(2)珪藻分析

分析の結果、F3の20試料のうち12試料を除き、平均して比較的多くの珪藻化石が検出された。

珪藻化石分析の結果を図4−11−3−1図4−11−3−2図4−11−3−3図4−11−3−4図4−11−3−5及び表4−11−3−2−1表4−11−3−2−2表4−11−3−2−3表4−11−3−2−4表4−11−3−2−5表4−11−3−3−1表4−11−3−3−2表4−11−3−3−3表4−11−3−3−4表4−11−3−3−5表4−11−3−4−1表4−11−3−4−2表4−11−3−4−3表4−11−3−5−1表4−11−3−5−2表4−11−3−5−3表4−11−3−6−1表4−11−3−6−2表4−11−3−6−3表4−11−3−6−4に示した。また、堆積環境の推定の根拠となる珪藻の生態性の概略を表4−11−3−7に示す。

群集解析にあたり個々の産出化石は、まず塩分濃度に対する適応性により、海水生、海水〜汽水生、汽水生、淡水生に生態分類し、さらにその中の淡水生種は、塩分、pH、水の流動性の3適応性についても生態分類した。

堆積環境を考察するため、珪藻化石が100個体以上検出された試料について珪藻化石群集変遷図を作成した(図4−11−3−1図4−11−3−2図4−11−3−3図4−11−3−4図4−11−3−5)。出現率は化石総数を基数とした百分率で表し、2%以上の出現率を示す分類群についてのみ表示した(図中の●印は総数が100個体以上産出した試料のうち3%以下の種を、+印は総数100個体未満の場合の産出を示す)。海水生・汽水生・淡水生種の相対頻度と淡水生種を基数とした塩分・pH・流水の相対頻度について図示した。

試料中の化石全体の産出頻度(Abundance)と保存状態(Preservation)は、以下に示すような区分で示した(表4−11−3−2、表4−11−3−3、表4−11−3−4、表4−11−3−5、表4−11−3−6)。

○産出頻度(Abundance)

A(Abundant):1mm2中に50個体以上

C(Common):1mm2中に10個体以上

F(Few):2mm2中に10個体以上

R(Rare):2mm2中に1個体以下

VR(Very rare):4mm2中に1個体程度

VVR(Very very Rare):4mm2中に1個体以下

○保存状態(Preservation)

G(Good):良好:殻は溶解(破損)を受けていない

M(Moderate):普通:一部に溶解(破損)した個体が認められる

P(Poor):不良:殆どの殻が溶解(破損)の形跡が認められる

VP(Very poor):極不良:すべての殻が溶解の痕しており、種の同定が容易でない

VVP(Very very poor):極極不良:すべての殻が殆ど溶解しており種の同定が困難

以下に各ボーリング毎に、分析結果の記載と堆積環境の推定について示す。

@ K11試錐

分析結果を図4−11−3−1及び表4−11−3−2−1表4−11−3−2−2表4−11−3−2−3表4−11−3−2−4表4−11−3−2−5に示す。本試錐では、分析を行った22層準すべてから比較的多くの珪藻化石が認められた。検出された珪藻化石の保存状態は、全体に半壊した殻は認められるものの、溶解の痕跡が認められ試料は少なく、状態としては普通からやや不良である。認められた珪藻化石群集は、本試錐全体では海水生種から淡水生種におよぶ。それぞれの分類群の産状は、他試錐と同様に層準によって異なっており、下位(深度8.20m以深)では海水生種、海水〜汽水生種および汽水生種で群集が構成されるのに対して、中位から上位(深度7.80m以浅)にかけては、淡水〜汽水生種と淡水生種で構成される。本試錐では、珪藻化石群集の産状から、大きく2つの化石帯(下位よりK11−T・U帯)が設定される。以下、化石帯毎に下位から順に結果と推定される環境について述べる。

1)K11−T帯(深度10.20m〜8.20m)

 本帯は、群集の産状により、さらに3つの亜帯(K11−T−1〜3亜帯)に細分される。

1−1)K11−T−1亜帯(深度10.20〜9.40m)

本亜帯は、海水生種、海水〜汽水生種および汽水生種による群集が認められた。優占種は、層位により異なっているが、後述するように大局的には限られた環境下に生育する種類であるため一つの化石帯として捉えた。多産あるいは優占した種は、海水生種のChaetoceros spp.は、本亜帯の3層準を通して認められるほか、深度10.20mに海水〜汽水生種のCyclotella striata、Cyclotella striata−stylorum、深度9.40mにはCyclotella striata var.subsalinaといったCyclotella属が高率に認められた。その他は、深度9.80mに海水生種のParalia sulcata、Thalassionema nitzschioides、汽水生種のMelosira nummuloides等が卓越している。多産種の生態性については、前述してないものについて述べると、Cyclotella striata var.subsalinaはCyclotella striataの変種であり、殻も小型の特徴的な種類である。生態性については、詳細が明らかにされているわけではないが、承名変種のCyclotella striataに伴って出現することが多いことから、おおむね同様の生態性の可能性が高いと考えられている。そのため通常は内湾から内湾奥部に生育する種と思われる。ただ、加藤ほか(1978)によれば、秋田県の八郎潟の調整池から多産することを報告している。この調整池は平均して塩分濃度は低くほぼ淡水といってもよい水域であり、本種は淡水にも適応する種であることがわかる。Cyclotella striataは淡水には生育しないため、本種は適応範囲が広いということになる。Melosira nummuloides は、汽水から海水域の沿岸浮遊性種とされる(Hustedt,1930)。以上のような多産種の生態性と群集を考慮すると、本亜帯の堆積環境としては、おおむね湾奥の塩分濃度が不安定な海域(汽水域)であったものと推定される。上位に向かって海水生種が減少していることと特に低塩分水域に多産する傾向にある種が増加していることから考えると、上位に向かい塩分濃度が低下した可能性がある。

1−2)K11−T−2亜帯(深度9.00m)

 本亜帯の群集は、淡水生種を主体に淡水〜汽水生種を伴う種群で構成される。汽水生種あるいは海水生種も認められたが、極低率である。 多産した種は、淡水〜汽水生種のFragilaria brevistriata、淡水生種で止水性種のFragilaria construens fo. venter、Fragilaria ulna var. arcusである。 以上の種群の生態性は、Fragilaria brevistriata は、富栄養水域の沿岸部に認められるとされる(Van Landingham、1978;田中・中島、1985)他、塩分濃度12〜2‰程度の水域の泥底に付着生活する種群で淡水の影響により汽水化した塩性湿地に生活することが多く汽水泥質干潟指標種群とする研究者もある(小杉、1988)。Fragilaria construens var.venterは、一般に貧栄養の水域に広く分布する(Patrick and Reimer、1975)とされる。また、Krammer and Lange−Bertalot(1990)によれば、やや貧栄養な水域でフミン酸濃度の低下した水域(湿原などで腐食を生成するような水域)に認められるとされる。Fragilaria ulna var. arcusは、承名変種のFragilaria ulnaとは異なり、比較的清水域に認められる場合が多いことから、好清水性種とされる(Asai and Watanabe,1995)。また、経験的には、若干、塩類濃度の高い水域に認められる場合が多い傾向にある。 よって、本亜帯は、沿岸部における後背湿地化した可能性が考えられる。このことは一時的な海退の可能性を示唆している。

1−3)K11−T−3亜帯(深度8.60〜8.20m)

 本亜帯は、再び海水生種および汽水生種が主体の群集が認められ、淡水生種は極低率にしか認められない。多産あるいは優占した種は、海水生種のChaetoceros spp.、Hyalodiscus lenti−ginosus、Plagiotropis lepidoptera、海水〜汽水生種のCyclotella striata var. subsalina、汽水生種のMastogloia smithii、Mastogloia smithii var. lacustris、Rhopalodia musculus等である。多産種の生態性は、海水生種のHyalodiscus lentiginosus、Plagiotropis lepido−pteraについては詳細な研究例が無いが、経験的には湾奥等の若干閉鎖的と思える海域に認められる。汽水生種のMastogloia smithii、Mastogloia smithii var. lacustrisは、前者は沿岸部の汽水に生育する種であるが、後者は本属の中でも唯一淡水に生育することができる種と言われている。ただし、承名変種が汽水生であることから汽水にも適応できるものと思われる。多産種と群集の構成から考えると、堆積時の環境としては、海域であるが、若干、閉鎖的な海域、すなわち湾奥等の入江付近の環境下にあったものと推定される。

2)K11−U帯(深度7.80m〜1.85m)

 本帯は、群集の産状により3亜帯(K11−U−1〜3亜帯)に細分される。

2−1)K11−U−1亜帯(深度7.80〜5.80m)

本亜帯は、淡水生種を主体に淡水〜汽水生種、汽水生種を伴う種群で構成される。多産した種類としては、淡水〜汽水生種のCyclotella meneghiniana、Fragilaria brevistriata、淡水生種で止水性種のAulacoseira granulata、Aulacoseira italica、Fragilaria construens fo. venter等である。多産種の生態性は、Aulacoseira granulata は、浮遊性で富栄養のある水域の岸近くに認められることが多い(Stoermer & Yang,1968)。Aulacoseira italica は、広域分布種であり、適度に富栄養な池沼や河川等の止水域に生育するとされる(Krammer and Lange−Bertalot、1991)。よって、本帯の環境としては、基本的に沿岸部の後背湿地であるが、ある程度の水深のある場所も多かったものと推定される。

2−2)K11−U−2亜帯(深度5.40〜4.60m)

本帯は、淡水生種を主として、若干の淡水〜汽水生種あるいは汽水生種を伴う種群が認められた。多産した種類は、Aulacoseira granulata、Aulacoseira granulata var.angustissima、Aulacoseira italica、Aulacoseira italica var.tenuissima等である。多産種の生態性は、Aulacoseira granulata var.angustissimaについては、承名変種のAulacoseira granulataと同様に浮遊性で富栄養の水域に認められるほか、Aulacoseira italica var.tenuissimaも承名変種と同様に富栄養な池沼や河川等の止水域に生育している。よって、本亜帯は止水性でかつある程度の水を湛えるような水域に生育する群集が認められたことから、前述の後背湿地からさらに水域が広がり、ある程度の水が存在する池沼に推移したものと推定される。

2−3)K11−U−3亜帯(深度4.20〜1.85m)

本亜帯の珪藻化石群集は、淡水生種を主体に淡水〜汽水生種、汽水生種を伴う種群で構成される。多産した種類としては、淡水〜汽水生種のFragilaria brevistriata、淡水生種で流水不定性種のCocconeis pediculus、Cocconeis placentula、Epithemia adnata、止水性種のFragilaria construens、Fragilaria construens fo. venter等である。よって、本亜帯の堆積当時の環境としては、先のU−2亜帯と比較すると水位が下がり、湿地の環境下にあったものと推定されるが、淡水〜汽水生種の産状からみて、幾分、塩性湿地化していた可能性が考えられる。

A K12試錐

分析結果を図4−11−3−2及び表4−11−3−3−1表4−11−3−3−2表4−11−3−3−3表4−11−3−3−4表4−11−3−3−5に示す。本試錐では、産出率の低い層準も認められるものの分析を行った18層準すべてから珪藻化石が検出された。検出された珪藻化石の保存状態は、全体に半壊した殻は認められるものの、ある程度の量が検出された層準については溶解の痕跡が認められ試料は少なく普通からやや不良である。産出率が低い4層準については、半壊した殻が多いだけでなくかなり溶解した殻も認められ、状態は不良である。

珪藻化石群集の組成としては、本試錐全体では海水生種から淡水生種におよんでいる。それぞれの分類群の産状は、他試錐と同様に層準によって異なっており、下位では海水生種、海水〜汽水生種および汽水生種で群集が構成されるのに対して、中位では汽水生種、淡水〜汽水生種および淡水生種で構成され、上位では淡水生種主体で若干の淡水〜汽水生種あるいは汽水生種を伴う群集が認められた。本試錐では、珪藻化石群集の産状から、大きく3つの化石帯(下位よりK12−T・U・V帯)が設定される。以下、化石帯毎に下位から順に結果と推定される環境について述べる。

1)K12−T帯(深度7.50〜5.60m)

 本帯は、群集の特徴から2亜帯(T−1および2亜帯)に細分される。

1−1)K12−T−1亜帯(深度7.50および7.20m)

 本亜帯は、海水生種および汽水生種の多産により特徴付けられる。特に多産した種類は、海水生種のChaetoceros spp.、Grammatophora macilenta、Paralia sulcata、海水〜汽水生種のCocconeis scutellum、汽水生種のNavicula yarrensis、Rhopalodia musculus等である。よって、本亜帯の堆積時の環境は、内湾奥部の海域の環境下にあったものと推定される。

1−2)K12−T−2亜帯(深度6.80〜5.60m)

本亜帯の群集は、海水〜汽水生種および汽水生種を主体に、低率に海水生種および淡水生種を伴う種群で構成される。多産あるいは優占した種は、海水〜汽水生種のCyclotella striata、Cyclotella striata−stylorum、Cyclotella striata var.subsalina、汽水生種のDiploneis smithii、Melosira nummuloides、Navicula peregrina、Rhopalodia musculus等である。以上の多産種の構成から、本亜帯の環境は、おおむね湾奥部の汽水域の環境が推定される。

2)K12−U帯(深度5.20〜3.20m)

本帯も群集の特徴から2亜帯(U−1および2亜帯)に細分される。

2−1)K12−U−1亜帯(深度5.20〜4.80m)

本亜帯は珪藻化石の産出率が低いため環境の推定は困難であり、低率に認められた種によって無理に環境の推定を行うのは危険である。しかしながら本亜帯では上下の化石帯に産する種群が共存することから、本亜帯の環境は上位と下位の遷移的な環境と考えられる。なお産出率の低さ堆積物中の珪藻化石の絶対量が少ないことを意味しており、本亜帯の堆積時は上位あるいは下位層準に比較して堆積速度が速かった可能性も示唆される。

2−2)K12−U−2亜帯(深度4.40〜3.20m)

本亜帯の群集は、汽水生の種群を主体に淡水〜汽水生種および淡水生種のそれぞれ一部を含む種群で構成される。多産種としては、汽水生種のDiploneis smithii、Melosira nummuloides、Navicula peregrina、Rhopalodia musculus、淡水〜汽水生種のFragilaria brevistriata、淡水生種のCocconeis pediculus、止水性種のFragilaria construens fo. venter等である。以上の多産種の生態性から、本亜帯の堆積環境としては、沿岸部の干潟域から後背湿地付近の環境下にあったものと推定される。

3)K12−V帯(深度2.80〜0.85m)

本帯も群集の特徴から2亜帯(V−1および2亜帯)に細分される。

3−1)K12−V−1亜帯(深度2.80〜2.40m)

本亜帯は、淡水生種を主体として、若干の汽水生種および淡水〜汽水生種を伴う種群で構成される。多産あるいは優占した種としては、淡水〜汽水生種のFragilaria brevistriata、淡水生種で流水不定性種のCocconeis placentula、止水性種のFragilaria construens fo. venter、Fragilaria pinnata等である。よって、本亜帯の堆積時の環境は、沿岸部の後背湿地の環境であったものと推定される。

3−2)K12−V−2亜帯(深度2.00〜0.85m)

本亜帯の珪藻化石群集は、殆ど淡水生種で構成される。若干の汽水生種あるいは海水生種を伴うが、極低率であるため、下位層準から二次化石と判断される。多産した種は、流水不定性種のEunotia pectinalis、Fragilaria ulna、Pinnularia viridis、陸生珪藻のHantzschia amphioxys等である。よって、本亜帯の環境は、陸上で低地に見られるような淡水の湿地の環境が推定される。

B F2試錐

分析結果を図4−11−3−3及び表4−11−3−4−1表4−11−3−4−2表4−11−3−4−3に示す。

珪藻分析を行った 25 試料のうち、21試料には多くの珪藻化石が認められたが、下部の41.60m、41.80mおよび46.15mには全く認められなかった。検出された珪藻化石の保存状態は、層準により若干の差はあるものの、全体に半壊した殻が多く、溶解の痕跡を残した個体も認められることから、状態としてはやや不良である。

検出された珪藻化石群集は、22.90mのみ淡水生種のみの種群で構成され、他は海水生種が主体で海水〜汽水生種と汽水生種を伴う種群で構成される。本試錐は珪藻化石群集により、3つの化石帯(下位からF2−T〜V帯)が設定される。以下、化石帯毎に下位から産状と推定される環境について述べる。

1)F2−T帯(深度49.73〜41.60m)

本帯は、珪藻化石が極低率にしか認められないかまたは全く検出されない。おそらく、続成作用により、珪藻の殻は完全に溶解消失したものと思われる。そのため、堆積時の環境を推定することは困難であるが、極低率に検出された種群は淡水生種であり、淡水生種の中でも陸生珪藻と呼ばれる種群である。極低率にしか認められない場合に、認められた種から環境を推定するのは危険ではあるが、本帯の場合、淡水生種の中でも陸生珪藻であり、これらの種群と本帯のような産状は経験的には、堆積時の前後に好気的な環境下にある場合が多い。そのため、元来、珪藻の化石が少なく、また、好気的な環境下では分解が促進されることから、本帯のような珪藻化石が検出されず、検出されても陸生珪藻が極低率にしか認められない。本帯の場合は、珪藻分析のみのデータでは確定的なことは言えないが、経験的にみれば、陸域であり、水の影響が少ない場所であった可能性が示唆される。

2)F2−U帯(22.90m)

本帯は、淡水生種が検出され、海水生種あるいは汽水生種は全く検出されない。淡水生の群集の特徴については、生態性(珪藻の 3 つの適応性:水中の塩分・pH・流水に対する適応性)について以下のような傾向が認められる。まず、塩分に対する適応性は、淡水中の塩類濃度の違いにより区分したもので、ある程度の塩分が含まれたほうがよく生育する種類は好塩性種とし、少量の塩分が含まれていても生育できるものを不定性種、塩分が存在する水中では生育できないものを嫌塩性種として区分している。これは、主に水域の化学的な特性を知る手がかりとなるが、単に塩類濃度が高いあるいは低いといったことが分かるだけでなく、塩類濃度が高い水域というのは概して閉鎖水域である場合が多いことから、景観を推定する上でも重要な要素である。結果としては、貧塩−不定性種が優占しており、全体の 90 %以上を占めている。貧塩−好塩性種は、1%程度で極めて低率にしか認められない。

次にpHに対する適応性とは、アルカリ性の水域に特徴的に認められる種群を好アルカリ性種、逆に酸性水域に生育する種群を好酸性種、中性の水域に生育する種を不定性種としている。これも、単に水の酸性・アルカリ性のいずれかがわかるだけでなく、酸性の場合は湿地であることが多いなど、間接的には水域の状況を考察する上で必要不可欠である。結果は、pH不定性および好アルカリ性種が優占し、その両者で全体の約 90 %を占めている。好酸性種は、5 %以下と低率にしか認められない。

流水に対する適応性は、流れのある水域の基物(岩石・大型の藻類・水生植物など)に付着生育する種群であり、特に常時流のあるような水域でなければ生育出来ない種群を好流水性種、逆に流れのない水域に生育する種群を好止水性種として区分している。流水不定は、どちらにでも生育できる可能性もあるが、それらの大半は止水域に多い種群である。なお、好流水性種と流水不定性種の多くは付着性種であるが、好止水性種には水塊中を浮遊生活する浮遊性種も存在する。浮遊性種は、池沼あるいは湖沼の環境を指標する。結果は、割合からすると流水不定性種が優占し、全体の約 60 %を占めている。次いで流水性種が30%程度産出している。止水性種は極低率にしか認められない。なお、淡水生種の中には、水中から出て陸域の乾いた環境下でも生育する種群が存在し、これらを陸生珪藻と呼んで、水中で生育する種群と区分している。陸生珪藻は、陸域の乾いた環境を指標することから、古環境を推定する上で極めて重要な種群である。水生珪藻と陸生珪藻の比率は、本帯では水生珪藻が65 %程度であり、陸生珪藻は35%程度認められた。多産あるいは優占した種は、流水生種のAchnanthes lanceolata、流水不定性種のGomphonema parvulum、陸生珪藻のNavicula mutica、Pinnularia schoenfelderi等である。

以上の多産種の生態性あるいは生育場所は、好流水性種の Achnanthes lanceolata は、安藤(1990)によれば河川の中〜下流部、すなわち河川沿いに河成段丘、扇状地、自然堤防および後背湿地といった地形がみられる部分に集中して出現し、他の地域には出現しないか出現しても主要でないことから、この地域を指標する可能性が大きい種群とされ、中〜下流河川指標種群と呼ばれる。流水不定性種のGomphonema parvulumは、流水に対して不定なだけでなく、塩分濃度やpHに対しても不定であり、極めて高い適応能力を持つ種であり、さまざまな水域に認められる。そのため、Asai and Watanabe(1995)は、広域適応種としている。陸生珪藻のNavicula mutica、Pinnularia schoenfelderi等は、水中や水底の環境以外のたとえばコケを含めた陸上植物の表面や岩石の表面、土壌の表層部など大気に接触した環境に生活する一群(小杉、1986)である。特に、Navicula muticaは、離水した場所の中で乾燥に耐えうることのできる群集とされる(伊藤・堀内、1989;1991)。また、堆積物の分析を行った際、これらの種群が優占(70〜80%以上)する結果が得られれば、その試料が堆積した場所は、水域以外の空気に曝されて乾いた環境であったことが推定できるとしている。以上の多産種の生態性を総合的に捉えると、本帯の群集は、生育場所の異なる種群が混在している。これは明らかに混合群集と考えられる。淡水生種群の混合群集とは、基本的に生育環境を異にする種群で構成され、また、検出種数が多い群集とされ(堆積物中からの産出率は低い割に構成種数は多い)、流れ込み等による二次化石種群を多く含む群集とされる(堀内ほか、1996)。混合群集は、一般には低地部の氾濫堆積物などの一過性堆積物で認められる場合が多いが、この場合は検出率が低い傾向にある。他方、一過性ではなく定常的に堆積物が供給されるような場所の場合、例えば河口付近や湿地等において同様な環境が長期間続いた場合も混合群集が認められるが、この場合は長い間に徐々に堆積して行く中で珪藻の生産が繰り返し行われること、堆積物の表層部付近での自然の撹乱が行われること、多少の流れ込みもあることなどから検出率はやや高い傾向にある。いずれにしても、混合群集の場合は珪藻の群集のみならず堆積層の観察も含めた慎重な解析が必要となる。

本帯の場合は、群集が貧弱で堆積物中の絶対量自体が少ない傾向にあることから、低地部における氾濫堆積物などの一過性の堆積物で認められるタイプである。低地の氾濫堆積物等は、水域に定着するとは限らず、むしろ水域外が多い。これは、陸生が多いことからも、裏づけられる。その場合、好気的な環境であるために、珪藻殻の分解が促進され、堆積物中に残る個体も珪酸沈着の厚いものに限られるため、絶対量は下がる。よって、本帯の堆積環境も、低地部における河川の氾濫の影響を受けるような場所で、通常は好気的な状況下にあるような場所であった可能性が考えられる。

3)F2−V帯(14.83m〜5.30m)

本帯は、最下部の14.83mで低率に淡水生種を伴うものの、それ以外の層準は海水生種が主体で海水〜汽水生種および汽水生種を伴う種群で構成される群集が認められた。海水生種、海水〜汽水生種および汽水生種の比率は、層準によりそれぞれ比率は異なるものの、いずれの層準でもおおむね海水生種の割合が最も高く、海水〜汽水生種と汽水生種の比率は層準により異なっている。ただ、深度11.60mで汽水生種が海水生種および海水〜汽水生種を上回っている以外は、全体に大きな違いはない。多産あるいは優占し、また本帯を通して連続的に認められた種は、海水生種のParalia sulcata、Thalassionema nitzschioides、海水〜汽水生種のCocconeis scutellum、Cyclotella striata、Cyclotella striata−stylorum、汽水生種のAchnanthes haukiana、Nitzschia granulata等である。

以上の多産種の生態性あるいは生育場所は、海水生種のParalia sulcataは、内湾指標種群(小杉、1988)とされ、内湾水中を浮遊生活する種群である。また、本種の多産は、暖かい低鹹水を指標すると考えられている(Tanimura、1981)。Thalassionema nitzschioides は、日本近海の沿岸・内湾に極めて普通にかつ冬春季に多量にあらわれるとされる(山路、1980)。沿岸部や内湾等に多く認められる。海水〜汽水生種のCocconeis scutellum は、塩分濃度が12‰以上の水域の海藻や海草(アマモなど)に付着生活する種群とされ(小杉、1988)、海水藻場指標種群と呼ばれている。海水〜汽水生種として示した Cyclotella striata、Cyclotella striata−stylorum は、一般に内湾奥部で浮遊生活する種とされ(Hustedt,1930)、内湾指標種群とも呼ばれる(小杉、1988)。本種は、外洋においても認められるが、珪藻群集の中での占める割合が少ない。内湾では、珪藻群集の中で優占種となる場合が多い。汽水生種のAchnanthes haukianaは、塩分濃度が26‰以上の水域の砂底(砂の表面や砂粒間)に生育する種とされ、このような場所にはウミニナ類、キサゴ類、アサリ、ハマグリ類などの貝類が生活するとされる。そのため、海水砂質干潟の指標種群とされている。Nitzschia granulata は、海水泥質干潟指標種群(小杉、1988)とされ、塩分濃度が12‰以上の水域の泥底や閉塞性の高い塩性湿地などに付着生育する種群の中の一種である。 よって、本帯の環境は、基本的に内湾から沿岸部の海域の環境下にあったものと考えられる。このような群集組成は、海進期の堆積物に認められる場合が多い。

C F3試錐

分析結果を図4−11−3−4及び表4−11−3−5−1表4−11−3−5−2表4−11−3−5−3に示す。

本試錐では18層準で分析を行ったが、そのうちの7層準からは比較的多くの珪藻化石が認められたものの、その他の11層準については殆どの層準が低率にしか認められない。検出された珪藻化石の保存状態は、ある程度多産した層準では、全体に半壊した殻が多く、一部には溶解の痕跡が認められることから、状態としては不良である。低率にしか産出しない層準については、半壊しているだけでなく、かなり溶解の進んだ殻が認められたことから、極めて保存不良であった。認められた珪藻化石群集は、海水生種を主体に、海水〜汽水生種および汽水生種を伴う種群で構成される。本試錐では、珪藻化石群集の産状から、2つの化石帯(下位よりF3−T〜U帯)が設定される。以下、化石帯毎に下位から順に結果と推定される環境について述べる。

1)F3−T帯(深度27.99〜26.00m)

本帯からは、比較的多くの珪藻化石が検出された。認められた群集は、海水生種を主体に、海水〜汽水生種、汽水生種および淡水生種を伴う種群で構成される。淡水生種は、いずれの層準でも全体からみれば極低率にしか認められない。多産あるいは優占した種は、海水生種のChaetoceros spp.、Paralia sulcata、Thalassionema nitzschioides、海水〜汽水生種のCyclotella striata、Cyclotella striata−stylorum等である。以上の多産種の生態性あるいは生育場所は、海水生種のChaetoceros spp.は、種は不明であるが、休眠胞子と呼ばれる。休眠胞子とは、生育する水域(この場合は、海域)において、その時期の環境がその種群の生育に適さない環境に変化した場合に、環境の回復を待つ間にとるひとつの防御体制として殻の形態を変化させたものをいう。したがって、この休眠胞子が多く認められたことは、当時の環境に何らかの変化が比較的急速に起こるなど、不安定な環境であったことを物語っている。海水中の温度変化や陸域に近い海域で淡水が流入することで塩分濃度が不安定な場合などに形成されるものと考えられる。他は前述の通りである。したがって、本帯の堆積時の環境は、海域であるが、休眠胞子が多産したことから、内湾奥部や沿岸部で淡水が流入して塩分濃度の変化が激しい海域であったものと推定される。

 

2)F3−U帯(深度22.60〜14.40m)

本帯は、珪藻化石の産出率が極めて低く、最も多いところで1プレパラートから53個体を検出しものの、大半は10個体以下である。16.20mは全く検出されない。珪藻殻の保存状態は、殆どの個体が半壊しており、完形殻が少ない傾向にあるだけでなく、殻の周縁に溶解の痕跡が認められることから、状態としては極めて不良である。少ないながら検出された種類は、殆ど淡水生種であり、Hantzschia amphioxys、Navicula mutica等の陸生珪藻である。そのため、本帯の堆積時の環境としては、陸域の好気的な環境下にあったものと推定される。好気的な環境とは、水の影響が少なく、通常は大気に曝された環境である。産出率が低いのは、好気的な環境であったために、分解消失が促進されたためと考えられる。珪藻の殻は、珪質であるため殆どは強酸にも溶解しない。しかし、好気的な環境下においてはバクテリア等の作用により、比較的容易に分解することが知られている。好気的な環境が続く中での緩やかな堆積の場合、珪藻のみならず他の微化石についても産出率が低い傾向にある。ある程度産出するのは、氾濫等により、急速にパックされた場合や急速に水域に移行した場合である。

D F5試錐

分析結果を図4−11−3−5及び表4−11−3−6−1表4−11−3−6−2表4−11−3−6−3表4−11−3−6−4に示す。

本試錐では分析を行った23層準すべてから珪藻化石が認められた。ただし、下位の8試料については含有量が少なく、いずれも1プレパラートから10個体以下である。検出された珪藻化石の保存状態は、多産した層準については全体に半壊した殻は認められるものの、溶解の痕跡が認められる試料は少ないため、状態としては普通からやや不良である。産出率が低い層準については、殆どすべての個体が半壊しているだけでなく、溶解の痕跡も認められ、かなり不良な状態である。検出された珪藻化石群集は、本試錐全体でみると海水生種から淡水生種におよんでいる。それぞれの分類群の産状は、中上位の多産した層準については、海水生種を主体に海水〜汽水生種および汽水生種を伴う種群で構成される。ただし、淡水生種も極低率ではあるが、いずれの層準からも認められる。本試錐では、珪藻化石群集の産状から、大きく2つの化石帯(下位よりF5−T・U帯)が設定される。以下、化石帯毎に下位から順に結果と推定される環境について述べる。

1)F5−T帯(深度24.85m〜17.10m)

本帯は、珪藻化石の産出率が低く、検出された個体数はいずれの層準でも10個体以下である。検出された種群は、海水生種から淡水生種におよぶが、大半が海水生種と海水〜汽水生種であり、淡水生種は深度17.30mに1個体をみたのみである。全体に産出率が低く、数個体の珪藻化石から環境の推定を行うのは困難であるだけでなく、無理に推定することは、間違った解釈をする可能性が高いため差し控えたい。

2)F5−U帯(深度5.55m〜2.60m)

本帯は、群集と主要種の産出率の変化から3亜帯(下位からU−1〜3亜帯)に細分される。

2−1)F5−U−1亜帯(深度5.55〜4.10m)

本亜帯からは、海水生種を主体に海水〜汽水生種あるいは汽水生種を伴う群集が認められた。多産した種は、海水生種のParalia sulcata、Thalassionema nitzschioides、海水〜汽水生種のCocconeis scutellum、Cyclotella striata、Cyclotella striata−stylorum、汽水生種のMelosira nummuloides、Nitzschia granulata等である。上記の多産種の生態性で前述してないものについて説明すると、Melosira nummuloides は、汽水から海水域の沿岸浮遊性種とされる(Hustedt,1930)。ただし、本邦の沿岸部でみる限りでは、河口に近く塩分濃度の下がった海域から干潟域に多産する傾向にある。以上の多産種は、大半は内湾に特徴的に生育する種群であり、沿岸の干潟に生育する種群を伴うことから、内湾奥部の環境が推定される。

2−2)F5−U−2亜帯(深度3.90〜3.50m)

本亜帯も海水生種、汽水生種を主体に海水〜汽水生種を伴う種群が認められた。下位あるいは上位の亜帯と異なるのは、下位亜帯では海水生種が最優占するが、本亜帯では汽水生種が多産する点である。多産あるいは優占した種は、U−1亜帯と同様に海水生種のParalia sulcata、Thalassionema nitzschioides、海水〜汽水生種のCocconeis scutellum、Cyclotella striata、汽水生種のMelosira nummuloides、Nitzschia granulata、Rhopalodia musculus等である。多産種の中でも特に汽水生種のMelosira nummuloidesである。 よって、堆積時の環境としては、陸の干潟域に近接した沿岸海域が推定される。

 

3)F5−U−3亜帯(深度3.30〜2.60m)

本亜帯は、海水生種を主体に汽水生種と海水〜汽水生種を伴う種群で構成され、U−1亜帯と酷似している。多産した種類は、海水生種のParalia sulcata、Thalassionema nitzschioides、海水〜汽水生種のCocconeis scutellum、Cyclotella striata、Cyclotella striata−stylorum、汽水生種のMelosira nummuloides、Nitzschia granulata等である。以上の多産種の特徴からみると、本亜帯もU−1亜帯と同様に、内湾奥部の環境が推定される。