雨竜地区トレンチは放射性炭素年代測定を実施していないため,段丘面区分及び花粉分析結果から,地形面及び地層の形成年代について考察する.
既往報告で,トレンチ調査地点の地形面は段丘面であるとしているが,この段丘面はLg−1面(伏島・平川,1996)に当たり最終氷期前半に離水したと推定される.また,地下資源調査所が実施した3−3層の放射性炭素年代は29,350±180yBPである.
花粉化石は第3層及び第5層から得られているが,第3層は全般的に化石の産出が無い,あるいは乏しい試料が多く,堆積当時植生が無かったか,花粉が化石として保存されない酸化環境のもとで堆積したと推定される.しかし,第3層から採取したS47−3,S47−4,S47−8からはわずかではあるものの花粉化石の産出が得られており,植生がなかったとは考えにくい.酸化環境で堆積したとすると,水付きでない環境,あるいは浅い水域で堆積した可能性が高い.これらのことから,第3層の堆積時期は,段丘面の離水期,もしくは離水期に近い時期である可能性が示される.
わずかに3−1層および3−4層より採取したS47−3,S47−4,S47−8は,冷温帯広葉樹を全く含まず,草本類も極めてわずかであることから,これらは冷涼期〜寒冷期の堆積物であると考えられる.S47−8にグイマツが含まれ,第3層は北海道のグイマツが絶滅した完新世の8,000年前(五十嵐,1996)以前の堆積物であると考えられる.
雨竜地区調査地点近くの沖積面より採取した試料RYU−03(腐植土)からは,1,010±60yr.B.P.の14C年代が得られている.トレンチ位置の段丘面は地形面区分から,沖積面以前に形成されており,花粉分析結果及び地形面区分から,第3層の形成時期は最終氷期の可能性が高い.
第5層(腐植土層)より採取したS47−1から産出した化石花粉群は,現在の調査地点周辺の植生を反映しており,第5層は現在の堆積物であると考えられる.したがって,腐植土層は,段丘面の形成後に表層を覆ったと推定される.
(2)トレンチ部の段丘堆積物の構成
トレンチで確認された地層は下位から第1層(礫支持礫層),第2層(基質支持礫層),第3層(砂質シルト),第4層(灰色シルト)および第5層(腐植土)である.第1層〜第3層間の関係は,後述のソリフラクションにより乱された部分があるものの,整合関係である.したがって,トレンチ部で段丘堆積物を構成する地層は第1層〜第3層であり,この段丘堆積物を覆うLg−1面より新規の堆積物は,表層を覆う腐植土層と第4層以外は確認されなかった.段丘を構成する地層は局的にみると,下位から礫支持礫層→基質支持礫層(一部砂層を含む)→砂質シルトと上位に向かうにしたがって細粒化しており,この段丘の形成過程で下位から上位に向かって徐々に離水していったことをうかがわせる.
(3)第1層の撓みについて
トレンチ部を構成する地層の内第1層の上面境界面の分布は,トレンチ起点部より20m東側から撓み下がり,終点部付近で盆状の構造をなす.この撓み下がりおよび盆状の構造の部分では,より上位の地層が削り込む堆積構造が認められない.また,段丘堆積層の上部層(第3層)が離水期の堆積物と考えられる細粒層から構成されているため,第1層をこの部分で削り込んで堆積したものとは考えにくい.
したがって,この撓み込みの構造はテクトニックな運動により形成された可能性がある.このことは,現地形面の形状が第1層上面境界線の下方への撓み込む部分で,より緩やかな撓み込みを呈していることと調和的である.
(4)第2層および第3層の厚層化区間の変形構造と変形機構
第2層および第3層両層の層厚は,上記の第1層が撓み下がる部分より東側(起点側より20m以東)で厚くなる.すなわち,起点側(西側)ではこれら両層の層厚は90〜150cmであるが,これ以東では徐々に層厚が増加し,トレンチ終点部付近(東側)では220〜300cm以上と起点側の層厚の倍以上に両層が厚層化している.この厚層化が始まる地点付近では,第2層および第3層が第1層に対してアバットおよびオーバーラップするような堆積構造は認められない.
この厚層化する部分では,第2層および第3層には,褶曲と層内の小規模なスラストで特徴付けられる構造が発達する.また,本区間では第1層の上面境界は波状の形態を示し,礫層中の礫が第3層内にとり込まれている部分もある.第2層および第3層内では東に向かうにしたがって,半波長100〜200cmのやや開いた小褶曲から半波長50cm以下の閉じた小褶曲へと,褶曲の度合いの異なる背斜が西傾斜の小逆断層に切られながらみられる.これらの小褶曲の軸面は法面上方に向かうにしたがって東側へ屈曲している.
従って,この区間では,第2層および第3層内では,トレンチの西側から東側へ向かうほど変形の程度が大きくなる.また,第1層上面境界が撓み下がる地点(起点側より20m東側)を境に変形様式がその両側で不調和である.これは,第1層上面境界が撓み下がる地点より西側の地層が東側へ移動しつつ,第1層上面境界が盆状を呈する地点(起点側東側より30〜50m間)で西側の地層が押しつけられ,内部で褶曲を形成しながら側方短縮し,肥大化したものである.
次に,この区間での第1層上面の波状構造は第2層および第3層内の変形構造とは非調和な部分が多い.また,第1層の下部では礫は明瞭な堆積性のインブリケーションを示しているが,上部(20〜50cm)では礫の配列に乱れがあり,第1層の礫層中の礫が第3層内にとり込まれている部分がある.このような礫層付近での構造の乱れは,第2層および第3層の側方への移動で形成されたものではなく,凍結擾乱作用により形成されたものである.
これらのことから,本区間では認められる変形構造は,斜面における匍行性移動と凍結擾乱作用の両者の重複により形成されており,ソリフラクションによる斜面の変形構造と考えられる.
(5)撓みの形成時代
第1層が撓み下がる部分で,第2層および第3層がソリフラクションによってその層厚を肥大化させている.従って,地表面は第1層上面境界が撓み下がる部分で,ソリフラクションによる斜面の変形構造形成前に,既にこれと同様な形態の斜面を形成していたことになる.即ち,ソリフラクションによる斜面変動以前にテクトニックな撓曲が形成されていたことになる.ここで,トレンチ部の段丘面の形成時期は,前述のように最終氷期前半以前とされている.また,花粉分析の結果から,第3層は冷涼期〜寒冷期の堆積物であることが判明している.従って,段丘面および撓曲は,最終氷期には既に形成されていたことになる.
この第1層の撓み下がりは2m程度であることから,段丘面形成直後にこの変動が発生したと仮定すると,この部分の千年あたりの変位量は0.04mとなる.しかしながら,その最終活動時期や変位の累積性は不明である.