西南日本外帯は,フィリピン海プレートとユーラシアプレートが収束する南海トラフに近接しており,水平圧縮応力の場にある。南海トラフ付近では,低角逆断層型と推定される巨大地震(米倉,1976)が歴史時代において数多く発生してきたことが,古文書などによって知られている(沢村,1967;宇佐美,1996)。
南海トラフに近接する御前崎,潮岬,室戸岬などには,標高数百メートル以下に数段の海成段丘が発達しており,我が国における海成段丘の模式地として教科書などにもよく取り上げられている。
海成段丘とは,過去の浅海底面が隆起して形成された台地状の地形であるから,海成段丘が発達している地域では,海成段丘が形成された時代は地盤が隆起していることを示している。隆起の原因は様々であるが,南海トラフに近接する地域に関しては,巨大地震のたびに陸地が数十pから数m隆起する変位が次々に累積することによって,海成段丘が発達したと考えられている(吉川ほか,1964;米倉,1968)。海成段丘の形成史は,数十万年前以降の長期的な地殻変動様式を反映しているので,海成段丘は長期的な地殻変動様式復元するのにきわめて有効な研究対象である。
室戸半島の大部分は,標高200〜1000mの山地からなる。その分水界は半島の東側に偏在しているため,主な河川は土佐湾に流入しており,それらの河口付近,例えば北部では安芸川,中部では奈半利川,南部では室津川の河口付近に小規模な沖積平野が発達する。東海岸においては,沖積平野は,海部・宍喰付近に分布する程度で,甲浦以南では小規模な河川しかなく,海食崖が直接海に接しているところが多い。西海岸(土佐湾側)では,海成段丘の発達がよく,吉川ほか(1964)は海成段丘面の高さは北部ほど低くなると述べている。しかしながら山地の高度は段丘面の傾向とは逆に,北部ほど高く,南に向かって低くなる傾向がある(太田,1968)。
室戸半島は,外帯最南部の四万十帯に位置する。四万十帯は,東西方向の帯状構造をなし,主に四万十累層群からなり,安芸−宍喰を結ぶ安芸構造線によって四万十北帯と南帯に区分される(勘米良,1980)。北帯はジュラ系〜白亜系,南帯は第三系からなっている。その岩相は,主に砂岩・頁岩の互層からなるフリッシュ相を呈するが,所により礫岩や凝灰岩がはさまれている。また室戸岬先端部では,斑れい岩がみられる。
室戸半島は西南日本外帯で海成段丘が最もよく発達した地域として知られている。更新世の海成段丘は大きく分けて5段に分類され,上位から羽根岬面T(H1面),羽根岬面U(H2面),室戸岬面T(M1面),室戸岬面U(M2面),室戸岬面V(M3面)に区分される(吉川ほか,1964)。
羽根岬面Tは行当岬から吉良川にかけての地域に比較的よく発達している。ここの旧汀線高度は300m内外で,段丘面は尾根状に開析され面の保存はよくないが連続性はよい。
羽根岬面Uは羽根岬面Tと室戸岬面Tの間に分布している。面の連続性や保存は比較的よいが,段丘面の幅は全体的に狭く発達している。旧汀線高度は行当岬で265mである。
室戸岬面Tは最も広く発達する段丘面で,その旧汀線高度は黒耳で182m,行当岬で190m,津呂で173m,室戸岬で186mとなっており,段丘面は全体的に北に向かって傾動している(吉川ほか,1964)。段丘面の幅は行当岬で1000m以上もあるが,平均値は約700mである。室津川より南側に分布する段丘面の形状は,地形面の連続性はあるものの尾根状に開析が進んでいる。
室戸岬面Uは室戸岬面Tの先端部を侵食して40〜50m低い位置に発達している。段丘面の幅は100〜500m位でさほど広くないが,面の連続性はよい。室戸岬面V(M3面)は河成面であり,津呂付近の段丘開析谷中と東ノ川の河口付近に分布しているのみで,面の発達や連続性はよくない。室戸岬面V(M3面)は,半島南部では河成面である場合が多い。
室戸地域の更新世海成段丘発達史における大きな問題点は,現在のところ各段丘の形成年代を直接示す証拠は見つかっていないことである。広く発達する段丘面は侵食性の海食台であり,面上にはほとんど海成堆積物がない。段丘面や堆積物を直接覆う広域火山灰も報告されていない。
吉川ほか(1964)は,段丘面の形状や南海地震前後の測地データから得られた地盤変動から類推して,室戸岬面T(M1面)を最終間氷期マキシマム(酸素同位体ステージ5e)の段丘面に対比している。室戸岬面Tの推定年代を基準にすると,室戸岬面U(M2面)は酸素同位体ステージ5c,室戸岬面V(M3面)は海成面が酸素同位体ステージ5aで,海成面に連続性が不明瞭な河成面は酸素同位体ステージ5a〜bに相当すると思われる。また羽根岬面U(H2面)は最終間氷期の一つ前の間氷期(酸素同位体ステージ7)のものとし,羽根岬面T(H1面)については羽根岬面Uよりも古く,酸素同位体ステージ7から酸素同位体ステージ9くらいであろう。いずれの年代値も確実度は低い。
完新世の海成段丘面も分布している。地形的に段丘面としてはっきり認定できるものはL1面とL2面の2段であるが(金谷,1978),岩礁に分布する波食棚(ベンチ)や波食窪(ノッチ)にも定高性のあるレベルが見られ,これらを含めるとさらに1段ないし2段の段丘が分布することになる。
L1面の旧汀線高度は行当岬で11.9m,室戸岬で11.0mである。L2面の旧汀線高度は行当岬で72m,室戸岬で77mである。段丘面の形成年代はL1面が6000〜5000yr.BPでL2面は4000〜2700yr.BP位と推定されている(前杢,1988)。
文 献
米倉伸之(1968)紀伊半島南部の海成段丘と地殻変動.地学雑誌,77,1−23.
沢村武雄(1967)『日本の地震と津波』 高知新聞社,231p.
宇佐美龍夫(1996)「新編日本被害地震総覧」 東京大学出版会,416p.
吉川虎雄ほか(1964)土佐湾北東岸の海成段丘と地殻変動.地理評,37,627−648.
太田陽子(1968)旧汀線の変形からみた第四紀地殻変動に関する二・三の考察.地質学論集,no.2, 15−24.
金谷明子(1978)室戸半島の完新世海成段丘と地殻変動.地理評,51,451−463.
前杢英明(1988)室戸半島の完新世地殻変動.地理評,61A,747−769.
米倉伸之(1976)海溝付近の変動地形と地震.地質学論集,no.12, 151−158.
勘米良亀齢・橋本光男・松田時彦編(1980)『岩波講座 地球科学15−日本の地質−』 岩波書店,387p.