(2)考察

(1)トレンチ部地層の形成年代

1)花粉分析による推定

第1層および第4層から採取した花粉分析試料のS6−1,S14−1,S14−4,S43−1,N45−2はコナラ属を除いた冷温帯広葉樹を含み,グイマツを含まないことから,完新世の8000年前(グイマツ絶滅期:五十嵐,1996)以降の堆積物と推定される.しかし,北海道全域で8000年前以降に優勢となるコナラ属(五十嵐,1986)が産出しないこと,および針葉樹の頻度が高いことから,冷涼期と推定される.完新世の冷涼期は坂口(1984)によれば,縄文時代中期末(4500〜4300年前),縄文時代晩期末〜弥生時代前期(2800〜2400年前),古墳時代(1800〜1300年前),16〜19世紀の小氷期に生じたとされるので,これらの内のいずれかに相当すると考えられる.堆積物は河川氾濫原礫層であるが,河川流域にシダの茂る湿原が存在したことが推定される.また,周辺丘陵の森は,コナラ属を含まない針広混交林であった.

第4層から採取したN47−2,第8層から産出したN47−1は冷温帯広葉樹を含み,グイマツを含まないことから,前述の5試料同様,完新世の8,000年前以降の堆積物と推定されるが,コナラ属が7〜15%産出することなどから,現在程度の温暖・湿潤な気候が推定され,上記の冷涼期とは区別できると考えられる.

2)14C年代による推定

2d層の腐植質シルトからは,2,360±50yBP,第3層の木片からは1,920±60yBPの各14C年代を得ている.これらの結果より,2d層より下位の層は約2,400年前以前,第3層より上位の層は約2,000年前以降にそれぞれ堆積したと考えられる.第1層から採取した試料の花粉分析結果とあわせて考えると,2a層・2b層・2c層および1a層の上部は,4,500〜2,400年前の時期に堆積した可能性がある.

また,第7層から採取した木片(2試料)から,220±60yBPと,240±50yBPの2つの14C年代を得た.したがって,第4層・第5層・第6層の形成時期は約2,000〜300年前の時期となる.

第8層の堆積時期は300年前以降と考えられ,その後人工的に改変された可能性が高い.

(2)第1層の撓みについて

[S16−S30],[N22−N29]の区間では,前述した第1層の撓み下がりが見られる.この区間では第1層内のシルト層と礫層の境界も第1層の上面境界と調和的に撓み下がっており,上位の地層による削り込みは認められない.これらのことから,この区間の撓み下がりの構造は,初生的な堆積構造ではなく,テクトニックな運動により,少なくとも1a層堆積後に形成されたと推定される.

第2層は,[N23−N29],[S24−S31]で第1層を切っており,1a層の撓み下がりに沿った分布形態をしている.しかし2d層は下位の層にアバットしており,堆積後の変形は見られないことから,2d層は撓曲によって形成された緩斜面(撓曲崖)に堆積したものと考えられる.したがって撓曲は2d層堆積以前に形成されたと考えられる.

よって,撓曲形成時期は,1a層堆積後〜2d層堆積時以前であると考えられる.形成時期は2a層・2b層・2c層の形成年代のいずれかであることになり,約2,400年以前の時期に特定される.なお撓曲の変位量は約1mであり,千年当たりの変位量は0.2〜0.4mとなる.

(3)不連続面について

1)不連続面の形成機構

トレンチ南東端では,4b層のくい違いで示される不連続面が認められる.不連続面を説明する説として次の2つがあげられる.

@チャネル側壁

A逆断層

以下に上記2つの可能性について検討する.

不連続面付近の下盤側(南東側)では,5a層(礫層)の不連続面に沿った垂れ下がりや北側法面の4b層の撓み下がりおよびシンセチック正断層に類似した構造など,正断層に伴う変形に似た構造がみられる.また,上盤側(北西側)では,南側法面4b層中の斜交葉理が不連続面に近づくにしたがって,下に凸の形状となり,不連続面近傍(10〜20cm)ではこれらの堆積構造が消失する.

不連続面がチャネル側壁であると仮定すると,下盤側の正断層センスの変形構造はチャネル側壁の小規模な斜面崩壊に伴うものであると説明できる.また上盤側の4b層はチャネル充填層となり,上盤側の構造はチャネル充填層の斜交葉理,および下位の層の削り込みで説明される.

また,北西側の第4〜6層は前述のように約2,000〜300年前に堆積したと考えられるが,南東側(下盤側)の第4〜6層は北西側の2d'層に切られることになり,2d'層の堆積時以前に堆積したと考えられる.よって,2d'層の形成年代の約2,400年前よりも以前に南東側(下盤側)の第4層〜第6層が堆積したと考えられ,北西側と南東側で地層の形成年代が異なることになる.この場合,第7層の14C年代から,南東側の第6層,第7層間に不整合があり,約2,100年間のハイエイタスがあることになる.

しかし,このような不整合を示すような積極的な証拠が認められず,第6層・第7層の層相から不整合があったとは考えにくい.また,不連続面を境に北西側の4b層がずれ上がった様な形状を示すことや,北西側(上盤側)の北側法面では不連続面付近で4c層の礫が引きずれられるように下位の層に取り込まれており,それに伴い,礫が巻き込まれるように回転している.また,北側法面上方の4c層より上位の4b層も不連続面付近で,引きずられたように分布している.これらの変形構造は逆断層に伴う変形を示すことから,本調査ではこの不連続面を逆断層とした.

但し,不連続面が逆断層であるとすると,上述の正断層を示す変形構造や堆積構造の消失および不連続面の走向がほぼ東西であり,樺戸断層群の方向と斜交することなどが説明できないため,まだ検討の余地があることを指摘しておく.

2)逆断層の形成時期

逆断層は少なくとも2d'層・第4層〜第6層を切っており,北側法面で第7層が断層面を覆っている.よって,この逆断層の活動時期は,第6層堆積後〜第7層堆積時以前であると推定される.また,第4層〜第6層の堆積時期は2,000年前から300年前の間であり,第7層堆積時期は約300年前であることから,少なくとも2,000から300年前の間であると考えられる

第7層,第8層では変形は認められず,第7層堆積時以降の活動は確認できない.このことから逆断層を形成した活動は,最終の活動であると推定される.

(4)活動歴の推定

トレンチ断面から以下のA,Bの活動歴が推定される.

・イベントA:第1層堆積時以降〜第2層堆積時以前(約4,500〜2,400年前),第1層の撓曲によって示されるイベントである.この撓曲の変位量は約1mである.第2層は,撓曲後に撓曲崖の斜面に堆積したと考えられる.

・イベントB:第6層堆積時以降〜第7層堆積時以前(約2,000〜300年前),第4層,第5層,第6層を変位させた逆断層によって示される.変位量は4b層で約1.2mである.しかし,この逆断層とした不連続面は,チャネル側壁である可能性もあり,このイベントの存否はまだ検討の余地がある.