T,U,W,X帯における花粉化石群集は,現在の植物分布からみると,何れの試料においても主に寒冷な地域(亜寒帯:亜高山帯)に分布するトウヒ属,モミ属,マツ属単維管束亜属などが少なくて主に温暖な地域(温帯〜暖温帯)に分布するアカガシ亜属,スギ属,コウヤマキ属,ブナ属などが優占する.そして,さらに暖かな地域(暖温帯〜亜熱帯)に分布するサルスベリ属やフウ属も産出する.このようなことからT,U,W,X帯のシルトから粘土層の堆積した時期は,寒冷な時期ではなくて温暖な気候であったと推定される.以下に各帯について述べる.
(a)T帯
下部(a亜帯)ではブナ属が優占し,アカガシ亜属,コナラ亜属,ニレ属−ケヤキ属,サルスベリ属などからなる暖温帯性の広葉樹林であり,上部(b亜帯)ではコウヤマキ属やスギ属などの温帯針葉樹が分布を広げたと推定される.スギ属の分布拡大は降水量の増加によるものと推定される.なお,フサモ属の産出により湖沼などの水域の環境が推定される.
(b)U帯
スギ属が優占する温帯針葉樹林であり,ハンノキ湿地林も分布していたと推定される.
(c)V帯
花粉化石群集をとらえられなかったの古環境について判断し難い.
(d)W帯
下部(a亜帯)ではアカガシ亜属からなる暖温帯常緑広葉樹林が分布しいた.中部(b亜帯)では暖温帯常緑広葉樹林がやや衰退してコウヤマキ属,スギ属,フウ属などが分布を広げたと推定される.上部(c亜帯)ではブナ属が優占しニレ属−ケヤキ属,サルスベリ属などからなる落葉広葉樹林が分布を広げたと推定される.中・上部ともにフウ属とサルスベリ属の分布により暖温帯〜亜熱帯の暖かな気候が推定される.
(e)X帯
下部(a亜帯)ではコナラ亜属が優占し,ニレ属−ケヤキ属,サルスベリ属,ブナ属,コウヤマキ属などからなる暖温帯針・広混交林であった.中部(b亜帯)では花粉化石の保存と産出が悪いので判断に困難なところもあるが,サルスベリ属を産出することから温暖な気候であったと推定される.上部(a亜帯)ではスギ属が優占する温帯針葉樹林であり,ハンノキ湿地林も分布していたと推定される.
なお,ブナ属に関しては,現在のブナ属の分布はブナ(Fagus crenata)を例にすると冷温帯が主になるので,これから推定するとブナ属の多産は冷温帯の涼しい気候を示すことになる.しかし,本調査ではブナ属の多産に伴ってアカガシ亜属やサルスベリ属を産出することから暖温帯〜亜熱帯の暖かな気候を示している.市原編(1993)によれば,大阪層群のMa3〜Ma6層からは現在暖温帯に分布するヒメブナの植物化石が産出するので,この時代に優占するブナ属の花粉の多くはヒメブナのものであろうと述べている.また,Ma8層はアデク植物化石群とよばれる非常に暖かな時期の堆積物としてしられている(市原編,1993).これらのことから本調査におけるブナ属は主に冷温帯に分布するブナ(Fagus crenata)ではなくて日本では絶滅したヒメブナなどの暖温帯に分布するものによる可能性が考えられる.
また,この度の調査では低率ながらフウ属が産出する.層位的には佐川U,サクラ,BT74などの火山灰層を挟むことから更新世中期と考えられる.田井(1966),Tai(1973)によれば,大阪層群におけるフウ属はメタセコイア属とほぼ同時期の更新世前期において絶滅したとされているのでこれと矛盾することになる.しかし,那須(1970)によれば,フウ属はMa4層以降も産出するとし,その保存状態からMa6層のものは “derived fossils”(再堆積化石) と思われるがMa4層のものはderived fossilsかどうかは不明であるとしている.中期更新世以降の大阪層群におけるこのようなフウ属の産出は,Furutani(1989)および関西地盤情報活用協議会(1998)などによる大阪湾地域の温暖期とされる海成層では低率ながらも産出している.このようなことから再堆積か否かを別にして,本調査においてフウ属が産出してもよいと考えられる.とくに,本調査の中でもWb亜帯ではフウ属が多く産出する.その産出は再堆積とするには多い.また,保存の良い化石も含まれているのでWb亜帯の堆積当時にフウ属が分布していた可能性が考えられる.
B.対比
本調査では下位より佐川U,Kb−Ks(サクラ),BT74の火山灰層が検出されている.火山灰層序に関しては吉川(1976),吉川・井内 (1993),吉川ほか(1993),市原編 (1993)などによって明らかにされている.これらの研究によると,Kb−Ks(サクラ火山灰層)はMa7層の直下位置するかMa7層に挟まれ,BT74はMa9層とMa10層の間に位置する.この火山灰層序からKb−Ks(サクラ)直上の粘土層はMa7層,BT74直上の粘土層はMa10層と考えられる.一方,更新世中部以降の大阪層群上部の花粉化石層序は田井(1966),Tai(1973),那須(1970),Furutani(1989),市原編(1993),関西地盤情報活用協議会(1998)などによって明らかにされている.田井(1966),Tai(1973),那須(1970)に関しては深層ボーリングのために試料採取が粗いので本調査との比較が困難さを伴う.例えば,田井(1966),Tai(1973)によれば,サクラ火山灰層を前後するMa6とMa7層からBT74直上のMa10層相当はブナ属の産出によって特徴付けられるFagus zoneの中にある.これと比較すると本調査の中でブナ属が多産する特徴は,Fagus zoneの特徴を示しているが,アカガシ亜属を多産する特徴はこれと一致しない.また,那須(1970)においてもMa3〜Ma6層をFagus zone,Ma7〜Ma10層をPinaceae zoneとしているが各Ma層を花粉帯に分帯するには至っていないので,本調査と一致しない場合がみられる.この不一致は,大阪層群が第四紀において繰り返されてきた寒暖の気候変動を記録した堆積物であり,気候変動のどの時期の堆積物を分析したかによって花粉化石群集が大きく異なることによると考えられる.このようなことから,本調査と田井(1966),Tai(1973),那須 (1970)における大阪層群の花粉層序との対比を控える.
一方,Furutani(1989)と関西地盤情報活用協議会(1998)では,浅いボーリング調査について大阪層群上部を詳細に調査している.これによると海成粘土層からはスギ属,コウヤマキ属,アカガシ亜属,ブナ属,コナラ亜属,サルスベリ属など温暖な地域に分布する花粉化石が多産し,非海成層(陸成層)ではトウヒ属,モミ属,マツ属単維管束亜属などの主に寒冷な地域に分布する花粉化石が多産する.この度のT〜X帯における花粉群集は,いずれも温暖な地域に分布する植物の花粉化石が産出しているので大阪層群における温暖期の堆積物とされる海成粘土層(Ma層)に対応するものと考えられる.なお,V帯の時期は花粉化石群集をとらえられなかったので気候について判断し難いが大阪層群の海成粘土層に対応しているものと考えられる.
花粉層序と火山灰層序をもとに大阪層群中・上部(関西地盤情報活用協議会,1998など)と本調査を比較すると以下のように対比される.
まず,火山灰層序からMa7層と考えられるKb−Ks(サクラ火山灰層)直上の粘土層の花粉帯は,U帯でありスギ属が卓越する.この花粉化石群集は関西地盤情報活用協議会(1998)による南芦屋ボーリングにおけるMa7層上部のP−Za亜帯と一致し,対比される.
上部のMa10層と考えられるBT74火山灰層直上の粘土層の花粉帯はX帯でコナラ亜属の多産から貧化石を挟んでスギ属の卓越へと花粉化石群集が変遷する.この特徴は関西地盤情報活用協議会(1998)による南芦屋ボーリングにおいてMa10層のP−X帯に類似し,ほぼ対比される.とくにスギ属の卓越はP−Xb亜帯と一致する.
次ぎに,Kb−Ks(サクラ火山灰層)とBT74両火山灰層の間の粘土層ついて述べる.この層準ではV帯とW帯の二つの花粉化石群集帯からなる.V帯は花粉化石の産出が少ないので花粉化石群集による比較は困難であるが,W帯についてはアカガシ亜属卓越からブナ属優占へと変遷する特徴がみられる.この特徴は,この花粉化石群集の特徴と変遷は関西地盤情報活用協議会(1998)による南芦屋ボーリングにおけるMa9層のP−Y帯と一致し,対比される.また,大阪湾地域(Furutani,1989)におけるMa9層のP13帯と一致し,対比される.特にMa9層は,大阪湾地域(Furutani,1989)と関西地盤情報活用協議会(1998)において,この上下の粘土層(Ma10層とMa8層)と比較してアカガシ亜属の産出が明らかに多いという特徴が認められているので,本調査におけるWa亜帯におけるアカガシ亜属の卓越はこのMa9層の特徴と一致する.
以上の対比により,本調査における層序は以下のよう考えられる(図3−4−3−4).
@ 最下部のT帯:Ma6層?;ボーリングNo.3の試料番号18〜21(深度180.5〜199.5m)
AU帯:Ma7層;ボーリングNo.3の試料番号16と17(深度151.5〜152.5m)
(Kb−Ks(サクラ)火山灰層直上)
BV帯:不明(Ma8層?かもしれない);ボーリングNo.3の試料番号14と15(深度139.5〜141.5m)
CW帯:Ma9層;ボーリングNo.3の試料番号5〜14(深度83.5〜110.5m)
ボーリングNo.1の試料番号1と2(深度39.5〜40.5m)
DX帯:Ma10層;ボーリングNo.3の試料番号1〜4(深度51.7〜54.5m)
(BT74火山灰層直上).ボーリングNo.2の試料番号1と2(深度38.5〜39.5m).