(2)中央部の断層
この”火砕流”やAso−4火砕流の堆積物を変位基準として、断層の活動性について検討した。五馬市断層では、地形判読段階では、断層の落ち側に”沖積低地“様の平坦面が広がっており、”低位段丘面”様の面が変位しており、かなり新しい時代に断層活動があったと推定された。しかしながら、上記の”不明火砕流”の存在をふまえた現地調査の結果、”低位段丘面”様の面の直下には、この”不明火砕流”堆積物が分布しており、この堆積物の分布からは、断層による変位は読み取れなかった(図4−2−36−1、図4−2−36−2)。また、五馬市断層の断層崖が”沖積低地”に接する位置で露頭剥ぎを実施したところ、断層崖とみなした位置では万年山溶岩中にはせん断面は確認できず、落ち側の平坦面の直下には、Aso−4火砕流(鳥栖オレンジ火砕流)の堆積物が出現した(図4−2−37−1、図4−2−37−2)。このような地質状況からみて、(もし、Aso−4以後も活発に活動しているならば、Aso−4火砕流堆積物の上位にさらに地層が累重している可能性が高いと考えられるので)、この断層は、Aso−4火砕流堆積物の堆積以後は、活動していない可能性が高いと考えられる。一方、新城、塚田等の断層の近傍には明らかに”不明火砕流”堆積物を変位させている断層が存在する(図4−2−39)。この点からみて、少なくとも一部の断層では、”不明火砕流“の堆積以後も断層活動が生じたと考えられる。ただし、両断層のリニアメント位置を挟んで、”不明火砕流”堆積物の構成面の分布には、明瞭な不連続は確認できない(図4−2−38−1、図4−2−38−2)。また、これらの断層の落ち側にあたる平坦面下にAso−4以後の新しい堆積物はほとんど分布していない。これらの点からみると、これらの断層の不明火砕流ないしAso−4火砕流以後の活動性はかなり低いと判断される。