空中写真は縮尺1/10000(1954年米軍撮影)を用い、小田原市の縮尺1/2500地形図(1999年発行)を使用して判読図を作成した(図4−7)。
判読範囲は完新世段丘の発達が比較的良い国府津付近から押切川付近までである。米倉ほか(1968)に従い、高位より中村原面、前川面、押切面の3面に区分した。押切面に関しては、遠藤ほか(1979)では、中村川沿いに分布する河成面を2面(押切面T、押切面U)に細分しているが、海岸部では砂丘や人工改変などによって両者を区分することが困難なため、本調査では1面に一括して示した。
中村原面は本地域で最も発達が良い段丘面で、離水年代は約6300年(松島,1982)であることが明らかである。
前川面は中村原面の下位に広く分布し、離水時期は4000〜4500年前後(遠藤ほか,1979)とされている。本面上では集落が密集しており、また、人工改変が進んでいるため、調査地の選定にあたっては、十分な検討が必要と考えられる。
押切面は本地域で最も低位に分布するする面で、離水時期は、遠藤ほか(1979)では完新世テフラのS−24(弥生時代中期〜16世紀:上本・上杉,1996)よりも古いと推定され、太田ほか(1982)では、少なくとも約1000〜1200年前、松田(1985)では、鎌倉時代よりも前、関東第四紀研究会(1987)では、5世紀頃〜室町時代頃とされている。本面は高位の前川面よりも集落の密集が著しく、段丘面の分布の特定が難しい。また、本面上には砂丘と思われる微高地がいくつか認められる。前川面と同様、押切面での調査地選定にあたっては、十分な検討が必要と考えられる。
この判読図をもとに現地調査を行い、具体的な調査地点の選定を行う予定である。