ボーリング、トレンチで確認された地層は、基盤の野稲岳火山溶岩とそれを覆う礫質の火山麓扇状地堆積物、ローム層と黒ボク土であり、その中に火山灰が挟まれている(図3−6、図3−7−1、図3−7−2、図3−7−3、図3−8−1、図3−8−2、表3−3〜表3−4、ボーリング柱状図とコア写真は、巻末資料として添付)。
0層:表層を覆う黒ボク土(シルト質)を主体とし、薄い砂層を挟む。層厚は0.3〜0.4m。トレンチの東側掘削面では、本層の下限にビニール片が密集しており、ごく最近堆積した層と判断される。層相からみて、降雨時に周辺表層部の黒ボク土層が浸食、運搬されて堆積したものと推定される。
1層:やや緩い黒ボク土層、スコリア、火山灰片が点在する。層厚は0.3〜0.6m。
2層:黒色を帯びた灰色を呈するシルト質の火山灰層。層厚は0.1m以下。火山ガラスには、屈折率の低いAT火山灰ないしKj−P1由来とみられるもの、やや屈折率の高いK−Ah火山灰由来とみられるものなどが混在しているが、目視オーダーの層相、1.535以上の高い屈折率を示すガラスの存在、14C年代が1,500−2,500年前とかなり新しいことなどから、九重B火山灰に対比できると判断した(図2−2−5参照)。
3層:やや締まった黒ボク土層、K−Ah火山灰由来の火山ガラス(かなり薄く色付きのバブルウォール型)を含む。層厚は0.2〜0.3m。
4層:K−Ah火山灰と黒ボク土が混在する火山灰・有機質シルト層。上、下限の境界は漸移的だが、3,5層のいずれとも異なる色調を示す。層厚は0.15m以下。
5層:黄色を呈するサラサラしたガラス質の火山灰層。K−Ah火山灰<7,300年前>に対比できる。
6層:やや締まった黒ボク土層。上位のK−Ah火山灰層由来の黄色片が混じる。これは、植物根等によるコンタミと推定される。
7層:やや締まった赤紫色シルト。下位のローム層由来の黄褐色片が混じる。
ここで6層と7層は、主に色調から識別している。一方、14C年代からみると、6層と7層の境界の年代は、断層の落ち側では10,000年前頃であるのに対して、上がり側では9,000年前頃となっており、地層境界と年代が斜交しているようにみえる(表3−4、図3−12参照)。また、7層下限の年代も、断層の上がり側では、11,000年前頃であるが、断層の落ち側では、12,700年前までさかのぼる。断層の活動性解析にあたっては、この点を考慮して判断した。
8層:ローム層最上部の0.3〜0.5mは、橙色〜黄色を帯びることで、下位層と区分される。ボーリングNo.3孔(図3−6)のコアの分析(深度2.7m、3.0m、3.4m)で、この層には、AT火山灰<2.6万〜2.9万年前>由来と推定される屈折率の低い(1.496−1.501)、バブルウォール型の透明な火山ガラスが多量に含まれていることが確認された。性状からみて、AT火山灰の純層ではないが、ほぼ降灰層準の地層とみることができる。
9層:断層落ち側でのみ確認される。角閃石安山岩溶岩の礫を多量に含む褐色の砂質ローム層である。ボーリング結果からみて、層厚は6m以上であるが、下限は確認されていない。大礫を含む層相と年代からみて、北側の断層崖の崩壊ないし南側の野稲岳から供給された扇状地の堆積物と考えられる。
全体に礫質であるが、No.3孔の下記の深度で分析したところ、基質中に広域火山灰に由来する火山ガラスが含まれていることが確認された(表3−4参照)。ただし、いずれもかなり微量であり、火山灰の純層ではない。
深度4.1m:低屈折率のガラスを含むが、由来は不明。
深度6.4m:Kj−P1<4.8万年前>由来と推定される低屈折率のガラスを含有。
深度7.8m:Aso−4火山灰<8.5万〜9万年前>由来とみられる高屈折率の厚い色付きガラスとK−Tz(鬼界−葛原)火山灰<23万年前>由来とみられるβ−Qzや低屈折率のガラスが混在する。
この結果からみて、9層の下限は、少なくとも10万年以上前にさかのぼると考えられる。ボーリングコアでは区分は難しいが、時代の異なる複数の層から成る可能性がある。この層が落ち側にのみ厚く保存されていることは、この断層の活動が少なくとも10万年間以上は継続していることを示していると考えられる。
10層:風化によりきわめて軟質になっているが、組織からみて自破砕状の角閃石安山岩溶岩と判断される。亀裂が発達している。断層の上がり側では、確認できたが、落ち側では、ボーリングによっても確認できていない。
ボーリングNo.2孔の深度6.7m付近には、幅10cm弱で傾斜65〜70°のせん断帯がみられる。
以上の各層のうち、1層から8層までは、調査地域内の各所の地下浅部において同様の層相、層序で確認される。
表3−3 トレンチ・ボーリングで確認された地層の層相と年代
○断層の性状
断層の傾斜は、トレンチ下部の基盤の溶岩(風化部)とローム層が接する部分では、ほぼ鉛直であり(図3−9参照)、表層部では、北へ70°程度で傾斜する。この部分でのみかけは逆断層的である。この変形は、地形が平坦であることから、斜面上のクリープ的な変形とは異なると考えられる。また、表層部では複数に分岐し、フラワー状の形態を示す。断層近傍の亀裂の一部は、開口している。
表層の地層は、断層の近傍では、本地点での谷の流下方向と逆に、南向きに緩く傾斜しているが、断層から離れるにつれて水平ないし緩い北傾斜となる(図3−6、図3−7−1、図3−7−2、図3−7−3)。南傾斜の部分は、断層の影響を受けていると考えられる。
西側掘削面では、K−Ah火山灰以後の地層の変位は1〜2条のせん断面を境として生じており、変位の認定が容易であるが、東側掘削面では、多くの小断層で短冊状にきられており、(じゃばら状に)全体が南へ撓む変形を示している(図3−8−1、図3−8−2)。
また、トレンチ調査の最終段階で、断層付近をK−Ah火山灰層準で水平方向に掘削し、断層と周辺のクラックの分布を観察したところ、断層の走向に斜交し、右横ずれを示すクラック分布が確認された(図3−10)。
なお、ボーリングNo.2、No.3での基盤の溶岩(10層)および9層の分布からみて、トレンチで確認された完新世に活動した断層の南側に近接して、9層ないし8層の途中までを変位させている断層が存在し、これらの断層により、基盤上面は階段状に南側へ落ちていると推定される(図3−6)。
○変位量
地形断面とボーリング結果から推定した基盤(10層)の変位量、ボーリングとトレンチの結果から推定した9層の変位量、トレンチ掘削面に測線を設定して計測した、0〜8層の上下方向の変位量は、表3−5のようになる(図3−11、図3−12参照)。トレンチ西方の断層崖の高さとボーリング結果からみて、断層による10層の変位量は、40m以上と推定される。この表に示したように、各層の変位量には、明らかに累積性が認められる。
変位量から算出した上下方向の平均変位速度は、次のようになる。AT火山灰以後の値は、それ以前より小さくなっているようである。
5層(K−Ah火山灰)下限:0.2m/7.3千年 ≒0.03m/千年
8層(AT火山灰)下限 :0.6m/(2.6万〜2.9万) ≒0.02m/千年
9層下限 :8(+)m/10万年 ≒0.08m/千年
10層下限 :40(+)m/(42万〜56万) ≒0.07〜0.1m/千年
なお、野上側右岸の尾根部の変形量を、Aso−4火砕流以後の変位量とみると、平均変位速度は、6m/9万年≒0.06m/千年となり、上の9層の値と同程度である。
表3−6 各層の変位量
○活動イベントの解析 (図3−12参照)
・最新活動(イベント1)
表3−5に示したように、2層下限を境にして、変位量が変化し、0〜2層は、断層による変位を受けていない。変化量は、15〜20cmで、断層落ち側での3層の層厚の増加として表れている。また、トレンチ西側掘削面にみられる断層(図3−7−1、図3−7−2、図3−7−3参照)は、3層の最上部まで連続し、2層に覆われており、東側掘削面でも、2層下限より上位の層には、断層付近の亀裂が達していない。これより、最新の断層活動は、2層(九重B火山灰)が堆積する直前に生じたと推定される。
火山灰の年代と地層の14C年代からみて、年代は、Cal BP1,500〜3,800である。
・一つ前の活動(イベント2)
変位量の変化は、6層下限と7層下限の間でも生じており、その量は、約10cmである。この変化に対応して、落ち側の7層の下部には、上がり側には存在しないCal BP12,000−13,000の年代を示す地層が付加されている。これより、6層下限と7層下限の間で断層活動があったと推定される。
イベント年代は、落ち側に付加されている地層の年代から、Cal BP12,000−13,000と推定される。
・これより古い層準(7層下限、8層下限)でも、変位量の変化が生じているが、地層の年代の解像度が低いため、年代の特定が難しい。
・新しい2回のイベントから求めた活動間隔は、1万年前後となる(表3−7)。
表3−7 水分断層の活動イベント
○水分断層のまとめ
以上の検討結果をまとめると次のようになる。
・水分断層は、北東−南西方向の走向で、長さ1.8kmの南落ちの断層である。
・上下方向の平均変位速度は、基盤の火山体とAso−4火砕流堆積物の変位から求めると0.12−0.07m/千年以下であり、活動度はB級下限〜C級となる。AT火山灰以後の変位基準を用いると、0.02−0.03m/千年である。
・右横ずれの変位成分を有している。横ずれ変位量は確定できていないが、この成分も考慮すると、平均変位速度からみた活動度は、もう少し高く評価される。
・最新活動時期は、1,500〜3,800年前である。活動間隔は1万年前後で、1回の変位量は上下方向で10〜30cm程度である。
・平均変位速度の変化からみて、最近2〜3万年間の断層の活動度は、その前より小さくなっている可能性が考えられる。
○補足:トレンチ地点の選定経緯
水分断層のトレンチ地点の選定にあたっては、地権者との交渉の中で、断層崖下を通過する林道を掘削する必要があるかどうかが問題になった。そこで、まず、林道を横断して計7地点でハンドオーガーボーリングを実施し、表層(深度1.5〜3.0m)の地質分布を把握した。その結果、林道の北側でK−Ah火山灰の分布深度に約50cmの南落ちの段差が生じていることがわかった。さらに、より深くまでの本格的なボーリング調査(油圧式機械使用)を断層推定付近と断層の落ち側で実施して、先に述べた断層推定位置付近で基盤の溶岩などの分布に大きな段差が生じていることを確認し、当初の推定が妥当であると判断した。この結果をもとに、トレンチ掘削範囲を林道の北側に限定して作業を実施した。