(2)国立市谷保地区

国立市谷保地区でのトレンチは、変位地形が明瞭な立川断層の両側で実施したが、断層の地下での位置が現状での変位地形よりも前面に存在する可能性もあり、当初4箇所のトレンチに対して、補足のトレンチを1箇所追加した。トレンチの掘削前と掘削後の測量平面図を図2−2−4−12(トレンチ1及び2)及び図2−2−4−13(トレンチ3,3’及び4)に示した。トレンチ掘削後に、壁面の観察、スケッチ及びサンプリングを行った。それぞれのスケッチ図は付図として添付したほか、スケッチ図の解釈図を図2−2−4−14−1図2−2−4−18−2に示した。

図2−2−4−14−1図2−2−4−14−2

図2−2−4−15−1図2−2−4−15−2

図2−2−4−16−1図2−2−4−16−2

図2−2−4−17−1図2−2−4−17−2図2−2−4−17−3図2−2−4−17−4図2−2−4−17−5図2−2−4−17−6

図2−2−4−18−1図2−2−4−18−2

1)観察結果

トレンチ壁面の観察及びスケッチは、E面、W面、S面、N面の4面を対象として実施した。トレンチで観察される地層は、立川断層の沈降側のトレンチ(トレンチ1、2および4)と、隆起側のトレンチ(トレンチ3および3’)で異なる。青柳礫層は各トレンチで共通に確認されるが、沈降側ではトレンチ1と4で、青柳礫層の上位に黒ボク土が、またトレンチ2では、河川堆積物層Vがのり、隆起側のトレンチ3では、青柳礫層上位に河川堆積物層Vや青柳ローム層が、またトレンチ3’では、河川堆積物層T〜Vが覆う。全体としての特徴は、沈降側では青柳ローム層は分布せず、矢川沿いに黒ボク土が分布し、隆起側では青柳ローム層はそのまま残り、黒ボク土層が分布しない。谷保地区での地質構成表を表2−2−4−4に示した。これらはトレンチを行った谷保地区の共通の地質状況である。各トレンチ壁面の写真はスケッチ図にあわせた。

@トレンチ壁面の地質構成、地質年代等

イ)青柳礫層

礫径の平均は、1〜4cmで、最大礫径10〜29cmの亜角〜亜円礫を伴う砂礫層。礫種は砂岩を主体とし、チャート等が混入する。基質は部分的に細粒砂が混在するが、多くは粗粒砂〜細礫からなる。今回掘削したすべてのトレンチで確認される。トレンチ4では、礫層中に細粒砂層や細粒火山灰層が挟在する。

ロ)河川堆積層T

青柳礫層の直上に分布する。黒雲母を含む灰白・褐色の火山灰質細粒砂〜シルト層やシルト質細粒火山灰濃集層が挟在する、細〜中粒砂である。層相上は川砂状であるが、かなり全体に細粒砂〜シルト層である。この層はトレンチ3でしか観察されていない。

ハ)河川堆積層U

茶褐色〜灰褐色の礫混じり細〜粗粒砂、砂礫層の互層。全体に固結はよくなく、崩れやすい。砂礫層は、やや連続性に欠けるが4〜5層程度挟在し、礫径は、0.5〜4cm程度である。トレンチ3でしか観察されず、トレンチの中でも連続性に欠ける。

ニ)河川堆積層V

淡灰褐色〜淡黄褐色の火山灰質細粒砂〜シルト層。いわゆるフラッドローム層で、段丘堆積物の凹凸を埋積する段丘化直前の洪水堆積物である。微細な黒雲母が多数混入し、一部石英、長石、有色鉱物を含む。立川断層の沈降側ではトレンチ2で、隆起側では、トレンチ3および3’で認められる。

ホ)青柳ローム層T

風成の褐色ローム層。粒径1〜4mmの橙褐色スコリアが混入するのが特徴である。黒雲母が少量含まれる。トレンチ3、トレンチ3’にて確認される。フラッドローム等を削理込んでおり、下位層とは不整合関係にある。河川堆

ヘ)青柳ローム層U

下位のローム層Tと比べやや二次的な堆積状態を示す淡黄褐色〜淡褐色の砂質風化火山灰〜風化火山灰層。下位のローム層Tのブロック片等が混入する。

ト)黒ボク土層T

黒ボク土層は、色調や含水状況、混入物、人工的な状態の違い等を考慮し、4層に区分した。T層は、暗褐色の風化火山灰層であり、上位に比べやや粘性に富む。分布はトレンチ1のみである。炭素同位体年代分析の結果、5,500±70yBP〜5,610±70yBPである。浅層ボーリングでのYa−G−10で、比較的深い箇所で同様の年代値が得られている。

チ) 黒ボク土層U

層相的には代表的に2種類ほど観察される。特にトレンチ2では、下位に褐色〜暗褐色の風化火山灰質砂層で、φ1〜4mmの褐色スコリアや黄褐色のシルト及び黒雲母が含まれる。黄褐色のシルトは、やや青柳ローム層Tに層相的に類似する。

この層相の上位には、黒褐色の風化火山灰層からなり、トレンチ1にも分布がみられる。炭素同位体年代値は、トレンチ1,2下位から上位に比較的そろった値となっており、3,000±60〜4,520±60yBPの範囲である。このうち4,000yBP年代は一つだけで、3,000±60yBP〜3,790±100yBPの範囲に概ね収まる。

リ)黒ボク土層V

この層は、褐色の植物跡が多量に密集するのが特徴である。全体は、暗褐色の風化火山灰層〜暗褐色風化火山灰質細粒砂〜シルト層である。トレンチ1〜2、4で観察される。トレンチ1及び2では、この層の層厚はさほど厚くない。この層の炭素同位体年代値は、1,840±60〜2,790±70yBPの範囲が概ね対応すると考えられる。

ヌ)黒ボク土W

黒褐色の風化火山灰層で、黄褐色の径1〜2mmの岩片が混入する。乾燥すると細かいブロック状の割れ目が発達し、特徴的である。ここでの炭素同位体年代値は、1,420±60〜1,930±60yBPの範囲に対応する。

ル)表土・耕作土層

黒ボク土にくらべ、人工の手が加わり、褐色を呈する。層相は火山灰質シルト層で、植物片や炭質物(炭)が混在する。層厚は比較的厚い。炭の年代値で、270±40yBPがでている。

A断層運動による変形構造

各トレンチでは、明らかに活断層と認定される線状模様及び断層面は認められなかった。しかし、トレンチ3’においての観察結果から検討した結果、活断層の影響による地層の変形構造が推定されたため、その検討材料となった地質構造を要約して以下に記す。

・青柳礫層はE面の南端で急激にセリ上がりが見られ、かつS面西側に向かって押し上げられたような状況が観察される。これは、断層活動による隆起側の巻き上がり状況が生じた結果であると思われる。

・青柳礫層の上位に分布する河川堆積物層Tは、青柳礫層と同様の変形がみられ、S面では、青柳礫層によって挿入された現象が確認される。

・S面では、おなじく河川堆積物層Vに青柳礫層が入り込んだような形態が みられる。これを堆積構造で説明するのはかなり無理があると思われる。河川堆積物層Uは、TとVに挟まれており、直接の現象が認められないとしても変形をうけている可能性は高い。

2)考察

@イベントを認定した地層

上記結果から、想定された断層に起因する地層の変形は、青柳礫層、河川堆積層TとVおよびその間に挟まれた河川堆積物層Uで認められた。青柳ローム層Tは、変形をうけた証拠が直接、間接的にも認められず、現状ではイベントの認定はされない。

A断層の活動年代(トレンチ3’での考察)

放射性炭素年代測定の試料は、青柳礫層からその上位の河川堆積物層T〜Vでは得られていない。山崎(1978)によれば、青柳面の面形成年代は、約14, 000yBPである。青柳ローム層は12,000yBP前後に堆積したが、上述の地層の変形状況を考えるとここでは、青柳礫層上位の河川堆積物層の堆積後で、ここでの青柳ローム層の堆積以前に断層活動が一度あったと考えられ、その地質時代は、約14,000yBP〜12,000yBPの間であると推定される。

Bその他の考察

変位地形の明瞭な立川断層の沈降側でのトレンチで、青柳礫層の直上に黒ボク土が確認され、その年代は青柳礫層の直上のもので炭素同位体年代値は、5,610±70yBP(浅層ボーリングで5,630±80yBP)の値が得られている。この年代の黒ボク土の堆積があった時期以前(同じ黒ボク土年代の差からみても1,0 00年程度以前)から矢川の流路が変化し、そのころに立川断層の活動が一度あ  た可能性が高い。その後の活動時期であるが、矢川地区でのトレンチだけでな く、ボーリングでの年代測定の結果からみて、5,000年yBP代の黒ボク土が削られ、より新しい年代の黒ボク土層しか分布していない箇所もある。例えばトレンチ4やYa−G−12の浅層ボーリング結果での年代値は、2,000yBPより若い年代の黒ボク土層である。このような時期には矢川の流路や流量の変化があったと推定される。

今回のトレンチ3’での地形の変形が主断層の活動によるものか否かは今のところ不明である。今後トレンチ掘削を行うとすれば、青柳礫層の上面標高図(図2−2−4−19−1図2−2−4−19−2)や地質断面図(前述の図2−1−4−32)から今回のトレンチと変位した地形の間が候補地となる。立川断層活動前の旧矢川の堆積物は、いまのところ矢川緑地では若い年代がでており、古い堆積物が分布していたかどうか不明である。

旧矢川の下流地点での放射性炭素年代値が、古い値で5,710±70yBPの値が得られており、これよりも古い堆積物が存在していない。このことは、旧矢川が流下しておらず、立川面から流路が発達する沖積低地の堆積物が分布しているか、あるいはその新しい河川の流下で古い堆積物が浸食された可能性があるが、 いまのところ、どちらであるかの確証の高い資料が得られていない。

3)採取試料の分析

@花粉分析

花粉分析の抽出方法は、深層ボーリング等の項で前述した。

採取試料は、トレンチ1〜4で採取し、それぞれ、1〜2,および4では黒ボク土の下位から上位にかけて、トレンチ3では、河川堆積物層V付近で採取した。試料数は、トレンチ1では、P−1〜P−10の10試料、トレンチ2では、P−1〜P−6の6試料、トレンチ3では、P−1〜P−5の5試料およびトレンチ4では P−1〜P−5の5試料である。採取した位置は、各トレンチのスケッチ図に示した。採取した花粉化石一覧表は、表2−2−4−5の通りである。

分析結果は、検討した試料からはいずれも十分な花粉化石を産出せず、花粉化石分布図として示すことができなかった。同定された分類群数は、樹木花粉3(スギ属、ハンノキ属、トチノキ属)、草本花粉3(イネ科、ヨモギ属、ほかのキク亜科)および形態分類でしましたシダ植物胞子である。

産出が少ない理由としては、堆積物の土壌化等で分解・消失したためで、保存状態がよくないということであろう。

表2−2−4−5 矢川地区各トレンチでの花粉化石一覧表

A珪藻分析

試料の処理方法と珪藻の環境指標種群については、深層ボーリングの項で前述した。

ここでの珪藻分析の採取地点は、花粉分析の箇所と同じで、採取試料は、トレンチ1〜4で採取し、それぞれ、1〜2,および4では黒ボク土の下位から上位にかけて、トレンチ3では、河川堆積物層V付近で採取した。試料数は、トレンチ1では、P−1〜P−10の10試料、トレンチ2では、P−1〜P−6の6試料、トレンチ3では、P−1〜P−5の5試料およびトレンチ4ではP−1〜P−5の5試料である。 分析結果は、表2−2−4−6の珪藻化石産出表および図2−2−4−20の珪藻化石分布図に示した。各トレンチごとの結果は次のようである。

トレンチ1:堆積物1g中の珪藻殻数は約1.58x105〜3.53x106個、完形殻の出現率は約16〜65%である。検出された珪藻化石は、淡水種から構成され沼沢湿地付着生指標種群のEunotia diodonやEunotia pectinalis var.undulata、中〜下流性河川指標種群のMelosira variansが高率で出現した。なお、上部bU〜0(黒ボク土Vの層準よりも上位)では中〜下流性河川指標種群が特徴的に出現し、下部bP〜5では沼沢湿地付着生指標種群が特徴的に出現した。こうしたことから、下部では沼沢湿地環境が優勢であるが、その後中〜下流性河川環境へと変化したことが推定される。

トレンチ2:堆積物1g中の珪藻殻数は約1.42x105〜2.44x106個、完形殻の出現率は約32〜46%である。検出された珪藻化石は、沼沢湿地付着生指標種群のEunotia diodonやEunotia pectinalis var.minor、あるいは中〜下流性河川指標種群のMelosira variansが出現した。こうしたことから、中〜下流性河川環境からやや水深のある沼沢湿地環境が推定される。

トレンチ3:珪藻化石は、稀あるいは全く検出されない。こうしたことから、珪藻が生育するのに適さない環境が推定される。立川断層よりも隆起側に位置しており、トレンチ1,2とは堆積環境が明らかに異なっている。

トレンチ4:堆積物1g中の珪藻殻数は約1.38〜3.85x106個、完形殻の出現率は約53〜61%である。検出された珪藻化石は、中〜下流性河川指標種群のMelosira variansのほか、湖沼沼沢湿地指標種群のMelosira italicaあるいは沼沢湿地付着生指標種群のEunotia diodonなどが出現した。こうしたことから、概ね中〜下流性河川環境が優勢であり、やや水深のある沼沢湿地環境が伴う。なお、上部において中〜下流性河川環境がより顕著である。

一般的には、珪藻化石は黒ボク土層からは産出されないとされているが、ここではかなりの珪藻化石が産出している。この量からみれば、青柳礫層からの洗い出しとは考えにくい。このためこの地区での黒ボク土層も水域の影響を受けたものである。しかも珪藻種の同定から、上位ほど河川成示標がでており、新しい時代に河川流路が変化した可能性が裏付けられている。

珪藻化石での引用文献は前述した。

表2−2−4−6 各トレンチでの珪藻化石産出表

図2−2−4−20 各トレンチでの珪藻化石分布図(1.5%以上の分類群を表示)

B 火山灰分析

分析試料は、トレンチ1、2、3、3'、4において採取された53試料(トレンチ1:10試料、トレンチ2:11試料、トレンチ3:13試料、トレンチ3’:13試料、トレンチ4:6試料)を対象に、火山ガラス比分析と重鉱物組成分析を合わせたテフラ組成分析を行いテフラの降灰層準の把握を行った。分析の手順は深層ボーリングの項で示した。

分析結果のうち、テフラ組成分析の結果をダイヤグラムにして図2−2−4−21図2−2−4−22図2−2−4−23図2−2−4−24図2−2−4−25に示す。また、火山ガラス比分析と重鉱物組成分析の結果の内訳を、表2−2−4−7−1表2−2−4−7−2表2−2−4−8−1表2−2−4−8−2に示す。なお、鉱物分析とあわせて行った粒度分析の結果は、巻末資料に示した。

イ)火山ガラス比および重鉱物組成分析

トレンチ1では、いずれの試料からも火山ガラスが検出された。とくに顕著な濃集は認められないが、試料06に比較的多くのガラスを認めることができた(4%,写真1:巻末試料,以下同じ)。またいずれの試料からも、分厚い中間型ガラスが検出された。試料01および試料04(黒ボク土層T)には、平板状 のいわゆるバブル型ガラス(写真4)が含まれている。また、試料07から09(黒ボク土層V〜W)にかけては、スコリアを検出することができた。一方、重鉱物組成では、試料01から試料06(黒ボク土層U〜V)にかけて、斜方輝石や単斜輝石の比率が増大し、逆に角閃石の比率が減少する傾向が認められる。また、試料07から上位で、カンラン石の比率がわずかながら大きくなる傾向が認められる。

トレンチ2でも、いずれの試料からも火山ガラスが検出された(写真5)。ここでもとくに顕著な濃集は認められないものの、試料06(黒ボク土層U)に比較的多くのガラスを認めることができた(4%)。いずれの試料にも、中間型ガラスが含まれているほか、試料09(黒ボク土層W)ではバブル型ガラスも含まれている。また、試料07を除く試料06から10(黒ボク土層U〜W)にかけて、スコリアを検出することができた。重鉱物組成では、試料01から試料03(河川堆積物層Vと黒ボク土層U)にかけて斜方輝石や単斜輝石の比率が増大し、逆に角閃石の比率が減少する傾向が認められる。また、試料03から試料06(黒ボク土層U)にかけて、これら両輝石の比率は安定するものの、試料08(黒ボク土層V)では角閃石の比率が増大する。そして試料08より上位では、再び両輝石の比率が増加する傾向にある。カンラン石の比率は比較的小さいものの、試料09付近に小規模な出現ピークが認められる。

トレンチ3では、検出される火山ガラスの量はさほど多くなく、火山ガラスが検出されない試料も認められた。その中では、試料06(青柳ローム層T)に軽石型やもっとも多くの中間型ガラスや軽石型ガラスが認められる(2.4%写真6)。重鉱物組成では、全体としてカンラン石のほかに角閃石や黒雲母の比率が大きく、トレンチ1や2と若干異なる傾向が認められた。なお、黒雲母については、劈開面に沿ってはがれやすく、分析処理中に数値的な変動の生じる可能性が考えられるために、定量的に検討することはむずかしい。しかし、 この地点では試料中に水成堆積層(おそらく下位の河川堆積物層V))に由来する粒子の多いことを示唆していると考えられる。分析試料の中では、試料 4(青柳ローム層T)にカンラン石の出現ピークが認められる。火山ガラスが比較的多く含まれている試料06では、両輝石の占める割合が若干ながら増加する。

トレンチ3'では、トレンチ3にも増して、検出される火山ガラスの量が少ない。試料12および13(青柳ローム層T)にごくわずか(0.4%)に含まれる程度である。重鉱物組成では、全体として角閃石や黒雲母の比率が大きい傾向 にある。したがって、この地点でテフラの降灰層準を検討することは困難であ る。

トレンチ4では、いずれの試料からも火山ガラスが検出された。ここでもとくに顕著な濃集は認められないが、試料02や06(黒ボク土層V、W)に比較的多くのガラスを認めることができた。いずれの試料にも、中間型ガラスあるいは軽石型ガラスが含まれているほか(写真7,写真8)、試料02ではバブル型ガラスも認められる。また、試料03を除く試料02から上位の試料で、スコリアが出された。重鉱物組成では、全体として両輝石の比率の高い傾向が認められた。

ロ)屈折率測定結果

測定試料は、テフラ組成分析により、テフラの降灰層準のある可能性が考えられたトレンチ1の試料01、03(以上黒ボク土層T)、06(黒ボク土層U)、トレンチ2の試料02、06(以上栗ボク土層U)、トレンチ3の試料06(青柳ローム層T)、トレンチ3'の試料12(青柳ローム層T)、トレンチ4の試料02(黒ボク土層V)、04(黒ボク土層W)の合計9点について、温度一定型屈折率測定法(新井,1972,1993)により屈折率測定を行った。

屈折率の測定結果を表2−2−4−9に示す。

トレンチ1の試料01に含まれる火山ガラス(n)の屈折率は、1.497−1.501である。また、角閃石(n2)の屈折率は、1.671−1.681である。試料03に含まれ る火山ガラス(n)の屈折率は、1.498−1.503である。また斜方輝石(γ)角閃石(n2)の屈折率は、1.706−1.710と1.670−1.681である。試料06に含まれる火山ガラス(n)の屈折率は、1.500−1.520である。斜方輝石(γ)の屈折率は、1.706−1.710である。

トレンチ2の試料02に含まれる火山ガラス(n)の屈折率は、1.501−1.504である。試料06に含まれる火山ガラス(n)の屈折率は、1.500−1.520である。また、斜方輝石(γ)の屈折率は、1.706−1.711である。

トレンチ3の試料06に含まれる火山ガラス(n)の屈折率は、1.502−1.504である。また、斜方輝石(γ)の屈折率は、1.705−1.709である。トレンチ3'の試料12に含まれる角閃石(n2)の屈折率は、1.680−1.686である。

トレンチ4の試料02に含まれる火山ガラス(n)の屈折率は、1.501−1.505である。斜方輝石(γ)と角閃石(n2)の屈折率は、1.704−1.710と1.680−1.685である。また試料04に含まれる火山ガラス(n)の屈折率は、1.508−1.526である。さらに、斜方輝石(γ)と角閃石(n2)の屈折率は、1.707−1.711と1.680±である。

ハ)示標テフラとの同定

テフラ組成分析の結果、顕著なテフラ粒子の濃集は認められず、テフラの降灰層準の把握は非常に困難であった。さらに、南関東地方においては、とくに完新世前〜中期に降灰した浅間火山起源のテフラに関する記載が十分に行われていない可能性が考えられる。このことから、高精度での示標テフラとの同定は難しいと思われる。しかし、ここでは従来知られている後期更新世以降の示標テフラの特徴(町田・新井,1992)をもとに、今回の分析で検出された テフラとの同定を試みることにする。

トレンチ1の試料01(FBT)に含まれるテフラ粒子のうち、火山ガラスの多くおよび角閃石については、その形態や屈折率などから、約2,800〜2,900年前に天城火山カワゴ平火口から噴出した天城カワゴ平テフラ(Kg,葉室,1978, 町田ほか,1984)に由来すると考えられるが、炭素年代測定値とは、異なり、そのままの対比では問題が残る、ごくわずかに含まれているバブル型ガラスは透明で、その屈折率は1.500±であることから、約2.4〜2.5万年前に姶良カルデラから噴出した姶良Tn火山灰(AT,町田・新井,1976,松本ほか,1987,池田ほか,1995)に由来するものも含まれる。また、試料03に含まれる火山ガラスと角閃石についても、Kgに由来すると考えられる。斜方輝石については、その屈折率から浅間火山起源のテフラの混入が示唆される。試料06に含まれる火山ガラスや斜方輝石は、その形態や屈折率などから、4世紀中葉に浅間火山から噴出した浅間C軽石(As−C,新井,1979)に由来する可能性が考えられる。なお、火山ガラスのうち、屈折率の低いものについては、Kgに由来するものと思われる。

トレンチ2の試料02(FBU)に含まれる火山ガラスについては、その形態や屈折率などから、約1.3〜1.4万年前に浅間火山から噴出した浅間板鼻黄色軽石(As−YP,新井,1962,町田・新井,1992)に対比されると考えられている立川 ローム上部ガラス質火山灰(UG,山崎,1978,町田ほか,1984)に由来する可能性が指摘される。試料06(FBU)に含まれるテフラ粒子については、約4,500年前に浅間火山から噴出した浅間D軽石(As−D,荒牧,1968)やAs−Cに由来する可能性が考えられる。

なお、この地点においては、RVとFBUの間の地層から3,790±100 y.BP、FBWからは1,790±60 y.BPの14C年代が得られている。もし前者の14C年代が妥当とすると、検出されたテフラ粒子がUG起源とすれば再堆積した粒子と考えられる。

トレンチ3の試料06(L1)に含まれる火山ガラスおよび斜方輝石については、その形態や屈折率などから、UGに由来する可能性が指摘される。このことは、断面観察による地層の対比(青柳ローム層)と矛盾しないものと思われる。

トレンチ3'の試料12に含まれる角閃石の屈折率は、Kg起源のそれと比較すると若干高い。このことから、水成層中に含まれる角閃石の可能性が高いと考えられる。

トレンチ4の試料02(FBW)に含まれる火山ガラスは、その形態や屈折率などから、UGまたはKgに由来する可能性が考えられる。斜方輝石の屈折率も、この試料にKgに由来するテフラ粒子の混在していることを示唆している。試料04(FBW)に含まれる火山ガラスや斜方輝石は、その屈折率からAs−Cや1108(天仁元)年に浅間火山から噴出した浅間Bテフラ(As−B,新井,1979)に由来すると考えられる。試料02の層位のあるFBVからは、1,840±60 y.BPの値が得られている。また、FBWの上部からは1,680±60 y.BPの14C年代が得られている。もし前者の14C年代が妥当とすると、検出されたテフラ粒子がUGのKgいずれかであっても、いずれも再堆積したものと考えられる。

文献は、前述した。

表2−2−4−7−1 立川断層トレンチにおける火山ガラス比分析結果(1)

表2−2−4−7−2 立川断層トレンチにおける火山ガラス比分析結果(2)

表2−2−4−8−1 立川断層トレンチにおける重鉱物組成分析結果(1)

表2−2−4−8−2 立川断層トレンチにおける重鉱物組成分析結果(2)

表2−2−4−9  立川断層トレンチにおける屈折率測定結果

C プラントオパール分析 

イ)概要

植物珪酸体は、ガラスの主成分である珪酸(SiO2)が植物の細胞内に蓄積したものであり、植物が枯死した後も微化石(プラント・オパール)となって土壌中に半永久的に残っている。プラント・オパール(植物珪酸体)分析は、この微化石を遺跡土壌などから検出し、その組成や量を明らかにする方法であり、イネをはじめとするイネ科栽培植物の同定および古植生・古環境の推定などに応用されている。

ロ)試料

調査地点は、トレンチ1、トレンチ2およびトレンチ4の3地点である。分析試料は、トレンチ1では下位より試料1〜5(試料1:FBT、試料2:FBU、試料3:FBV、試料4:FBW、試料5:耕作土)の5点、トレンチ2では下位より試料1〜5(試料1:FBU、試料2:FBU、試料3:FBV、試料4:FBW、試料5:耕作土))5点、トレンチ4では下位より試料1〜3(試料1:FBV、試料2:FBW、試料3:耕作土)の3点の計13点である。

ハ)分析法

プラント・オパールの抽出と定量は、「プラント・オパール定量分析法(藤原,1976)」をもとに、次の手順で行った。

・試料土の絶乾(105℃・24時間)  

・試料土約1gを秤量、ガラスビーズ添加(直径約40μm,約0.02g)

※電子分析天秤により1万分の1gの精度で秤量

・電気炉灰化法による脱有機物処理

・超音波による分散(300W・42KHz・10分間)

・沈底法による微粒子(20μm以下)除去、乾燥

・封入剤(オイキット)中に分散,プレパラート作成

・検鏡・計数

検鏡は、おもにイネ科植物の機動細胞(葉身にのみ形成される)に由来するプラント・オパール(以下、プラント・オパールと略す)を同定の対象とし、400倍の偏光顕微鏡下で行った。計数は、ガラスビーズ個数が400以上になるまで行った。これはほぼプレパラート1枚分の精査に相当する。

検鏡結果は、計数値を試料1g中のプラント・オパール個数(試料1gあたりのガラスビーズ個数に、計数された植物珪酸体とガラスビーズの個数の比率を乗じて求める)に換算して示した。

ニ)分析結果

採取された試料すべてについて分析を行った結果、イネ、ジュズダマ属、ヨシ属、ウシクサ族(ススキ属型)、シバ属、タケ亜科(ネザサ節型,クマザサ属型,その他)のプラント・オパールが同定された。これらの分類群に ついて定量を行い、その結果を表2−2−4−10に、、また図2−2−4−26図2−2−4−27図2−2−4−28に示した。

ホ)考察

・稲作およびその他の農耕の可能性について

当該調査域では、トレンチ1の試料5、トレンチ2の試料5、トレンチ4の試料3よりイネのプラント・オパールが検出された。それぞれ密度は順に3,200個/g、5,300個/g、2,800個/gであり、水田跡の探査や検証を行う時の判断基準値である3,000個/gに匹敵するかそれ以上の値である。したがって、これらの試料の採取された層準では試料採取地点もしくは近傍において稲作が行われていた可能性が高いと考えられる。なお、各地点の土層の堆積時期が不明であるため地点間の対応関係ははっきりしないが、少なくとも当該調査域ではトレンチ1では試料5の層準、トレンチ2では試料5の層準、トレンチ4では試料3の層準の堆積時には稲作が開始されていたと判断される。

プラント・オパール分析で同定される分類群のうち、栽培植物が含まれるものには、イネの他にオオムギ族(ムギ類が含まれる)、ヒエ属型(ヒエが含まれる)、エノコログサ属型(アワが含まれる)、ジュズダマ属(ハトムギが含まれる)、オヒシバ属(シコクビエが含まれる)およびモロコシ属(モロコシが含まれる)などがある。当該調査域では、これらの分類群のうちジュズダマ属がトレンチ4の試料1から検出されている。ただし、現時点ではプラント・オパールの形状から栽培種のハトムギとその近縁種のジュズダマとを識別することは困難である。また、検出密度が極めて低いことから、ハトムギが栽培されていた可能性が示唆されるものの断定はできない。他には栽培植物のプラント・オパールは検出されていないことから、これら以外にはイネ科の穀類の栽培された痕跡は認められない。ただし、イネ科植物の中には未検討のものもあるため、未分類としたものの中にも栽培種に由来するものが含まれている可能性が考えられる。また、プラント・オパール分析で同定が可能なものは多くがイネ科の草本植物であることから、マメ類、イモ類および野菜類などは分析の対象外である。

・植物珪酸体分析から推定される植生・環境

ススキ属やタケ亜科植物は比較的乾燥した土壌環境を好むのに対し、ヨシ属は湿地的環境に生育する。このことから、これらの植物の出現状況から堆積当時の乾湿環境を推定することが可能である。

トレンチ1では、ヨシ属が試料2で多産した。また、試料3、4でも比較的高い密度である。一方、タケ亜科(ネザサ節型)も試料2で卓越しており、その他の試料からも比較的高い密度で検出されている。また、ススキ属型は試料1と4で多産し、その他の試料でも高密度である。なお、試料5ではシバ属が非常に高い密度である。これらのことから、トレンチ1地点におけるイネ科植生を復元すると、試料1の層準ではススキ属やネザサ節などの生育する乾燥した堆積環境であるが、試料2の層準になるとヨシが繁茂する湿地となり、近傍にはネザサ節などのタケ亜科の群落がありススキ属も生育していた。試料3の層準でも湿地は継続し、タケ亜科やススキ属が近傍に生育していたとみられ、試料4の層準では湿地は残るが、近傍はタケ亜科やススキ属の繁茂するやや乾燥した環境となり、試料5の層準になるとそれまでの湿地を開いて稲作(水田)が開始され、周囲にはタケ亜科やススキ属さらにシバ属が生育していたと推定される。

トレンチ2では、トレンチ1とほぼ似た傾向である。すなわち、試料1の層準ではネザサ節などのタケ亜科の生育する乾燥した堆積環境であるが、試料2の層準になるとヨシが繁茂する湿地となり、近傍にはタケ亜科やススキ属も生育していた。試料3の層準も湿地あるいはそれに近い環境であり、タケ亜科やススキ属が近傍に生育していたとみられ、試料4の層準では湿地は減少し、近傍にはタケ亜科やススキ属が繁茂するようになり、試料5の層準になると稲作(水田)が開始され、その周囲にはススキ属やタケ亜科およびシバ属が生育していたとみられる。

トレンチ4では、試料1と2の層準では湿地あるいはそれに近い環境であり、ネザサ節などのタケ亜科やススキ属も近傍にみられた。試料3の層準では他の地点と同様湿地を開いて稲作(水田)が開始され、周囲ではシバ属やススキ属さらにタケ亜科も生育していたと推定される。

なお、各試料とも同定はできなかったものの、草本起源とみられるプラント・オパール(表中の未分類等)が非常に多く検出されている。このことから、これらの層準の堆積当時の調査地点一帯は、森林で覆われたような状態では無く、草本の生育する開けた環境であったと推定される。

 

プラントオパールでの参考文献

藤原宏志(1976)プラント・オパール分析法の基礎的研究(1)−数種イネ科栽培植物の珪酸体標本と定量分析法−,考古学と自然科学,9:15−29.

藤原宏志(1979)プラント・オパール分析法の基礎的研究(3)−福岡・板付遺跡(夜臼式)水田および群馬・日高遺跡(弥生時代)水田におけるイネ( O. sativa L.) 生産総量の推定−,考古学と自然科学,12:2 9−41.

藤原宏志・杉山真二(1984)プラント・オパール分析法の基礎的研究(5)−プラント・オパール分析による水田址の探査−,考古学と自然科学,17:73−85.