試料:分析した試料は,十勝平野旭トレンチから得られた炭質物の濃集した分解度の高い泥炭12試料と腐植質シルト1試料である。
分析方法:
1.試料500gにKOHの10%溶液を加え,よく攪拌して80°Cに設定した湯煎器で約60分加熱する。
2.遠心分離器(2000回転/分)で5分間分離し,アルカリ液で溶け出したフミン酸を捨てる操作を数回以上繰り返す。
3.泥炭は1と2の操作を再度繰り返してフミン酸を除去する。
4.試料に酢酸を加え80°Cに加熱した後,酢酸を捨てて試料中の水分を除去する。つぎに無水酢酸と硫酸の9:1液を加え加熱した後除去し,試料中の多糖類を除く。
5.ZnCl2の飽和溶液(比重2)を加えてよく攪拌した後,1時間遠心分離し,花粉を含む上澄み液をすくいとる。これに水を加えて遠心分離により花粉を含む試料を沈殿させ,2回水洗いする。
6.フッ化水素を加えて1昼夜ドラフト内に置いてSiO2分を除く。
7.最終沈殿物を蒸発皿に入れて水を加え,10分後に上水を捨てる作業を数回繰り返し,細やかな夾雑物を除く。
8.水分を遠心分離器で除き,グリセリンゼリーを加えて封入する。
作製したプレパートは400倍の光学顕微鏡で検鏡した。
−2 分析結果
一般に花粉分析では,木本花粉を最低200個同定し,その間に視野に出現した草本花粉およびシダやコケの胞子をすべて同定する。しかし,本試料のうちあるものは炭質物を異常に多く含み,シダ胞子は含むものの木本類,草本類の花粉が極端に少なかった。試料全体で木本類を200個以上同定できたのは試料17−1と17−13のみであった。試料17−2,17−3,17−7,17−9,17−10,17−11,17−12は木本花粉を50〜151個同定できた。その他の試料17−4,17−5,17−6,17−8では木本花粉数は15個以下であった。
化石の産出率を算定するにあたっては,木本花粉を50個以上含む9試料については木本花粉総数を基数として算定した。試料17−4,17−5,17−6,17−8については,木本花粉の産出数をスペシーズチャート(表3−4−3−3)に示したが,算出率は算定しなかった。ただし,草本類とシダ,コケ胞子の産出率は他の試料同様に木本花粉総数を基数として算定した。
分析結果は表3−4−3−3と木本花粉組成図(図3−4−3−1),草本花粉および胞子組成図(図3−4−3−2)に示した.検出された木本類は次のとおりである。
針葉樹:トウヒ属(エゾマツ或いはアカエゾマツ),モミ属(トドマツ),マツ属,ツガ属,グイマツ
冷温帯広葉樹:コナラ属,ニレ属,クマシデ属,クルミ属,シナノキ属,トネリコ属,ウコギ科,ハシバミ属,キハダ属
その他の広葉樹:カバノキ属,ハンノキ属,ヤナギ属,ツツジ科
草本類は次のとおりである。
イネ科,カヤツリグサ科,キク亜科,ヨモギ属,オミナエシ科,タデ属,ナデシコ科,カラマツソウ属,ワレモコウ属,ギボウシ属,ガマ属,セリ科,キンポウゲ科,シソ科,コウホネ属,ホタルブクロ属,
シダ類とコケ類は次のとおりである。
単溝型(ウラボシ科,オシダ科を含む),ゼンマイ科,ヒカゲノカズラ科,トクサ属,ミズゴケ属
木本花粉の産出をもとに下位から1,2,3の3花粉帯に区分した。各花粉帯の花粉群の特徴は次のとおりである(図3−4−3−1、図3−4−3−2).
花粉帯1(試料17−13)北海道では氷期に栄え,完新世初頭に絶滅したグイマツを産する。加えてエゾマツ/アカエゾマツが77%と高率に含まれる。冷温帯広葉樹は検出されない。草本類は低率のイネ科のほかは産出せず,単溝型のシダ胞子が高率である。木本類の全体に占める割合は28%である。
花粉帯2(試料17−9〜17−12):エゾマツ/アカエゾマツが20%以下に急減し,かわってコナラ属とクルミ属が増加する。ほかに,1帯に見られなかったニレ属,トネリコ属,ハシバミ属などの冷温帯広葉樹を伴う。湿原性のハンノキ属が増加するとともに,湿原性のタデ属,イネ科,カヤツリグサ科が比較的高率に産出する。さらに,湿原に成育するガマ属,セリ科が含まれる。単溝型シダ類(湿原性のヒメシダを含む)とゼンマイ科(湿原性のヤマドリゼンマイを含む)が高率に産出する。木本類の全体に占める割合は6〜35%である。
花粉帯3(試料17−1〜17−8):花粉帯2と3の境界は17−8と17−9の間に引いたが,17−7と17−8の間になるかもしれない。木本類の産出が極端に少なく,境界面の判断が出来ないためである。3帯の試料は黒色の炭質物に富み,特に17−4,−5,−6,−8は炭質物が濃集する。これらの試料では木本類の花粉は殆ど含まれない。他方,草本類花粉,中でも湿原性のキボウシ属,イネ科,カヤツリグサ科が高率である。さらに,単溝型シダ類とゼンマイ科,トクサ属が高率に含まれる。木本類の全体に占める割合は下部と中部で8%以下と低いが,上部では24〜55%と増加する。木本類花粉を産出する試料から見て,本帯ではエゾマツ・アカエゾマツ,トドマツが高率となり,冷温帯広葉樹が減少する。木本類の全体に占める割合は下部では2.9〜7.6%と低いが,上部で24〜55.4%と高率となる。