また、空中写真判読には、表3−2−2−2に示す米軍及び国土地理院撮影の縮尺4万分の1及び縮尺1万分の1の空中写真を使用した。
表3−2−2−1 使用した地形図一覧表
表3−2−2−2 使用した空中写真一覧表
調査結果は付図及び図3−2−2−1に示した。本断層系は、水縄山地の北麓に発達する扇状地と山地斜面との境界付近に位置する断層系で、久留米市から田主丸町、吉井町、浮羽町まで延びている。文献Bでは、扇状地を高位、中位、低位扇状地に区分している。今回の調査でもこの区分に準じて地形面を区分した。また、これらの面が連続していく地質面も同様に3面に区分した。
このうち低位扇状地は、水縄山地北麓の東西全域にわたって分布している。水縄山地から北方へ流下する支谷沿いにも分布しており、分布高度・傾斜は支谷によって異なっている。北方への広がりで見ると田主丸町益生田から吉井町福益にかけての地域で最もよく発達している。後述のように、この面上にはAT火山灰(23,000〜25,000年BP)がのっていることが確認されており、この面を構成する堆積物の形成時代は、30,000年BP頃と考えてよいと思われる。
中位扇状地は、吉井町鷹取南方付近で最もよく発達している。面は北方へ8゜以下で傾斜している。この面の構成層の時代については、確実な資料は得られていないが、周辺の地質状況※や福岡県内の他地域での状況(第U、V編参照)から見て阿蘇−4火砕流堆積物直前の堆積物(90,000年BP)とみてよいと思われる。
高位扇状地は、現河谷床からの比高30〜60mの尾根上に断続的に分布しており、面としての広がりは捉えにくい。面の構成層は赤色土化している。構成層の年代についての資料は得られていないが、赤色土化の進行状況から見て500,000〜600,000年BP頃と見てよいと思われる断層変位地形は、主として山麓の低位扇状地面上の低断層崖として認定できる。これは、局所的にはNNW−SSEからNNE−SSW間でばらつくものの、大局的にはE−W方向のリニアメントとして久留米市東部山川地区付近から浮羽町山堂付近まで追跡できる。崖の比高は最大20m近くに達する。山麓線からやや北側の平地部にも同様のリニアメントが認められるが、山麓のものほどは明瞭ではない。このほか南方の山地部内にもコル鞍部の連続として同方の複数のリニアメントが認定できる。このリニアメントが断層の存在を示しているかどうかは確認できていないが、文献B等で示唆されている水縄断層系の断層地塊山地としての継続的成長が事実ならば、現在は活動を停止した旧い断層である可能性が高いと思われる。また、各扇状地面ないし段丘面の分布をみると、山地部のリニアメント位置との相関がうかがえる。このことも山地内の旧い断層を想定すれば説明可能と思われる。
なお、個々の地域についての断層変位地形についての評価は、第5章の断層位置検討の中でまとめて述べる。
※やや東方に離れた浮羽町山堂南方では、中位面構成層の最上部にAso−4が見られる。