(1)地層の記載

トレンチ掘削によって出現した東側法面には、基盤岩の鐙摺層および逗子層が分布している。北側法面、西側法面および南側法面には基盤岩を不整合に被覆する完新世河成堆積物が分布している。付図5−1にその結果を示す。

表5−5−1にトレンチに見出される地層の層序を示す。

表5−5−1  地質層序表(No.1地点)

              

(1)埋土・撹乱土(bs)

トレンチ掘削の際に発生した埋戻し土である。

(2)表土・崖錐性堆積物(ts)

シルト、砂および礫などからなる。これには農耕土も含めた。

(3)河成堆積物

トレンチ法面に露出した完新世の堆積物は末固結であり、礫・シルトおよび有機質土などからなる(表5−5−1)。本堆積物は松越川による河成堆積物であるが、有機質粘土などや基質が腐植質の礫混り土など湿地性〜沼沢性の環境を示す地層も分布する。このような堆積物を色調・層相・礫質土の締まりの程度や堆積構造などの違いによって細分した。

地層番号は上位の地層から順に@、A、B、C、D、E、F層とした。

河成堆積物中には年代測定試料となる有機質土や木片などが数多く含まれ、トレンチ法面およびボーリングコアの中から各地層を代表する合計30個の試料を選択して、オーストラリア国立大学に委託して14C年代測定をおこなった。考古遺物は主として河成堆積物の下部層(C、D、E層)から発見された。時代決定に有効なテフラは上部層の粘土層(@層)から見いだされた。

トレンチ法面に露出する河成堆積物は、その年代値から完新世に形成されたものである。

1)上部粘土層(ac−2:地層番号@、A、B)

本層は層相的に上、中、下部に区分される。上位から順に@、AおよびB層とした。

(イ)上部層(地層番号@)

本層は、暗灰色の砂混じりシルトおよび細砂などからなる。西側法面、北側法面および南側法面によく見られる。上部は、現生の植物の根が入り込んでおり、層相も不均一となる。本層の中〜上部には、AD1707年の富士山の火山灰である宝永スコリア(F−Ho)(上杉陽氏鑑定)が分布する。本スコリアは層状をなさずに、径0.5〜1.0mm内外のパイプ状をなしスポット的な分布形態であるが、横方向にほぼ連続的に分布する(付図5−1)。層厚は0.5〜1.9mである。

本層の14C年代は、下部で800±yBPであり、上部は宝永スコリアの年代を参考に、200yBPである。

(ロ)中部層(地層番号A)

本層は、暗褐色〜暗灰色のシルトおよび礫混じりシルトからなり、その層厚は0.5〜1.5mである。西側法面、北側法面および南側法面によく見られる。 本層は、下部ほどφ0.5〜1cm前後の泥岩礫を含み、全体に塊状で層理の発達に乏しい。 しかし、砂粒子がほぼ水平に配列するなど葉理(ラミナ)の発達が著しい。弥生時代〜古墳時代初頭の土器片を含む。西側法面では、葉理を切って細礫や砂の立ち上がりが本層中に観察される。その範囲は西側法面W30〜W34付近で、W30より北側(若い番号)には見られない。

本層の14C年代は、1300〜1000yBPである。

(ハ)下部層(地層番号B)

本層は灰色の砂質シルト〜シルト質細砂からなる。 西側法面のW9〜17、W28〜36および南側のS02〜07によく見られ、東側法面の一部(E35〜36)にも分布する。本層はD層およびC層の上に分布し、A層に被われる。A層との境界はシルトが舞い上がったような“火炎構造”状を呈する特徴を持つ(写真5−1)。この構造は、B層下位のC層の礫の配列と調和的で層厚は0.0〜0.5mである。このことから、“火炎構造”の生成はB層堆積時によるものではないと考えられる。

本層から年代試料は得られていないが、A層の14C年代から類推して、1300〜1200yBPと思われる。

写真5−1

2)上部砂礫層(ag−3:地層番号C、D)

本層は西側法面および東側法面、南側法面の一部に分布し、トレンチ北側(上流側)から南側に向かってその分布を確認することができる。一般にφ1〜7cm、最大φ30cmの逗子層起源の泥岩礫からなり、基質は礫混じり粘土で全般に粘土質なのが特徴である。西側法面の北側(上流側)は礫混じりシルト、有機質シルトの不規則なレンズ状の薄層を挟む。

法面中央部付近から南側は、有機質シルトの薄層を挟まず、礫が卓越する層相を示し、ややルーズとなり、礫径も大きくなる。また、南側に向かって緩くたわむような傾向を示す。本砂礫層は礫径・淘汰の程度・締まりの程度などによってC層とD層に区分することができる(表5−5−2)。C層とD層ともに弥生時代〜古墳時代初期の土器片を含む。

表5−5−2  C層とD層の相異点

図5−5−1−1に西側法面に露出する地層の模式図を示す。C層は下位のI、G、F層を切り、D層の上にのっており、断層(図示)の南側ではE層にアバットするように接している。礫の並び方からみて基盤の葉山層群鐙摺層を削り込んで、その侵食により生じた凹地を埋積したような形状を示している。 C層とD層ともに、多量の木片を含む。

14C年代はC層はおよそ1700〜1400yBP、D層はおよそ2000〜1700yBPである。

図5−5−1−1 西側法面礫層分布模式図(No.1地点)

3)下部砂礫層(ag−2:地層番号E)

本層はトレンチ南側法面およびトレンチ南端付近の東側法面および西側法面にみられる。主にφ1〜5cm前後の泥岩亜角礫(逗子層起源)からなるが、まれにφ10cm前後の礫が混入している。礫の淘汰の度合は良好で、基質は礫混じり砂を主体とし、よく締まっている。砂混りシルトの薄層(層厚10〜20cm)がレンズ状に挟まれる。層厚は2.0〜2.5mである。弥生時代〜古墳時代初頭の土器片を含む。14C年代はほぼ2000〜1900yBPで、 D層とほぼ同時代の年代を示し、D層とE層は同時異相の関係にあると考えられる。

4)有機質土層(ac−1:地層番号F)

本層は葉理の発達が著しい有機質シルト、礫混じりシルトおよび粘土からなる。多くの植物遺体が混入し、φ1〜5cmの木片や材を含む。層厚は0.5〜2.5mである。本層はトレンチ西側法面の凸状に分布する基盤岩の北側と南側に分布する。特に、グリッド番号W11からW18にかけては、褐色化した葉片が積み重なった状態が観察され、灰色のシルトや粘土と縞状構造をなす。14C年代は2300〜2000yBPである。 西側法面のW13〜14付近に露出する状態を写真5−2に示す。

写真5−2

5)砂礫・有機質土互層(ag−1)

本層はボーリング(B1−1〜B1−4)で確認されるが、トレンチではみられない。bP地点に分布する河成堆積物の最下部をなす。厚さ0.3〜0.4m前後の砂礫や有機質シルト、礫混じり粘土の互層からなり、全体の層厚は1〜4mである。有機質土には木片が多量に混入している。本層は層相の特徴からみて、河成〜湿地性の環境が繰返したことを示す。全体の層厚は1〜4mである。14C年代は2600〜2300yBPである。

完新世河成堆積物の層相・微化石分析および14C年代値から、堆積環境の変遷を表5−5−3に示す。

表5−5−3 完新世における堆積環境の変遷(No.1地点)

(4)古期崖錐性堆積物(Odt:地層番号G)

基盤岩の葉山層群や逗子層の上位に粘土化が著しい崖錐性の堆積物がのっている。本堆積物はトレンチ西側法面によくみられ、層厚1〜2m程度の礫混じり粘土である。亀裂に富む泥岩や珪質凝灰岩など葉山層群および逗子層起源の角礫を含み、最上部には木片などが乱雑に含まれるのが特徴である。本堆積物の詳細な年代は不明である。

(5)基盤岩

1)岩相の記載

基盤岩は鐙摺層および逗子層で、両層は東側法面のE9付近で断層(走向N52゚〜67゚W、傾斜43゚〜48゚N)で接する。この断層を追跡したところ、西側法面で明瞭に完新世の河成堆積物を切ることが確認された。したがって、本断層は活断層である。

(イ)葉山層群鐙摺層

中新世の地層で、鐙摺層(江藤、1986)と呼ばれており、岩相的に泥岩(Am)と凝灰岩類(At)に区分される。泥岩(Am)は暗灰色を呈する多亀裂の破砕質に富む泥岩で、トレンチには分布せず、ボーリング(B1−4)に出現する。岩片自体は比較的硬質であるが、割れ目沿いに容易に剥がれやすい性質をもつ。凝灰岩類(At:地層番号I)はトレンチ東側法面の南側によくみられる。全体が緑灰色を帯びた強破砕質の凝灰岩類からなる。全般に粘土化しており、スコップで容易に崩せる程、軟質である。白色の珪質凝灰岩や泥岩を礫状〜ブロック状に含むのが特徴である。

(ロ)三浦層群逗子層(Zm:地層番号H)

中新世〜鮮新世の地層で、トレンチ東側法面によく分布する。葉山層群とはN50゚〜80゚W、40゚〜45゚Nの走向・傾斜をもつ断層で接する。岩相は全般に割れ目が多く発達する砂質泥岩や極細粒砂岩を主体とし、所により粗粒凝灰岩(Ztf)や中粒砂岩(Zs)の薄層を挟在する。砂質泥岩および極細粒砂岩はN30゚〜50゚W、50゚〜60゚Sの割れ目で境され、全体にブロック状の岩塊からなるのが特徴である。この地層は一般に層理の発達が不明瞭であるが、間に挟在する砂層の走向・傾斜はN30゚〜40゚W、70゚〜85゚Nである。

本層は微化石分析の結果、年代はCN9(7.3〜5.5Ma*、ナンノ化石)、6.2〜2.6Ma(放散虫年代)で後期中新世〜鮮新世である     *Ma −−−−− 百万年

2)地質構造

葉山層群中にみられる構造としては、トレンチ東側法面に分布する緑色を帯びた強破砕質の凝灰岩類中にスランプ性の褶曲構造が見られる。それは凝灰岩類中に白色の珪質凝灰岩に波長3m程のゆるいたわみとして確認できる。 白色の珪質凝灰岩の北側の傾斜が断層面と調和的にみえ、元の構造か断層の影響か判断しがたい。 

逗子層は、確認された断層の北側に分布する。層理の発達に乏しく、全体に塊状を呈する。細かい割れ目が発達し、全体に角礫状〜片状を呈する。岩片自体は比較的硬質である。

連続性のよい割れ目の卓越方向は、断層方向とほぼ調和的である。また、割れ目は高角度ないし低角度の割れ目が多く、これらによって本地点の逗子層は全体としてブロック化している。

確認された断層の両側に分布する葉山層群および逗子層は断層による破砕が及んでいる。断層破砕された部分については明らかに粘土化している部分、角礫状あるいは片状を呈す部分が見られる。

ここでは、松田・岡田(1977)の断層破砕帯の破砕度による分類を試みる。この分類によりX〜Vを断層破砕帯と考えれば、葉山層群側で約1.5m、逗子層側で1.5mまで、総幅3.0mの破砕帯と判断される。破砕度階級をT〜Xまでに広げれば、 トレンチ外側までその範囲は広がることとなり、数十m規模になる。

図5−5−1−2にトレンチ東側法面断層付近のスケッチ概要と松田・岡田(1977)の断層破砕帯の破砕度の分類を示す。

3)基盤岩の割れ目

東側法面、底盤に区分し、比較的連続性のよい1m以上の長さの割れ目を取り出し統計処理を行った。東側法面は測定数92個で底盤は測定数98個を使用した。この結果、東側法面はN72゚W、78゚N(図5−5−1−3 A)、 底盤はN80゚W80゚S、N84゚W 85゚N(図5−5−1−3 B)方向に卓越する。

割れ目の走向の方向は確認された断層方向N63゚〜77゚W 43゚〜48゚Nと調和的である。

(逗子層)           (葉山層群)

断層破砕帯の破砕度の分類(松田・岡田,1977)

図5−5−1−2 トレンチ東側法面断層付近のスケッチ概要と断層破砕帯の破砕度の分類

(B)シュミットネット(下半球投影)

(A)シュミットネット(下半球投影)

図5−5−1−3  基盤岩(三浦層群逗子層)の割れ目の方向

(6)考古遺物

考古遺物は河成堆積物を構成する下部砂礫層(E層)、上部砂礫層(C層、D層)および上部粘土層中部(A層)から土器の破片として発見された。いずれの地層から出土した土器も完全な形をなさず、表面が磨滅している。このことから、出土した土器は現地性のものではなく、他から運搬されて、地層中に埋もれたものと判断される。

土器の鑑定を横須賀市教育委員会の中三川氏にお願いしたところ、弥生時代末〜古墳時代初頭(3世紀後半〜4世紀前半)の土師器〜土器であることが確認された。その結果を表5−5−4に示す。

表5−5−4 考古遺物出土品一覧表(No.1地点)