(1)背景

御料断層や中富良野ナマコ山断層の平均変位速度を算出するためには,変位量と形成年代の資料が必要である.一方,平成14年度の調査では,地形面堆積物の多くが,礫層のみからなる年代資料の乏しい堆積物からなり,変位基準となる堆積面に信頼性の高い年代値を挿入することは困難であった.

十勝火砕流堆積物は,反射法地震探査で検出された有効な変位基準面である.反射面の形状から,十勝火砕流堆積物の堆積以降に中富良野―ナマコ山断層が活動したと推定されている.したがって,その形成年代を明らかにすることは,活動性を検討する上で重要である.既存の年代資料として,Koshimizu(1982)の1.4Ma(FT年代)がある.しかし,近年,フィッショントラック年代のゼータ較正が勧告されていることから,較正された年代値を得る必要性が出てきた.そこで,上御料八線川左岸の採石場露頭から試料を採取し(図3−1−5),測定を京都フィッショントラック株式会社に依頼した.

ところで,フィッショントラック(fission track,以下FTと略す)法とは,ウラニウム238U原子核の自発核分裂現象を利用した放射年代測定法の1つである.広く知られているように放射性元素である238Uは,α線やβ線放射崩壊により複雑な長い懐変系列を経て206pbへと変化する.一方で,自発核分裂という懐変現象も併行して生じる.この自発核分裂とは,238U 原子核が自然状態で約140と90の質量をもつ2個の原子(核分裂片)に分裂することで,天然の核種においてこの現象がみられるのはウラン同位体の大部分を占める238U の寄与が圧倒的に大きい.鉱物やガラスに含まれる1個の238U原子核が自発核分裂おこすと約200MeVのエネルギーを放出し,その際生じた2個の原子が固体中を反対方向に飛び去り,みかけ上1本の飛跡(track)を作る.これが原子核分裂(fission)により生じた飛跡(track)であることから,測定法の名称となった.一般に高温中で生成した鉱物やガラスが冷却すると,FTは一定の懐変率をもって内部に蓄積される.この自発核分裂で生じた単位体積当たりの自発FT密度は試料の年代とウラン濃度(238U原子核密度)に比例し,この関係から年代値を算出することができる.

なおウラン濃度の測定には,ウラン同位体の中で熱中性子によって選択的に誘導(起)核分裂をおこす235Uを利用する.原子炉内で一定量の熱中性子を照射して生じた235UのFT密度を測定することにより,238Uとの同位体比(一定)から換算して求める.FT年代測定法に関する詳しい説明は檀原(1995,1999など)や兼岡(1998)を参照のこと.

現在フィッショントラック年代測定は,K−Ar法など他の年代測定法により信頼できる年代値が与えられた年代標準試料をもとに,測定者ごとの測定システム較正することが国際的に合意されている.これをゼータ較正法といい,ゼータ較正法では従来の年代算出式にまつわる定数を一括してゼータ値とし,標準試料の分析値から逆算して測定者ごとに実験的に求められるものである.この較正法により国際的に同一規格のFT年代値が得られ,それ以前に研究室間で異なる物理定数を用いることによって生じた食い違いがなくなり,FT年代データの研究室間の比較や他の年代測定法との比較が可能になった.そのため各測定者が簡便に実行できることから,地質学的研究に広く用いられている.

ゼータ値は熱中性子線量測定に使用する標準ガラスに対して規定されるほか,測定者ごとの実験条件の違い,具体的には測定手法(鉱物,ディテクター)や測定環境(原子炉,顕微鏡など)を一定化した上で決定されるものである.そのため実験条件が変化すればそのたびに新たに決定する必要がある.