3−2−2 活断層の記載

秦野盆地の活断層を前述の諸段丘の変位に基づいて抽出した結果、その方向と出現する位置から判断して、大きく二つの断層(系)に分類した。盆地北半部に見られる東北東−南南西方向の秦野断層系(秦野、八幡、下宿、三屋及び戸川の各断層よりなる)と南半部の渋沢断層系(渋沢西及び渋沢東の各断層よりなる)である。盆地周辺における現在の露出状況は悪く、変位した地層の観察は限られた。また人工改変によって、変位地形を十分に記載することはできなかった。しかし、大縮尺地図による断面図の作成を6断面、地形断面測量を3測線において実施し、合わせて9の地形断面図を作成し、各断層における変位量を求めた。

秦野断層系

秦野断層:秦野盆地の北東部において、金目川、葛葉川、水無川沿いに発達する第四紀後期の河成段丘群を累積的に変位させている断層崖・撓曲崖が東北東−西南西方向に認められる。長さは、2.8km(小金沢〜鈴張町)である。水平変位はなく、南落ちの垂直変位のみ認められる。

葛葉川から金目川にかけて発達する葛葉台面は、隆起側で逆傾斜あるいは減傾斜している。断層崖の比高は、葛葉台面と尾尻面で52m(図9,断面A)、葛葉台面と尾尻面との間で43m(図9,断面B)、尾尻面で最大24m(図9,断面@;撓曲崖を計測しているためおおよその値である。)、今泉面と尾尻面との間で18m(図9,断面C)である。秦野断層の南西部では尾尻面を変位させる撓曲崖の比高は4.5m(図9,断面D)である。秦野断層を挟む両側のボーリング調査に基づくと、TPflの垂直変位量は、72mである(長瀬ほか,1982)。葛葉川が断層を横断する付近の露頭では、TP前後の地層が断層本体の運動によってせん断され、直立し、小断層で切られている様子が確認される(内田ほか,1981)。

下宿断層:秦野断層の約0.2km北東に、河成段丘群(葛葉台面、才ヶ戸面、尾尻面)を変位させる撓曲崖として認められる(図9,断面B)。撓曲崖の比高は古い面ほど大きく、累積的な変位を示す。北西落ち(山側落ち)の垂直変位を示す断層で、長さは2.3km(東田原〜下宿)である。断層の出現位置と変位の向きから考えて、下宿断層は秦野断層に対する副次断層(antithetic fault)と考えられる。

八幡断層:ほぼ東西に延びる本断層は、盆地北東隅に山地と盆地境界として急崖を見せている。南落ちの垂直変位を示す断層で、長さは1.4km(中庭〜二ツ沢)である。

金目川を横切る付近では、葛葉台面では8m前後、才ヶ戸面、尾尻面では数m以下の垂直変位が認められる。中庭付近では沖積面上に低断層崖が見られ(宮内ほか,1996)、この比高は2〜3mほどで、完新世の活動を示すものと考えられる。

戸川断層:秦野盆地北西縁北北東〜南南西方向に延び、戸川付近の河成段丘(才ヶ戸面相当)を変位させる撓曲崖として認定される。東落ちの垂直変位を示す撓曲変形帯の長さは0.7km(横道−政ヶ谷戸)、変形幅は200mで、比高は10m(図10,断面F)である。水無川右岸南西方に延びる可能性はあるが、水無川両岸の尾尻面には顕著な変位が見られず、継続的な運動をしていない可能性がある。

三屋断層:戸川断層と下宿断層の間に、北東−南西方向に延びる東下がりの撓曲変形河成段丘面上に認められる。撓曲変形帯の長さは0.6km(三屋北方周辺)、変形幅は100mである。方向性から八幡断層に連続する可能性がある。

撓曲崖の比高は才ヶ戸面と尾尻面との間で10m(図10,断面F)、尾尻面で4.2m(図11,断面E)である。才ヶ戸面は上流側では北西方向に逆傾斜している。

渋沢断層系

従来は秦野盆地南縁と大磯丘陵とを境する北下がりで東西方向のほとんど一直線状の活断層とされていた(活断層研究会,1991)が、平成9年度調査では、渋沢駅南方で雁行する2本のトレースに分かれることが確かになった。西側のトレースを渋沢西断層、東側のものを渋沢東断層と呼ぶ。しかし、地下深部では1本の活断層になると考えられる。これらはやや北に張り出した緩い弧状を呈する。全長は6.5kmであるが、東部では不明瞭となり、正確な長さは不明である。また、両断層はともに葛葉台面、尾尻面など段丘面を変形させる。

渋沢西断層:沼代地区において小田急小田原線の南側に、東西1.7kmに延びている北に張り出すような形の撓曲崖が見られる。萩が丘面を北落ちに変位させ、比高は最大で約15mである(図12,断面H)。東に向かって比高が減少してトレースは不明瞭となる。この比高は、萩が丘面の変位量ではなく、TPfl堆積面の変位量の下限値とみなした方がよい。

渋沢東断層:渋沢東断層の総延長としては、渋沢一丁目付近から尾尻付近までの長さ5.4kmとした。渋沢駅南方では南へステップオーバーして、渋沢一丁目から三丁目にかけて撓曲崖が長さ1.5kmにわたり認められる。ここでは葛葉台面を北落ちに変形させ、撓曲崖の比高は10m程度である。秦野市街地南方においては尾尻面を撓曲変形させている。渋沢東断層を挟んで、尾尻面の高度には約15m食い違いがあり(図12,断面G)、南側が相対的に高くなっている。これが、尾尻面形成後の渋沢東断層の垂直変位量であると考えられる。平沢の南東では、北流する二つの谷の谷底が断層によって切断されているようにみえる。しかし、この部分では崖が一般走向よりもやや南に湾曲していて、地すべりによる滑落崖であると判断した。

これらすべての断層は縦ずれ変位を示し、撓曲崖、逆傾斜、山側が下がる副断層などの特色は、これらが圧縮の下で形成されたかなり低角な逆断層であることを示唆している。またほとんどの断層で、古い段丘面ほど変位量が大きいという変位の累積性が認められる(表8)。しかし、撓曲崖の両側に同じ年代の段丘面が見られることが少ないので、真の上下変位量は求めがたい。また低角逆断層であることを考えるとネットスリップはさらに大きくなるはずである。いずれにせよ本地域の活断層のうちでは、秦野断層の活動度はA〜B級となる。しかし、下宿断層は秦野断層に付随する副次的な断層と考えられ、活動度もC級と小さく、これ自体が地震を起こす可能性は小さい。

得られた結果を表8に示す。

表8 活断層一覧

これらの活断層は、鉛直方向に0.2〜1.5m/1,000年をなすA級ないしはB級の活動度をもち、逆断層としては、日本の主要な地形境界をなす逆断層とほぼ同じかまたはそれ以上の活動度を示す。このように、長さが短いにもかかわらず高い活動性を示すのが、秦野盆地の活断層群の特色である。