大笹生トレンチでは、トレンチ実施位置の北側にLV面を変形させる断層露頭が確認されている。従ってこのトレンチでは断層の延長上で断層に切られない地層を確認し、最終活動時期の特定を行なうことを目的としてトレンチを実施した。
2)調査方法および経過
トレンチ実施位置の決定には、断層の確認された露頭において断層面の走向を確認し、これから断層の連続を想定した。また、縮尺1/10,000空中写真の判読によって変位地形の連続を断層面確認露頭を起点として再検討した。現地においても地形形状等の再確認をおこなった。また、断層延長上において変位地形が見られず断層によって切られない地層が堆積している可能性の高い地点を確認し、トレンチ掘削を実施した。
トレンチの規模は長さ10m,幅5m,深さ2m(平均)とした。実施地点は雑木林となっているため掘削前に地権者の立ち会いのもとトレンチの範囲を確認のうえ伐採の樹木も確認した。
掘削範囲の樹木伐採後掘削を行なった。掘削には中型バックホーを使用し、掘削法面を順次人力にて整形した。法面傾斜はおおよそ60°とした。掘削・整形後、トレンチ周囲に基準線をもうけこれを基準にグリッドの設定を行なった。掘削地点の南半分は湿地帯となっておりポンプを設置し掘削時においても排水を行なった。掘削土砂の流出を避けるためこれをシートで覆い、法面の凍結・融解に対する法面保護としてシート設置を行ない。降雪対策としてトレンチ上部を足場資材およびビニールによって全面を覆った。
3)層序の記載
トレンチに見られる地層を上位からA層(表層土壌層など),B層(礫混じりシルト層),C層(角礫層),D層(腐植層シルトを挟む砂礫層)に区分した。
・A層
トレンチ上部に見られる厚さ50cm〜1mの土壌層である。南側法面では植物遺体を大量に含む黒色の泥炭層となっており周辺の地形状況(東側の堰堤跡)から池底の堆積物であると判断される。南側法面の東半と北側法面には顕著な泥炭層は見られないが、腐植質の礫混じりシルトや褐色土壌層となっている。池底に堆積した泥炭層からは680±80y.B.Pの年代値が得られた。
・B層
上部は角礫混じりの腐植質シルト層となっており、下部は最大径30cmを超える角礫混じりの青灰色シルト層である。層厚は50cm〜1mで南側法面では連続することが確認できるが北側法面では下位層にアバットしており上部層・下部層ともに(7.50m,−0.50m)付近までの分布になっている。基底面には凹凸があり下位層を削り込んでいる。この地層の下部から1,230±80y.B.P.と1,170±60y.B.P.の年代値が得られたが、上部の腐植質シルト層からは3,860±50y.B.P.の年代値が得られた。
・C層
最大径50cmを超す角礫が多量に含まれる砂礫層である。上部はマトリックスがシルト質であるが下部はやや砂質となっている。極めて不淘汰な礫層であり、層厚は1.5m以上である。この地層に含まれる炭化物から9,090±50y.B.P.の年代値が得られた。
・D層
上部は角礫優勢な砂礫層でマトリックスはシルト質となっている。この下位にシルト・粗粒砂優勢な不規則な互層が厚さ1m程度みられトレンチ基底付近には礫混じりの腐植質シルトが見られる。この地層は周辺の地質状況から更新世前期の堆積物である高田層に対比される可能性が高い。従ってトレンチ内で得られた年代値が極めて新しいのはこの地層に新しい時代の植物根が進入した可能性が高いと判断した。
4)断層および構造の記載
トレンチ内では、北側法面の(3.40m,−2.20m)から(2.75m,−3.70m)を境に大きく層相が変化する。これより西側では最大径50cmを超える角礫を含む砂礫層であるのに対し、東側にはシルト・角礫・腐植質シルトからなる地層が分布している。この境界面はやや湾曲しているが礫の配列とこれに沿った白灰色の未固結粘土が見られ、境界面の東側には砂層やシルト層に10cm程度のずれをもつ小断層が観察される。このことから、この境界面は北側の露頭で確認された断層の延長もしくは断層の一部と考えた。
南側法面では、上記の地層境界面に礫の配列と白灰色の未固結粘土が見られるが、礫の配列は2条に分かれより東側の境界面によってC層とD層が接している。C層には堆積構造は見られないがD層は緩やかに西もしくは南西に向かって傾斜している。
C層およびD層を覆うB層には断層面ならびに変形は見られずこの地層は断層に切られない地層と判断される。
5)考察
このトレンチ調査では、この地点の北側に見られる断層露頭との関連で最終活動時期の特定を行なうことを目的としており、トレンチの壁面に現れた条件から、断層に切られない地層の年代(B層、1,170±60y.B.P.,1,230±80y.B.P.,B層上部3,860±50y.B.P.)が得られた、年代値と地層の関係には上下の逆転が起こっているが、下位のものは砂礫中の植物片であり年代値の信頼性は腐植質シルトから得られたものが高いと判断した。この地層は断層の延長上を横断する形で分布する「変位していない地形」を構成すると考えられることから約3,800年前以降の断層活動がないと考えられる。
この断層の最終活動は、新屋(1984)によって示されたLV面の形成時期10,220±240y.B.P.以降であり、トレンチ内のC層(9,090±50y.B.P.)も切っているとするならば約9,000年前から約4,000年前の間に活動したと結論付けた。
ここで、断層露頭付近で確認されたLV面の垂直変位量5.5mはこの間の断層活動の結果として現れたものであり、この変位が断層のずれだけで発生したものとした場合、断層面沿いのずれ量(垂直変位5.5m,断層面の角度約45°)から約7.8mとなる。約9,000年前から約4,000年前の間に起こった活動回数は不明であるため、単位変位量および活動間隔は確定するできない。従って、このトレンチ調査での結論は「活動間隔は少なくとも4,000年以上、単位変位量は7.8m以下である」とした。