なお、上位に関しては群集だけみても気が付くことであるが、海水生種と淡水生種という共生することのできない種群が同程度の割合で産出している。下位については、海水生種、海水〜汽水生種および汽水生種という全く共存しえない種群ではないものの、海水生種は内湾の種類も認められるものの、大半は外洋の種であるのに対して、海水〜汽水生種と汽水生種は沿岸部の浅瀬や干潟といった陸に近い場所に生育する種群であり、これも同じ環境で共存していることは考えにくい群集組成である。また、殻の保存状態は、海水生種とした種群とそれ以外の種群は異なっており、海水生種の保存状態がそれ以外に比較して良好な傾向にある。さらに海水生種の中には、新第三紀や中期更新世くらいまでに絶滅した種が含まれていた。
以上の産状は、明らかに混合群集の様相を呈している。すなわち、堆積時に生育したのは、海水生種以外の種群である可能性が高いと考えられる。特に新第三紀等の絶滅種が認められることと保存状態が異なる点でそのことが裏付けられる。そのため、各層準の堆積環境については、海水生種を除いた種群から推定を行うものとする。
まず、最下位の深度20.30mについては、海水生種以外は、海水〜汽水生種と汽水生種が認められた。多産あるいは優占した種群は、海水〜汽水生種のDiploneis smithii、汽水生種のFragilaria fasciculata、Rhopalodia musculus等である。これらの種群の生態性は、汽水生種の、Diploneis smithii は、塩分濃度が12パ−ミル以上の水域の泥底や閉塞性の高い塩性湿地などに付着生育する種群の中の一種であり、海水泥質干潟指標種群とされる。汽水生種のFragilaria fasciculata、Rhopalodia musculusも、沿岸部の淡水が流入する付近の汽水域に付着生育する種群である。
よって、本層準に関しては、沿岸部の汽水域の環境下にあったものと推定される。
深度17.55m、深度13.74mおよび深度8.30mは、群集の構成が近似しており、いずれも海水生種と淡水生種で構成される。海水生種は明らかに下位の新第三系あるいは第四系下部層準からの二次化石と考えられる。淡水生種の組成は、流水生種と流水不定性種で構成される。
多産または優占した種は、流水生種のCymbella turgidula、Rhoicosphenia abbreviata、流水不定性種のCocconeis placentula、Cymbella silesiaca、Fragilaria ulna 等である。これらの生態性あるいは生育場所としては、Cymbella turgidula およびRhoicosphenia abbreviata は河川沿いの河成段丘、扇状地および自然堤防、後背湿地といった地形がみられる部分に集中して出現することから、中・下流性河川指標種群(安藤、1990)と呼ばれ、環境を示す種として認識されている。Cocconeis placentula、Cymbella silesiaca、Fragilaria ulna は、いずれも流水には不定であり、流水域から止水域まで広域に生育する種であり、広域頒布種とされる。なお、優占種以外の種群を見ると、生育環境を異にする種類が、それぞれ低率ではあるが、多くの種類が検出されている。この特徴は、淡水生種も混合群集の様相を呈しているといえる。
淡水生種群の混合群集とは、基本的に生育環境を異にする種群で構成され、また、検出種数が多い群集とされ(堆積物中からの産出率は低い割に構成種数は多い)、流れ込み等による二次化石種群を多く含む群集とされる(堀内ほか、1996)。混合群集は、一般には低地部の氾濫堆積物などの一過性堆積物で認められる場合が多いが、この場合は検出率が低い傾向(堆積物中の絶対量が少ない)にある。他方、一過性ではなく定常的に堆積物が供給されるような場所の場合、例えば河口付近や湿地等において同様な環境が長期間続いた場合も混合群集が認められるが、この場合は長い間に徐々に堆積して行く中で珪藻の生産が繰り返し行われること、堆積物の表層部付近での自然の撹乱が行われること、多少の流れ込みもあることなどから検出率はやや高い傾向にある。いずれにしても、混合群集の場合は珪藻の群集のみならず堆積層の観察も含めた総合的な解析が必要である。
深度17.55m、深度13.74mおよび深度8.30mの場合は、堆積物中の絶対量自体が少ないことと流水生種が多産していることから、低地帯の河口付近に近い環境下にあった可能性が考えられる。