まず,現地踏査として,平野側では摩周火山灰層(ローム・火山灰・腐植),段丘(中位・低位・最低位面)堆積物を対象に河川沿い・道路沿い・砂利採取場(掘り込み)などの露頭で水平層の観察・柱状図作成を行った.平野と山地の境界部から山地内では河川沿いや林道に沿って,主として新第三紀層を対象にしてルート地質調査を行った.さらに平野と山地の境界部に存在する断層帯付近では露頭での地質観察とともに,変位地形(リニアメント)の観察・追跡およびハンドレベルによる簡易測量を行った.室内では現地調査結果を整理・解析するとともに,14C年代測定・火山灰分析・花粉分析を依頼により行い,既存ボーリング試料解析を行った.これらの結果を総合化し,柱状対比図などとしてまとめた.なお,現地調査は平成14年度の予察の中でも行っており,本年度はそれも含めて解析を行っている.
A層序区分
山地(知床半島基部)と平野(根釧原野)の地下の新第三系の基本的な層序区分については同一層が地質図幅毎に名称が異なるなどの問題があることから,半島の中で標識的な層序がとらえられている5万分の1地質図幅「峰浜」(杉本ほか,1960),同(杉本,1960)および同「春苅古丹」(三谷ほか,1963)に従うことにした.すなわち,それは下位より忠類層(Ch),越川層(Ko,横牛川層)+奥蘂別集塊岩層(Ok)および幾品層(Ik)+陸士別層(Ri)で,火山岩類・岩脈類が付随する層序である.
第四系については,山地では武佐岳火山噴出物などが主要なものであり,これらは更新世前〜中期火山岩類として一括して取り扱う.平野の第四系のうち更新世の地層については,薫別層(「春苅古丹」図幅),川北層・基線熔結凝灰岩(「武佐岳」図幅),古多糠層・薫別層(松井,1961の「薫別」図幅),戸春別層・中標津熔結凝灰岩・茶志骨層(松井ほか,1966の「中標津」図幅;松下ほか,1967の「標津および野付崎」図幅)と段丘堆積物群の存在が示されているが,同一層について図幅間で名称・定義が異なること,これらの地層が堆積したと思われる更新世中〜後期について,氷河性海水準変動の関与についての理解が近年急激に進んだことおよびこれらの地層中に屈斜路火山などの火山噴出物が含まれることが解明されてきたことから,次のように整理を行った.すなわち,中位面(T2−1)に対応する堆積物として,上部更新統(UPt)または中位面堆積物(T2d)があり,その下位に中〜下部更新統(MLPt)が存在するという把握である.UPtについて,屈斜路火砕流堆積物KP−Wの介在が明白な場合には,下位より戸春別層(To),KP−W,茶志骨層(Cy)という層序も活用する.MLPtについては,地下でのみ存在しているが,下位の鮮新統(幾品層+陸士別層)との区別に問題がある.完新世の地層については,付随する摩周火山灰層(降下火山灰群)・ローム・腐植層の有無により,河岸段丘関連の低位面1堆積物(T3−1d),低位面2堆積物(T3−2d)および最低位面堆積物(T4d)と,沖積低地・現河川氾濫原下の沖積層(Al)・現河川氾濫原堆積物(Fd)が存在する.その他,表層を構成する摩周火山灰層(降下火山灰群・ローム・腐植)が存在する.
なお,付図において,第四系については多くの年代の異なる地層が水平層として累重するという性格上,地層分布を忠実に表現することは極めて困難で煩雑であることから,地形面区分図として表現した.ただし,火砕流堆積物など特徴的な鍵層については存在が明白な場合は表示している.
[忠類層(Ch)]
本層は「武佐岳」図幅(杉本,1960)では下位より瑠辺斯緑色凝灰岩,ホロカクンベツ川石英閃緑岩,カスシナイ川流紋岩,俣落川ネバァタ岩質石英粗面岩,盗伐沢角礫凝灰岩層,薫別川集塊岩層および錐山プロピライト緑色凝灰岩複合体より構成され,厚さは1,500m以上でいわゆるグリーンタフ層である.地質構造的には波状の複背斜構造を成している.「春苅古丹」図幅と「武佐岳」図幅を比較すると,明らかに次ぎに述べる奥蘂別集塊岩層は忠類層の一部に属しており,泥質岩である越川層を含めて3者は知床半島市域全体では大まかには同時期の地層である可能性が指摘できる.
[越川層(Ko,横牛川層)+奥蘂別集塊岩層(Ok)]
越川層は本調査地域内では模式的には「武佐岳」図幅に分布するが,そこでは横牛川層と呼ばれている(写真37〜40).厚さは300mでいわゆる硬質頁岩が主体であるが,最下部は緑色凝灰岩・緑色砂岩・軽石質凝灰岩との互層状態となり,ところにより玄武岩質溶岩・脈岩をともなっている.地質構造的には古多糠断層南部およびその南方延長部(横牛川〜川北温泉)に沿って,急傾斜・直立帯を成し細長く分布する.その他,調査地域北部の「春苅古丹」図幅でもほぼ同様の岩相・層厚であるが,丸山断層北部を示す凹地帯の西寄りの部分を占め,30°±の傾斜で細長く分布している.ただし,この分布域の西側山地では明らかに「武佐岳」図幅の忠類層の一部に続く奥蘂別集塊岩層が広く分布し,調査地域の北側では本集塊岩相と指交関係で硬質頁岩に代表される越川層がさらに厚く,下位層準まで存在している.
「春苅古丹」図幅の奥蘂別集塊岩層は下位よりプロピライト質溶岩・集塊岩相,石英粗面岩質集塊岩相,集塊岩・角礫凝灰岩相から構成するとされるが,これらはまさしく忠類層の様相と符合する.
中標津・標津両市街の泉源2井(中標津町泉源・標津健福温泉)では,岩相的特徴(硬質結岩)からそれぞれ深度1,140m以下または972.5m以下が越川層と判断している.
[幾品層(Ik)+陸士別層(Ri)]
調査地域北部の「春苅古丹」図幅(三谷ほか,1963)では,鮮新統は下部の幾品層,上部の陸志別層に分けられているが,調査地域全体としては明確な区分はできないので,付図では両者を一括して黄緑色で塗色した.調査地域中〜南部では名称としても幾品層として一括して取り扱った.
「春苅古丹」図幅では,幾品層は厚さ310〜520mで全体に泥岩〜砂質泥岩が卓越し,砂岩,軽石質凝灰岩および含火山角礫の岩片スコリア質凝灰岩をともなう.主体を成す泥岩は暗灰色塊状のものが主で硬質・厚板状層理のものもある.陸志別層は厚さ400m以上で極細〜細粒砂岩(一部凝灰質)が卓越し(写真5・11),礫岩,砂質泥岩,凝灰岩,含火山角礫の岩片・スコリア質凝灰岩,火山角礫岩・火山性礫岩(土石流様)および溶岩などをともなう(写真5・9).調査地域中〜南部で幾品層として一括したものはこれら両層を合わせたものであるが,火山性の一次・二次堆積相が卓越しているようである.
中標津・標津両市街の泉源2井(中標津町泉源・標津健福温泉)では,岩相的特徴からそれぞれ深度300〜400m付近から1,140mまたは972.5mまでが幾品層+陸志別層(または幾品層)と判断している.
[鮮新世火山岩類(Pv)]
これに含めたものは「春苅古丹」・「武佐岳」図幅の崎無異川集塊岩,陸志別層中の集塊岩相,武佐岳火山噴出物,「中標津」図幅のサマッケヌプリ溶岩,武佐岳火山噴出物などが含まれるが,一部は前記更新世のものもあり,時代的に多岐にわたる.
[鮮新世岩脈類(Pd)]
これに含めたものは,主に「摩周湖」図幅でシタバヌプリ溶岩とされているシタバヌプリ山・西竹山・モアン山・カンジウシ山などの円形〜楕円径の分布形態をもつ小火山体である.石英粗面岩よりなり,年代は中新世とされているが,貫かれた地層が幾品層相当の可能性が高いことから,鮮新世のものとみなした.付図での塗色範囲は岩脈そのものに溶岩状部・崖錐状部が含まれる.
[中〜下部更新統(MLPt)]
調査地域内では地表に分布しないが,中標津・標津市街を含むボーリング深度100m以上の泉源(中標津町泉源・標津健福温泉)と水井戸の坑井で出現が確認できると判断したが(図3−1−8・図3−1−15・図3−1−17・図3−1−20・図3−1−22・図3−1−23・図3−1−24・図3−1−25),明確な証拠はない.中位面堆積物の下位に200〜300m程度の厚さで存在する軽石質火山灰・凝灰質砂礫・泥岩互層部が該当すると思われるが,詳細な検討は今後の課題である.
[上部更新統(UPt)または中位面堆積物(T2d)]
その全容は中〜下部更新統の項で示した泉源・水井戸の抗井群で確かめることができる.地表から深度60〜100m付近までの部分であるが,標津川下流域の沖積低地ではその上半部は沖積層である.地質的には砂礫相を主体とし,諸処に泥質岩を伴うが,下半部では含貝化石の証拠があり(古多糠集落付近水井戸「根室2」,標津川下流同「根室13・14′・15′」,中標津市街同「根室31・35」,俵橋同「根室37」),これは最終間氷期の海進を意味すると考えた.上半部は地表露頭および地盤ボーリングを含めて極めて多くの資料がある.砂礫相を主体とし,ローム質泥岩・降下火山灰(軽石・スコリア)などを断続的に含むが,屈斜路軽石流堆積物W(KpW)をはさみ(写真14・16・19・20・23・24),その下位の部分が戸春別層,上位のそれが茶志骨層と呼ばれることがある(松井ほか,1967の「中標津」図幅).ただし,KpWの分布は断続的なようなので,この区分は中位面の範囲全体には適用できない.KpWが存在する中標津市街付近では地盤ボーリングで戸春別層が確認できるが,はさまれる泥質岩は亜炭・炭質な部分が多いことなどが明確となる.
[低位面1堆積物(T3−1d)]
ほとんど礫相よりなり,厚さは河床より低位面1までの比高の範囲内である.地形面の所で述べたように,最上部に上部摩周火山灰層(火山灰・ローム・腐植層)を伴うが,Ma−l以下を欠如しており,本堆積物の年代は完新世前半とみなされる.
[低位面2堆積物(T3−2d)]
ほとんど礫相よりなり,厚さは河床より低位面1までの比高の範囲内であるが,その年代は層序の上下関係から完新世中頃とみなされる.
[最低位面堆積物(T4d)]
ほとんど礫相よりなり,厚さは河床より低位面1までの比高の範囲内で,5m前後である.最上部に火山灰・ローム・腐植を伴うことは一般的にないことから,数千年前以降の堆積とみなされるが,様々な堆積時のものがあると思われる.
[沖積層(Al)・現河川氾濫原堆積物(Fd)]
沖積層は標津川流域の中標津市街より下流の沖積低地に分布する.地盤・水井戸ボーリングデータ(図3−1−15、図3−1−16、図3−1−17、図3−1−18)より,厚さが40m±と判断したが,砂・泥・礫相より構成され,表層2m±は一般に泥炭質となっている.