海域における断層の有無やその位置を調査するとともに、陸上における断層の海域側への延長をチェックすることである。
2) 探査仕様
音波探査機((株) KAIJO 製、SP−3 W 型地層探査機)を用い海底を調査した。探査機の全重量は 450 kg で、最大のユニットは 100 kg を越えるため 4 人以上の人員か小型クレーンが必要である。小型船舶へは、磁歪効果を利用した送波器と受波器(ハイドロフォン)を、船殻を遮音体として両舷へ取り付ける。遮蔽効果を上げるためには喫水が深い木造船の方が望ましい(今回用いた調査船は約 1.5 t の木造船である)。記録は、30 cm 幅の放電記録紙を用い 0.5 秒間隔の送信パルスと同期したタングステンの針により描かれる。音波の伝播速度は 1,500 m/秒と固定されており、アナログ記録される。気象大学校 宝来帰一氏の測定による別府湾の海底下 20 m までの資料では、P 波の伝播速度は 1.48〜1.53 km/秒 の範囲にあり、記録紙上の 1 cm を実際の深度 2 mに換算して差し支えない。水平方向の距離は船舶の航行速度によるが、今回の探査速度は時速約 5 kt であるので 2 cm が約 250 mにあたる。断層による反射面のずれからとらえられる分解能は約 10〜20 cm で、これより小さな変位の読みとりは不可能である。この装置では実際上 100 m 以浅の浅海域の活断層の調査が可能であり、堆積物が未固結の砂粒以下の粒子から構成されていれば、その堆積構造を最大深度 50 m まで観察可能である(例:測点 054、測点 064)。さらに比較的高い周波数(通常 4〜8 kHz)を使用するため解像度が良く、断層活動を調査する上で十分な精度であると言える。ただし一般に、粗砂以上の粗い堆積物では音波が地層中を透過せず、良質な記録を得るのは困難である(例:測点 065〜066 の U 字型に削られた強い反射を示す層の上部を埋め戻している箇所)。また、堆積物中にメタンガスなどのガス層がある場合は、音波が散乱して記録が不明瞭となる(例:測点 061、測点 062)。さらに波浪が大きいと調査船が上下し海底面が波打つ記録となる(例:測点 101、測点 102)。以上のような悪条件を除くことができれば、解像度の高い記録が得られる。
航路の決定および断層の正確な位置を知るために 5 つ以上の人工衛星を用いて位置を決定する GPS(Global Positioning System)を 2 台使用し、5 分間隔で、船舶の緯度・経度を縮尺 1/25,000 の地図に随時プロットした。
周辺地域の研究報告等から断層が東西方向に分布していると予測されたので、音波探査測線は南北に設定したが、湾内にのりひびが敷設されているため、その間を縫うように走行した(図3−2−8)。調査範囲は熊本市に面する沖合で南北方向に約 20 km、東西方向に約 10 km の海域である。測線延長は約 65 km で測点数 115、測線本数は 5 本である。測線 1 は測点 010〜036、測線 2 は測点 040〜052、測線 3 は測点 053〜055、測線 4 は測点 056〜080、測線 5 は測点 098〜115 にあたる。
探査は高知大学理学部地質学教室 岡村 真研究室が、平成 8 年10月24日から26日にかけて実施した。
3) 解 析
堆積物のサンプリングを行っていないため、どの反射面がどのような堆積物を表しているのか解らない。しかし、不規則な浸食面を持ち比較的強い反射を示す層が洪積層であると推測される。この面が洪積層であると推測される例として、測点 065〜066 に深さ約 6 m、幅約 500 m のチャネルの跡とみられる削られた部分があげられる。その上位の海底面に平行に堆積し、音響的に透明な部分が完新世の堆積物と考えられる。今回、この強い反射面を基準面として表層からの累積変位量を求めるものとする。堆積速度が断層の平均変位速度を大きく上まわるような堆積場では、過去の断層活動(古地震)を示す断層変位構造が堆積物中に欠落することなく保存される。したがって、そのような堆積物によって、過去の地震活動を詳しく復元することができる。
測線 1(測点 010〜036)
全体に音響散乱層が存在するため、反射面の解析は困難である。この音響散乱層はガスが発生してトラップされているのではないかと考えられる。このガストラップは窓状に切れて無くなる箇所があり、その場所では堆積層の様子を見ることができる。
測線 2〜4(測点 040〜052、測点 053〜055、測点 056〜080)
ガストラップされている箇所はほとんどなく反射面を追うことができる。断層は 26 ヶ所で確認でき、測線 1(測点 010〜036)、測線 4(測点 056〜080)の北部ではグラーベンを形成しているものがみられる(断層 2〜断層 3、断層 15〜断層 18)。測線の中間あたりで北傾斜、その南部で南傾斜の断層が見られる。測線 2(測点 040〜052)の終わり(断層 8)、測線 3(断層 9)および測線 4(測点 056〜080)の始めの地点(断層 10)で見られる 3 つの断層は形態が似ているので同じ断層ではないかと考えられる(図3−2−9)。測線 2〜4 の断層の変位量は約 2程度である。
測線 5(測点 098〜115)
ガストラップのせいかデータの状態が悪くはっきりとは反射面を確認できない。しかし、ガストラップ層に段差のできているところが 2 ヶ所あり、断層ではないかと推測される。変位量は2m前後である。
図3−2−10、図3−2−11−1、図3−2−11−2、図3−2−12、図3−2−13−1、図3−2−13−2、図3−2−13−3、図3−2−13−4、図3−2−14 に代表的な音波探査記録を添付した。各断層の変位量はかきのとおりである。
断層 1 (測点 011、図3−2−10)
北傾斜の断層である。基準面の深度は海底面から約12 mで変位量は約1mである。深度6m、10 mの位置でも 1 m 以下の変位が見られ、上部ほど変位量が小さくなっていることから、累積性があると推測される。
断層 2 (測点 012)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 3 (測点 015)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 4 (測点 017)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 5 (測点 020)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 6 (測点 021)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 7 (測点 048、図3−2−11−1、図3−2−11−2)
海底面から10 mまでしか堆積構造を見ることができない。約 3mの北傾斜の変位があると推測される。
断層 8 (測点 052、図3−2−11−1、図3−2−11−2)
南傾斜の断層である。海底面から 12mまでしかデータがないため、基準面が見えず、変位量は不明である。しかし、断層 9、断層 10 と形態が似ているため、変位量も同程 度(約4m)と推定される。
断層 9 (測点 054、図3−2−12)
海底面から約 16mまでの堆積構造を確認できる。断層は南傾斜で、変位量は約4mである。海底面から約 4 m の位置にも反射面に変位がみられ、その変位量は約 2mであり、累積性があると推定される。
断層 10 (測点 058、図3−2−13−4)
南傾斜断層である。変位量は約 4m。断層 8、断層 9 と同一のものと推測されるが、この地点では上部の反射面が不鮮明なため、変位の累積性を確認することは困難である。
断層 11 (測点 069、図3−2−13−2、図3−2−13−3、)
海底面から 16mまでの堆積構造がみられる。記録は非常に良好で、6層の反射面を確認できる。基準面の累積変位量は約5mで、上部へいくにつれて変位量が小さくなっているのが良くわかる。
断層 12 (測点 070、図3−2−13−2、)
ガストラップのため海底面より 8m以深では、記録は不鮮明である。断層は北傾斜である。海底面から約 3 m の位置に反射面が見られ変位量は約 0.5 mである。基準面の変位量は 1m以下であり、わずかであるが変位の累積があると推測される。
断層 13 (測点 072、図3−2−13−2)
この地点の記録は良好で、海底面下約 16m堆積構造を確認できる。断層は北傾斜で、変位量は約 2 m ある。海底面から約 3mの位置に明瞭な反射面があり、変位量は約 1mであることから、変位の累積があると考えられる。
断層 14 (測点 073、図3−2−13−2)
断層は南傾斜で変位量は約1mである。上部の記録が不鮮明なため変位の累積は確認できない。断層 15 と断層 16 は北傾斜を、断層 17 と断層 18 は南傾斜を示し、幅約1km のグラーベンを形成している様子が見られる。
断層 15 (測点 075、図3−2−13−1、図3−2−13−2)
海底面から約 12 m までの記録が得られた。断層は北傾斜で累積変位量は約 2mである。海底面下約 4 m の位置にある反射面の変位量は約 m、海底面から約 1mの位置 にある反射面は変位がないことから、変位の累積が認められる。
断層 16(測点 075、図3−2−13−1、図3−2−13−2)
海底面から約 16 m までの記録が得られた。断層は北傾斜で累積変位量は約2mである。海底面から約 4 m の位置にある反射面の変位量は 1m以下、海底面から約 1mの位置にある反射面は変位がないことから、変位の累積が認められる。
断層 17(測点 076、図3−2−13−1)
記録は良好であり海底面から約 16mまでの 5層の反射面を確認できた。断層は南傾斜で変位量は 2 mである。上部へいくにつれて変位量は小さくなり、表層は変位していないことから、累積性があることを示している。
断層 18(測点 076、図3−2−13−1)
記録は非常に良好であり、海底面から約 12m までの 5層の反射面を確認できた。断層は南傾斜で変位量は約 2 mである。上部へいくにつれて変位量は小さくなり、表層では変位していないことから、累積性があることを示している。
断層 19 (測点 077、図3−2−13−1)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 20 (測点 078、図3−2−13−1)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 21 (測点 078、図3−2−13−1)
断層が存在すると推測されるが、ガストラップのため記録が悪く、詳細は不明である。
断層 22 (測点 080、図3−2−13−1)
ガストラップのため海底面から 6 mまでしか確認できない。断層は北傾斜で変位量は約 1mである。
断層 23 (測点 104、図3−2−14)
ガストラップのため記録は不明瞭である。しかし、ガストラップに段差があり、北傾斜の断層ではないかと推測される。変位量は約2mである。
断層 24 (測点 105、図3−2−14)
ガストラップの段差から推定して、変位量約 1mの南傾斜の断層であると推測される。
断層 25 (測点 107)
変位量約 2 m の南傾斜の断層(ガストラップのため詳細は不明)である。
断層 26 (測点 108)
変位量約 1 m 以下の北傾斜の断層(ガストラップのため詳細は不明)である。
解析の結果は以下のようにまとめられる。
(1) 沿岸域の測線 1 および測線 5 は堆積物の乱反射が大きい。これは堆積物中にガスがトラップされたために、音波が散乱して生じたと考えられる。このため海底から表層 8m以深は記録が悪く、堆積構造を読みとることは困難である。
(2) 沖合の測線 2〜4 については海底面から平均 20mの範囲で良好な記録を得ること ができた。それによると不規則な浸食面を持ち比較的強い反射を示す洪積層と海底に平行な堆積面を持ち、音響的により透明な完新世の堆積物に明瞭に区分することができる。
(3) 完新世堆積物を切る断層は複数分布し、いずれも複数の地震の結果であると考えられる変位の累積がみられる。今回の調査地域では完新世基底部(約 1万年前)での累積変位量が最大 5 m 前後を示している。
(4) 断層はいずれもこの海域が引張テクトニクスの場であることを示す正断層であり、一部に北傾斜と南傾斜の対をなす正断層群からなるグラーベンが形成されつつある箇所を確認できた。
(5) 洪積層の表面には低角(実傾斜10度前後)の斜面を持つチャネル状の古地形がみられ、その谷底には強い反射を示す粗粒堆積物が埋積しているものと思われる。
図3−2−15 に陸域の立田山断層、布田川断層の位置と海域の断層の位置を示す。