(3)結果

図1−3−5−1図1−3−5−6には掘削地点周辺の平板測量図とトレンチ壁面の解釈結果示した。トレンチ壁面の解釈結果には14C年代測定値もあわせて示した。

@秋葉地区(秋葉トレンチ)

秋葉・丸山地区では、地形調査の結果、秋葉,丸山,北野の3つの閉塞丘の分布・形状の地形情報が得られ、調査範囲内では最も断層変位地形として明瞭であった。地質調査の結果、中・古生層砂岩・泥岩(美濃帯)中の断層破砕帯の確認や、中・古生層と東海層群の近接露頭の確認がなされた地質情報から、秋葉閉塞丘の北側を通り、北野・丸山両閉塞丘の北側へ伸びるF−1断層(F−1−1とF−1−2に分岐)を推定した。

F−1断層については、秋葉閉塞丘の北側の谷底部に断層通過位置が絞り込むことができ、かつ、埋谷した更新世後期〜完新世の堆積物も分布していると推定できた。

以上の理由から、谷幅23mの谷底部を横断したトレンチを掘削することとした。

掘削したトレンチの規模は、長さ:約23.5m、幅:約5.5〜7.0m、深さ:約3.5m(埋め戻し前に、更にトレンチ中央部を長さ12m、深さ2.5m掘削)である。

トレンチの壁面観察は、西側法面,東側法面の2面で実施した。

秋葉トレンチ壁面で観察された地層は、不整合もしくは明瞭で連続の良い削り込みにより、上位の地層から順にA〜F層と基盤岩の中・古生層(美濃帯砂岩)に区分した。

B層を除く地層から17試料の14C年代試料を採取し、年代測定を行った結果、F層中の材化石2試料を除いて整合的な年代値が得られた。F層中の2試料は二次的な混入および再堆積と判断し棄却データとした。

したがって、トレンチ壁面の観察による区分をそのまま採用し、A層〜F層の6層とした。

断層の有無については、トレンチ底面に基盤岩が露出していない。

トレンチ西側で実施したボーリングB−4によれば、基盤岩の分布深度は9.67mであり、9.67〜15.00mまでには、基盤岩である中・古生層(美濃帯)の泥岩を確認し、破砕を受けていることを確認した。

しかし、トレンチ法面の観察結果からは、法面に露出した堆積物(A層〜F層)に、断層は認められない。

したがってこの地点では、F層の堆積以降の断層運動は認められない。F層の堆積年代は14C年代測定により15,000〜16,000年頃と判明した。

地層の変形の有無については、最下位のF層は、南に向かって緩く傾斜しているが、本層の下部は粗分が多く混入する礫も角礫を示す(原位置性である)ことや、基盤である中・古生層(美濃帯)近傍に水平に近いラミナが認められることから、地層全体を変形させた断層運動に伴うと考えられる二次的な変形は受けていないものと判断した。

また、堆積構造で説明できない局所的な変形としては、トレンチ西側壁面でのE層中への小規模なD層の二次的な落ち込みが2箇所認められる。D層の上部の堆積構造及びC層の基底面に変形がないことから、この落ち込みは、D層堆積中に地震動を受け形成されたものと推定した(イベント1)。イベント1の形成時期は、E層・D層の14C年代測定により12,000年前後と考えた。この地点の剥ぎ取り標本を作成した。

堆積環境の変化等としては、トレンチで確認された堆積物(上位よりA層〜F層)の内、中位のC層には上流の山地には分布が確認できていない花崗岩の岩片が存在している。周辺地域の花崗岩の分布については、伊吹山の北西部に狭小に分布することと琵琶湖北縁に広く分布している。礫がC層のみに混入する可能性については、以下の2つが考えられる。

・中位段丘堆積物,高位段丘堆積物,東海層群に花崗岩礫が含まれており、ここから流出したものがC層に混入した。

・河川の流路が現在と異なり、花崗岩礫を流出する河川と連結していた。

また、D層(10,000〜12,000yBP)とC層(1,000yBP)の堆積年代に10000年程度のギャップを示す(約10000年間の地層の欠如がある)こと,C層のみに花崗岩礫を含むこと,から、両者の間に堆積環境の変化が起こった可能性がある。

ただし、気候・海水準変動に伴うものなのか,テクトニックによるものなのか,判断が難しいが、C層の下位の地層に断層変位や断層によると考えられる地層の変形が認められないことから、少なくともF−1断層の活動によるものではない。

図1−3−5−1 秋葉トレンチ平板測量図

図1−3−5−2 秋葉トレンチ解釈結果図 

A 丸山トレンチ

丸山トレンチは、関ヶ原町丸山の丸山閉塞丘と北野閉塞丘の西側で中田池の下流部に位置する。低位段丘T面は、地形地質調査で推定されたF−1−2断層を覆って分布していると推定される。ただし、F−1−2断層の存在は確実と考えられるものの、断層露頭は発見されておらず、分布位置を推定する根拠は丸山・北野両閉塞丘の間をとおることのみである。したがって、丸山・北野両閉塞丘間の西側直近で低位段丘T面を南北方向に掘削する計画としたが、用地の都合上、トレンチ(丸山Aトレンチ)では、推定断層線を確実に捕捉できているとは言えない。場合によっては、掘削できなかった北側数メートルの範囲に断層線が位置する可能性もある。そこで、掘削不可能な区間を補足するために、平面的には丸山Aトレンチの西北西部85mの位置の低位段丘T面上で丸山Bトレンチを実施した。

トレンチの壁面観察は、両トレンチとも西側法面,東側法面の2面で実施した。

a) 丸山Aトレンチ

丸山Aトレンチは、F−1−2断層線を横断する方向で長さ14.5m深さ4.5m掘削し、トレンチの底面全面に、閉塞丘を形成したと考えられる基盤岩(中・古生層(美濃帯)の泥岩)中の破砕帯や断層粘土が出現し、その上部には河川性の堆積物が分布している。堆積物は、表層の耕作土を含めると堆積環境の違いにより、新しい地層から大きく分けてT層〜Y層の6層に区分した。

V層及びY層から3試料の14C年代試料を採取し、年代測定を行った結果、全て整合的な年代値が得られた。

したがって、トレンチ壁面の観察による区分をそのまま採用し、T層〜Y層の6層とした。

断層の有無については、トレンチ壁面の観察により、基盤岩中に断層ガウジや破砕された基盤岩が帯状にゾーニングしているがことが確認できた。しかし、堆積物基底面の変位や堆積物中の断層は認められない。したがってこの地点では、Y層の堆積以降基盤岩中の断層は活動していない。Y層の堆積年代は14C年代測定により16,000〜17,000yBPである。

ただし、用地上、谷部をすべて覆う形では掘削できず、掘削できなかった北側数メートルの間に断層線が位置する可能性もある。

地層の変形の有無については、全て堆積構造で説明できるため、認められない。

堆積環境の変化等としては、河成堆積物と判断したV層〜Y層は、14C年代測定の結果10000y.B.Pから17000yBPの地層であると判明した。上位のT層・U層は人工改変を受けた痕跡が認められるため、歴史時代に形成された地層であると考えられる。したがって、V層(10,000yBP)とU層(歴史時代)の堆積年代に10000年程度のギャップを示す(約10000年間の地層の欠如がある)。このギャップは、流路の変化(西側へのシフト)や堆積環境の変化の可能性がある。

図1−3−5−3 丸山Aトレンチ平板測量図

図1−3−5−4 丸山Aトレンチ解釈結果図

b) 丸山Bトレンチ

丸山Bトレンチは、丸山Aトレンチを補足するすることを目的にF−1−2断層線を対象に、水田として利用されている低位段丘分布域で実施した。平面的には丸山Aトレンチの西北西部85mの位置にあたる。

トレンチは断層線を横断する方向で長さ16m深さ4.5m掘削し、トレンチの底面には中・古生層(美濃帯泥岩)の破砕帯が全面に出現し、その上部には土石流成の堆積物が分布している。堆積物は、表層の耕作土を含めると堆積環境の違い及び連続性の良い削り込みにより、上位の地層から大きく分けてa層〜g層の7層に区分した。

地層の14C年代値は、c層,d層,e層,f層中の微小な炭化物7試料を採取し年代を測定した。その内、d層で2試料,f層で1試料の年代値が得られ、結果に矛盾はなかった。

その結果、トレンチ壁面の地質観察による区分をそのまま採用し、a層〜g層の7層とした。

断層の有無については、底面に中・古生層(美濃帯泥岩)の破砕帯が全面に出現し、断層ガウジが2条存在していることが確認できた。その内1条は走向N66Wであり断層線の伸長方向と良く一致する。また、もう1条は、N50Wであり丸山閉塞丘の南端方向へ伸びる。断層ガウジの上部に分布する堆積物基底面の変位や堆積物中の断層は認められない。したがってこの地点では、断層ガウジを直接覆うg層の堆積以降、基盤岩中の断層は活動していない。g層の堆積年代は得られなかったが、f層の堆積年代は14C年代より390yBPである。

地層の14C年代値は、砂礫層中の微小な炭化物7試料を測定し、d層で2試料,f層で1試料の年代値が得られ、結果に矛盾はなかったが、年代測定試料としての信頼性に卓越したものではない。

地層の変形の有無については、基盤である中・古生層から土石流堆積物g層・f層・e層へ連続する開口亀裂が確認できた。開口亀裂の下方の連続性は確認できていない。

この亀裂は基盤である中・古生層を開口させているため、地下水脈によるパイピングとは考えられない。地すべり地形も認められず地すべりの可能性もない。また、遠地地震により地割れが発生した事例はあるが、中・古生層(基盤岩)まで開口がおよんでいる事例は知られていない。

したがって、極近傍の強い地震動により形成された可能性が高く、この開口亀裂をイベント2として認定する。

この、イベント2の形成時期はe層〜g層を確実に開口(d層の開口は不明である)させており、c層を開口させていないため、g層堆積以降c層堆積前までの期間と考えられる。確実に開口しているg層の14C年代は390yBPが得られたが、開口していないc層以降の堆積年代は得られなかったた。したがって、390yBP以降に形成されたことになる。

堆積環境の変化等としては、確認された地層の内、最下位のg層には上流の山地には分布が確認できていない花崗岩の礫が存在している。周辺地域の花崗岩の分布については、伊吹山の北西部に狭小に分布することと琵琶湖北縁に広く分布している。礫が土石流堆積物に混入する可能性については、基盤岩である中・古生層を直接覆うg層にのみに花崗岩礫を含むことから、現在は分布が認められない中位段丘堆積物や東海層群に含まれていた花崗岩礫や上流側に狭小に分布が認められる低位段丘・土石流堆(分布が狭小なため図示していない)に含まれた花崗岩礫が流出し、g層に混入したものと考えられる。

少なくとも基盤の中・古生層に認められるF−1−2断層の活動によるテックトニックなものではない。

得られた年代値に対して、トレンチ調査地点の位置する地形面は、地形調査では低位段丘T面に区分され、その形成年代は鈴鹿山脈東縁地域の研究事例(太田・寒川(1984))を引用し、2〜3万年と考えた。これに対し、得られた14C年代値は220〜390yBPと2オーダー新しい。また、トレンチ観察時の定性的な(地層の層相や固結度からの)判断では、丸山AトレンチのX層・Y層と類似しており、同様な年代を示すことが予想されたが、予想とは異なる年代値が得られた。これらのことから、年代測定試料として採取した微小な炭化物は、完新世の植物根等が入り込んだものを測定している可能性も否定できない。

したがって、今後調査を繰り返し行う場合には、堆積物中に確実に含まれる試料を採取し、今回の解釈結果の見直しを行う必要がある。

図1−3−5−5 丸山Bトレンチ平板測量図

図1−3−5−6 丸山Bトレンチ解釈結果図