モミ属−スギ属群集は,モミ属とスギ属の多産によって特徴づけられるNo.1ボーリングの深度10.1m,10.5m試料とNo.2ボーリングの深度9.7m試料である。アカガシ亜属群集は,アカガシ亜属が卓越して産出することで特徴づけられるNo.1ボーリングの深度11.1m試料とNo.2ボーリングの深度10.6m試料である。マツ属複維管束亜属−ブナ属−アカガシ亜属群集はマツ属複維管束亜属が多産し,ブナ属とアカガシ亜属を伴う花粉化石群集であり,No.4ボーリングの深度13.4m試料がこれにあたる。スギ属群集はスギ属が卓越して産出することによって特徴づけられるNo.4ボーリングの深度14.7m試料がこれにあたる。なお,No.4ボーリングの花粉化石群集はNo.1およびNo.2ボーリングにはみられない花粉化石群集である。
京都盆地深泥池の研究(深泥池団体研究グル−プ,1976)によると,晩氷期以降の花粉化石群集は,10,000前以前のconifer−Betula(針葉樹−カバノキ属)時代,10,000〜7,700年前のLepidobalanus(コナラ亜属)時代,7,700〜5,000年前のLepidobalanus−Celtis―Aphananthe(コナラ亜属−エノキ属−ムクノキ属)時代,5,000〜2,000年前のCyclobalanopsis(アカガシ亜属)時代,2,000〜1,500?年前のCyclobalanopsis−Pinus−Cryptomeria(アカガシ亜属−マツ属−スギ属)時代,1,500?〜700?年前のPinus−Cryptomeria(マツ属−スギ属)時代,700?年前以降のCryptomeria(スギ属)時代のように変遷する。これと比較するとNo.1ボーリングの深度11.1m試料とNo.2ボーリングの深度10.6m試料のアカガシ亜属群集は,5,000〜2,000年前のCyclobalanopsis時代に対比される。その上位のNo.1ボーリング深度10.1m,10.5m試料とNo.2ボーリング深度9.7m試料のモミ属−スギ属群集は,2,000〜1,500?年前のCyclobalanopsis−Pinus−Cryptomeria時代に対比されるものと考えられる。Cyclobalanopsis−Pinus−Cryptomeria時代には,その上下の時代と比較してモミ属とブナ属が多く産出する傾向が認められるが,今回の調査ではこの傾向(モミ属の多産)が顕著に見られたのではないかと思われる。なお,試料中にマツ属の産出が少ないことから,マツ属が増加する前と考えられ,Cyclobalanopsis−Pinus−Cryptomeria時代の初頭と推定される。
炭素年代測定により,No.1ボーリングの深度10.1mで4,120年前,深度11.1m試料で3,800年前の値が得られており,これと比較してもほぼ調和する。
No.4ボーリングにみられるマツ属複維管束亜属−ブナ属−アカガシ亜属群集は深泥池における2,000〜1,500?年前のCyclobalanopsis−Pinus−Cryptomeria時代の花粉化石群集に,スギ属群集は700?年前以降のCryptomeria(スギ属)時代の花粉化石群集に類似する。しかし,炭素年代測定によると,マツ属複維管束亜属−ブナ属−アカガシ亜属群集層準の深度13.45mの試料より10,530年前,スギ属群集層準の深度15.2mの試料より>48,370年前の値が得られている。
炭素年代測定結果に基づけば,下位のスギ属群集は更新世後斯以前に堆積したものとされ,花粉化石群集中にサルスベリ属が産出するなどの点から,大阪地域の段丘堆積物である上町層(Ma12層)の花粉化石群集(古谷,1978;Furutani,1989)に対比される可能性が考えられる。しかし,古谷(1978)・Furutani(1989)によれば,アカガシ亜属,スギ属,サルスベリ属などの産出は,Ma12,Ma11,Ma10,Ma9層などの海成層からも報告があり,本試料1点のみのデ−タでは何れに対比されるかは判断しがたい。また,本試料からは大阪層群下部のアズキ火山灰層の下位から産出するとされているメタセコイア属(田井,1966;1970,Tai,1973,市原,1993)の近似種が1個体産出した。産出した個体が再堆積化石である可能性もあるが,大阪層群下部に相当する可能性も残る。このように,本試料のスギ群集は大阪地域のMa12層以深に相当すると考えられるが,更なる層準の限定については判断しがたい。
上位に位置するマツ属複維管束亜属−ブナ属−アカガシ亜属群集層準の試料(深度13.45m試料)の炭素年代は10,530年前と晩氷期に当たる。この時期の花粉組成としては,深泥池よりconifer−Betulaからなる化石群集が報告され,coniferの中のマツ属ではマツ属単維管束亜属が多いとされている。これと比較すると,マツ属複維管束亜属が優占してアカガシ亜属を伴う本試料の花粉化石群集は大きく異なる。本試料の花粉化石群集は先に述べた深泥池2,000〜1,500?年前のCyclobalanopsis−Pinus−Cryptomeria時代の花粉化石群集に類似するが,炭素年代の測定結果と花粉化石群集から推定される年代には矛盾が生じることになる。一方,本試料の花粉化石群集は,古谷(1978)・Furutani(1989)における大阪層群のMa12,Ma11,Ma10,Ma9層などの海成層に見られる花粉化石群集の一部分とも類似するが,この比較においても炭素年代の測定結果と矛盾が生じることになる。この様に,本試料の堆積年代は判断しがたく,他のデ−タと総合して解析する必要があると考える。