既往文献データをもとにした、本地域の断層についての地形的な評価を表5−1にまとめた。今回実施した空中写真判読結果を付図2に、国土計画基本図ないし森林基本図(縮尺1/5,000)から作成した主要部分の地形断面を図5−1、図5−2及び前出の図4−3に示す。
○変位地形
調査地域には、崩平山、朝日台、花牟礼山の各溶岩から成る火山体が分布している、形成年代は、それぞれ、34万年前、38万年前、55万年前である。
崩平山の南側斜面から千町無田地域にかけては、既往文献では、地形的に北落ちの断層が多数認定されている。断層の走向は、崩平山付近及びその南側ではおおむね東西に近いが、東部では、北西−南東走向である。これらの雁行する断層が、全体として南北幅約3.3km、東西約5.5kmの北落ちの断層群を形成し、前節で述べた崩平山の北側斜面とその延長部の断層群と対になってひとつの地溝を形成している。
崩平山火山の南麓斜面に北落ちの逆向き断層崖を形成している断層は、北から順に、、崩平山3,4,5,6,7の各断層である。既往文献では、いずれも確実度Tの活断層とされている。断層に伴う特徴的な地形としては、崩平山6断層で、断層崖を横断する先行谷がみられる。
朝日台溶岩から成る今地域西部の丘陵地には、東西方向の谷が発達する。この谷筋の一部では、地形的にみて、谷を挟んで南側の基盤の標高が30〜40m程度上がっており、九州活構造研究会(1989)で、確実度T〜Uのリニアメントとされていおり、筌口(うけのくち)T,U断層と命名されている。ただし、あまり明瞭ではなく、既往文献でも、このリニアメントを活断層と認定しているもの(九州活研究会,1989;国土地理院,2000)と認定していないもの(中田・今泉,2002)がある
既往文献では、これらの断層の南側には、明瞭な活断層は認定されていないが、池田(1979)は、千町無田低地の南東縁付近で、花牟礼山溶岩類から成る山地の北縁の直線的な崖の位置に活断層を認定している。他の文献では、活断層の可能性のあるリニアメントとはされていない
〇断層の変位量
地形断面から火山体斜面を復元して、同一地形面のずれから各断層の変位量を求める(地形断面図参照)と、表5−2のようになる。
既往文献に示された基盤の変位量に対して、今回読み取った変位量は、崩平山3断層を除き、同程度か文献の値より大きい。崩平山3断層については、現在みられる地形の段差の比高は200mに近いが、これは、山体崩壊により強調されている地形である。火山体の南北断面から元来の火山体の形状を復元し、それからこの断層位置での基盤の変位量を読み取ると、既往文献に示された値の半分ないしそれ以下になる((図4−3参照)。
新しい地形面を変形させている断層は、崩平山7断層のみである。この断層では、山麓扇状地面上に比高2m以下の段差が形成されているようにみえる。
◎平成14年度の調査結果
平成14年度の調査では、筌ノ口U断層のリニアメント付近で露頭剥ぎを行い、完新世に活動したと判断される可能性のある断層を確認した。この断層および周辺のリニアメントの東方延長部にあたる沖積低地内で反射法弾性波探査を実施したところ、断層活動で形成された変形構造の可能性がある反射面の不連続が認められた。
また、池田(1979)に示された断層崖の西方延長部で、段丘化した飯田火砕流堆積物の上面に北落ち約5mの段差が生じていることを見出した。
また、米軍撮影の古い空中写真(1948年撮影)の判読により、須久保集落の北と西方の沖積低地内に、新しい断層活動によって形成された可能性が考えられる段差地形(いずれも北落ち)を見出した。
以上のように、千町無田付近では、既往文献では明瞭な活断層の存在は示されていないものの、昨年度の調査により、既往文献に示された範囲よりもさらに南側にも北落ち断層が存在する可能性が想定された。この結果をふまえ、今回の調査では、崩平山山体内部の北落ち断層(崩平山6,7)において、トレンチ調査を、また、千町無田低地南縁部で活断層の存在が推定される位置を中心にボーリング調査、トレンチ調査を実施した。以下、各地点の調査結果をまとめる。
表5−1 既往文献データにもとづく断層評価一覧表(崩平山南側斜面−千町無田地域)
表5−2 断層による基盤の変位量