泥炭形成時の植生を推測し、泥炭形成の状況を知るための基礎資料とする目的で、泥炭試料を構成している植物遺体の判別する。
低位泥炭地から高位泥炭地まで泥炭地の発達過程によって、多様な植物群落が植生を構成する。これらの植物群落を構成する植物の遺体が堆積して泥炭が形成される。泥炭の中から判別可能な植物体の一部を見出すことで、この植物を構成要素に持つ植物群落が推定される。観察して判別可能な遺体を残す植物は多くはない。草本の多くは、植物体の地表に出ている部分は、枯れて分解してしまい、地中にある(水中にある)基部、根の部分のみが残る。また、分解が早く、判別可能な遺体として残らないものも多い。
2.試料の処理・観察
1.泥炭試料を水に浸し、膨潤させる。
2.水中で試料を崩し、泥炭に含まれる植物遺体をばらばらに分離する。
3.目視で、判別可能な植物遺体を捜す。
4.実体鏡下(80〜350倍)で観察し、判別可能な植物遺体を捜す。
5.泥炭試料の一部を、超音波洗浄機で処理し、固着した腐植有機物を分散させ、メッシュ上で水洗、残渣を実体鏡下で観察する。
3.観察結果
全体に泥炭の分解が進んで植物遺体のマクロな構造が失われており、泥炭構成植物の判別がかなり困難な試料であった。上部の層の資料は、相対的に分解が進んでいる。地表は耕作され、畑地となっており、地下水位も資料採集時には地表から1m前後に下がっていたとのことから、排水されて、地下水位が低下し泥炭の分解が進んだものと見られる。植物遺体の形態が比較的良く残っているのは試料番号CN17−9、10の試料であった。
色調:水を含んで湿った状態での色
分解度:フォン・ポストの分解度[von Post humification scale]
(試料の都合で、把握した時の性状などについてみることが出来なかったので観察による推定値)
(2) 試料について個々の観察結果
試料番号:CN17−1
色調:暗褐色
分解度:H7
φ1mm程度の白色火山灰。上位の層から植物遺体の穴に沿って侵入したように観察される。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
ヨシ [Phragmites australis ( = P. communis)] の地下茎。扁平につぶれ、単独で取り出せないほど分解が進んでいる。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
試料番号:CN17−2
色調:暗褐色
分解度:H6、指ですりつぶすと、暗褐色のペースト状になるが断片状の植物の根が多少ざらついて残る。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が多く残存しているが、5mm以下の短い断片状になっている。
ヨシの地下茎。扁平につぶれ、単独で取り出せないほど分解が進んでいる。
試料番号:CN17−3
色調:黒褐色
分解度:H7、指ですりつぶすと黒褐色のペースト状になる。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
φ0.2mm前後の白色粒状の鉱物がわずかに混ざっている。
ヨシの地下茎。扁平につぶれている。下層に比べ分解が進んでいる。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
試料番号:CN17−4
色調:黒褐色
分解度:H7、指ですりつぶすと黒褐色のペースト状になる。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
ヨシの地下茎。扁平につぶれている。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
試料番号:CN17−5
色調:黒褐色
分解度:H7、指ですりつぶすと黒褐色のペースト状になる。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物がわずかに混ざっている*。
ヨシの地下茎。扁平につぶれている。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
試料番号:CN17−6
色調:黒褐色
分解度:H7、指ですりつぶすと黒褐色のペースト状になる。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物がわずかに混ざっている*。
ヨシの地下茎。扁平につぶれている。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
試料番号:CN17−7
色調:黒褐色
分解度:H7、指ですりつぶすと黒褐色のペースト状になる。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物がわずかに混ざっている*。
ヨシの地下茎。扁平につぶれている。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
試料番号:CN17−8
色調:黒褐色
分解度:H8、CN17−9より分解が進んでいる
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
ヨシの地下茎、試料内には見られず。
試料番号:CN17−9
色調:暗褐色
分解度:H6
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
ヨシの地下茎。扁平につぶれている。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
細根の密に集まった部分がある。
試料番号:CN17−10
色調:構造の残る植物遺体は、黄褐色。分解した腐植部は暗褐色。
分解度:H5
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
ヨシ地下茎。扁平につぶれている。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根。
CN17−1〜12の試料の中では、最も植物遺体の形態が残っている泥炭試料。
試料番号:CN17−11
色調:黒褐色
分解度:H7、指ですりつぶすと黒褐色のペースト状になる。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。
φ0.2〜0.5mmの透明または白色粒状の鉱物が混ざっている。
ヨシの地下茎。扁平につぶれ、単独で取り出せないほど分解が進んでいる。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根が混ざるが、分解が進んで暗褐色の有機腐植物が多い。
試料番号:CN17−12
色調:黒色、乾燥すると暗灰色
分解度:(H8)、腐植を含んだ粘土のように見える。指ですりつぶすと滑らかな黒色のペースト状になる。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が多量に混ざっている*。特に珪藻の遺体は他の試料に比べて多い。
φ0.2〜0.5mmの透明または白色粒状の鉱物が混ざっている。
イネ科・カヤツリグサ科などの植物の根がわずかに混ざる。
水中で解すと分解した腐植有機物は細かく、全体が黒色の墨汁の様な状態になる。
ヨシの地下茎、試料内には見られず。
試料番号:CN17−13
色調:灰褐色。
分解度:−
植物遺体の混合した粘土。灰褐色。
〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物が混ざっている*。CN17−12と比較して少ない。
φ0.1〜0.2mm、長さ5mm前後の短い植物の根の断片が混ざる。
ヨシの地下茎、試料内には見られず。
* 全試料にわたって観察された「〜0.1mm板状、粒状または針状の無色透明の鉱物」。について
微細な火山灰と思われたが、実体鏡の倍率を上げて観察したところ(約500倍)以下のものが混ざっていることが観察された。
1.長径0.1mm前後の長楕円形または三日月形の珪藻の遺体。
2.直径約0.05mmのイネ科?植物のプラントオパール(植物珪酸体)。
これらは泥炭形成時に一緒に堆積したと考えられるが、堆積後、間隙の多い泥炭層の間を移動してきた(他の層からの混入)可能性も全くないとは言えないサイズである。
特に試料CN17−12では、珪藻の遺体が多数観察された。
4. 考察
泥炭構成植物で判別できたものは低位泥炭地植生の構成要素であるヨシ[Phragmites australis ]のみであり、ミズゴケを主体とする降水涵養性の高位泥炭地植生の指標となる植物遺体は判別できなかった。ヨシの地下茎は条件によっては地中深く入り込むことがあるが、泥炭地のように常時地下水位の高い所ではあまり深くはない。しかし、すでに堆積した泥炭の中に入り込むわけで、ヨシの地下茎と周囲に堆積している他の植物が必ずしも同時代に生育していたとは言えない。つまり極端に言えば、高位泥炭地化した泥炭地の植生が何らかの理由でヨシを伴う低位泥炭地の植生に戻れば、高位泥炭の堆積の中にヨシの地下茎が入った状態の泥炭が出来ることになる。
泥炭の分解が進んでおり植物遺体の判別が困難で、高位泥炭地の発達が全く無かったとは言い切れないが、ヨシを含むイネ科、カヤツリグサ科のスゲ類などの草本を構成要素とする低位泥炭地として堆積した泥炭である可能性が高い。
他分野の分析結果と総合して考えなければならないが、CN17−1〜13の試料の状態と土層断面図から、例えば次のような堆積過程が想定できる。
CN17−13は、比較的短時間の間に河川の氾濫等で運ばれてきた粘土質が堆積した層であろう。CN17−12は、粘土分、火山灰のほかに珪藻の遺体が多く含まれており、性状から見て、沼地の様な浅い開水面の水底の堆積物のようにみえる。この時期の環境は、CN17−13の堆積後、浅い開水面が残りCN17−12の層が徐々に堆積する、例えば河川の後背地であまり多量の土砂が流入してこなくなったような状況が考えられる。
火山灰が堆積した後、CN17−11では低位泥炭地の植生が発達し始めたと考えられる。CN17−11からCN17−1まで、CN17−8の試料を除いて他のすべての試料にヨシの地下茎が認められた。ヨシの地下茎の存在だけでは先に述べたように確定できないが、低位泥炭の堆積が続いた可能性が高い。もしそうであるとすれば、この地区は、周囲からの十分な水の流入があり、地下水位が保たれる環境にあったと考えられる。