を乗じて求める)に換算して示した。

ニ)分析結果

分析の結果、イネ、キビ族(ヒエ属型)、ジュズダマ属、ヨシ属、ウシクサ族(ススキ属型)、シバ属、タケ亜科(ネザサ節型,クマザサ属型,その他)および未分類のプラント・オパールが検出された。分析結果を表2−3−4−11−1表2−3−4−11−2表2−3−4−11−3に示す。また図2−3−4−7−1図2−3−4−7−2図2−3−4−7−3図2−3−4−7−4にそれらを図示したものを示した。

ホ)考察

ホ)−1 稲作およびその他の農耕の可能性について

今回の調査でイネのプラント・オパールが検出されたのは、トレンチ5のPt6〜11、トレンチ6のPt2〜4、Pt7〜10、トレンチ7のPt4〜6、Pt9である。したがって、トレンチ5ではPt6以上の層準で、トレンチ6ではPt2〜4の層準とPt7以上の層準で、トレンチ7ではPt4〜6の層準とPt9の層準で稲作が行われていたと考えられる。そのうちトレンチ5のPt7とPt11、トレンチ6のPt8とPt10では、プラント・オパール密度がそれぞれ5,200個/g、5,800個/g、3,300個/g、6,000個/gであり、水田跡の探査や検証を行う場合の判断基準値である3,000個/gを上まわっている。したがって、これらの試料の採取された層準では試料採取地点もしくはごぐ近傍において稲作が行われていたと考えられる。以上のことから、少なくともトレンチ5ではPt6の層準、トレンチ6ではPt2の層準、トレンチ7ではPt4の層準の時期からは稲作が開始されていたと判断される。今回のトレンチ掘削地点のその場所で水田稲作が営まれていたかどうかは不明であるが、上記のトレンチ5ではPt6より上位層準、トレンチ6ではPt7より上位の層準、トレンチ7では、Pt4よりも上位層準が、黒ボク土の層相からみて、やや人工改変の影響がある可能性があり、イネのプラントオパールの出現層準とも概ね一致しそうである。

イネ以外で栽培植物が含まれる分類群では、ヒエ属型(ヒエが含まれる)とジュズダマ属型(ハトムギが含まれる)が検出された。ただし、両者とも現時点ではプラント・オパールの形状から栽培種(ヒエ、ハトムギ)と野生種および近縁種(イヌビエ、ジュズダマ)とを識別することは困難である。なお、検出密度はいずれもそれほど高くはない。こうしたことから、ヒエやハトムギが栽培されていた可能性を否定することはできないが、野・雑草とみる方が妥当であろう。とくにヒエ属型については水田雑草のイヌビエである可能性が高い。

他には栽培植物に起源するプラント・オパールは検出されていないことから、これら以外にはイネ科の穀類の栽培された痕跡は認められない。ただし、イネ科植物の中には未検討のものもあるため、未分類としたものの中にも栽培種に由来するものが含まれている可能性が考えられる。また、プラント・オパール分析で同定できるものの多くはイネ科の草本植物であることから、マメ類、イモ類および野菜類などは分析の対象外となっている。

ホ)−2 プラント・オパール分析から推定される植生・環境

トレンチ5では、各試料ともススキ属型が多産し、Pt3以上ではネザサ節型やクマザサ属型などのタケ亜科も多い。一方、Pt3〜5、Pt7〜9ではヨシ属が高い密度で検出されている。なお、Pt8以上ではシバ属が高密度で検出され、試料10と試料11で卓越する。これらのことから、トレンチ5周辺におけるイネ科植生を復元すると以下のようである。すなわち、Pt1およびPt2の時期は、ススキ属を主にネザサ節やクマザサ属などの生育する比較的乾燥した堆積環境であり、近傍にはヨシ属の生育する湿地もみられた。Pt3〜5の時期には、ススキ属の勢力が増大し、タケ亜科もやや増えた。低いところでは湿地が拡大したかあるいは本地点自体が湿地であったかもしれない。Pt6の時期になると湿地を開墾して稲作が開始された。なお、周辺では相変わらずススキ属が多く生育していた。タケ亜科も勢力を拡大し、シバ属も生育するようになった。また、低い部分にはヨシ属が繁茂していた。Pt7の時期以降も概ね同じ状況で推移するが、Pt8の層準堆積以降はシバ属が次第に拡大していったと推定される。

同様にトレンチ6周辺は、Pt1の時期はススキ属が主体であり、一部にネザサ節などのタケ亜科とシバ属が、低いところにはヨシ属が生育していた。Pt2〜3の時期になると湿地が拡大し、近傍で稲作の可能性があるが、小規模である。ススキ属が勢力を大きく拡大し、周辺にはタケ亜科も多く生育していた。Pt4ではヨシ属が急減し、ススキ属もやや減少する。シバ属がやや多く、ジュズダマ属が認められる。Pt5〜6の時期は稲作が一旦中断するか規模が縮小し、湿地も減少したようである。ススキ属が勢力を回復し、Pt6ではシバ属が多くなった。Pt7の時期になると稲作が復活するか規模が拡大し、これとともに湿地も拡がった。近傍ではススキ属がより勢力を増し、シバ属も拡大する。こうした状況は現代まで続いたと推定される。なお、Pt10の時期はほとんどのプラント・オパールが高い密度で検出され、その総数も格段に多い。こうしたことから、当該時期は土壌の堆積速度が緩やかになり、地表面であった時間が長かったと考えられる。

トレンチ7周辺のイネ科植生および環境は、Pt1〜3の層準の時期はススキ属を主にクマザサ属などのタケ亜科が生育しており、本地点一帯は湿地であった可能性が高い。Pt4の時期になると周辺で稲作が行われるようになり、湿地が減少した。なお、ススキ属は変わらず多く生育していた。Pt5〜6ではススキ属が次第に減少する。また、ネザサ節が減少する一方でクマザサ属が増加していることから、気候がやや冷涼化したことが示唆される。なお、Pt6の時期はシバ属の勢力が増大し、Pt7の時期まで継続した。Pt7とPt8の時期は稲作が一旦中断するか規模が縮小した。なお、Pt8ではススキ属が急増し、大きな群落を形成していた。ネザサ節やクマザサ属などのタケ亜科も多かった。低い部分では湿地が再び拡大した。なお、シバ属はみられなくなった。Pt9の時期には周辺で稲作が行われており、シバ属が再び増大した。ススキ属の群落は減少し、ヨシ属も激減し湿地は後退したと推定される。

各地点ともほとんどの試料で未分類のプラント・オパールが多量に検出されており、これらはいずれも草本起源のもと考えられる。また、全体にススキ属が多いが、ススキは日当たりの良い開けた土地を好み、森林の中では群落を形成することはできない。こうしたことから、各層準の堆積時の調査地点一帯は、草本が主体の開けた環境であったと推定される。

B 軟X線の測定

測定方法は、肉眼では識別できない堆積物の微細内部構造を明らかにするために、軟X線写真撮影装置(SOFTEX−60)で堆積物の軟X線写真を撮影して観察する。

軟X線には堆積物の密度が大きいほど透過しにくい性質があることから、堆積物のわずかな密度差が透過率の変化となってあらわれる(斉藤,1993)。軟X線写真を用いて堆積構造の解析を行うと、ウェーブリップルや潮汐堆積物も検出することができ(井内ほか,1983;池原,1989)、現時でも堆積相の記載に用いられている。

軟X線写真撮影用試料の採取は、有田(1983)によって開発された内径25×5×1cmのアクリルケースで行う。軟X線用フィルムが入れられたフィルムカセット上にアクリルケースに入れた試料を並べ密着撮影する。軟X線の照射条件は、堆積物中の含水率や粒径などによって異なるが、一般的な汽水湖底堆積物の場合には、40kVp、3mAで4分程度の照射時間である。

軟X線写真の観察からは、汽水湖底堆積物中に認められるタービダイトなどの堆積異常層や薄い火山灰層などが検出できる。

今回はトレンチ5およびトレンチ6での試料の結果を巻末の写真に示した。

採取した試料の位置は、スケッチ解釈図および以下の表2−3−4−11に示す。

表2−3−4−11 軟X線試料採取一覧表

ソフトX線の映像と採取したトレンチの位置関係を図2−3−4−8−1図2−3−4−8−2に示す。

X線の映像からは、次のような点が読みとれる。

1)トレンチ5E面 

試料はすべて黒ボク土から採取している。黒ボク土層では、トレンチでの観察で層相の違いが認められるが、ソフトX線試料の4個の中で最上位のものとそれより下位のものとで同様の層相の違いが映像上からも識別できた。

最上位のX線の結果は、かなり粗粒で人工改変のあとがみられるが、下位の3試料は細粒分が主体で、ところどころ粗粒の箇所が挟在する。また最下位の試料では、鮮明な剪断の箇所が認められた。

2)トレンチ5S面

ここでの試料は全体に粗粒分が多いが、各試料の中でところどころに粗粒な箇所がみられるところもあり、河川性の堆積条件が変化したことも考えられる。

表2−3−4−11−1 プラントオパール分析結果(トレンチ5)

表2−3−4−11−2 プラントオパール分析結果(トレンチ6)

表2−3−4−11−3 プラントオパール分析結果(トレンチ7)

図2−3−4−7−1 プラントオパール分析結果(トレンチ5S面)主な分類群について表示

図2−3−4−7−2 プラントオパール分析結果(トレンチ6E面)主な分類群について表示

図2−3−4−7−3 プラントオパール分析結果(トレンチ7W面)主な分類群について表示

図2−3−4−7−4 プラントオパール分析結果(トレンチ7E面)主な分類群について表示