3−2−2 花粉分析

図6−1図6−2および写真6に示した第2露頭に分布する腐植質粘土において,約50cm間隔で6試料(KTG−P1〜6)を採取して花粉分析を実施した。

樹木花粉49型,非樹木花粉16型,シダ胞子3型,合計68型が同定された。いずれかの試料で1%以上の産出が見られた花粉胞子型を主要花粉型として図7に層位的な変動を示す。

全般にスギ科Taxodiaceae花粉が多く,スギ属Cryptomeria,アケボノスギ属型Metasequoia type,コウヨウザン属/タイワンスギ属Cunninghamia/Taiwaniaが10%前後見られ,スギ科全体では木本花粉の50%を超える。その他の木本花粉ではコナラ属コナラ亜属Quercus subgen. Lepidobalanusが20%前後産出し多い。マツ科Pinaceae針葉樹のモミ属,ツガ属,トウヒ属はほとんど1%以下の産出で,マツ属Pinusは単維管束亜属subgen. Haploxylonが3〜5%産出する。草本花粉も全般に少ない。

KTG−P1,P2ではイヌガヤ科/イチイ科/ヒノキ科 Cephalotaxaceae/Taxaceae/Cupressaceae,クワ科/イラクサ科 Moraceae/Urticaceae モクセイ科Oleaceaeが目立つ。そのほか少量だが水生植物のハス属 Nelumbo が産出する。

KTG−P3,P4ではクマシデ属/アサダ属 Carpinus/Ostrya が10%近く産出し,モチノキ属 Ilexが産出する。

KTG−P5,P6ではフウ属 Liquidambar が3%を超える産出を示し,ブナ属 Fagus,ニレ属/ケヤキ属 Ulmus/Zelkovaは6%前後,コナラ属アカガシ亜属Quercus subgen. Cyclobalanopsisは3%前後とKTG−P1〜4と比較してやや多い。トガサワラ属/カラマツ属 Pesudotsuga/Larix ,ツゲ属Buxus,サルスベリ属Lagerstroemia,グミ属Elaeagnus,もわずかながら産出する。

草本花粉のカヤツリグサ科Cyperaceae,シダ胞子はKTG−P1〜P3でやや多い。

図7 産出した主要花粉胞子型の層位的変動

樹木花粉は樹木花粉総数を,その他の花粉,胞子は花粉胞子総数を基数とした百分率を示す。

上述のように,いずれの試料もスギ科が多く,その中にはアケボノスギ属型,スギ属,ランダイスギ属/タイワンスギ属Cunninghamia/Taiwaniaが含まれる。アケボノスギ属,ランダイスギ属は前期更新世で,タイワンスギ属は後期鮮新世でほぼ消滅し,スギは後期鮮新世から現在まで生育している。一方,鮮新世を特徴づけるヌマミズキ属 Nyssa,イチョウ属 Ginkgo,イヌカラマツ属 Psuedolarix,シマモミ属 Keteleeriaなどの産出は見られない。したがって,古谷・田井(1990)による花粉分帯ではメタセコイア帯のD帯に相当すると考えられる。このことは,ピンク火山灰の下位に位置することときわめて整合的である。

しかし,今回得られた化石花粉群をピンク火山灰の下位Ma1付近に相当する京都市深草(田井,1963; Tai, 1973),大阪市におけるボーリングOD−1(田井,1966a,b),千里山(田井,1970)のものと比較すると,いずれにおいてもメタセコイア属Metasequoiaとスギ属を含むと思われるスギ科が多産するという点は類似するものの,ランダイスギ属/タイワンスギ属の記録はなく,コナラ亜属Lepidobalanusの産出率も低いのに対して,マツ科針葉樹とブナ属が多い点が異なる。京都市深草(田井,1963; Tai, 1973)のピンク火山灰の下位では,スギ科のほかにマツ科針葉樹のマツ属単維管束亜属Pinus subgen Hapoloxylon,トウヒ属Picea,モミ属Abies,ツガ属Tsuga,トガサワラ属Pseudotsugaが多く,コナラ属Quercusとともにブナ属Fagusの産出が多い。大阪市におけるボーリングOD−1(田井,1966a,b)のMa1では,マツ属,トウヒ属,ツガ属といったマツ科針葉樹が多く,スギ科も多産する。コナラ属はブナ属よりも多いが5%以下である。千里山(田井,1970)のピンク火山灰の下位,Ma1ではスギ科とヒノキ科/イチイ科Cupressaceae/Taxaceaeが多く,Ma1の上部でマツ科のマツ属,ツガ属,トウヒ属が多く,下部で落葉広葉樹のブナ属,コナラ属,ニレ属/ケヤキ属,フウ属が多い。マツ科針葉樹は一般に長距離を運搬されるため,海成層ではその比率が高くなる傾向があるなどの要因も考えられるがそれだけでは説明できず,海進期における時期の違い,堆積相の違い,地理的条件,処理方法の違いなど複数の要因が影響していると思われる。

P1からP6への化石花粉群の層位的変動は環境の変化に対応していると考えられる。コナラ属アカガシ亜属とフウ属の増加は温暖化に対応している可能性が考えられる。温暖な気候を示すツゲ属,サルスベリ属,グミ属がわずかに産出することもこれを支持する。また,草本類のカヤツリグサ科の減少や下位でのハス属の産出は水域の環境の変化を示している。クマシデ属/アサダ属が減少し,ニレ属/ケヤキ属,ブナ属が増加したことも気候変動だけでなく水域の環境変化と関連している可能性がある。前述した千里山(田井,1970)のMa1下部の落葉広葉樹が多い時期が今回の分析結果の上部KTG−P5,6頃に対応する可能性も考えられる。この場合,最も温暖な時期は今回の上部,千里山のMa1の下部と考えられ,そのため今回の分析結果では寒冷な気候を示すマツ科針葉樹の産出が少なかったとも考えられる。

調査地に近い高槻北方丘陵の大型植物化石の研究(Nirei,1968; 西山団体研究グループ・桂高校地学クラブ,1970)では,Ma1直下からピンク火山灰付近の層準までの間でランダイスギ,スギ,メタセコイアといった各種のスギ科,サワラChamaecyparis pisifera,ヒノキChamaecyparis obtusa,カヤTorreya nuciferaなどのイヌガヤ科/イチイ科/ヒノキ科,トガサワラ,イヌシデCarpinus japonica,エゴノキStyrax japonica,コナンキンハゼSapium sebiferum var. pleistoceaca,マンシュウグルミJuglans mandshurica,コナラ属の一種Quercus sp,ハンノキ属の一種Alnus sp.,グミ属の一種Elaeagnus sp.など今回の花粉分析で産出しているものと同じ分類群のものが記録されている。また,ハス属もMa1の下位から三木によって記録されている。シキシマサワグルミCyclocarya paliurusは高槻北方丘陵からは産出していないが,同時代の堆積物からの記録がある(百原,1993)。このように,大型植物化石と今回の花粉分析結果はよく一致し矛盾はない。