(2)分析結果

A.概要

分析採取位置は図3−4−3−1表3−4−3−1および図1−18に示す.分析結果を表3−4−4−1に示す.表中には,塩分濃度に対する適応性により海水生,海水〜汽水生,汽水生,淡水生に生態分類し,さらにその中の淡水生種は,塩分,pH,水の流動性の3適応性についても生態分類して表中に示した.なお,珪藻の生態性(塩分・ph・流水)と生育環境の詳細については表3−4−3−2を参照されたい.

堆積環境の変遷を考察するために珪藻化石が100個体以上検出された試料について珪藻化石群集変遷図を作成した(図3−4−4−1図3−4−4−2).出現率は化石総数を基数とした百分率で表し,2%以上の出現率を示す分類群についてのみ表示した(図中の●印は,総数が100個体以上産出した試料うち1%以下の種を,○印は総数100個体未満の場合の産出を示す).図中には,海水生・汽水生・淡水生種の相対頻度と淡水生種を基数とした塩分・ph・流水の相対頻度について図示した.

また,結果表に記載した試料中の化石全体の保存状態(Preservation)と産出頻度(Abundance)は,以下に示すような基準に基づいた.

保存状態(Preservation)の目安としては,G(Good):良好:殻は溶解(破損)を受けていない.M(Moderate):普通:一部に溶解(破損)した個体が認められる.P(Poor):不良:殆どの殻が溶解(破損)の形跡が認められる.VP(Very poor):極不良:すべての殻が,溶解の痕しており,種の同定が容易でない.VVP(Very Very poor):極極不良:すべての殻が,殆ど溶解しているため種の同定が困難.

産出頻度(Abundance)の目安は,A(Abundant):1mm2中に50個体以上.C(Common):1mm2中に10個体以上.F(Few):2mm2中に10個体以上.R(Rare):2mm2中に1個体以下.VR(Very Rare):4mm2中に1個体程度.VVR(Very〃Rare):4mm2中に1個体以下である.分析結果について,地点毎に記す.

B.No.1地点

分析を行った2試料は,堆積物中の絶対量は少ないものの100個体以上珪藻化石が検出された.

検出された珪藻化石は,淡水生種を主体に海水生種,海水〜汽水生種,汽水生種を伴った種群で構成される.2試料の群集は近似しており,大きな差は認められない.

海水生種,海水〜汽水生種,および汽水生種の海域の種群と淡水生種の比率は,淡水生種が65〜83%と優勢である.

海水生種あるいは汽水生種の殻は,半壊しているだけでなく溶解の痕跡も認められるなど保存状態が不良であるが,淡水生種は半壊した殻は認められるものの,溶解の痕跡は認められず,状態は良好である.

海水生種はいずれの種も内湾や沿岸に生育する種である.一方,淡水生種はMelosira praeislandica,Melosira praeislandica var.curvata,Melosira praeislandica var.negoroi,Melosira praeislandica var.tenuissiMaおよびStephanodiscus niagarae,等の種類で構成される.これらの淡水生種は,湖沼または池沼に生育する浮遊性種であるが,本邦ではいずれも現存しない種類で中期更新世までに絶滅したと考えられている種類である.おそらくこれらの淡水生種は,おそらく古琵琶湖層群の伊賀累層等からの二次化石と考えられ,実際の堆積時の環境はそれら以外の種群が示すと考えられる.淡水生の二次化石以外の種群は,内湾あるいは沿岸を示すことから,本分析の2層準は内湾〜沿岸の環境下で堆積したものと考えられる.

C.No.2地点

本地点でも2試料の分析が行われたが,珪藻化石はいずれの試料にも少なく1プレパラートから100個体に満たない.

深度38.5mの試料は淡水生種のみ16個体が検出されたのみであり,それらは前述の古琵琶湖層群からの二次化石群集である.

深度39.5mについては,1個体の汽水生種以外はすべて淡水生種であった.

淡水生種の組成は,深度38.5mと同様な二次化石が多産するが,堆積時に生育していたと思われる種群も含まれていた.

堆積時に生育したと思われる群集は,流水に対して不定性の種が多いものの,流水性種や止水性種も認められ,生育環境は大きくばらついているもので,混合群集の様相を呈している.少ないこともあって環境の詳細について言及することは差し控えたいが,おおむね沖積地等での氾濫堆積の可能性が考えられる.

D.No.3地点

本地点では,7層準の分析が行われた.殆どの層準が低率にしか珪藻化石が認められず,100個体以上が検出された層準は深度53.5mのみである.

検出された種群は,主体をなすのはNo.1地点およびNo.2地点において多産した古琵琶湖層群の二次化石群集と思われる淡水の湖沼性種群であるが,その他の種は層準により異なる.特に,深度52.45m,54.5mおよび97.5mは二次化石群集のみである.

深度53.5mは,二次化石群集を除く種群は,すべて淡水生種であり,混合群集の様相を呈するものの陸生珪藻が目立つ傾向にある.そのため,堆積時は低地の水の影響が少ない場所であった可能性が考えられる.堆積は主に河川の氾濫による堆積などの一過性の堆積によるものであり,基本的には乾いた環境下にあったものと推定される.

深度84.5mおよび85.5mは,二次化石群集以外は,海水生種,海水〜汽水生種および汽水生種等の海域の種群で構成される.

以上の2層準で認められた海域の種群は,いずれも沿岸海域や内湾に生育する種群である.したがってこの2層準については,沿岸部での堆積の可能性が示唆される.

深度96.5mは,二次化石と思われる種群以外は,合わせても十数個体と極めて低率にしか認められない.海水生種が2個体と淡水生種が11個体である.これらから堆積時の環境を推定するのは難しいだけでなく,無理に行うのは危険であるが,淡水生種の組成を見る限りでは沿岸部の低地あるいはデルタ地帯に流出した堆積物等の可能性が考えられる.

以上が結果の概要であるが,今回の分析試料については,他の分析資料と合わせて総合的に解釈する必要がある.

文献

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表3−4−3−1 微化石分析試料表

表3−4−3−2 花粉分析結果

図3−4−3−1 花粉・珪藻分析採取位置

図3−4−3−2 No.T.No.2花粉分析組成

図3−4−3−3 No.3花粉分析組成

図3−4−3−4 花粉帯と対比

表3−4−4−1 珪藻分析結果

表3−4−4−2 珪藻化石の生態性

図3−4−4−1 No.1珪藻群集の層序分布

図3−4−4−2 No.3珪藻群集の層序分布