本手法は、堆積物試料中のFeS2(黄鉄鉱,pyrite)のイオウ成分の含有量を測定することにより、過去の堆積物環境を復元しようとするものである。
堆積物中のFeS2の含有量は、堆積環境に大きく依存する。このFeS2は、続成作用の初期に堆積物の表層付近において、水塊中に含まれる硫酸イオンがバクテリアの活動により硫化水素に還元され、さらにこれが鉄と結びつくことによって生成される自生鉱物である(Bernre,1970;中井ほか,1982)。堆積物中のFeS2が高くなる条件としては、硫酸イオン濃度が高いこと、嫌気的環境にあること、有機物が豊富なこと、などがあげられる。なかでも、硫酸イオン濃度による影響は重要である。一般に、海水中の硫酸イオン濃度は淡水中のそれに比して著しく高い。たとえば、塩分35%の標準海水の1l中には約2700mgの硫酸イオンが含まれるのに対し、日本の酸性河川を除く河川の水1l中の硫酸イオンは50mgに満たない。したがって、FeS2含有量は水塊中の塩分に大きく規定され、とくに、海成堆積物と淡水性の陸成堆積物とではFeS2含有量が著しく異なることになる。
沖積層のボーリングコア試料のFeS2含有量を分析することにより、海成層の上限と下限の認定が試みられている(白神,1985,1987)。
(2)分析実施機関
株式会社 地球科学研究所
(3)分析期間
分析開始:平成10年1月10日
分析終了:平成10年1月21日
(4)試料採取
本調査における試料採取は、対象を南陽層および熱田層とした。
試料は、南陽層および熱田層から、それぞれ粘土層を3層ずつ計6層選び、それぞれ長さ10cmの試料採取用コアから均等に採取した。採取した試料は、ただちにビニール製の袋に入れ、速やかに分析を行った。
(5)分析方法
分析方法については、特殊な分析機器を要さず分析操作が容易である以下の手法によった(第四紀試料分析法,日本第四紀学会,1993)。
@試料を乾燥させたのち、乳鉢でよく粉砕し、235メッシュのふるいを用いて、細粒成分のみを5〜10g取り出す。
A試料からFeS2以外のイオウ化合物を除去するため、試料を希塩酸中に加えたのち、水で洗浄・ろ過し、約100℃で乾燥させる。
B試料をよく粉砕し、秤量したのち、小型の三角フラスコに入れ、硝酸15ml、塩酸5ml、臭素水1ml、水20mlの混合溶液を加え、ウォーターバス内において80℃で30分間加熱する。この操作は、試料中のFeS2を酸化させSO42−に変形させるためのものである。
C三角フラスコの内容物をろ過・洗浄し、ろ過・洗液約500mlをビーカーに移し、沸騰しない程度に緩やかに加熱する。
Dビーカー内のろ液・洗液をゆっくり攪拌しながら、5%の塩化バリウム水溶液5MLをピペットを用いてこれに加える。この操作によってビーカー内にBaSO4の白濁が生じた場合には、Eの操作を行う。逆に白濁が生じなかった場合には、Fの操作を行う。
E緩やかに加熱を続けながら、白濁が完全に沈殿するまで静置したのち、Dの操作を再び行う。塩化バリウム水溶液を加えても白濁が生じなくなるまでD,Eの操作を繰り返す。
F加熱をやめ、時計皿等で蓋をして一夜静置する。
Gビーカー内の上澄液を捨て、BaSO4沈殿をよく洗浄したうえ、ろ紙No.5Cを用いてろ過し、沈殿を熱湯でさらに数回洗浄する。
H沈殿をろ紙の中に包んで、あらかじめ秤量してある磁製ルツボに入れ、電気炉またはガスバーナーを用いて、ろ紙を炭化・灰化させたのち800〜900℃で強熱する。
Iルツボをデシケーター内で放冷したのち、秤量し、BaSO4沈殿の重量を得る。
J沈殿の重量およびBで得られた試料重量から、試料中のイオウ(FeS2−S)含有量を百分率で算定する。
以上の分析法は、できるだけ簡便な操作によりイオウ含有量の定量を行うことを目的としたものであり、イオウ含有量に著しい差異がみられる海成堆積物と陸成堆積物の境界を認定しようとする場合には有効である。
(6)分析結果
本調査におけるイオウ分析結果を表2−2−7に示す。
表2−2−7 イオウ分析結果
(7)考察
南陽層では、浅部から深部へかけて、漸移的にイオウ含有量が増加するが、南陽層を上部層と下部層に大別するのに有意な違いは認められなかった。
熱田層では、浅部から深部へかけて、急激なイオウ含有量の増加が認められた。Eにおけるイオウ含有量は、Cの100倍を超えている。
堆積物中のFeS2は一般に海水性の堆積物ほど多く含む傾向がある。市原(1984)は大阪層群の堆積物中に含まれるイオウの量について述べており、海成粘土に0.38〜1.72%のイオウが含まれ、淡水成の粘土には0.09%程度しか含まれていない事を報告している。今回の分析値で、熱田層上部のC(0.01%)を除き、他の値はすべて0.1%を越えている。明らかな海成粘土が約0.3%以上のイオウ量を示すとすれば、D(0.27%)の値はやや汽水の混入するような環境であったかもしれないが、この点については比較するデータが少ないために推測の領域を脱しない。また、イオウ分析に際しては揮発性の硫化水素などの逸脱を防ぐために、試料採取後直ちに密封しなくてはならない。しかし、今回のボーリング試料採取にあたり、当初はイオウ分析を予定していなかったたため、密封することが出来なかった。従って、得られたイオウ含有量は真の値よりも若干少なくなっている可能性がある。
以上を考慮すれば、南陽層の分析試料はすべて海水成、熱田層の分析試料はCが淡水成でありその他は海水成であったと大別することが出来る。これに年代測定結果を合わせると、C・Dは淡水成あるいは汽水成の熱田層上部層に対比される。Eについては熱田層下部層である可能性が高いが、本調査における熱田層の全体層厚がわずか3.7mであり、熱田層をいわゆる上部層と下部層に識別することは、今後のボーリング調査結果を含めて検討する必要がある。