4−7−3 調査結果のまとめ

@No.1〜No.2〜No.3ボーリング間では表土,扇状地性(土石流)堆積物,湖沼性堆積物,大阪層群の地層境界は,現地表面の勾配(約2゚)とほぼ平行な直線状に連続する。

A湖沼性堆積物は,炭素年代測定及び花粉分析結果から約1,500?年〜約4,000年前の地層と推定される。

BNo.4ボーリングの深度13.4m試料は,アカガシ亜属を含んでいることから,炭素年代測定値よりも若い沖積層(7,000〜8,000年前以降)に対比されると考えられる。

C大阪層群には,地層の傾斜構造が見られ,No.2〜No.1〜No.4ボーリングでは,西側のNo.2ボーリングほど高角度(60〜85°)で傾斜し,No.1ボーリングでは約50°,No.4ボーリングでは約20°の傾斜を示す。

D No.1ボーリングとNo.4ボーリングの間で表土の基底面に約1.3〜1.5mの段差があり,大阪層群上面にも約1.5mの段差が認められる。No.4の深度13m付近の沖積砂層(7,000〜8,000年以降)は12°の傾きを示しており,断層運動の影響を受けている可能性がある。

以上から,No.1ボーリングとNo.4ボーリングの間に見られる沖積層と大阪層群の地層境界のずれは,大阪層群の撓曲帯東側端部付近に形成された断層または撓曲によるものとみることができる。

No.1ボーリングの深度10m付近の腐植土層を切っているとすると,約1,500年〜4,000年前以降に断層活動があったことになる。

地表面を覆う表層上部層は簡易貫入試験結果から,断層変位を受けていないと思われるが,表土の基底の落差は表土堆積前の断層変位,人工改変,浸食のいずれの可能性も持っている。

上記のように,ボ−リングNo.1とNo.4の2孔間に見られる地質構造の変換部については,是非ともトレンチ調査によって確認しておくことが必要である。

また,大阪層群の地層の傾斜構造が西よりのボ−リングNo.2〜No.3側で高角度になっていることから,No.3孔より西側においてもボ−リング調査等によって大阪層群,その下位の丹波中・古生層の構造を把握するための深層ボ−リング調査を2箇所以上で行うことが望まれる。

◎ 本章で参考にした文献

古谷正和(1978)大阪平野西部の上部更新統.地質学雑誌,84−7,341−358.

古谷正和(1979)大阪周辺地域におけるウルム氷期以降の森林植生変遷.第四紀研究,18−3,p121−141.

Furutani,M.(1989)Stratigraphical Subdivision and Pollen Zonation of theMiddle and Upper Pleistocene in the Coastal Area of Osaka Bay,Japan.

Journal o fGeosciences, Osaka City University, 32,4,p.91−121.

市原実編(1993)「大阪層群」.創元社,340p.

深泥池団体研究グル−プ(1976)深泥池の研究(1):(2).地球科学,30−1,p.15−38.:30−2,p.122−140.

那須孝悌(1970)大阪層群上部の花粉化石について−堺港のボ−リングコア−を試料として−.地球科学,24−1, p.25−34.

田井昭子(1966)大阪市におけるボ−リング(OD−l)コアの花粉分析(そのl:その2−近畿地方の新期新生代層の研究 V−.地球科学,83,p.25−33:84,p.31−38.

田井昭子(1970).千里山丘陵の大阪層群下部の花粉分析−近畿地方の新斯新生代層の研究その16−.地球科学,24−4,p.171−181.

Tai,A.(1973)A study on the Pollen Stratigraphy of the Osaka Group,Pliocene−Pleistocene Deposits in the Osaka Basin.Memoirs of the Faculty of Science,  Kyoto University,Series of Geol.& Mineral.,39,2, p.123−165.