(1)大高−大府断層及び高浜撓曲崖

@大高−大府断層

2〜4mの中位段丘面の変位が認められる。中位段丘面の形成年代は不明であるが、一般的に7万年前程度と推定される(表7−6−10参照)。したがって、平均変位速度は10〜15p/1000年と考えられる(表7−6−1参照)。最新活動期は、ボーリング試料中の木片の14C年代測定結果によれば、約2500年前以降と考えられる。

大府市南部や東浦町北部では、沖積低地面を変位させている可能性のある段差が観察された。この段差を挟んで極浅層反射法で傾斜80゚〜90゚の断層が検出された。

また、ボーリング結果では、沖積の砂層が1m程度変位していた。

表7−6−1 各時代の変位量など(大高−大府断層)

A高浜撓曲崖

浅層反射法では、明瞭な断層が検出されなかった。これは断層位置が測線の端部であるためノイズが多く、反射断面が不明瞭であったためである。高浜撓曲崖を挟んだボーリング結果では、碧海層(細礫層)が約10m変位していることが明らかになった。碧海面の変位量から、高浜撓曲崖の平均変位速度を求めると、13cm/1000年が得られた(表7−6−2参照)。

表7−6−2 各時代の変位量(高浜撓曲崖)

これは、既存の資料(森山:1997)による高浜撓曲崖の平均変位速(5〜5.6cm/1000年)よりやや大きいが、おおむね同程度である。

B大高−大府断層と高浜撓曲崖の連続性

大高−大府断層と高浜撓曲崖は、以下の3つの理由により、連続するものと考えられる。

衣浦湾の音波探査では、不明瞭であるが、断層の可能性がある構造が検出された。また、この位置で既存ボーリングなどでも常滑層群のずれが認められる。この断層位置は大高−大府断層と高浜撓曲崖の延長線上である。

大高−大府断層と高浜撓曲崖の平均変位速度がほぼ等しい。

高浜撓曲崖の西側のボーリングで(高浜bQの深度41.7〜46.0m)、常滑層群の大谷火山灰層が確認できた。これは、衣浦湾を挟んだ東浦町に存在する大谷火山灰層の露頭と、地質構造がつながる。すなわち、大高−大府断層の西側の地層と高浜撓曲崖の西側の地層は、ほぼ連続する。

以上のことから、大高−大府断層と高浜撓曲崖は、一連の断層である可能性が高い。そこで、この断層を新たに大高−高浜断層と仮称する。その延長は、約21qに達する。ただし、高浜撓曲崖南部の推定断層を除けば、延長は18qとなる。

この全延長が一度に動く場合を想定して、松田(1975)の式を用いて地震規模を計算すると、平均活動間隔は1万1千〜1万7千年、地震の規模はマグニチュードM7級となる(表5参照)。また、低断層崖の高さ1.5mを1回の地震で変位する量と仮定すれば、平均変位速度Sより平均活動間隔Rは1万〜1万5千年となる。この二通りの算出法による平均変位速度はほぼ一致するため、妥当な値であると考えられる。ただし、断層の一部が動いた場合には、地震規模は小さく、活動周期も短くなる。最新活動期は、ボーリング試料から得られた木片の14C年代測定結果より、2千〜3千年前以降と推定できる(表7−6−3参照)。

今回得られた結果から見る限り、大高−高浜断層の活動間隔は1万年以上であり、完新世において活動している可能性が高いことから、次の地震の発生は差し迫ったものとは考えられない。ただし、『安全断層』であると断定するためには、沖積面上の低断層崖のトレンチ調査等を実施して、確実な証拠を得る必要がある。

表7−6−3 大高−高浜断層の平均活動間隔及び地震規模