分析を行ったのは以下の2試料である。
No.1: 34.5〜34.6m
No.2: 11.7〜11.8m
分析結果を表5−4に示す。珪藻分析を行った2試料のうち、34.5〜34.6mの試料からは比較的多くの珪藻化石を認めたが、11.7〜11.8mの試料については極めて少なく6個体を検出したのみである。検出された珪藻化石群集は、淡水生種を主体に若干の汽水生種を伴う種群で構成される。11.7〜11.8mの試料は、淡水生種のみである。
表5−4 珪藻分析結果
淡水生の群集の特徴を、生態性(珪藻の3適応性:水中の塩分・pH・流水に対する適応性)について整理してみた場合、以下のような傾何が認められる。
まず、塩分に対する適応性は、淡水中の塩類濃度の違いにより区分したもので、ある程度の塩分が含まれたほうがよく生育する種類は好塩性種とし、少量の塩分が含まれていても生育できるものを不定性種、塩分が存在する水中では生育できないものを嫌塩性種として区分している。これは、主に水域の化学的な特性を知る手がかりとなるが、単に塩類濃度の高低が分かるだけでなく、塩類濃度が高い水域というのは概して閉鎖水域である場合が多いことから、景観を推定する上でも重要な要素である。本試料では、貧塩−不定性種が大半を占め、10%程度の貧塩−嫌塩性種を伴う。貧塩−好塩性種は皆無である。
次にpHに対する適応性とは、アルカリ性の水域に特徴的に認められる種群を好アルカリ性種、逆に酸性水域に生育する種群を好酸性種、おおむね中性の水域に生育する種を不定性種としている。これも、単に水の酸性・アルカリ性がわかるだけでなく、酸性の場合は湿地であることが多いなど、水域の状況を考察する上で必要な要素である。結果は、好アルカリ性種が優占し、約50%を占めている。その他は、pH不明種が40%前後で好酸性種が、15%程度認められる。
流水に対する適応性は、流れのある水域の基物(岩石・大型の藻類・水生植物など)に付着生育し、特に常時流のあるような水域でなければ生育出来ない種群を好流水性種、逆に流れのない水域に生育する種群を好止水性種として区分している。流水不定は、どちらにでも生育できる可能性もあるが、それらの大半は止水域に多い種群である。なお、好流水性種と流水不定性種の多くは付着性種であるが、好止水性種には水塊中を浮遊生活する浮遊性種も存在する。浮遊性種は、池沼あるいは湖沼の環境を指標する。本試料では、好止水性種が優占し、全体の60%以上を占めている。その他は流水不定性種であり、好流水性種は10%に満たない。
また、淡水生種の中には、水中から出て陸域の乾いた環境下でも生育する種群が存在し、これらを陸生珪藻と呼んで、水中で生育する種群と区分している。陸生珪藻は、陸域の乾いた環境を指標することから、古環境を推定する上で極めて重要な種群である。水生珪藻と陸生珪藻の比率は、本試料では水生珪藻が多くを占めており、陸生珪藻は5%以下と極めて低率にしか認められない。
〇深度34.5〜34.6m試料
検出された種群は、淡水生種のAulacoseira praeislandicaが多産し、低率に淡水生種のAulacoseira praegranulata,Cymbella sinuata,Eunotia pectinalis var .minor,Fragilaria ulna,Stephanodiscus carconeneis,Stephanodiscus carconeneis var.pusilla,Stephanodiscus niagaraeを伴っている。
以上の種群の生態性あるいは育成場所は、Aulacoseira praeislandicaは黒海の上部鮮新統からAulacoseira praegranulata,Stephanodiscus niagaraeを優占種とする群集の中に含まれることから、Aulacoseira praegranulataあるいはStephanodiscus niagaraeと同様な生育環境が推察される。すなわち、富栄養化した水域であり、水温も高い傾向にあったものと推定される。本邦では、古琵琶湖層群から見いだされている(Tanaka et al.,1984;田中・松岡、1985)。Aulacoseira praegranulataは、温暖期の湖沼性群集の一つとされる(Jouse&Mukhina,1978)ほかは、詳細が明らかにされていない。ただ、現在の池沼あるいは湖沼に認められるAulacoseira granulataの祖先型であることから、Aulacoseira granulataと同様かあるいはそれに近似した生態性を有すると推察される。Aulacoseira granulataの生態性については、浮遊性で富栄養のある水域の岸近くに認められることが多いとされるほか(Stoermer&Yang,1968)、湖沼性の真性プランクトンで、汚濁に対しては腐食水〜中腐性の水域によく出現する種とされる(加藤ほか、1978)。Stephanodiscus carconeneis,Stephanodiscus carconeneis var.pusillaおよびStephanodiscus minutulus,は,淡水の浮遊性種群であり、これらが生育するためにはある程度の水深が必要である。これまで我国で報告された例をみても、琵琶湖(Mori、1974根来、1960)等の規模の火きい湖である。Stephanodiscus niagaraeは,Stephanodiscus carconeneis等と同様に淡水の浮遊性種であるが、本邦では鮮新世に出現して中期更新世頃に絶滅したものと考えらる(外国ではー部の地域で現生する)。滋賀県の上野‐近江盆地の古琵琶湖層群(鮮新世)や愛知県〜三重県の東海層群(鮮新世)、長野県の小諸層群の上部大杭累層(鮮新世)等から見いだされている。本種も大規模な湖沼に生育したと考えられる。
以上のように、本分析試料から検出された珪藻化石群集は、Aulacoseira praeislandicaを主体にStephanodiscus属を伴った湖沼性の群集により構成され、特に、更新世中期に絶滅したStephanodiscus niagaraeも認められたことから、古琵琶湖層群の化石群集に比較される。
堆積時の環境は、かなり規模の大きい湖沼とみて間違いないが、他の湿地性の種群あるいは流水性の種群等をそれぞれ低率であるものの、多くの種を伴っていることから考えて、湖沼でも周辺の陸域からの流れ込みの影響を受けやすい縁辺部であった可能性が高い。
〇深度11.7〜11.8m試料
Aulacoseira praeislandica のものと思われる殻の一部(copula)を認めたにすぎない。これは、堆積後の続成作用を受けた際に珪藻殻の強い部分が選択的に残った結果であり、堆積時に存在した珪藻穀の多くは、溶解消失したと考えられる。よって、堆積時の環境についての詳細を推定するのは困難である。
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