図3−3−1に,調査地域内に分布する第四紀後期以降のテフラ層序(模式柱状図)を示す.本地域に分布するテフラの多くは,給源火山の北方に位置するため,また,風化や二次堆積,周氷河作用による表層地質の擾乱のため,構成物の量比,色・粒度などに基づいた同定が困難であることが多い.このため,火山灰の同定にあたっては,上記の物理学的特長のほか,記載岩石学的性質(鉱物組成・火山ガラスの形態・屈折率など),火山ガラスの主成分化学組成を併用した.図3−3−2に本調査地域の主要露頭におけるテフラ柱状対比図を示す.なお,文中の略号は,bw(バブルウォールタイプ),pmpb(軽石・繊維状タイプ),pmsp(軽石・スポンジ状タイプ)である.調査区域毎にテフラを記載したが,重複するものについては省略した.
当別川上流から中小屋付近・新篠津村にかけての地域
未同定火山灰9
当別市街北方の石狩大沢(地点:101−1)で認められる.高位段丘−3堆積物(伊達山層)に夾在される,噴出源不明の細粒ガラス質テフラであり,小松原・安斎(1998)による試料番号H3−1の降下火山灰に相当する.極めて火山ガラスに富む白色のガラス質テフラである.無色透明(ただし,水和によりやや不透明になることがある)で,薄手,電球破片状のbw,pmfb双方をほぼ同じ割合で含み,微量のスコリアガラス(pmfb),亀甲状ガラスを伴う.有色鉱物組み合わせは多い順に,斜方輝石・単斜輝石,不透明鉱物,緑色角閃石,黒雲母であり,微量の燐灰石を伴う.火山ガラスの屈折率は1.503−1.506に集中し,極微量ながら1.4973,1.5131前後のガラスを伴う.斜方輝石の屈折率は1.710−1.713である.
噴出年代はこれまでには報告されていないが,Toya(洞爺火山灰)の下位,酸素同位体ステージ7(250−300 ka)に相当するとされる高位段丘3堆積物に夾在される(小松原・安斎,1998)ことから,およそ250−300kaに降下したと考えられる.
一方,このテフラはこれまでに他の地点では確認されておらず,給源火山は不明である.小松原・安斎(1998)によれば,火山ガラスの主成分化学組成はTiO2=0.27 wt%, K2O=2.7 wt%前後である.奥村(1998)による北海道の更新世〜完新世テフラの主成分化学組成には,この組成に一致するものは認められないが,阿寒カルデラ,屈斜路カルデラから噴出したテフラは,TiO2がやや低くK2Oが高いものの,未同定火山灰9の主成分化学組成に比較的近い.このテフラはほとんどが火山ガラスで構成されることから,未同定火山灰9は,これら遠方のカルデラ火山から噴出した広域テフラである可能性が考えられる.
Toya(洞爺火山灰:町田ほか, 1987)
西南北海道,洞爺カルデラから噴出し,北海道全域〜東北日本北部にわたり分布する広域テフラである.洞爺カルデラにおける大規模火砕流の噴出に伴い形成された灰かぐらから降下したcoignimbrite ashであるとされる(町田ほか, 1987).531−1地点(石狩高岡)において,火山ガラス・細粒の軽石に富む白色火山灰として認められ(図3−4−1,表3−3−2),調査地域全域に分布すると考えられる.最大層厚は30cm前後である(図3−4−9).記載岩石学的特徴として,pmfb, pmsp, bwで極めて透明度の高い無色の火山ガラスに富み斑晶鉱物に乏しいこと,ユーライト質の斜方輝石(エンスタタイト成分:En=30〜12)および緑褐色の角閃石を斑晶として含むことが挙げられる.火山ガラスの屈折率は1.494〜1.498,斜方輝石の屈折率は1.757−1.761であるが,1.711−1.728前後の値を示すものもわずかに含まれる.角閃石の屈折率は1.674−1.684である(町田・新井,1992).
洞爺火山灰の噴出年代は,明らかに14C年代の測定限界(6万年前後)を超えるために,地形学的検討から後期更新世と考えられてきた.近年になり,14C年代以外の手法により年代測定が試みられ,これまでに0.103〜0.134 Ma (TL年代:高島ほか, 1992),0.13±0.03 Ma (FT年代:奥村・寒川, 1984)の年代値が得られている(表3−1−2).また,町田(1995)によれば,Toyaは酸素同位体サブステージ5d初期に対比される.これらから,Toyaは,最終間氷期〜最終間氷期直後の湿地帯に降下したと考えられる.
Aso−4(阿蘇 4火山灰:町田ほか,1987)
中部九州の阿蘇カルデラから噴出し,日本全域〜北太平洋を著しく広域的に覆った広域テフラである.調査地域内では当別町中小屋(地点:603−2)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).褐色砂質粘土層に夾在され,黄褐色〜明るいオレンジ色を呈する細粒ガラス質テフラである.極めて火山ガラスに富み,有色鉱物はほとんど含まれない.火山ガラスの屈折率は1.508−1.509に集中し,無色透明で,薄手,電球破片状のbwからなる.有色鉱物として斜方輝石・単斜輝石,不透明鉱物,緑色角閃石を含み,斜方輝石の屈折率は1.697−1.700,角閃石の屈折率は1.687−1.690である.
噴出年代は,TL法(長友,1990),K−Ar法(松本ほか,1991,宇都ほか,1994)からは70−90 kaと推定される.また,大場(1991)はAso 4が酸素同位体サブステージ5b(約88 ka)に位置するとしている.
未同定火山灰8
小松原・安斎(1998)による試料番号M2−1に相当する.噴出源不明の細粒軽石質テフラである.屈折率は,火山ガラスは1.509−1.511,斜方輝石は1.718−1.723,角閃石は1.684−1.687に集中する.小松原・安斎(1998)は,このテフラをクッタラ火山起源のテフラ,Kt−4に対比できる可能性を示しているが,詳細は不明である.
噴出年代はこれまでには報告されていない.
Spfa 1(支笏第1:佐藤,1969b)
西南北海道,支笏カルデラから噴出し,石狩低地南部から北海道北部・東部までのほぼ全域を覆う大規模な降下軽石層である.本調査地域においても全域に分布し,地点53(早来町源武)では265cm,地点61(早来町安平)では200cm以上,地点807−2(千歳市泉郷)では130cmと非常に厚い降下軽石層として認められる(北海道,1999).最大4 cm,平均2 cm前後の粒径の著しく発泡し絹糸状の光沢を持つ白色〜桃色の軽石と,石英・角閃石の結晶片を伴う軽石質な基質からなる降下軽石堆積物である.粒径などの岩相の異なる十数枚のフォールユニットから構成される.特に基底部には,ピンク色を呈し粒径1 mm以下の比較的淘汰の良い粗粒降下火山灰およびその上位のピンク色の細粒火山灰が特徴的に伴われる.
斑晶鉱物として斜方輝石・角閃石を伴い,軽石タイプ(一部バブルウォールタイプ)の火山ガラスが多い.火山ガラスの屈折率は1.500〜1.505前後である.
Spfa 1については,これまでに非常に多くの14C年代測定が試みられてきた.それらのほとんどは2万5000年〜3万5000年前前後に収束し,噴出年代は3万年前前後と考えられていた.しかし近年,AMSを用いた年代測定により,42,000 ± 1,800 y. B.P.(柳田, 1994)が報告された(表3−1−3−3).Spfa 1の直下に厚さ数cmをはさんで存在するKt−1からも40 ka前後の年代値が報告されていることから,Spfa 1の年代は41ka前後と考えられる.
Spfl(支笏火砕流堆積物:山縣, 1994)
Spfa 1と時間間隙無しに噴出した大規模珪長質火砕流堆積物であり,給源である支笏カルデラから最大60 km遠方まで達している.調査地域の南方,野幌丘陵南部にもその末端部が到達しているが,石狩川以北ではまだこのテフラは確認されていなかった.本調査で新たに,地点715−2(当別町青山)において本テフラが確認された.本テフラは,To−t2面堆積物を多い,多くの場合著しく再堆積し初生的な堆積構造は保存されていない.繊維状によく発泡した無色〜淡桃色のpmfbを主とするが,電球破片状で肉薄のbwガラスを大量に含む特徴がある.有色鉱物組み合わせは斜方輝石・角閃石・不透明鉱物および単斜輝石であるが,多くの場合,風化して金色を呈する黒雲母を比較的多量に含む.火山ガラスの屈折率は1.500〜1.505前後,斜方輝石の屈折率は1.729−1.735,角閃石の屈折率は1.688−1.691である.
Spflは,札幌市の北方,白石付近〜野幌丘陵南部まで達している.本テフラは,Spfl本体ではなく,火砕噴煙柱の崩壊に伴うcoignimbrite ashである可能性がある.
上記,Spfa1と同様,噴出年代は41 ka前後と考えられる.
B−Tm(白頭山−苫小牧テフラ:佐藤,1969b)
北朝鮮・中華人民共和国国境の白頭山を給源とし,北海道全域〜東北地方までほぼ北日本全域を覆う細粒降下火山灰層である.調査地域内では,新篠津村周辺の泥炭中に,層厚数cm程度の薄層として認められる.粒径数cm以下,白色でガラス質のpmfbおよびbwからなる.火山ガラスの屈折率は,1.511−1.522である.
噴出年代は946〜947年(表3−3−2)とされる(早川,小山,1998).
Ta−a(樽前 a:佐藤,1969b)
樽前火山を給源とし,石狩低地南部〜日高〜十勝平野・大雪山地域〜根釧台地まで広く分布する降下軽石層である.Ta−bとの間には厚さ5cm以下の黒色火山灰土が認められる.調査地域のほぼ全域で認められ,新篠津村周辺の泥炭中に,層厚数cm程度の薄層として認められる.粒径数cm以下,白色で輝石斑晶に富んだ発泡の良い細粒軽石からなる.有色鉱物組み合わせは斜方輝石,単斜輝石であり,火山ガラスはスポンジ状によく発泡したpmsp型が多い.火山ガラスの屈折率は1.497−1.508(1.498−1.501に集中する),斜方輝石の屈折率は1.713−1.717(1.715−1.716に集中する)である.
噴出年代は1739年である(表3−3−2).
野幌丘陵周辺域
未同定火山灰7
北広島市街北方の北広島市裏の沢(地点:1021−1)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).音江別川層の砂礫層中に夾在される,若干再堆積したテフラである.無色透明なpmfbガラスと,斜長石・斜方輝石・角閃石・黒雲母結晶片からなる.火山ガラスはやや大型で径〜0.5mm前後とやや粗粒な傾向があり,褐色ガラスを伴う.
これまでの研究では未記載のテフラであり,噴出年代・給源火山ともに不明である.
未同定火山灰6
北広島市街北方の北広島市裏の沢(地点:1021−1)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).音江別川層の砂礫層中に夾在される,若干再堆積したテフラである.無色透明なbwおよびpmspガラスに著しく富み,有色鉱物として黒雲母・角閃石を伴う.火山ガラスはよく発泡し,白色を呈する.bwは電球破片状で一般に清澄だが,まれに褐色ガラスが認められる.
これまでの研究では未記載のテフラであり,噴出年代・給源火山ともに不明である.
未同定火山灰5
北広島市街北方の北広島市裏の沢(地点:1021−1)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).音江別川層の砂礫層中に夾在される,再堆積したテフラである.火山ガラスはまれで,一般にブロック状の不規則型である.その一方で,やや円摩された高温型石英結晶を大量に含む.
これまでの研究では未記載のテフラであり,噴出年代・給源火山ともに不明である.
未同定火山灰4
北広島市街北方の北広島市裏の沢(地点:707−1)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).小野幌層の砂礫層中に夾在されるテフラである.火山ガラスに著しく富み,有色鉱物として緑色角閃石,斜方輝石,黒雲母を,副成分鉱物としてジルコンを伴う.火山ガラスは無色〜やや透明な黄〜淡桃色のpmfb, pmspガラスと,極めて肉厚で透明(一部褐色)のbwからなる.pmタイプはSpfa 1の火山ガラスに形態が良く似る.黒雲母結晶片は多くの場合風化しているが,一部に自形かつ新鮮な結晶が認められる.屈折率は火山ガラスが1.496−1.500付近に,斜方輝石が1.706−1.710付近に集中するが,1.751前後の値を示すユーライトもわずかながら認められる.ユーライトを含むテフラとして,Toyaテフラが知られるが,Toyaのユーライトは1.757−1.759前後の屈折率を示し,本テフラのユーライトとは明らかに区別される.
これまでの研究では未記載のテフラであり,噴出年代・給源火山ともに不明である.
未同定火山灰3
北広島市街北方の北広島市裏の沢(地点:707−1)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).やや再堆積したテフラである.火山ガラスに著しく富み,有色鉱物として緑色角閃石,斜方輝石,不透明鉱物,黒雲母,単斜輝石,青色角閃石を伴う.副成分鉱物として微量のジルコンが認められる.火山ガラスは無色でやや肉厚なpmfb, pmspガラスと,やや肉厚で透明(一部褐色)のbwからなる.黒雲母結晶片は多くの場合風化しているが,一部に自形かつ新鮮な結晶が認められる.屈折率は火山ガラスが1.496−1.498付近と1.499−1.501付近に分かれるバイモーダルな分布を示す.一方,斜方輝石は1.705−1.707付近に集中するが,1.718−1.719, 1.722−1.725付近の値を示すものもわずかながら認められる.ただし,再堆積したテフラであるため,この頻度分布が初生的なものである保証はない.
これまでの研究では未記載のテフラであり,噴出年代・給源火山ともに不明である.
未同定火山灰2
北広島市街北方の北広島市裏の沢(地点:707−1)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).結晶片に富み,火山ガラスには比較的乏しい.有色鉱物として斜方輝石,単斜輝石,不透明鉱物,および極微量の緑色角閃石を含む.また,極微量の燐灰石を伴う.火山ガラスは無色透明なpmsp,pmfbで,一部に褐色を呈すものが認められる.また,黄緑色で非常によく,かつ不規則に発泡したpmタイプのスコリアガラスを10%前後含むのが大きな特徴である.いずれの火山ガラスも,さまざまな大きさの気泡を含み,非常にチリチリとした特徴的な形態をもつ.斜方輝石は粒径0.5−4 mm で非常に粗粒である.屈折率は,火山ガラスが,1.504−1.511(1.509−1.511に集中)と1.65−1.68(黄緑色スコリアガラスモード形成不良),斜方輝石が1.712−1.715(1.713−1.715)である.
これまでの研究では未記載のテフラであり,噴出年代・給源火山ともに不明である.
未同定火山灰1
北広島市街北方の北広島市裏の沢(地点:707−1),江別市昭和の森(地点:1021−1)で認められる(図3−4−1,表3−3−2).Toyaテフラの直下のテフラである.結晶片に富み,火山ガラスには比較的乏しい.有色鉱物として多量の緑色角閃石,斜方輝石,不透明鉱物,そそて多量のカミングトン閃石を含むのが大きな特徴である.また,微量のジルコンを含む.火山ガラスは,ブロック状の特徴的な形態をもつものがほとんどで,pmfbタイプを伴う.ブロック状ガラスはインクルージョンを多く含む傾向がある.一部に褐色を呈すものが認められる.屈折率は,火山ガラスが,1.494−1.500(1.496−1.500に集中),斜方輝石が1.706−1.709,1.720−1.727(1.707−1.709に集中),角閃石が1.670−1.676,1.683−1.689(1.671−1.675に集中)である.
これまでの研究では未記載のテフラであり,噴出年代・給源火山ともに不明である.江別市昭和の森(トマン別川)での観察では,Toyaの直下に薄い泥炭層をはさんでみられたことから,噴出年代はToyaとほぼ同様と考えられる.特徴から水蒸気爆発によるものと推定される.
3−4 火山ガラスの主成分化学組成
これまで,テフラ同定には火山ガラスや鉱物の屈折率が用いられることが多かった.屈折率は火山ガラス,鉱物のさまざまな物理量(主成分・微量元素化学組成,格子常数,発泡度など)の積分で決まることから,テフラの物理・化学的性質の総合評価とみることができる.測定も比較的簡便であることから,これまでの膨大なテフラについてのデータベースが構築されつつある.その中で,屈折率だけでは,判定の難しいテフラも出てきた.そこで,化学分析により,テフラを判別する方法も同時に行う必要がある.そこで,屈折率測定と合わせて火山ガラスの主成分化学組成を実施することにした.しかしながら,地質研究所の測定機器はテフラでの測定の実積がないことから,測定結果の「確からしさ」をあらかじめ検討しておく必要がある.今回,試験的にToyaの分析を行い,既存データとの比較を試みた.
試料は,円柱状のプラスチックにエポキシ樹脂で封入後,片面をカーボランダム,ダイアモンドペーストで研磨し,試料測定直前にカーボン蒸着を行った.その後,北海道立地質研究所に設置された,エネルギー分散型X線マイクロアナライザー(EDS JEOL)を用いて,主成分化学組成の測定を行った.測定条件は,スポットサイズ10μm,加速電圧20kv,測定時間100〜300秒,2.39×10−10Aで,点分析を行った.
分析試料(991021−6: 北広島市西の里)は,層序的位置,肉眼鏡下観察および屈折率測定の結果から,Toyaテフラに対比されている.
分析結果を,図3−3−6に示す.北海道教育大学旭川校設置の波長分散型X線マイクロアナライザー(JEOL−JXA8600SX)によるToyaテフラの主成分化学組成分析値と町田・新井(1992)による分析値をすべてコンパイルした結果を図3−3−4に示す.
試料の繰り返し分析結果は,各研究機関により測定されたToyaテフラの分析値と比較的良く一致する.しかし,EDSでのTiO2の値は,大きくばらつく傾向があることや,標準偏差の領域で重複するもののWDSおよび各研究機関のTiO2値にくらべ高い値を示す傾向があること(図3−3−5)が明かになった.
現状の「内部標準法」を用いた主成分化学組成分析(EDS)では,同一試料の同一測定点において,濃度が1%以下となる場合,繰り返し分析結果は大きくばらつくことが指摘できる.
今後は,TiO2,FeO*など,濃度1%以下ながらも火山ガラスの対比に重要な元素の測定精度を上げるため,外部スタンダードおよびファラデーカップを用いた試料電流値の測定による,より高精度な分析手法の確立も同時に進めなければならない.