(2)大分平野におけるシークェンスモデルの適用

府内城測線では、これまでに得られた年代値、K−Ah火山灰層の出現深度、層相等の情報から堆積シークェンスを図5−2−7のように適用できる。

このうち、構造運動が堆積体の形成に影響を与えていないと推定される断層想定位置の南側(上り側)では、堆積シークェンスは、以下のように考えることができる(図5−2−8)。  

大分平野の堆積層は、貝化石集団の解析(平成11年度報告書)では、K−Ah火山灰層の前後で最も深い生息古水深を示す結果が得られており、断層による深度変化を受けていないと判断されるNo.4孔での14C年代測定結果と現在の採取標高から推定(概算)した古水深のカーブは図5−2−5の汎世界的海水準変動と同様の傾向を示し、K−Ah火山灰層付近の試料で最も深い古水深の値となっている。

また、K−Ah火山灰層は、シルト質粘土からなる中部泥層のほぼ中央部に位置し、大局的には、上方細粒化相と上方粗粒化相の変換点付近に位置していることも海水準変動傾向と調和的である。

さらに、図5−2−7に示したように、14C年代測定結果から、K−Ah直下は、堆積速度が極めて遅くなっており、沖合相で形成されるコンデンスセクションの陸側延長部に相当するものと考えられる。

このように、大分平野においても、K−Ah火山灰層準(下限面)が、ほぼMFS(最大海成氾濫面)に一致しているおり、他地域と同様の堆積モデルが適用可能であると考えられる。

すなわち、大分平野では、前述の層相区分のうち、K−Ah火山灰層の上位の、A最上部泥層、B上部砂礫層、C上部砂層、D−1中部泥層(上部層)を、高海水準期堆積体に区分され、K−Ah火山灰層の下位のD−3中部泥層(下部層)、E.下部砂層、F下部砂礫層 G.最下部泥炭層 を海進期堆積体に対応させることができる。

また、前述の反射法弾性波探査の断面では、K−Ah火山灰層付近より上位で堆積体の沖合への前進を示すフォアセット(オフラップ)構造を反射面のパターンから確認することができる。これは、高海水準期堆積体の代表的な反射パターンであり、ボーリングコアでの層相解析結果を支持すると同時に、沖積層中でも反射面のパターンから高海水準期堆積体を区分できる可能性を示すものといえる。

なお、府内城測線では、基盤岩直上に、10,500〜12,500年BPの年代を示す陸成層(G最下部泥炭層)がみられ、その上位に10,000年BP以降の年代値を示す海生貝化石を含む砂層が出現する。したがって、府内城付近では、10,000年前以降に海進が始まったものと考えられる。ただし、沖合ではすでに18,000年前から海進面の形成が開始されていたものと考えられるので、この測線上の堆積物はすべて、シークエンスモデル上は、海進期以降のものであり、低海水準期堆積体相当の地層は、府内城付近では確認されていないこととなる。

同様な堆積体区分は、断層想定位置の北側(落ち側)でも可能である(図5−2−9)。

ただし、断層想定位置の北側では、層厚の違いのほか、高海水準期堆積体中にあたる上部砂礫層中に“砂礫→泥炭”と変化する明瞭な上方細粒化ユニット(B−2、B−5の泥炭層と直下の砂礫層)が少なくとも2つ確認される点が大きく異なる。

現在の沖積平野において、高海水準期堆積体が形成された6〜5千年の縄文海進以後は、一般に、堆積物の供給速度が海水準上昇速度を上回っており、堆積物は、堆積可能空間をほぼ埋積し終わるまでは、上方に向かって粗粒化していくことが予想される。実際、前出のNo.4孔では、中部泥層(上部ユニット)から上部砂礫層まで、全体に上方粗粒化しており、上部砂礫層堆積開始以後は、層厚数十cmを超える泥質層は、海の埋積が完了した後、標高0m以高にA最上部泥層として堆積しているのみである。

以上の点からみて、断層の北側の上部砂礫層中に確認される2つの上方細粒化ユニットは、汎世界的氷河性海水準変動の影響によるものとは考えにくい。また、上方細粒化ユニットが断層想定位置の南側で確認できないことからみて、局地的な海水準の昇降の影響についても、考えにくい。

すなわち、断層想定位置の北側で2度にわたって、泥炭層が出現するサイクルが存在する事実は、海水準の変動では説明できない理由で、あらたな堆積空間が、少なくとも2回出現したことを示していると考えられる。また、泥炭層が現標高−5m以下に分布することも、海水準が5千年前以降は、少なくとも、現海水準か、それ以上高い位置にあったことを考えると“不自然”であるといえる。

以上の検討をまとめると、府内城測線の断層想定位置の南側でのみ確認される上部砂礫層中の“泥炭−砂礫”から構成される細粒化ユニットは、構造運動の影響によって生じた可能性が高いと考えられる。

図5−2−9. 府内城測線における堆積体区分(断層落ち側:No.6孔)