(5)花粉・珪藻分析

@花粉分析

花粉化石分析の結果、各試料の何れも、花粉化石を比較的良好に産出した。主な花粉化石としては、木本花粉ではマツ属、スギ属などの針葉樹、ブナ属、ハンノキ属、コナラ属コナラ亜属(以後、コナラ亜属と記す)、クマシデ属−アサダ属、クリ属などの落葉広葉樹、さらに、常緑広葉樹のコナラ属アカガシ亜属(以後、アカガシ亜属と記す)などがあげられる。また、注目すべき花粉化石として、暖帯落葉広葉樹のサルスベリ属が低率ながら連続的に産出する。草本花粉とシダ類胞子では、イネ科、カヤツリグサ科、ヨモギ属、ゼンマイ属などを産出するが何れも低率である。

本ボーリングの花粉化石群集は、花粉化石群集の変遷により、下位よりTH(高浜No.1の略)−T(深度41.60〜43.60m)U(深度21.55〜28.30m)V(深度14.75〜16.50m)帯に分帯する。

濃尾平野の佐野・津島ボーリング・コアの花粉分析では、海部層の花粉組成は高率のブナ属の出現で表すことができ、下部のAm1層はコナラ属(アカガシ亜属+コナラ亜属)が最優占で出現し、その上のAm2層はアカガシ亜属の出現率が減少するとしている(吉野ほか、1980)。本ボーリングのTH−T帯とTH−U帯は、共にブナ属が優占し、下位のTH−T帯ではアカガシ亜属が多産し、上位のTH−U帯ではアカガシ亜属が減少する。これにより、TH−T〜U帯(深度21.55〜43.60m)の花粉化石群集は、更新世中期とされる海部層に対比され、下位のTH−T帯(深度41.60〜43.60m)がAm1層の花粉化石群集に、上位のTH−U帯(深度21.55〜28.30m)がAm2層の花粉化石群集に対比される。

TH−T〜U帯と比較して、ブナ属が減少し、スギ属、コウヤマキ属、アカガシ亜属が主に産出するTH−V帯(深度14.75〜16.50m)の花粉化石群集は、濃尾平野の佐野・津島ボーリング・コアにおける熱田層の花粉化石群集と類似し、対比される。本帯におけるサルスベリ属やマキ属の産出も熱田層の花粉化石群集と一致する。

 海部累層、熱田層ともに濃尾平野を模式地とした地層であり、牧野内(1988)によれば、更新世中期とされる海部累層は岡崎平野の美合層・仁木層・細川層・挙母層に、更新世後期とされる熱田層は岡崎平野の碧海層に対比されている。これは、当初予想された対比案とは異なり、TH−T・U帯は碧海層より下位の地層に相当すると推定される。

A珪藻分析

珪藻化石分析を行った7試料は、いずれの試料にも比較的多くの珪藻化石が含まれていた。

産出した珪藻化石は、海水生種を主体に海水〜汽水生種、汽水生種および淡水生種を伴う組成であり、34属・79種・12変種・1品種および種不明11の計103分類群である。

珪藻化石の産状としては、本試錐の本分析では最下位にあたる深度42m前後においては主に海水生種および海水〜汽水生種が認められるが、深度28.30mでは淡水生種が検出され、深度24.70mから上位に再び海水生種および海水〜汽水生種を主体とした群集が認められる傾向にある。

したがって、以上のような産状から本試錐では、3つの珪藻化石帯(下位よりD−T・U・V帯)に区分される。以下、下位より各化石帯毎に珪藻化石の産状とそれらから推定される古環境について述べる。

D−T帯(No.6〜7試料、深度41.60〜43.70m)

本帯では、海水生種および海水〜汽水生種を主体として汽水生種および淡水生種を低率に伴う群集が認められた。本帯の堆積した時代は、概ね内湾の環境下にあったことが推定される。沿岸部に生育する汽水生種および淡水生種の産出率は極めて低率であることから考えて陸域からは離れた海域であった可能性が高い。

D−U帯(No.5試料、深度28.30m)

本帯で認められた珪藻化石群集は、淡水生種を主として海水〜汽水生種、汽水生種を低率に伴う種群で構成される。本帯の場合は、沿岸部の汽水から淡水域であった可能性が高いが、Fragilaria brevistriataが極端に多産している点を考えると、純粋な淡水域とは考え難く、やや海水の影響も受けるために汽水化した後背湿地の環境が推定される。このことは、下位層準が堆積した時期が海域であったのに対して、陸化したことを示しており、一時的な海退期の堆積層である可能性がある。

D−V帯(No.1〜4試料、深度14.75〜24.70m)

本帯では、再び海水生種および海水〜汽水生種を主体とした種群で構成される。本帯もおおむね内湾の環境下であったと思われるが、最上部の深度14.75mでは汽水生種がやや卓越傾向を示し、淡水生種も下位層準に比較して産出率が高いことから、やや陸域の干潟付近に近い海域であった可能性が示唆される。

B分析結果・No.6〜7試料(深度41.60〜43.60m)

花粉化石組成から濃尾平野に分布する海部累層のAm1層に対比され、暖温帯気候下の内湾環境が推定される。

海部累層は岡崎平野に分布する見合層・仁木層・細川層・拳母層に相当するとされる。

A.No.3〜5試料(深度21.55〜28.30m)

花粉化石組成から濃尾平野に分布する海部累層のAm2層に対比され、暖温帯気候下にあったと推定される。堆積環境は、下部では淡水の影響を受ける汽水化した後背湿地的環境にあったが、その後に内湾環境になったと推定される。

本層準も下位層準同様に、岡崎平野に分布する見合層・仁木層・細川層・拳母層に相当するとされる。

B.No.1〜2試料(深度14.75〜16.50m)

花粉化石組成から濃尾平野に分布する熱田層に対比され、暖温帯〜暖帯気候下にあったと推定される。堆積環境は内湾環境が推定されるが、上部では陸域(干潟)に近い海域になってきたと推定される。

熱田層は岡崎平野に分布する碧海層に相当するとされる。