a) 第四紀中期以降の平均的変位速度
反射法地震探査河原林測線では,F1断層の上下盤を挟んで分布するB反射面に65mの東側隆起の変位が認められる(図4−1−5)。B反射面は,ボーリング調査とコアの試料分析(花粉分析,火山灰分析)および近接する大阪層群の層序対比から,約42〜45万年前に形成された泥質な地層と判断される。この地層を基準とすると,変位速度を0.14〜0.15m/千年と見積もることができる(表4−4−1)。他の測線では各反射面の年代値を決める資料を得ていない。河原林測線での反射面の強度や間隔などの特徴から馬路測線の反射面の対比や年代値の推定を行なった。B反射面を基準とすると,平均変位速度は0.11〜0.12m/千年である。両測線での変位速度はおおむね一致する。
馬路・河原林測線の反射断面で,F2断層の変位は軽微であり,反射法地震探査の分解の制約上,有意の変位量を見積もることができない(図4−1−5)。言い換えると亀岡断層(F1+F2断層)の長期的な平均変位速度はF1断層の変位量で表現できる。
b) 最近の活動とその平均変位速度
反射断面やボーリング断面で,F1断層を挟んで最近の同じ年代の地層が同定されていないので,最近の活動や平均的な変位速度の推定はできない。
F2断層については,千歳町国分寺跡付近でL1面上の撓曲崖の比高2〜3m(KS8,KS9),千歳町毘沙門でのL1面上の低断層崖の比高3.5〜4m(KS10,11)および保津町北方付近でのL1面の比高1.5〜2.5mの低断層崖(KS12〜KS15)が測量で確かめられている。保津町北方では,ボーリング掘削とピット掘削を実施した8箇所で,L1面から約4〜5mの深さの堆積層中からAT火山灰を確認した。測量から求めた地形面上の低断層崖(変位)は約2mであるのに対し,AT火山灰の変位量は約1.5mであった。ただし,地形面の変位量約2mは複数の十分に長い測線で広範囲な変形量を求めた値であるのに対し,AT火山灰の変位量約1.5mは調査精度がやや劣るため,変位量2m/L1面から最近活動による平均変位速度を算出する。文献等を参考にすれば,L1面の形成時期(離水時期)は2万年前と推定される。L1面上での比高と面形成時期から平均変位速度を求めると,0.1m/千年となる。
F1断層の最近の変位速度は求め難いが,前節で長期的な平均変位速度を求めている。この値が最近も継続すると仮定するならば,F1断層とF2断層を合わせた最近の亀岡断層の平均変位速度の上限は0.14〜0.15m/千年+0.1m/千年≒0.25m/千年で示され,B級下位の活動性である。
c) F1断層の開始時期とF2断層
反射法地震探査断面の河原林測線のF1断層を挟んで,地層の層厚に着目すると,C〜B反射面間の地層は下盤側で顕著に厚くなる。一方,その下位のC反射面以深での地層の層厚は断層を挟んで顕著な変化は認められない。従って,F1断層の開始時期は,C反射面(大阪層群Ma6に対比できるなら,約60万年前)形成後である。馬路測線ではその傾向はそれほど明瞭ではない。
さらに,F2断層はF1断層に付随するもので,F1断層に比べ変位量が著しく小さいが,その変位速度はF1断層と同程度であることから,F1形成後の更新世後期に活動的になった可能性が高い。